終章 幽霊であり人でもあり
ここ二週間くらいの間、テレビで朝の情報番組とやらを見るのがオレの日課になっていた。
もうすっかり見慣れちまった京之介の家のリビングで、オレはサンタボールに憑りついたまま、流れる映像をぼんやりと眺める。
仕事に行く人間が起き出す時刻に始めるそれは、世界情勢やら、日本の中で起きた事件やら事故やら、政治の問題やらの堅っ苦しいニュースで始まって、芸能人のスキャンダルやら、最近の流行り廃りやらへ移り変わっていく。
よくもまあ、こう毎日飽きもせず色んな出来事を見つけてくるもんだ。感心するぜ。
『……ただなあ』
今の世の中を知るために始めたことだったが、オレが生きてた頃から随分様変わりしたような気もするし、根っこのところはなんも変わってねえ気もする。
女子アナは相変わらずべっぴんさんばっかだしな。
オレみてえなスケベの数は減ってねえってこった。
安心安心。ってところだろう。
『次はお天気です』
テレビの画面が切り替わって、にこにこ笑顔の可愛い女が映し出された。
目の保養になるっちゃあなるんだろうが、オレ、天気とか関係ねえしな。
自然と意識が逸れていく。
『おい、アイビス。こないだのオレたちの大暴れは、なんでニュースにならねえんだ?』
『ネクストアースによる報道規制かと思われます。研究所内の事故として処理されたようです』
適当に投げかけた言葉に、すぐさま女の声が返ってくる。
これもここ二週間くらいでおなじみになったことの一つだ。
サンタボールとアイビスの本体は繋がってるらしい。
真白が言うには、オレと会話することでアイビスの考え方の幅を広げることに繋がるんだそうだが。
『事故、ねえ。黒実の差し金だったとはいえ、アホウドリぶっ壊すために三瀬みたいなイカレ野郎を送り込んでくるような連中だぞ? オレたちを潰しに来ねえのか、その、ネクストなんちゃらは』
『ネクストアースです。今のところ、大きな動きはありません。オーバーリム計画が頓挫したというのも大きいでしょう。ですが、サンタ様の言葉を借りるならば……』
『お?』
『何かウラがありそうだぜ、といったところです』
『ほぉ、お前さん、よく分かってきたじゃねえか』
『光栄です』
とまあ、こんな具合に。
ロボットそのものだった姉ちゃんが段々人間らしくなっていくのは面白いもんだ。
おかげで暇つぶしの相手が一人増えたってわけだ。
『暇つぶしっつったら、あれだな』
そろそろあいつらが起きる頃だ。
テレビの左上の端っこに表示された時刻を見て、オレは秒読みを始める。
十、九、八、七、六、五、四、三、二、一。
ピピピピピピピピピピピっとアラームの音が聞こえてきた。
そして、その音と同時に聞こえてくる二つの声。
「ぎゃあああああああっ!」
「うわっ、ぶへぇっ!」
重なった高さの違う悲鳴の後にドタン、ゴトッ、ガタァン、バラバラっと音が続く。
想像するに、最初の音は真白がベッドの上で寝ていた京之介を蹴っ飛ばした音、次が京之介が落ちた音、そのまま転がってどっかにぶつかった音、なんかこまごました物が落ちた音ってところだろうな。
『お、きたきた。今日も元気よさそうじゃねえか』
リビングにドスドスドスっと近づいてくる足音が近づいてくる。
この後の展開は予想するまでもねえ。
「サンタぁっ! あんたまたやったわね!」
ドアが外れるような勢いで開き、真白の怒声が響き渡った。
『どうした真白。なんか悪い夢でも見たのか?』
「とぼけてんじゃないわよ! あんたまたっ……」
『京之介に憑りついて寝床に潜り込んだってか?』
「ぅぐっ!」
言いかけた言葉を先取りされた真白が口をつぐみ、その顔が若干赤くなる。
そんな男を誘うのが目的みてえなパジャマ着て、何を照れてんだかな。
『あのな。いっつもオレのせいにすんなよ。京之介が自分で行ったって可能性もあるだろうが』
「京ちゃんがそんなことするわけないでしょ! バカじゃないの⁉」
『まあ、確かになあ』
それこそが問題だとは思わんのかね、この女は。
あの一件以降、真白と京之介の仲はまるで進展しやがらねえ。
お互いに顔を合わせれば、ああ、だの、うん、だの煮え切らねえやり取りばかり。
じれったいったらありゃしねえんだよ。
オレはその手伝いをしてやってるだけだっつうの。
『ああ、そうだよ。今日もオレがやったよ。その様子だとまた何もなかったのか。残念だったな、真白』
「ざ、残念って何よ! あたしは別に……」
『いや、ぶっちゃけお前、オレが忍び込んでる時起きてんだろ』
「ふえっ⁉」
『ばれてねえとでも思ってんのか。毎度毎度ご丁寧にベッドの片側に寄って寝たフリしやがって』
「そういう寝相なのよっ! 変な言いがかりつけんな!」
『言いがかりはそっちだろ。そんな薄っぺらい寝間着で誘ってやがるくせによ。手え出してもらえないからってオレに八つ当たりするんじゃねえっての』
「だから違うっつってんでしょうっ……がっ!」
ゆでだこのように頬を赤らめた真白が、履いてたスリッパを手に持ってサンタボールを殴りつけてくる。
だが、寝起きの女の攻撃なんて大したことはねえ。遅い遅い。
オレはひらりと身をかわして床を這いまわる。
「逃げんな! アホサンタ!」
『やなこった。捕まえてみな、のろましろちゃん』
逃げるオレを、ムキになった真白はスリッパを片方にだけ引っ掛けた状態でぺったらぺったらと追いかけ、
「真白ちゃん! さっきはごめっうわあああ!」
「へぶっ!」
ぺこぺこ頭を下げながらリビングに入ってきた京之介に激突した。
二人はそのまま仲良くもんどりうって倒れこむ。
なんつうか、我ながら、完璧な演出だ。
「あいたたたぁ、京ちゃん、大丈夫?」
「俺は、その、大丈夫っす。うん」
仰向けの状態で真白に上から乗っかられる形になった京之介が、気まずそうに目を逸らす。
おいおい、このラッキーを素直に楽しめねえのか、京之介よ。
「ご、ごめんね」
「こっちこそ、その、さっきは、ごめん」
これだよ!
なんでこの流れでお互いに立って背中向けることになるんだ、こいつらは。
こんなもん毎日毎日見せられるこっちの身にもなれってんだ。
これからここで暮らしていく間、ずっと続けられたら気が狂っちまうよ。
『こいつらみたいなのをヘタレって言うんだぜ。覚えとけよ、アイビス』
『承知しました。鵜飼真白様と要京之介様を、ヘタレ、で登録いたします』
「せんでいい! アイビスに変なこと教えこむんじゃないわよ、バカ」
本当のことだろうがよ。
真白がオレを踏み潰そうとしてきた足を避けて、距離を取る。
サンタボール作るのにはそこそこ金がかかるとか言ってやがった癖に、後先を考えねえ女だ。
真白のガサツさにオレが呆れかえっていたその時。
「ねえ、うるさいんだけど」
リビングに、この家に住んでいるもう一人の人間が姿を現した。
「朝から何の騒ぎ?」
寝癖でぼさぼさになった黒髪に、開いてるんだか閉じてるんだかわからない目をこすりながら現れた女。
色気もへったくれもないねずみ色でだるんだるんのスウェットを着た黒実が、低く呻く。
「いちゃいちゃするなら部屋でやって。寝覚めが悪いわ」
お前の寝起きが最悪なのはいつものことだろうが。と、思ったが言わない。
多分、話にならないからだ。
こいつ起きてから三十分くらいは完全にポンコツだからな。
「……真白、髪とお弁当、お願い」
「あーはいはい。お姉ちゃん、今日は仕事何時から?」
「八時? か、十時? どっちかよ」
「いや、どっちかにしてくれないと困るんだけど」
「じゃあ間を取って九時にするわ」
「間を取っていいもんなの、それ?」
言いながら真白はすぐに櫛を取ってきて、黒実の髪をとかしはじめる。
実に甲斐甲斐しい姿だが、やらされてるって感じはしない。
真白は自分で望んで、姉の面倒を見ているのだ。
こいつらが派手なケンカをやらかしてから、もう二週間になる。
結果から言うなら、黒実は家に戻ってきた。
この家で暮らしながら、真白とは別にネクストアースで働くと、そういう決断を下した。
あんだけ大事にしといて、そんなんありかよ。とオレは思わなくもなかったんだが。
「ねえ、お姉ちゃん、今日のお弁当何入れて欲しい?」
「……玉子焼き?」
「そんなん毎日入れてんじゃん。なんか他にリクエストないの?」
「ないわ。何でも美味しいし」
「えー、しょうがないなあ」
髪の毛をいじりながらこんなやり取りをしてるってことは、問題ないってことなんだろう。
「はい、おしまい。すぐお弁当作っちゃうからね」
「あ、俺もなんか手伝うよ」
鼻歌交じりに真白がキッチンに向かい、その後を京之介が健気に追っていく。
リビングにはサンタボールに憑りついたオレと、だいぶ見られる姿になった黒実の二人きり。
これも、いい機会なのかもな。
オレはこの二週間ずっと引っかかっていたことを、黒実に訊く。
『おい、黒実』
「なに、サンタくん」
『どこまでが、お前の計画だったんだ』
「………………」
黒実の目が半分開いて、床の上のオレを見る。
言ってる意味が分からねえって顔じゃ、ねえな。
『無くなったんだろ? オーバーリム計画の、軍事利用とかいうの』
「ええ、そうね。どこの馬の骨ともわからないロボットにボロボロにされたのよ? 商品としての価値がないと判断されても仕方ないことだと、思ってるわ」
『けど、お前はネクストアースに残って研究を続けられてる。自分にとって、一番いい形でな』
「結果としては、そうなったわね」
『全部、計算通りだったってわけか?』
ずっと、気になってはいたんだ。
こいつみたいに賢くて用心深い奴が、自分の作った物の情報を真白に渡すようなヘマをやらかすか?
真白を裏切るのも、アルバクロスが完成するのも、昴が負けるのも、最初からこいつの予定通りだったんじゃないか。
そうだったとしたら、こいつがこのガレージに自分を脅かすかもしれない技術を全部置いていったことにも納得がいく。
『あの時、泣いてたのも演技か。黒実』
「そうだとしたら、何?」
『いんや。ただ、真白が気の毒だと思っただけだ』
あいつは本気で、信じただろうから。
自分たちは元に戻れたと。
姉は昔のまま、自分を大切に思ってくれていると。
今も、信じてるだろうからな。
「……サンタくん、一度嘘を吐いた私が、何を言っても説得力がないのは分かっているけれど」
長い溜息を吐いて、黒実はぽつりと呟いた。
「私を、信じて」
何を、と黒実は言わなかった。
ただ黙って、何を考えているのか分かりづらい顔でオレを見つめている。
こいつは本当に、分かりづらい女だ。
だけど、ようやくオレもちょっとは理解できるようになってきた。
『信じて欲しかったら、もうちょい人を頼れバカ』
ロシナンテが現れた時、黒実は本気で動揺していたはずだ。
つまり、あの場に三瀬を、あの化け物みたいな機械を送り込んだ奴がいるんだ。
黒実は、その誰かにもしかしたら心当たりがあるのかもしれねえ。
オレにはその正体なんて想像もつかないが、その誰かは凄まじくヤバい存在で。
黒実はそいつと戦うために、真白と離れようとしたんじゃないか。
そう思っちまうんだよな。
古今東西、兄や姉なんてのは、問題ごとから弟妹を守りたがるみてえだし。
それは、さておき。
こいつとはまだ、体を作ってもらうって約束が残ってる。
色んなもん抱え込みすぎてお前が潰れちまったら、オレだって困るんだからよ。
あの日、トンネルで交わした約束はまだ消えてない。
消してなんかやらねえ。
これからずっと、この新しい住処に憑いて、きっちり守らせてやる。
「その、頼っていい人、の中にはあなたも入ってるのかしら? サンタくん」
『いつも言ってんだろ。オレは幽霊だよ』
こいつらと関わって、アホウドリやらアルバクロスやら妙なもんに憑りついてきたせいかもしれねえな。
おかしなことも、あるもんだ。
『人に話しにくいことも、あるんだろ。だったら、オレが引き受けてやるよ』
オレはもう死んじまってるから。死人に口なし。
でも、聞く耳までもたないってことはねえんだ。
辛いことも、怖いことも、心配なことも、心細いことも、オレが全部聞いてやる。
できることには力も貸すさ。
危ないことだって、構やしねえよ。任せとけってんだ。
「ねえ、ちょっと、サンタくん、くすぐったいのだけれど」
今は例のゴーグルを身に着けてないからな。
オレがこっそり抱きしめてることにも、黒実は気付かないんだろう。
安心しな、黒実。
死んだ方がマシ、なんてことはこの世にはねえんだからよ。
だから、願わくば。
この賢くて、不器用な、大馬鹿女を本当に抱きしめられるその日が来るまでは。
オレもまた、生きていたいって思うんだ。
これにて、アルバクロスのお話は一度おしまいとなります。
長い長い話に最後までお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました。
一話一話、投稿するたびに、読んでくださっていた方がいらっしゃったこと、感謝してもしたりません。
いいねをしてもらったり、ブックマークをつけてもらったり、その一つ一つに一喜一憂しておりました。
この物語が皆様をほんの少しでも楽しませられたのなら、幸いです。




