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日陰者聖剣士伝【第一章完結】  作者: 夏目彩生
一章『彼』と残る想い
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1、プロローグ

ファンタジー世界観でのミステリーを書いてみたくて、チャレンジしてみました。

気軽に読んでいただけたら幸いです。



 しんしんと降る雪の中、時々屋根から雪が崩れる音がする。


 いつでも隙間風が吹いているような年期の入った教会堂の中に、一人銀髪で碧眼の少女─ミレナ─は祭壇の椅子に、ぼうっと座っていた。


 この国──ノルヴァニア国は、一年のうちのほとんどが、気温が低く、雪が降っている。

 その日の夜は、特に寒かった。


 ミレナは教会堂の真ん中にある噴水の、いつまでも鳴り止まないサラサラとした水音に「聞いてるだけでますます寒くなる…」とつい独りごちた。

 頬杖をつきため息を吐く。


 ミレナがうんざりしているのも理由がある。

 今日は月に何回かある、“朝まで教会堂の留守をあずからなければならない日”、つまり夜勤であったからだ。


 「この御時世いつなんどき教会に頼りたい人々が現れるかわからない、故に教会堂が無人であることはあってはならない」

というのが、ここの先輩方の言い分だ。

 勿論その言い分にも納得はできる。

 しかしミレナは、同時に心底面倒だとも思っていた。


 それは何も徹夜が面倒というわけではなく──。



 唐突に、コンコン、と外からドアを叩く音がする。

(訪問者だ……)とミレナは身構えた。


 ミレナはこの教会堂に半年ほど前から務めている、新米のシスターだ。


 基本的にどのような目的の訪問者であれ、訪問者への対応はベテランの神父や、シスターが行うのが基本。


 なので教会堂に所属してから数ヶ月しかたっていないミレナは、今までそれを少し遠くから見ているだけで済んでいた。済んでいたのに……。


(まいったな……)


 ミレナは焦る。

 実はミレナが夜勤をおっくうに感じていたのは、単純に今の様に実際に訪問者が来た時に、一人で対応する自信が無かったからであった。


 ミレナは緊張しぃや人見知りでこそなかったものの、コミュニケーション能力に若干の難があるのは本人も認めていた。


 これまで知り合いに言われた言葉をならべてみると、曰く「なんか目が笑っていなくて怖い」「真面目な顔して冗談みたいなこと言わないで下さい」「時々天然のライン越えて電波入ってる」ets……。


 とにかく散々な言われよう。

 別に何を言われようが、ミレナは自身の性格に劣等感を感じるほど繊細ではないのだが。


 しかし、シスターの立場で教会に来てくれた人を不快にさせてしまうのは問題だろう。

「せっかく来たのにハズレを引いたなぁ」、なんて思われても申し訳がないではないか。


──だが……、


 ミレナはまた「ふぅ」とため息を吐いた。


 この状況では仕方あるまい。

 できうる限りでやるしかないと腹を決めた。



「どうぞ、お入り下さい」

「……」



 ……。

 ドアはギリギリと歪な音を立てて、少しずつ開いていく。

 開くと、短めの黒髪の十二、三歳ほどの少女がひょっこりと顔を覗かせた。


(女の、子……?)


 少女は、上等な布の服や、 魔道具に身を包まれていた。

 一目見て、お嬢様なのかと想像してしまう。

 しかし少女は 護衛やメイドをつけるでもなく、 たった一人。

 大きな荷物を背負って、 重すぎるのか体の重心が傾いている。


 少女はミレナをチラリと見上げ、不安げに口を開いた。


「あの……聞いてくださいますでしょうか?」


「えぇ、勿論。とりあえず、中へ──」


 ミレナはまず怪我人や病人じゃなかったことに安心しつつ、密かに (こんな夜中に、何か事情が?)と訝しんだ。


 手招きをするミレナに、少女は俯きながら奥へと進んでいく。

 カツンカツンと階段を登り、少女は祭壇を挟んで、ミレナと対面した。


「あのっ……。…………。」


 少女は茶色の目を見開きながら、口をハクハクと動かした。声はでていない。ずいぶん緊張しているようであった。

 教会堂の中は魔法である程度暖房がかかっているとはいえ、それなりに寒い。

 なのに少女の額には不自然なほどに、汗がダラダラと滲んでいた。


 こういう時は何か気の効いた言葉のひとつでもかけて、助け舟をだした方が良いのは、ミレナもわかっていたが……。

 モトの性分もあってとっさに言葉が浮かんでこない。


 どうしたものかと頬をかいていると、少女は胸に手をあててスーハーと何回か呼吸をし、そして意を決したように立ち上がった。


「あのっ!!」


「はい」


「実は、お願いがあるんです……!!」


「はい……?」


「……この子を預かって頂けないでしょうか?」


 そう言って少女は持っていた荷物袋を開けはじめる。中には予想外のモノが入っていて、ミレナは思わず眉をひそめた。


「生き……モノ?」


 少女が出した手のひらサイズのソレは、犬や猫に似ていた。

 他にもいくつかのモンスターが掛け合わせられた、キメラのようにもみえる。


 尾の先は膨らみトゲのようなモノが付いている。少なくともミレナにとって、現実でも図鑑でもみたことのない未知の生物だった。

 ただ、首輪がかけられているので、ペットとして飼われている存在なのだということは辛うじて感じ取れた。


「……とても珍しい動物ですから驚かれるのも無理はありません。

だけどとても人懐っこい子なので、危険は本当に無いんです。

私、どうしてもやらなきゃいけないことがあって、しばらくこの子の面倒をみれなくて……。


……私、親戚も友達もいないから、教会ここくらいしか頼れなくて!」


 少女はせきを切っように喋りだす。先ほどまでの寡黙そうなのが嘘のようだ。


 ミレナはそんな少女を見つめながら、随分必死なんだなとか、親戚ならともかく友達までいないなんて意外にみえるな、なんて詮無いことを考えていた。


 それは端からみたら無機質な表情で睨んでいるようにもみえたのだろうか。

 少女はまた「うぐっ」と黙ってしまう。


「……本当、いくらなんでも不躾ですよね。怒ってしまわれるのも無理はありません」


「別に怒ってはいませんよ?」


「そ、そうなんですか?」


「はい怒ってはいません。じゃあ預かります。その子」


「え、ありがと……、

……えぇ!! 即答!?」


 少女は大袈裟に見えるくらいに後ろに飛び退いた。どうもそうとうに驚いたらしかった。


「……何もこんなに驚かなくても」


「や、その……すみません。こちらとしては、もっと良くないイメージを色々と想定していましたので……」


 少女は眉尻を下げ困ったように「あは」と笑った。その笑顔はどうしてか暖かくて、ミレナは不思議とホッとするような気持ちになった。


 しかし少女はくるりとまた表情を一変させる。

 今度は不安そうな…… けれど怯えているというより、まるでこちらを心配しているような顔だ。

 少女はおずおずと口を開いた。


「あの……正直私としては、こんな風に何も聞かずに了承して頂けて、本当、一番有難い状況です。


ですが、その……あなたはお若いし、おそらく独断で何かを決められる立場ではいないのではないですか? 」


「はい、確かにそうではありますが、……それは、どんな意図での質問でしょうか? 」


「……つまり、こんなことを勝手に決めてしまっては、あなたは後で周りの方に怒られてしまうんじゃないかと思うんです」


「……は……?」



 熱弁する少女の表情は、真剣そのものだ。


「……っ!!」


 今度はミレナが笑いだす番だった。というより、吹き出してしまう。


「なっ!……」


 少女は自分がおかしなことでも言ってしまったのだろうかと、顔を赤くする。

 ミレナはそんな少女の姿を見てますます可笑しくなり、ついには口もとを抑えるほどとなった。

 こんなに笑ってしまったのは、いつ以来だろうか?


「……っいえ、すみません、つい。そんなことで本気で私を心配しているのが、可笑しくて。

……さっきまであなたは、他所の事情なんてかまっていられないくらいには、差し迫った風にみえたのに……」



 先程までの目を見開き、大量に汗をかきながら声を出すのすら苦心していた少女。

 この呑気でお人好しすぎる言動と、あまりにギャップがありすぎるのだ。

 ミレナはまた吹き出す。

 ツボに入ってしまった、というやつだ。


「まぁ……、それはその、そうなんですが……。

けれどどんな状況であれ、私のワガママでシスターさんが怒られてしまうなんて、そんなの……」


 少女は話すほどに恥ずかしくなってくるのか、終わり際は蚊の泣くような声になっていた。


 ミレナはこれ以上はいけないと表情を改め、さっと話を本筋に戻す。


「……教会堂は捨て子だって預かりますから、ペット一匹くらい、なんてことないですよ」


「え! そ、そうなんですか!?」


「えぇ」


(たぶん……)


 ミレナは心の中で付け加えた。実際には怒られる可能性は大いにあった。


 けれどこのお人好しの少女のためなら、何となく(まぁいいか)という気にさせられたのだ。






 その後ミレナは少女から、ペットの餌や飼育方法等を簡単にきいた。

 ペットの名は─ルゥ─というらしく「正確には何の生物なのか」と聞いても、ぼやかされてしまった。

 ルゥを手渡しされた時、少女の手には大きな古い火傷痕が見て取れた。

 見て取れただけでなく思わず手を掴んで無理矢理握手をしたようになってしまったのは、まぁ御愛嬌である。


 深々と頭を下げて出ていこうとする少女に、ミレナはこんなことを言った。



「あの、ちょっと……」


「はい?」


「あなたの言うしばらくがどのくらいなのかは存じません。

でも私はまたすぐに会えると信じています。きっとあなたのことは神様がお守り下さるでしょうから……」


「……」


「私はあなたの言うとおりシスターとしても、そして人間としてもまだ新人です。

ですがそんな私でも、少し話しただけで、あなたが良い人だってわかります。神様がそんなあなたに、味方しないはずありませんもの」


「……そうだといいんだけど」


 少女は背を向けながらクスンと鼻を鳴らした。


 もしかして泣いてるのかな?と思ったがミレナは気づかないふりをした。


「……本当ははじめドアを開けた時、あなたのことを怖い人だと思っていたんです。

だって教会を入ったら、本来なら神父さんが『誓いますか?』と聞くあの高い所で、ジッと見下ろしているんだもの!  

もしかしてら人間じゃないんじゃないかとすら思ったわ!」 


「……あそこは本当は新人のシスターが勝手に座って良い場所じゃないんです。ナイショにしていて下さい」


「あはは。了解!じゃあこれは二人だけの秘密ですね!」


──今度会う時は、もっと楽しい話をしましょうね。


 少女は最後にそう言い残して、ドアを閉じた。




「……あ〜〜」


 ミレナはズルリと肩を落とした。

 柄にもなく緊張していたみたいだ。


(私にしては打ち解けて話せたほうだし、今ので最善……だよね?)


 一瞬 そんな風に考えたが、ミレナは「いや……」とすぐ頭を振った。


 打ち解けて話したように感じたのは、少女の人柄のおかげだろう。


 そして先輩達ならばもっとそつ無く、こなしていただろう。

 今のミレナにとっては、何も聞かずにただ少女の力になるのが精一杯だったのだから。


「……」


 けれど本当に、これで良かったのだろうか?

 もしかしたら、少女は他に何か言いたいことがあったんじゃないか──


 微かな不安が頭をかすめる。


 だが、慣れない仕事だったから後になっても考えすぎているのだろうと思い直し、ミレナは頭を切り替えることにした。


(なんだか事情はありそうだったけれど、きっとそう遠くないうちに、また会うこともあるよね)


 その時は、あの聞き上手な先輩も一緒に──と、ミレナは次に少女に会う時のことをシミュレーションして、そっとルゥを撫でた。




 ◆◆◆






 それから十日後、町に身寄りの無い少女が亡くなったと遺体が教会に運ばれた。


 短めの黒髪、茶色の目、手の大きな火傷痕。


 遺体は痛ましいことになっていたが、それでもあの時の少女だとミレナにはわかった。


 警吏がいうには川で身投げして自死であろうとのことだった。


 もちろんそんなことはミレナは信じない。


「……」

 少女の遺体をそっと撫でる。


 これまで、ミレナは少し周りに変わり者と思われることもあったし、実際それなりに事情がある少女でもあった。


だが、あくまでもただのシスターで、女の子だったのだ。


 しかしこの日を境に、ミレナは普通の、いわゆる一般的なシスターの少女としての一線を越えることとなる。


 ミレナは独自に真相を探ろうと誓った。

お読みいただきありがとうございました!


【キャラクターひとくちメモ】

■ミレナ=ナノコロイド

半年前にシスターになったばかりの少女。

密かに名字がダサいことをコンプレックスに感じている。

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