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日陰者聖剣士伝【第一章完結】  作者: 夏目彩生
一章『彼』と残る想い
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20、調査──夜(9)


 ……ただそれはそれとして、先ほどのライヤーの話は“脱出に対してのヒント”も随分散りばめられていたように思う。


 ライヤーの話では女は人間ではなく、〈人工生命体〉〈腎臓人間〉の可能性が極めて高く、かつその使われている脳は、モンスターの物でなければ成立しないのだという。

 であれば、女はあくまでも人間の形をしただけの キメラに過ぎない。

 つまりそれは、女を傷つけたり殺したりしても、罪にはならないということだ。






「君……何をやっているんだね?」


 ライヤーは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、ミレナに疑惑の視線を向けた。


 ──あれから、ミレナとライヤーは少々話し合いをした。


 そうして「とりあえず警察をなんとか起こせないだろうか」、ということになり、ふたりして一人一人肩を揺すって、 声かけをしていたのだ。


 しかしそんな中、ミレナがおもむろに警察の上着の中に手を入れて、ゴソゴソとあさり始めたものだから──、

 現在ミレナはライヤーに疑惑の視線を向けられている、というわけだ。


「警察の方が起きてくれそうもないので、 次の作戦として持ち物を漁っています。

本来ならばとてもマナーのなっていないことですが、まぁ非常事態ということで──」


 ミレナは 飄々とした様子で答えて、持ち物あさりを続けた。


 アラクスを兄に持つからこそ用いている知識だが、警察の制服の内側には割と大きめのポケットが付いている。

 そこに戦闘に使えるような魔道具が入っていたりするものなのだ。


 幸運なことに、あの女は内側のポケットの 魔道具までもは取り上げていなかったらしい。

 いくつか使えそうなものは内ポケットから出てきていた。

 しかし実は、ミレナの目当ては魔道具ではなく、別のものにあった。


(……あった)


 ミレナは警察から取り出した、あるものをライヤーに見せた。


「……! これは無線機だね」


「そうです」


 ミレナはコクリと頷いた。


 無線機。無線機は一部の貴族や聖騎士団、警察などが持つことが許される、化学の産物だ。


 通話できる範囲はかなり限られるそうだが、 電話機よりとても小さく、持ち運びが可能ゆえに警察はピンチになった時や、仲間を呼ぶ時に使 っている。


 無線機には 数字が書かれたつまみがついている。

 そのつまみを回すことで、どこに通話するか決めるものらしい。


 例えば一番だったらA地点にいる仲間のもつ 無線機。

 二番だったらB地点にいる仲間の持つ無線機、といったふうにだ。


 そして、何番かは分からないが──必ず一つは警察署にある無線機とつながっている。



「……実は知り合いに警察で働いているものがいまして、聞いたことがあります。

無線機は署の方に繋がる番号 に合わせると、 自動的に向こうの署の方から居場所が 探知できるようになっているらしいのです。

この中にそのような効果がある、魔法石が入っていると──」


「……それは知らなかった」


 ライアーは感心したように唸った。


「ということは君としては──、つまりその無線を署の方に繋げて、我々の居場所を探知してもらい、警察に助けてもらおうという考えなわけだね?」


 ライヤーは顎に手を当てて少しだけ考えるそぶりを見せる。

 そうして、どこか浮かない顔をした。




「……残念だが、それはうまくいかないと思う。僕は反対だ」


「……それはどういった理由からでしょうか?」


「簡単だ。警察より先にあの女性にバレてしまって、僕らは 殺されるからさ」


 ライヤーは困ったねという風に、肩をすくめた。





 さすがに説明の必要性を感じたのか、ライヤーは作業を続けながらも静かに語り出す。


「……まず居場所を警察に探知してもらうことで、僕らが目覚めていることが彼女にバレてしまう。

なぜなら、その魔法石の力は〈感知の魔法〉で 視認することができるからだ。

君は探知魔法を見たことがあるかい?

あれはわかりやすいよ。

──光の筋が探知したものから、探知先へ 思いっきり走っているんだ」



 その魔法は学生時代、ミレナも見たことがあった。

 ミレナは頷いた。


「──確かに、いくら警察が私たちの居場所を特定したところで、元々この場所に行き慣れている彼女の方が手早くこちらに向かうことができるでしょうね……」


「うん。まあ警察は車を使うだろうから、もしかしたら彼女より先につく可能性もある。

けどね、だから君の話を聞いた時、一瞬これはうまくいくと僕も思ったんだ。

しかしこの作戦には一つ大きな落とし穴──というか、リスクがある」


 ライヤー はミレナの持つ、 無線機のつまみの部分を指さした。


「この無線機のボタンには、どこがどの場所に繋がってるか、表記していないんだ。

──おそらくは防犯上の理由だろうね。

時期によって、設定を変えたりしているんじゃないかな?」


 ライヤーの言う通り、この無線機のつまみのボタンには1から5までの数字が書いてあるだけで、他に文字らしい文字はなかった。

 もう一つのボタンは、おそらく電源ボタンだろうか?


「それならば君はその五種類の番号全て試せばいいじゃないかって思うだろ?

しかし、そここそが落とし穴だ。


彼女は一応、僕らの持ち物をチェックしていた形跡がある。

ということは、一つぐらいは彼女が無線機を回収している可能性が──いや、かけてもいい。ほぼ間違いなく回収しているからさ。


警察たちが無線機を使って、助けを求めることを見越してね。


つまりこの無線機を使うと、僕たちは1/5の確率で 間抜けにも 彼女にコールをかけてしまうってわけさ」


 ライヤー は少し考えて、「 一応確率論で言えば、無事に警察署に繋がる可能性は 50%ってところだね」と言った。


 あの女よりも先に、警察署に繋がる確率を計算したらしい。


 確かに 1/2を当てるのは、それなりに運が必要だろう。


「だから僕としては、このままでいるのが、 一番安全で 現実的なんじゃないかと思うよ。

警察の人は捕まって 約二日 、そろそろ署の人たちもおかしく思っていることだろう。


もし彼女がまた新たに人を捕まえにやってきたら、僕たちは気絶をしたふりをしていればいいんだ。

消極的だが、それが一番いいと思う」

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