私と彼と和菓子
「相変わらず形良くないですね?他のお客さんに出すには失礼ですよ?」
「すみません、次からは…」
「次から次からっていつになったら治るのやら」
そう言いながらも彼は和菓子屋を1人で営んでいる私のために手伝ってくれた。
ただ、いつどこかの事務所に声をかけられてもおかしくないような顔立ちとスタイルをしていた。さらに、彼の作る和菓子はまるで職人が作ったみたいに上手だった。そんな私とは正反対の彼に初めて出会った時から惹かれた。
2ヶ月前、彼は突然現れた。手伝ってやると言われた。名前もどこに住んでるのかもわからない。教えてくれたのは23歳ということだけ。しかも彼の言葉は少しトゲがあった。
「ここはもう少し材料の配分を考えたりして…」
ただ、アドバイスはとても的確で教え方も上手だった。また、彼は作業をしている時はいつも子供のように目を光らせていた。そうやって毎日を過ごしていた。このままずっと続いて欲しかった。私のそばにいて欲しかった。でも、それは叶わないとわかっていた。だって彼は…
「今日もお疲れ様。かなり腕も上がってきていいね。」
「毎日ありがとうございます。明日もよろしくお願いします」
「うん…よろしくね」
彼はどこか不安げな顔をしていた。
「あ、そうだ。これだけ渡しとく」
そう言うと、彼は自分のリュックサックから両手に持てるぐらいの箱を取り出して私に渡した。
「じゃあ、また」
彼の後ろ姿はどこか寂しそうだった。
「『和愛』という店の名前の由来はなんですか?」
「まぁ、ある人の影響ですね。」
「ある人?」
「それは企業秘密ですよ」
私の店は雑誌の特集にも組まれるような有名店になった。
彼が来なくなってから3年が経つ。あの別れの後、私はすぐに箱を開けた。そこには手書きで書かれた和菓子の説明が何十枚にもわたって書かれていた。やっぱりか。彼は私を手伝っていたんじゃない。和菓子を作りにきていただけであった。彼は和菓子を愛し和菓子に愛されていたのだろう。私はすっと何かが抜けた気がした。そして説明を詳しく読むことにした。すると手が滑り、一枚の紙を落としてしまった。ただ、紙の種類がこの紙だけ違った。文字に目を通した瞬間、私は息を呑んだ。そして泣いた。一人、小さな店の中で。
『あなたがずっと好きでした。成功を祈ってます』
私は彼に和菓子よりも愛を注がれていたのかもしれない。