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日陰者聖剣士伝【第一章完結】  作者: 夏目彩生
一章『彼』と残る想い
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2、邂逅と対峙(1)


〚この手紙が─────は、きっと私はもう──は──しょう。─────────────さん、どうか彼──お救い下さい。それは私にはできなかったことですから〛



 ミレナは今、とある手紙を読んでいる。

 なりゆきとはいえ、少女に託された手紙を。


 話は少女が教会堂に運ばれる、五日程前に遡る。

 夜中、ペット─ルゥ─を撫でていたら、首輪に付いていたチャームがパカリと割れ、中から小さく畳まれた紙が出てきたのだ。


 出てきた紙を見て、ミレナはすぐ「これは何かの手紙ではないか」と気がついた。

 しかしその時は自分宛ての手紙かどうかわからないのに、とミレナは読むのを保留にしていたのだ。

 ──まさかその五日後に、遺体となった少女と再開することも知らずに。

 


 ……こんな状況になってしまっては、もはや躊躇も何も無い。

 ミレナは少女のお葬式のあとすぐに、自身の部屋に走り、手紙を開いた。

 そして、その手紙の内容がコレだ。


 手紙は一度ふやけて乾いたのが一目でわかるくらいに、ボコボコと歪んでいた。

 インクもそのほとんど……少なく見積もって6割型だろうか?がすっかりと滲んでいて、とてもじゃないがまともに読めない状態になっている。


 おそらく雪道を歩いているうちにチャームの中にまで水が入ってしまったのだろう。

手紙をみつめながら、ミレナはため息をはいた。



 

 ──あれから少女は、 罪人用の共同墓地に入れられることが決定した。


 この国では、重い犯罪をおかした者は、どれだけ資産家でも個人の墓地を所有できないこととなっている。

 そして、法的にも宗教的にも自死は重罪。


 だから少女は大きなだけの岩石の下に、他の罪人たちとまとめて埋められていくのだ。


 共同墓地は罪人用だけあって、 一般の墓地とは少し離れた場所に置かれている。

 お参りに来るものなどめったにいない。

 一言でいうなら、とても寂しい所だ。




 あの日、明らかに差し迫った様子でやってきて、何か言いたそうにしながら去っていった少女。少女はあっというまに逝ってしまい、もはや取り返しのつかないことになってしまった。正直、後悔はある。


 しかし元来繊細とは程遠いミレナだ。後悔があろうとなかろうと、終わってしまったことは仕方ないことだと、もう既にそれなりには割り切っていた。


 ……それでも可能ならば、この件は自死ではなく事件か事故なのだと証明し、少女の名誉を回復させたい。

 そしてあんな寂しい所ではなく、改めてちゃんとした所で少女を弔ってやりたかった。


 だからこそミレナは手紙を開き、何かしらヒントがないか探ったのだが──。


(何……これ……)


 ミレナは頭を抱えた。


 ミレナは、事故だと証明したいと思ってはいたが、 あくまでもそれは“可能ならば”での話だったのだ。

 聖職者の立場にふさわしくない考えとはわかっているが、個人的にミレナは、故人にとって必ずしもお墓が大事だとは思っていなかった。

 だから手紙を読んでも尚、手がかりすら掴めそうにないのなら潔く諦めるしかないだろうな。それくらいの心づもりだった。


 だというのに、この手紙には期待していた情報がちっとも無い代わりに、どうしたって見逃せない1文があるではないか!


〚彼──お救い下さい〛




(少女には、助けて欲しい『彼』がいたってこと──?)




 そうなのだ。


 犯人の手がかりどころか事件性を示唆していない、むしろ遺書にすらみえかねないこの手紙。

だがおそらく少女にとっては、自死で無いと証明することよりも、遥かに強い望みが書き記されていた。


『彼』


『彼』とは誰なのか?


 少女の葬式に来なかったことから、もう亡くなっている可能性もある。


 でも生きている可能性もある。


 生きているならば……。




 手紙を握る力が強まる。あらためて(私はなんというモノを見てしまったのだろう)と、ミレナは苦悶せずにはいられなかった。


──私は『彼』を助ける努力をしなければならない。


 自分はシスターとして就業中に、少女からこの手紙を託された。


 もしこの手紙すら見て見ぬふりをしてしまったら、きっとこの先聖職者を名のるたびに、後暗い気持ちを抱えることになる気がするのだ。




 ……努力をするといったって、探偵ですら無い人間には出来ることは限られている。


 とりあえず、ミレナは頭の中で現状知っている情報を整理してみた。


 葬儀の際にわかったことは、少女の名は【メリー=ロナイン】らしい。

 葬儀に来るような身内や友人は、いないらしいということ。少女自身が言っていたとおりだ。


 らしい、という言葉が続くのは、名前も含め、それが本当に真実なのかまでは確信がもてないからだ。


 ほんの十年程前まで戦争でバタバタとしていて尚且つ敗戦国であるこの国では、無法地帯とまではいかないまでも、大国のような戸籍制度までは機能していないのだ。


 実際、この国では身分なんていくらでも偽り放題だ。偽名を名乗っている者すらいくらでもいる。


 そしてその他の情報についてだが、ミレナにはまだ弔った人達の記録書を読ませてもらえる権利が無い。

 これ以上の情報は、正当な方法では手に入りようがないのだ。


(どこか人気の居ない時間を見計らって、教会の記録書を盗み見なくちゃな……)


 我ながらとんでもないことを企んでいると、ミレナは苦笑する。


 シスターとしての行持を守るために教会のルールを破るなんて、なんだかとんでもない矛盾だ。

 ミレナはついつい眉尻をさげながら(これからすることは理念の通っていない、単にエゴの為の行動に過ぎないからだ)と気がついた。

 エゴを通すのは、いつだって矛盾が付きものだ。



(うーん……)

 知っている限りの情報を整理した結果、ミレナの頭に浮かんだ言葉は「わからない」と「困ったな」と、何ともたよりないものだった。


『彼』を助けるにしても少女の潔白を証明するにしても──


 最終的にはそれなりに納得させるだけの証拠を集め“刑事警察”か“聖騎士団”に提出しなければならない。


 だが今のままでは証拠が足りない。

 証拠を探るための手段も限られている。


 教会の記録書を上手く盗み見れたとして、そこに目ぼしい情報が載ってなければ……。



(気は進まないけど、どうやら、今は手段を選んでいる場合じゃなさそうだな……)


 どうやら最終手段を、初手からやらねばならないようだ。


 勤務表を見る。今日は夜の番の担当ではない。

ミレナは少女の忘れ形見である犬(仮)のルゥをひと撫でし、部屋を出た。

 そして外出届けを含めサクサクと出掛ける準備をする。あ・る・人・と会うために。


 ミレナの人脈の中で、唯一事件の手がかりを知っている可能性のある人物──。


 もっともその人は、とてもじゃないがすんなりとヒントもアドバイスもくれるとは思えないが。


 


 ミレナは教会の馬小屋に行き、手続きをして馬を借りた。

  小一時間程走って、目的地に着く。

 ミレナは見上げた。



 ──建物は、ミレナの胴まわり程の太さの鉄骨の門で囲まれている。

 取り付けられた窓は全て、十センチ以上は厚みのある強化ガラス。

 石造りのレンガで造られ、住み心地の最低そうなその建物は、丈夫さと広さだけならこの国の十指の中に間違いなく入るだろう。

 ここは警察署庁兼刑務所。


 

 この国にある警察署は四つだから、国で起こったおよそ25%の事件を管轄していることになる。


 そしてここは、“ある人物”の職場でもあった。


 門に手をかける。鉄骨の仰々しさに反して、署に通じる門自体は誰にでも開けられるようになっていた。


 リスクは有るが一般人が少しでも気軽に相談できるように、ということらしい。


 ルールが変わったのがいつ頃なのかは思い出せなかったが、言い出しっぺは想像がつく。

わざわざそんな殊勝なことを言いだす奇特な人間なんて、そういないだろうから。


 門をくぐると中の庁庭もなかなかの広さだ。        


 警吏達の訓練所も兼ねているという話だから、そのぐらいは必要なのだろう。




 ミレナは馬のリードロープを敷地内に生えている木に括りつける。

 庁庭の中心よりやや建物側の近くまで歩いて、立ち止まった。


 ミレナは窓を順番に見上げる。

 だいたいこの位置にいれば、建物内のどこにいても、窓にさえ目をやれば自分の存在に気が付くだろう。


 ……しばらくすると窓から、バン! という音が聞こえた。内側から誰かが手、或いは頭で窓ガラスを叩きつけた音だろう。位置は刑務所ではなく署の2階からだ。


(──さすがに、はやいね)

 ミレナはそちらを向けて、ありったけの笑顔で手をヒラヒラとやった。




 同じ窓の位置からもう一度バン! という音が鳴り、それから10秒としないうちに署の出入り口のドアが勢いよく開いた。


「久しぶり。に──」


 パコン!


 言い終える前に頭頂部に、おそらく拳を見事に振り抜かれる。


「て〜〜……」


 いわゆるゲンコツ。今や魔法で防御も出来ないので、かなり痛い。堪らずミレナは頭を抑えた。


 ちなみにおそらく、というのはまだ一度もあの人の姿が、ミレナの視界の中に入れていないからだ。  

 それだけ身体能力の高さが段違いなのだ。


「痛い……」


「当たり前だ、痛いように殴った。アポも無しに来るなんざ非常識の極みだ」


 拳を解くことなく、返答次第ではまた殴ってやるぞとでも言わんばかりな視線でギロリとミレナを射抜く。

 ミレナはどぅどぅと両手のひらを前に出した。


「アポを取ろうとしたって断るか、居留守使っちゃうでしょう? それに、今日は身内として来ている訳では無いから、事前の連絡は不要だよ。──……随分久しぶりだね、兄さん」


 そう言ってミレナは、自身の人脈の中で、唯一メリーの事を知っている可能性がある警吏。

そして実兄でもあるアラクス=ナノコロイドに、ニコリと笑いかけた。


 アラクスは、警察の警吏を十年以上勤めている、ミレナの知る限りそれなりに立場のある人物だ。


 今現在メリーの事件の手がかりを知っている可能性のある人物は、この人のみである。だが──


「黙れ。帰れ、今すぐにな」


 アラクスのにべもない一言に、ミレナは苦笑する。

 この様子だとまともに会話することすら、かなり難しそうだ。



お読みいただきありがとうございました!

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