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九 幽霊×機械

 ロボットものといえば、これだろう。

 という、安直な発想。

「サイドブレーキの引き忘れ、じゃあ説明がつかねえよなァ。ラジコンみたいに動かしたってことか?」


 チュイン、と甲高い音をたて、円錐状になっている尻尾の先端がトラックの方を指す。


「俺が特別じゃなきゃあ、大成功だったろうにな」


 そう言って、三瀬は口の端を吊り上げたが、


「今の、どっちがやった? 言ってみ? 双子ちゃんたち」


 怒りを押し殺したような口調で、黒実たちに話しかける。


 まずいな。あいつ勘違いしやがった。

 今のトラックでの攻撃を黒実たちの小細工だと思ってんのか。

 オレのことを知らねえこいつがそう思うのは無理もねえ。


 だけど、そうなると。


「私たちは何もしてないわ。それはただのトラックだもの。あなた、運が悪いのね」

「シラ切ってんじゃねえぞクソ女が!」


 三瀬の怒声と共に尻尾が横に払われ、トンネルの壁面に叩きつけられる。

 それだけでトンネル全体が震え、壁のコンクリートが砕け散った。


 やべえな。

 あんなもん生身の人間が食らったら、即オレの仲間入りだ。


「あー、駄目だ。優しくしてやろっかなーと思ってたけどよォ、キレたわ」


 ガチャンと音がして、尾の先っちょの円錐が三つに枝分かれする。

 尖った三本の爪のような形になったその先が、黒実と真白の間を品定めするように揺れだした。


 くそ、マジかこいつ。

 本気で、それをほとんど丸腰の女に向けるってのか。


「ほんとなら両方血祭りにすんだけどよ、仕事だから仕方ねえ……とりあえずテメエだ!」

「きゃああっ!」


 見た目の無骨さと裏腹に、尻尾の動きは速かった。


 身構える隙も与えず伸びた尻尾の先端が真白の上半身を掴み、そのままトンネルの壁に押し付ける。

 枝分かれした三本の爪の先端がコンクリートに深々と突き刺さり、真白は身動きも取れない磔の状態にされてしまった。


「真白っ!」

「おおっと、助けにいくのはナシだぜ? お姉ちゃん、お前に選ばせてやんよ」


 すぐさま駆け寄ろうとした黒実の前に立ちはだかり、三瀬は下卑た笑みを浮かべる。


「さあ、どっちかだ。素直にお前らが作ったもんの在処を教えるか、妹の顔がズタズタになるのをそこで眺めた後、俺に無理矢理吐かされるか、だ。どのみち結果は同じだけどよォ」


 その言葉にあわせて、爪のうちの一本が真白の頬に向けられる。

 爪はじりじりと近づき、真白がかけていたゴーグルのバンドを引きちぎった。

 ひっ、と真白の喉から短い悲鳴が漏れる。


「やめなさい! 妹を離して!」

「いいねえ、その表情。ま、俺としては別に従ってくれなくてもいいんだぜ。姉妹揃ってこんだけ整ったお顔だ。多少、傷物になっても俺がまとめて面倒みてやっから」

「あなたっ……どこまで」

「ただし、飽きるまでだけどなァ」

「うっ……あああっ!」


 肩を揺らして三瀬が笑った途端、真白が悲鳴をあげた。

 爪がぎりぎりとその上半身を締め上げていく。


 駄目だ。脅しじゃなく、こいつは本当にやる。

 躊躇なしに、真白や黒実に取り返しのつかない傷をつける。


 どうする。どうすればいい?

 トンネルの空気を揺らすか?

 それともスマホで脅しをかけるか?


 ダメだ。時間稼ぎにもなりゃしねえ。

 トラックを吹き飛ばすような奴だぞ。

 ちょっとやそっとの脅しで、止められるわけがねえ。


 こうなったのはオレのせいだ。

 止めなきゃいけねえ。

 なんとかしなきゃいけねえ。

 そんなのは、わかってんだ!


 だけど、オレに何ができる!


 この三瀬って野郎はクズ野郎だ。

 オレのトンネルの壁も壊しやがった。

 そして、何よりこのトンネルで人を傷つけようとしている。

 それだけは、駄目だ。絶対に許しちゃいけねえ。


 オレの前では、もう誰も死なせねえ。

 二度と、あんなのは、見たくねえんだ。


 そう決めてんだよ! オレは! だからっ!


「ゆ、れい、さん」


 その時、微かに聞こえたのはオレを呼ぶ声だった。


 見れば、さっきまで地面を転がっていたはずの京之助が、いつの間にかトラックの荷台の方に移動していた。

 幸い、三瀬はまだ、そのことに気付いてねえ。


「……こっちへ」


 京之助は口だけを動かして、オレに訴えかけてくる。


 その目はまだ、諦めちゃいなかった。

 この状況を何とかできると信じている。

 何か、考えがあるってのか。


 オレは身を翻して、京之助へ近づく。


「このトラック動かしてくれたの、幽霊さんっすよね。ほんと、恩に着ます。感謝ついでに、お願いです」


 聞こえるか聞こえないかの小さな声で言いながら、京之助はオレを見据える。


「二人を助けてください」


 その真っ直ぐな目を見た途端、何でオレが、と断ることができなくなった。


 長いこと、忘れていた感情をオレは思い出す。

 人が、大切な人を思う時の強い心だ。

 あちこちから血を流し、地べたを這って動くのもやっと。


 そんな惨めな男からオレは、意識をそらせなくなる。


「この中にある物が動けば、あの男を何とかできる、かもしれません。それ以外に、方法を思いつかなくて……悔しいけど、俺には何にもできないんです」


 歯を食いしばり、拳を握りしめて呟く京之助。


「俺の代わりに、二人を守ってください! 頼みます!」


 弱い自分を、無力な自分を許せない。

 その気持ちが何故か、今のオレにはよく分かる。


「俺は、どうなったっていいんです。欲しいんだったら俺の命だって、体だって、あんたにあげますから! お願いだ!」


 体がないオレと、大事なもんを守る力がないこいつ。

 その無力さと、もどかしさが重なる。


「大切な、人たちなんです!」


 血を吐くような言葉だった。

 自分じゃない何かにすがるしかないのが情けねえ。

 それでも諦めたくはないとか、そんなところか?


 ……………………ああ、畜生

 しょうがねえなあ。わかったよ!

 オレの負けだよ!


(おい、ボウズ、手伝ってやる。ここで女を傷つけられたんじゃオレも気分が悪いからな)


「幽霊さん! ありが……」


(いいから。オレは何をすりゃいい? さっさと言え)


「うす! この中にある物にとり憑いて、暴れてください。それだけでいいっす。電源とかは俺が入れますから。とにかくあの尻尾男をぶっ飛ばしてください」


 言って、京之助は、横転したままのトラックの荷台に這って潜り込んでいく。

 この中にある物?

 そりゃあ、もしかしなくても。


「おいおい、早く決めてやれよお姉ちゃん。いつまでもは待たねえぞ」

「う、く、ああああああっ」


 三瀬の声と、その後に続く真白の悲鳴。


 いよいよ、時間がねえ。

 ごちゃごちゃ考えるのは後だ。

 オレは京之助の後に続いてトラックの荷台に入る。


 そして、そこに横たわっていた物が何かを知った。


(こいつは……)


「これが、二人の作ったロボットです。こいつが動けば、あの男を止められるかもしれない」


 それは金属でできた「人」だった。


 体は、三瀬の奴の尻尾に近い無骨な鉄の色。

 丸くて分厚いヘルメットのような頭に二つの目のような物が付いている。

 人型だが、両手足と胴体は丸太のように太く、プロレスラーと力士を足して二で割ったようなシルエット。


 胸元に空いてる穴はなんだ? 何か埋まってるみてえだが。


「電源、入れました!」


 京之助の声と同時に、人型ロボットから低く唸るような音が漏れ出した。


 胸元の穴から淡い光が漏れ出し、四肢が小刻みに振動しだす。


 いけるのか?

 こいつ、動くんだよな。


 頼むぞ。このデカい図体が見掛け倒しじゃねえことを、祈ってるからな!


 オレはそのロボットに憑りつき、意識を全身に張り巡らせる。

 頭を、腕を、脚を、動かすべく、力を込める。


(なんっだこれ、重てえ!)


 しかし、どれだけ動かそうとしても、ロボットの体はギシギシときしむばかりで起き上がらない。


 駄目だ。

 小石や風を揺らすのとは、わけが違う。トラックとも、だ。

 動かし方の勝手がわからねえ。


「もう面倒臭えから、あと十秒しか待たねえぞ。そら、十、九……」


 荷台の外で三瀬のカウントダウンが始まる。

 ざけんな! もうちょっと待ってろよ!


「幽霊さん! まだですか!」


 焦る京之助の声。やかましい!

 こっちだって必死にやってんだ! ごちゃごちゃ言うな!


 思い出せ。体があるってどんな感じだった?


「八……七……六……」


 人の手足を動かす感覚だ!

 オレは生きてた時、どうやって歩いてた!


「五……四……」


 くそったれが! なんでだよ! なんで動かねえ!

 どれだけ躍起になっても、デカブツの四肢が軋むだけ。


 その時だった。


(大丈夫。お前が動く日は、きっと来る)


 声が聞こえた。


 誰の、声だ?

 遠くから響く、低くてしわがれたじじいの声。

 これはオレに言ってるんじゃない。

 このロボットに向かって、言ってんのか?

 こいつに染み付いた、何か、なのか?


(俺には、とうとう無理だった。だがいつかお前には心が宿る。自分で考え、動ける日が来る)


 嘘つけ、オレが憑りついても全然動かねえぞコイツ!


(どうせならお前に与えられる心が、良き心であることを祈ってるよ)


 残念だったな、憑りついたのは悪霊だよ!

 だから動かねえってのか! オレじゃ駄目だってことか!


(お前は、誰かのために働けるロボットになってくれよ)


 だったら、ちゃんと動くもん作っとけや、じいさん!


(黒実、真白、幸せになれ。じいちゃん、楽しみにしてるからな)


 そうかい!

 そのあんたの孫を助けてやるってんだよ。

 オレが、助けてやる!

 だから!


 オレに力を貸せ! クソじじい!


(ああ、頼んだよ。良き心よ)


 その声だけは、オレに向けられたもののように聞こえた。


 そして、繋がる。


 オレの意識と、体が繋がっていくのを感じる。

 これは鉄の塊じゃない。

 頭のてっぺんから、足の指の先まで、オレの体になるんだ。

 胸元のくぼみが、強い光を放っている。

 全身から響く駆動音が強く強く、この日を待っていたといわんばかりに、唸りをあげる。


 オレを。

 自分を動かす心を待っていたと、鋼の体が震える。


 さあ、いくぞ。じいさん!


「三……二……ああ? 何だァ?」


 ごちゃごちゃ考えてる時間はねえ。

 トラックの荷台を突き破って、オレは飛び出した。


 一歩一歩地面を踏みしめるたびに、重く低い音が響く。

 体の傾きを感じる。足の裏が地面を押し、前に進んでいくのを感じる。

 歩く、なんて感覚久しぶりだ。悪くねえじゃねえか!


「こいつ、どっから……っ!」


 近づいてくるオレを見て目を見開いた三瀬が、間髪入れず尻尾を振り下ろしてくる。

 そうなると当然、真白は解放されるってわけだ。


こいつが単純で助かったぜ!


 迫ってきた尻尾は、腕で受け止めた。

 金属同士がぶつかるやかましい音は響くが、押し負けてない。

 トラックのように弾き飛ばされることもねえ。

 この体、大した馬力じゃねえか! 気に入った!


 さあて、オレ様のトンネルで好き勝手しやがった罰を受けてもらうぞ。

 クズ野郎が!


 オレは力一杯、三瀬の尾を殴りつけて弾き飛ばす。

 長い尾を振り乱されバランスを崩した三瀬が二、三歩と後ずさった。


「おいおいおい、動くなんて聞いてねえぞ、どうなってんだこれ」


 オレの姿を見た三瀬がぎりぎりと歯噛みしている。

 どうやらロボットの存在は知っていても、それと戦う羽目になるとは思ってなかったらしいな。

 吠え面かきやがれってんだ!


「まあ、構わねえさ……たかが機械ごときに人間様が負けるかよ!」


 開き直ったように叫んで、三瀬が再び尻尾を振るってくる。

 ただ、それで殴ってくるのがわかってりゃ恐くないわな。

 オレは迫ってきた尾を掴んで、三瀬の体を引き寄せた。


 もちろん、力いっぱい、ぶん殴るためにな!


 右の拳を振りかぶった瞬間。

 オレの意志に答えるように肘のあたりから勢いよく風が吹き出すのを感じた。


 これはもしかして、あれか?

 生きてる頃に見たことがあるロボットたちが使っていた、あの技か?


 そりゃいいや。

 景気よく、一発かましてやる!


「はなせや、このポンコツがあ!」


 掴まれたのを嫌がった三瀬が勢いよく尻尾を振る。

 お望み通り、放してやるよ。ただし、反撃はさせねえ。


『必殺!』


 フルスイングの一撃を放つため、強く一歩踏み込んだ脚がアスファルトを砕いてめり込む。

 腕と腰が限界まで引き延ばされ、一気に収縮していく。

 握りしめた拳が向かう一点を、見据える!


『ロケットッ、パアアアアアアアアアアアアンチ!』


 轟音をあげて、肘の後ろから勢いよく火花が噴出した。

 拳が飛ぶ。凄まじい勢いで飛んでいく!

 三瀬に向かって真っ直ぐ進んでいく!


「……んなっ!」


 三瀬は咄嗟に尻尾をオレの拳との間に滑り込ませたが、関係ない。


 拳の勢いは止まらず、防御のための尻尾ごと三瀬の体を吹っ飛ばした。


「っがあ!」


 背中からトンネルの壁に激突した三瀬の口から、苦悶の声が漏れた。


 飛んでいったオレの右手は、どうなった?

 ああ、大丈夫だわ、これ。

 太いワイヤーのようなもんが繋がってて、勝手に戻ってきた。

 便利だな。もしかして何発も打てるのか?


 オレは改めて自分の太い腕を眺めていたのだが、

「……く、そ、があ。ざけんな、クソがあ!」


 三瀬が、立ち上がろうとしているのを見て、身構える。


 こいつ、アレを食らって意識があるのかよ。

 頑丈な奴だ。


 まだやろうってんなら、相手になるが。


「ああ? なんだ? なんで動かねえ、こら、オイ!」


 突如、苛立ったように叫び出す三瀬。


 どうやら尻尾が思うように動かなくなったらしい。

 背中から壁にぶつかってたからな。その拍子に壊れちまったってことか。

 ギチギチと耳障りな音をたてて軋むばかりの尾と、拳を構えたオレを三瀬はしばし見比べ、


「……ガラクタがあ。舐めやがって! クソっくっそがあああああ!」


 忌々しそうに呪いの言葉を吐いて、すぐさま駆け出して乗ってきたバイクにまたがった。


「ぜってえお前は俺がクズ鉄にしてやる! 忘れんじゃねえぞ!」


 バイクのエンジンをかけ、オレたちに背を向けた三瀬の声がトンネルに反響する。


 お手本のような捨て台詞。

 負け惜しみを言ってんじゃねえや。


 だったらオレ様も、お約束の言葉を送ってやるとしよう。

 遠ざかっていくバイクの明かりを見送りながら、オレは声にならない声で高らかに叫ぶ。


 一昨日きやがれ、馬鹿野郎が。

 現実世界にないものの描写って、どこまで詳しく文章にするか迷います。

 この主人公の視点だと、あまりにも細かいところまで見て取るのも妙ですし。

 用語もあんまり使えません。

 こういう形かなあ、と想像させる技術が欲しいです。

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