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ヒマワリの星

作者: 藤夏燦

 この星に咲くヒマワリは、お日様がのぼってから沈むまでの間に、ものすごく大きく育つ。

 朝日に照らされた子ネズミほどの小さな苗が、夕方にはゾウの背丈を追い越しているくらいには、大きく立派に育つ。

 たぶんこの星の豊かな土と水と、ジリジリと照らしつつも、暖かくてどこか優しさのある日差しが、ヒマワリたちをここまで大きく育てているのだと思う。


 チイがはじめてこの星に着いたとき、そんなヒマワリたちがいっせいにお日様のほうを向いて、青い空のなかで輝いているのを見た。

 鮮やかな黄色の花と緑色の葉茎が、風に揺られて波のようになり、暖かな日差しが反射してキラキラ光っていた。

(なんてきれいな花なんだろう……)

とチイは思った。


 この星に人間が住み始めたのは、うんと遠い昔の話だ。どんな古い歴史書にも、いつから住み始めたかなんて書かれていない。

 ヒマワリもそのころに人間が持ち込んだらしいが、「らしい」ということしか分からない。

 ただ一つ言えるのは、人間の住んでいるたくさんの星々のなかで、ヒマワリという花が咲くのがこの星を含めてわずかしかなく、しかも1日で成長するのはここだけだということだった。


 一面、ヒマワリ畑に囲まれた飛行場に、チイの乗った宇宙船は降り立った。乗客は20人程度の、小さな宇宙船だった。

 お父さんの手を握りながら、チイは船を降りた。まだ8歳になったばかりだ。

「ねえ、お父さん。あの花、きれいだね」

「そうだね、チイ。あの花は『ヒマワリ』っていうんだよ」

「ヒマワリかあ」

 チイは目を輝かせた。

「しばらくこの星にいるからね。今度、一緒にヒマワリの畑に言ってみようか」

「うん!」


 チイのお父さんは鉱夫だ。いろいろな星をまわり、石を探している。そして季節が過ぎると、また別の星へ向かう。

 チイのお父さんはそうやってたくさんの星を旅してきた。

 お父さんがある星に立ち寄った際、お母さんとの間にできた子供がチイだった。お母さんはチイが生まれるとその星にとどまり、お父さんはチイをつれてまた次の星へとむかった。

 だからチイはお母さんの顔も名前も、何一つ覚えていない。


 宇宙船から降りて、少しモノレールに揺られたあと、チイとお父さんは白い箱のような家に着いた。

「しばらくの間、ここで暮らすからな」

 お父さんが言った。

「うん。今回はちょっとだけ広いね」

「ああ。前回はすごい部屋だったからな」

 お父さんは「あはは」と続けて笑った。

 あの時は砂嵐ばかりの、たいへんな惑星にチイとお父さんが寝られるスペースくらいしかない小さな部屋だった。

「それに比べたらずいぶんとましだね。あ、ベランダもあるよ」

 チイはうれしくなってベランダに出てみた。真下にヒマワリ畑、遠くには白い山の連なりが見える。


 白い山の連なりは、ギザギザしたサメの歯みたいになって、ヒマワリの星の地平線を隠していた。白い岩肌がむき出しで、山には木が一本も生えていない。

 この星は人間の住んでいるところ以外は、そんな白い岩の山と、ヒマワリの畑だ。

 チイはベランダがすごく気に入って、毎朝かならずここに来ることにきめた。

 そうして一週間がすぎて、この星のことが少しわかった。

 空はいつも青空で、雨はほとんど降らない。

 不思議な星だなとチイは思った。


 はじめての休みの日、お父さんに連れられてヒマワリ畑へいった。

 暖かい太陽と土のにおいがした。

 背の高いヒマワリたちは、チイの頭どころかお父さんの頭よりも高い。

 今日も空は青く、雲は一つもない。チイはヒマワリの隙間からそんな空を見ていた。

「あっちまで行ってもいい?」

 チイが聞いた。

「ああ。気を付けるんだぞ」

「わかった」

 チイはヒマワリのなかへと飛び込んだ。背の高いヒマワリが横を抜けていく。早足で進んだが、だんだん駆け出したくなった。

 どこまでも、どこまでもヒマワリ畑が続いている気がした。ここはヒマワリの星だ。


 風の音だけがするところまで、来てしまった。お父さんの姿は見えない。

「あれ? お父さん、どこ?」

 チイは少し怖くなって声を上げた。

「お父さん!」

 しかし返事はない。

「おとうさーん!」

 ただ風の音がして、ヒマワリが揺れた。このままじゃ、帰れなくなるかもしれない。

 するとチイの後ろから声がした。

「どうしたの?」

「だれ?」

 振り向くとそこには、チイと同じくらいの男の子が立っている。

「帰れなくなったの?」

 男の子は白い髪が目にかかっていた。少し怖い感じだったが、声の響きは優しい。

「うん」

「僕についてきて」

 男の子はそういうと、ヒマワリのなかをかき分けるようにして歩き出した。


 しばらく進むとヒマワリの背が低い開けた場所に出て、お父さんの姿が見えた。

 チイはほっとして、男の子にお礼を言った。

「案内してくれてありがとう」

「どういたしまして」

「私はチイ。あなた名前は?」

「僕はヒクル。チイ、君は見ない顔だね」

「お父さんのお仕事で、最近この星にきたの」

「そうなんだ」

「ねえ、ヒクル。また会えるかな。年が近い子があまりいなくて」

「いいよ。僕もあいたい」

「ありがとう」

 チイとヒクルは約束をかわし、そのまま手を振って別れた。

 心配したお父さんがチイのほうへ駆け寄ってくる。

「チイ、大丈夫か?」

「うん。ヒクルがここまで案内してくれたの」

「ヒクルって?」

 チイは彼がいた開けた場所を指さしたが、そこにヒクルの姿はなかった。

「あれ? いない」


 それからしばらく、ヒクルと会うことはなかった。

 チイは家で遠隔で学校の授業をうけたり、お父さんと二人分の朝ごはんと昼ごはんと晩ごはんを作ったりしていた。

 ときどきベランダからヒマワリの畑をみた。ヒクルのことを考えていた。

 その日は珍しく雨だった。

 いつもなら夕方には帰ってくるお父さんが、夜になってもなかなか仕事からかえってこない。せっかく作った晩ごはんが冷めてしまった。

「ごめん、チイ。遅くなった」

 お父さんは汗と泥にまみれた顔で、玄関から入ってきた。

「お父さん遅いよ」

「悪かった。仕事が長引いてな」

 チイはお腹がすきすぎて、不機嫌になっている。

「遅くなるなら連絡してって言ったでしょ!」

「ごめん、どうしても手が離せなくて」

 チイは自分が大切にされていない気がした。

「さあ、ご飯にしよう」

「やだ」

「えっ」

「お父さんなんか大嫌い!」

 チイはそう言って家から飛び出してしまった。


 外はしとしとと柔らかい雨が降っていた。

(この星は雨でも優しいんだね)

とチイは思った。

 今のチイには家の中よりも、雨に降られたほうが心地よかった。

「お母さん。どこに行っちゃったの」

 チイはときどき、お母さんのことが恋しくなる。お母さんがいれば、お父さんの帰りを寂しく待っていることもなくなるのに。

 そんなことを考えながら、ぼんやりとヒマワリ畑の中へと歩きはじめた。

 昼間は美しいヒマワリたちも、今は少し不気味な雰囲気だ。だが今のチイにはそんなことすら目に入らなかった。

「ここどこ?」

 ずいぶんと歩いたせいで、また迷子になってしまった。しかも今度は雨の夜で、お父さんも近くにいない。

「だれか!」

 叫んでも、声は雨にかき消された。

「お父さん!」

 呼んでも来るわけがない。

「ヒクル!」

 こんな雨の日にヒクルがいるとは思えない。チイはそう思ったが、そのとき傘を持ったヒクルが現れた。


「チイ。何してるの?」

「ヒクル! 会いたかった」

「僕もだよ。濡れるから傘のしたへお入り」

「うん。ありがとう」

 ヒクルは傘を差し出して、チイをその中へ入れた。二人はしゃがんで、肩を寄せ合った。

 ヒクルの白い髪が星の光に照らされて青く光っている。

「どうして私がいるって分かったの?」

「たまたま外へ出ていたら、チイの声がしたから」

「そうなんだ」

「チイはどうしてこんなところに?」

 ヒクルの質問にチイは少し黙った。

「……お父さんとケンカしちゃった」

「そうだったのか。それはつらいね」

「うん。うちにはお父さんしかいないから、居場所がなくなっちゃった」

 チイが落ち込みながらそういうと、ヒクルが驚いた声をあげた。

「チイもお母さんがいないんだ! 実は僕もさ」

「えっ」

「うん。生まれたときから、お父さんと二人暮らしなんだ」


 チイはびっくりした。自分と同じ境遇の子に出会ったのははじめてだ。

「お互い、大変だね」

「うん。ヒクルのお父さんはどんな人なの?」

「普段は優しいけど、おこると怖い人だよ」

「じゃあ私のお父さんとちょっと違うね」

「チイのお父さんはどんな人?」

「普段は頼りないけど、本当は優しいお父さん」

「そうなんだ」

 それからチイはヒクルにお父さんの愚痴をたくさん聞いてもらった。ヒクルは頷きながら、ときどき同意してくれた。

「チイの話を聞いてると、チイって本当にお父さんが大好きなんだなーって思うよ」

「えー! こんな愚痴ばっかりなのに」

「うん。でもそれって、好きだからこその愚痴だと思うよ」

 いつの間にか、雨はあがっていた。チイはまたお父さんに会いたくなった。

「ヒクル。今日は話を聞いてくれてありがとう」

「こちらこそ。チイにあえてよかった」


 風の音も雨の音も聞こえないヒマワリ畑を、チイとヒクルは並んで歩いた。

「もうすぐ夏が終わっちゃうね」

 この星の夏は短い。お父さんがそう言っていたのをチイは思い出した。

「夏が終わったら、ここのヒマワリたちもみんな枯れちゃうの?」

 ヒマワリ畑を見渡せる開けた場所で出たチイの言葉に、ヒクルは足を止めた。

「ヒクル、どうしたの?」

「ごめん、チイ。僕はここから先にはいけないんだ」

「えっ」

「えっと、そろそろ帰らないとお父さんに怒られちゃう」

「あ、そういうことね」

 チイはヒクルを見つめた。ヒクルはグラスについた水滴のような美しい目をしていた。

「また会おうね、ヒクル」

 その言葉にヒクルは近くにあったまだ背の低いヒマワリの花をとると、チイの髪に差した。

「あげる。似合うと思う」

「ありがとう。なんか照れるね」

「僕のこと、忘れないで」

「忘れるわけないよ。また会いに来るから」

 ヒクルは小さくうなずくと、チイの手を握った。

「会えてよかったよ、チイ」


 この星の夏は短い。

 チイがヒマワリは一日で育つけど、一日で枯れると知ったのは、そんな短い夏が終わりはじめたころだった。

 チイはベランダから、だんだんと枯れていくヒマワリ畑を見ていた。

「チイ。この前は悪かった」

 お父さんが悲しそうにしているチイを見てそういった。

「いいよ。もう気にしてないもん」

「そうか。ならよかった」

「私こそ、ごめんね」

 チイが謝ると、お父さんは優しく抱きしめてくれた。それから肩に手を当てて、ヒマワリ畑を一緒にみつめた。

「次の仕事が決まったんだ。冬になる前にこの星を離れる」

「えー、また? この星、結構気に入っていたのに」

 チイはヒクルのことを考えた。せっかく仲良くなったのに。

「チイ。夏が終わると、この星には人が住めなくなるんだ。冬と夏の気温差は200℃を超える。あっという間にこの家もヒマワリ畑も氷漬けになるんだ」

「じゃあ、みんなこの星を出ていくんだね」

「そうだ」


 荷物をまとめたチイたちは、飛行場から宇宙船に乗った。鉱夫専用の引き上げ船で、たくさんの人が乗っている。

 チイはヒクルに会える気がして、彼の姿を探した。

「夏の間に引き上げ船は来なかったから、そのヒクルって子も絶対にこの船に乗っていると思うよ」

 お父さんはそういったが、何度探してもヒクルの姿はない。

「この船が最後の引き上げ船だよね?」

「だな。この船にいないなんて、そんなはずはないんだけどなあ」

 お父さんは困った顔をしている。

「ヒクル、どこへ行っちゃったんだろう……」

 チイの心配をよそに、宇宙船はゆっくりと離陸した。

 ヒマワリ畑があった場所の横から、しだいに高度を上げていく。

 チイは宇宙船の窓から、ヒマワリ畑の跡を見下ろした。

「あっ……」


 ヒマワリ畑の跡地に、古い宇宙船の残骸が横たわっているのをチイは見つけた。

 その船は遥か何百年も昔の、宇宙開拓時代の船のようだった。

「あのヒマワリ畑は、この廃船のうえに広がっていたのか」

 チイのとなりで、お父さんがそういった。

「ヒクル……」

 遠くなっていく船の残骸をみつめていたチイは、錆びた船の腹のうえで、豆粒くらいのヒクルが手を振っているのが見えた気がした。

(あなたのこと、絶対に忘れないから)

 ヒクルが最後にくれたヒマワリの花を、チイは胸のまえで優しく握る。

 お日様のにおいがする美しい花は、まだ枯れていなかった。



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