3、邂逅と対峙(2)
この国で逮捕権をもつ組織は、主に二つある。1つは聖騎士団。もう1つは警察だ。
順に説明をしよう。まずは聖騎士団。
聖騎士団の歴史は古く─ いにしえ─ 神話の時代までさかのぼる。
元々は各国で、神々のために戦っていた組織だったという。
しかし、時を経てその在り方は変わり、現代では王族を守るための軍隊のような役割を担っている。
そのなりたち故、聖騎士団の騎士たちは皆選び抜かれた実力者であり、貴族であり、──何より聖職者であると決まっていた。
聖騎士団はミレナの所属する教会のトップにも位置するのだ。
彼らの権限は逮捕権だけでなく、国内ではほぼ全ての権限をもちあわせているといって良い。
それこそ誰もが憧れる、花形の職業だ。
次に、警察。
発音は─ケイサツ─と言うらしい。
変わった読み方だが、この国の政府に異文化に詳しいものがいて、その人がつけた名前なのだそうだ。
警察はこの国の治安が悪化し、もはや聖騎士団の手だけでは足りないとなった時期に、政府が政策として急場しのぎでつくった組織だ。
各地域ごとの元々あった自警団に、政治介入したのだ。
確か終戦してからだから ここ十年くらい前だっただろうか。
そのくらい警察の歴史は浅いのだ。
まだ警察は、古くから歴史のある聖騎士団と違い、組織としての力、権限、給与に至るまで、比べるまでもなく及ばない。
もし自警団と聖騎士団とどちらに入るか選べるというのなら、誰もが聖騎士団を選ぶ。
それが 国民としては当たり前の感覚であり、 認識だった。
だが アラクスは自警団時代 、国王直々の引き抜きの誘いを、一蹴したというのだ。
聖騎士曰く「自分は神を信じていませんので」の一言だったらしい。
聖騎士団の人事部らしき者から、「お兄さんを説得してくれないか」と尞に電話がかかってきた時は、ミレナもさすがに無茶を言わないでくれ、と思ったものだった。
──兄ほど筋金入りの無神論者は、そういないのだから。
先ほどから重苦しい 沈黙が続いている。
アラクスは腕を組み、頑なに口を開こうとしない。
まるで敵でも見ているかのように、激しい剣幕が宿り、額には青筋が浮かんでいた。
二人の間を漂う空気は、何と冷たいことか。
きっとこの二人の顔が 瓜二つでさえなかったら 、誰もこの光景を見ても 、兄弟どころか 親戚とさえ思わないだろう。
アラクスの様子をみて 、ミレナは (兄さんは本当に頑固だなぁ )とあらためて思った。
国王からのオファーを断った昔話はもちろんのこと、……なんせミレナが聖職者の道を選んだと報告した途端 、即座に絶縁を言い渡し、半年経った今でも 頑なな態度を崩さないのだから。
まぁ半年も経っていて全く関係を改善しようとしなかったミレナにも問題はあるのだろうが。
ミレナはたまたま家庭事情を同期たちに話した時、「まあ 親代わりに育ててくれた 、たった一人のお兄さんとそんな風になって、仲直り もしようとしないなんて! あんたって人でなしね!」と責められてしまった、苦い記憶を思い出す 。
最もその時は逆に、兄に「ミレナは悪いことをしていないのに理不尽だ!」と怒る同期もいて 、ミレナを置いてけぼりで二人して喧嘩してしまったというなんとも間抜けな結末に終わったのだが。
……あの時なかなか仲裁に手を焼いた。
この件についてどちらが悪いかはさておき──今この場において、頭を下げなくてはいけないのは間違いなく自分だろう。
「に……」
「……しかしなんつー格好だよ、お前は。頭に金ピカまでつけちまいやがって。もしかして俺を笑わせにわざわざやって来たのか?」
しかし、ミレナが口を開こうとする寸前 、静止されてしまう。
どうもアラクスは、ミレナが修道服を着てここに来たのがよほど気に入らない様子だった。
(なるほど……)
先はやけに慌てて降りてくるものだと思っていたが、ようやくミレナの中で合点がいく。
一応いっておくと別にシスターになることも、修道服を着ることも世間体が悪いことでは決してない。
だが無神論者だとわざわざ 職場で公言しているアラクスにとっては 、それはもう、さぞ悪い意味で噂の種になりやすいのだろう。
(うーん……)
半年前のミレナなら「兄さん 仮にそれで噂になったとしても、それを私のせいにするのは理不尽だよ。そもそも人から目立ちたくなければマイノリティな考えは周りに話さず、一人 胸にしまっておけばよかったんだ」なんて自身の考えをそのまま口にしていたに違いなかった。
だが今そんな軽口を叩こうものなら、あっという間に追い出されてしまうだろうから、それは絶対にできない。
「……ごめん。教会からなるべく修道服以外は着るなって言われてて、私服はほとんど捨てちゃったんだ」
結局、ミレナは深々と頭を下げた。
ちなみに今の発言は少し嘘が混じっていて、本当は私服は一つも処分していない。
……単に気が回らなくて着替え忘れたなんて言っても心情が悪いので 、嘘も方便だ 。
「……教会ってのはずいぶん うるさいことを言うもんだな。んなの、ろくに意味もないだろうに 」
教会の関連の情報に疎いアラクスはどうやら ミレナの言葉をそのまま信じた。
「……」
また再び沈黙が続く。
ミレナは少し考える。
どうも、自分から空気を変えていかないと、埒が明かないような気がした。
「──兄さん。 兄さんは私情で、仕事を放棄する人なの?」
だからあえて、挑発的な言葉を使った。
多少 怒らせることになろうとも、本気であることを伝える必要があると思った。
「……」
「私と話したくないようだったら署の中へ入って別の人に相談するよ 。さっきも言ったけど今日は一般の民間人として、 警吏に用があってきたんだ 」
ミレナは真顔でアラクスを見つめる 。
アラクスはちっと舌打ちをして腕を組み替えた 。
「……お前のとこからもっと近い署があったはずだ 。なぜそこに行かなかった ? 」
「それはもちろん 兄さんを信頼して……と言いたいところだけど 、あそこの署は軽犯罪までしか扱ってないから。今回相談したいのは──殺人に関わることだから 」
「──!」
ミレナの街から一番近い署は、元々自警団だった建物の看板だけを塗り替えたようなもの。
一方がアラクスの勤めている署は政府が警察を作ると決めた時に国をあげて作られたもので、 重犯罪を主に扱っている 。
警察の中でも格差があるというのは、あまり良くない言い方だろうか 。
結局近くの署に相談しても、最終的にはアラクスの務める署に回されることになることは、わかっていた。
「……五分だ。なるべく 簡潔に話せよ」
言ってアラクスはポケットから懐中時計をとりだした。
「ありがとう 」
やや難航したが、ともあれ話を聞いてもらえることとなった。
ミレナはあらかじめ決めていた1つ目の質問をする。
「メリー =ロナインさんって、実は 他殺とかって話し、あったりする?」
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