16、調査──夜(5)
ミレナが遺体の入っているであろう木箱に向かっても、ライヤーは「トラウマになるよ」 と一言注意するだけで、無理に止めようとはしなかった。
もはやこの状況では、止めることは難しいという諦めの気持ちがあったのだろう。
木箱はその作りこそ素人で、日曜大工で作ったかのようなお粗末さだったが、匂い漏れがしない魔法が、かなり丁寧にかけられてあった。
それこそ貴族が使う棺桶でもここまでではないだろうから、そういう意味でこの箱は とても不気味なアンバランスさを持っていると言えた。
木箱を近くで見る。四つ角には一つずつ、小さな穴があった。
これはおそらく一度釘で打った後に、その釘を抜いた後ではないだろうか?
蓋にはもうそれを固定するような物はなかったので、簡単に開きそうな状態になっていた。
だからこそライヤーは箱を一切傷つけることなく、中の遺体を確認できたのか。
ミレナは木箱の蓋に、指をかけた。
「──く……」
ミレナは蓋を開けて、思わず顔をしかめる。
痛ましい遺体とライヤーは言っていたが、どうやらそれは、時間が経って傷んでいる、という意味ではなかった。
おそらく時間的には、死後二週間も経っていないのではなかろうか?
……遺体は明らかに、他殺によるものだった。──刺し傷だらけだったのだ。
おそらく相当犯人から恨みを買っていたのだろう。素人のミレナですら、そう思うほど凄惨な光景となっていた。
(上半身の部分はあまり形を保てていないけれど……。顔と、下半身の部分を見るに、これは年配の男性のようだな)
蓋を開けたことで 臭い漏れの効果が薄まり、 ツンとくるような臭いが鼻をついた。
ミレナは口元を押さえながら、少しでもヒントがないかマジマジ と男性の遺体を見つめる。
そんなミレナを見つめながら、ライヤーは 「僕の気遣いは、本当に的外れだったようだね」と、小さく首を横に振った。
「そうそう、さっきは言わなかったけれど……。 僕はこの遺体について、心当たり、 いや確信があるんだ。
この人物は レイ=ロナイン。メリーの実の父親に、間違いない。
彼は僕の養父でもあったから、間違えようがないよ」
「な……っ」
「そんなの初耳だ」と、ミレナは思わず声を上げそうになるが、 そういえば 昼間は自分自身、敢えて込み入ったことは聞かないようにしていたんじゃないかと思い出し、 気を落ち着けるために静かに深呼吸をする。
状況が状況だけに、だんだんと理路整然とした考え方ができなくなってきているようだ。
このような時こそ、努めて冷静にならなくてはならない。
ミレナは改めて己を律する、よう努めた。
「そうですね。……教会で、メリーさんの資料を見ましたが、確かに実のお父様が行方不明と書いてありました。
国のルール的に考えると、行方不明になってからまだ五年未満なのだろう、と思ってはいたのですが……」
「そうだね。ギリギリ五年未満だったと思う。 まさかこんなところで再会するとは、僕も夢にも思わなかったよ」
悲しいのだろうか ?
ライヤーは明らかに表情が険しくなり。うつむき、身を縮こませた。
ミレナは改めて、遺体を見つめる。
男性の顔は、あまりメリーに似ていないようだった。
もしこれが本当に、二週間ほど前に他殺された遺体ならば──、
メリーが教会を訪ねてきたのが、およそ十三日前。
これでは、あまりにもタイミングがあってしまう。
〚この手紙が─────は、きっと私はもう──は──しょう。─────────────さん、どうか彼──お救い下さい。それは私にはできなかったことですから〛
少女の手紙を思い出す。ならば、『彼』はもう……。
──ああ、やっぱり『彼』とは、メリーさんの父親のことだったんだ。
──けれども少女の救いたかった『彼』はこんな状態でここにいる。ああ、 私は助けてあげられなかったのか……。
不思議とメリーが亡くなった時よりもショックが大きかった。
ミレナはしばらく身動きが取れなくなり、その場に立ち尽くしていた。




