七 招かれざる客の多い日
原付に乗るときに、フルフェイスのヘルメットって変なんですかね?
学生時代の私の話なんですけど。
ロボットに憑いてほしい、か。
つまり、こいつらは、オレに動かせと言ってるわけだ。
自分たちが作ったロボットとやらを。
今、オレがすまほに憑りついて喋っているように、機械の体を動かしてくれと。
そういうわけか。
自分じゃ作れないから、理屈はわからないけど既にあるものを利用する。
なるほどなるほど。考え方は悪くねえ。
しかしだ。
『嫌に決まってんだろ。オレにお前さんたちのおもちゃを動かせって? 冗談じゃねえ』
頼む相手を間違えたな。
生憎オレはそんな自分にとってなんの得にもならないお願いを聞いてやるほど親切な幽霊じゃない。
むしろ、その逆だ。
オレは、悪霊。
このトンネルで人間をからかって遊ぶのが性に合ってる。
『話がしてえっていうから相手してやったけどよ、結局てめえらも、オレで遊びにきただけの連中と同じかよ』
オレを見てビビらなかったから面白い奴かもと思ったのが間違いだった。
なんだか、しらけちまったな。
これまで面白半分、物珍しさで寄って来る連中はよ。
腐るほど相手してきたんだ。
幽霊だなんだつって、結局誰一人、オレが元々なんだったのかも考えようとしない。
オレを人間だと思っていない。
このトンネルの、不思議なアトラクションくらいにしか、見ていない。
うんざりなんだよ。そういうのは。
『お人形遊びの相手探しなら、他をあたりな』
オレはそれだけ言って、憑りついていたすまほから離れる。
もうこれ以上、付き合うつもりはなかった。
出て行けと脅すつもりもない。
黙って無視していればそのうち帰るだろ。
そう思ったんだが。
「待ちなさいよ!」
でかい声がビリビリとトンネルの空気を震わせた。
なんだ?
今度は妹の方か?
「遊びじゃない! 本気なの! あたしたちは! 今の、取り消しなさいよ!」
てっきりオレを引き留めようとするのかと思ったが、違ったらしい。
真白は両手を固く握りしめて、凄まじい剣幕で怒鳴る。
ゴーグルをかけているはずなのに、射抜かれるような強い視線を感じた。
「あんたにはわかんないかもしれないけど、あたしたちはあのコを動かすために何だってしてきた! 夢だったから。子どものころから、ずっと、その日が来るのを夢見て必死で頑張ってきた!」
あのコ、ってのはロボットのことか。
こいつの怒り方を見れば、適当なでまかせを言ってるわけじゃないのは伝わってくる。
だが、だからどうしたって話だ。
お前が頑張ってきたことと、オレに何の関係がある?
声張ればいいってもんじゃないんだよ。
本当に、うるせえ女だ。
「やめなさい。支離滅裂もいいところよ、真白」
「お姉ちゃんも、悔しくないわけっ? こんなわけわかんない奴に、適当なこと言われて!」
「……利用しようとしたのは、事実よ。何も知らない彼にしてみれば、迷惑な話でしょうね」
諭すように妹の肩に手を置いて、黒実はオレを見上げ、言う。
「でもね、幽霊さん。これだけは信じて。私も妹も、遊び半分であなたに近づいたわけじゃないわ。私たちには今、あなたが必要なの。助けると思って、協力してくれないかしら」
「お、俺からもお願いします! 力を貸してください!」
黒実が深々と頭を下げ、それに京之助も続いた。
真白だけが口をへの字に結んで、オレを睨み続けている。
なんだ、この状況。
なんでこんな面倒なことになっちまったんだかな。オレは京之助のすまほに憑りついて、
『失せろ。興味ねえよ』
それだけを告げた。
こいつらが真剣なのはわかった。
だが、本気で探せばオレじゃないお人好しな幽霊くらい、また見つけられんだろ。
せいぜい心霊スポット巡りに精を出してくれ。
オレは自分が死んだこのトンネルで、これからも人間をからかって暇をつぶすだけだ。
オレの内心を察したのかどうかはわからない。
だが、黒実は、小さな、それでいてはっきりとした声で、
「残念ながら、私たちに他をあたっている時間はないのよ」
そう呟いた。
……どういう意味だ?
時間がない?
そんなはずないだろう。オレと違ってお前らは生きている。
歳は取るだろうが、まだ死ぬには若すぎるはずだ。
だとしたら金の問題か?
それこそ下らねえ。
妹と違ってオレの言葉に眉一つ動かさなかったこいつが、それをわざわざ言葉に出すだろうか。
「……っ! 誰か来たわね」
オレが疑問の答えを出す前に、黒実がトンネルの入り口の方を向く。
確かに、何かが近づいてくる音がするな。
この空気が低く震える感じ、エンジンの音だな。
車じゃねえ、バイクだ。多分、かなりでかいやつ。
入り口で止まらねえで、そのまま中に入ってきてんな。ただの通行人か?
オレの予想に反して、トンネルの入り口から突っ込んできた一台のバイクは、黒実たち三人のところでやかましい音を立てて停まった。
乱暴にかけられたブレーキの音が、トンネル内に反響する。
道の真ん中に人が居たから、ってわけじゃあなさそうだな。
「あー、やっぱあれだな、これ背負って長時間運転してっと腰とケツが痛くなって仕方ねえわ」
フルフェイスのヘルメットに、赤黒いライダースーツ。
その男はまたがっていたバイクから降りるなり、大きく背伸びをした。
言葉の通り、でかいリュックみたいなもんを背負っているそいつは、首の骨を鳴らしてヘルメットを脱ぐ。
「お前ら、なにこんな山奥まで来てんだよ。おかげで探すのに手間取っちまっただろうが」
ライダースーツというものを着たことがないのですが、あれはやっぱり温かいのでしょうか。