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五十六 コンプレックスその3

 倒れて動けなくなった昴の傍に立つ黒実。

 立ったまま動かなくなったアルバクロスの傍に座り込んだ真白。


 黒実も、それと向かい合う真白もあちこち汚れて満身創痍だった。


 オレと昴と三瀬が暴れたせいで周りはほとんど瓦礫の山。

 とんでもなく激しいケンカの結果の中で、どこまでもあべこべな双子は静かに見つめ合う。


「終わってしまえば、あっけないものね」


 先に口を開いたのは黒実だった。

 この惨状の中でよくも、あっけないなんて言えたもんだ。


「認めるわ。あなたの勝ちよ、真白」

「え?」

「生まれて初めて、あなたに負けちゃったわね」

「はは、ごめんねえ、黒実ちゃん。私のせいで」


 地面で横たわって力なく笑った昴の左側を見つめ、黒実が言う。

 その顔に悔しさや怒りは感じられない。静かに事実を確認しただけ。

 だが、張り付いた無表情にオレはどことなく柔らかささえ感じちまう。


「あ、あたしがお姉ちゃんに勝ったんじゃないよ! あたしと、お姉ちゃんで作った物が、お姉ちゃんだけで作った物に勝ったんだって」

「……そう。あなたは、そういう見方もできるのね」


 気遣うように言った真白に対して、黒実は首を横に振る。

 自分にはできない、そういうことなんだろう。


「お姉ちゃんがいなかったら、アルバクロスはここにはいない。あたしたちが力を合わせたら、こんなすごい物が作れる。自分で言うのも、その、あれだけど……でも、やっぱ、また、あたしたち一緒に」

「嫌よ」


 立ち上がって近づこうとする真白を、黒実はきっぱりと拒絶した。


「負けたらあなたに謝る。そういう話だったわよね」


 息を呑み、その場に張り付けられたように固まった妹の前で、黒実は言う。


「勝手な姉で、ごめんね」


 長い黒髪の先が地面に触れるほどに、深々と頭を下げて謝る。


「でも、やっぱり私はもう、あなたと同じことはしたくないの」


 顔を上げた後、黒実は言った。


「どうして? あたしのこと、そんなに嫌い?」


 姉に拒絶された妹の顔が歪む。

 勝ったはずなのに。

 生まれて初めて姉を追い越したはずなのに。

 涙が頬を伝う。


 こいつが本当に望んだことは、多分、姉ちゃんに勝つことじゃなかったんだろうな。

 また一緒にいられるようになりたかった。

 そのために、死に物狂いで頑張ったんだろう。


「嫌いなわけ……ないでしょう!」


 そこで、黒実の方が爆発した。

 初めて聞く黒実の怒声。

 嘘だろ、おい。


 泣いてんのか、こいつ。


「あなたは私に勝てないと思ってるみたいだけど、上だと決めつけてるみたいだけど! 冗談じゃないわ! いつだってギリギリ、振り向いたらそこにいる。いっつも笑顔で、楽しそうなことを見つけて、たくさんの人に好かれて! こっちは辛くてたまらないのに!」


 泣きながら叫ぶ黒実。

 これと似たような姿をオレは最近、見た気がする。

 真白とそっくりな泣き顔を見て、ああ、やっぱ双子だったんだなあと思う。


「……あなたみたいなのに追いかけられる、こっちの身にもなってちょうだい」


 黒実は両手の拳を血が出そうなほどに握りしめ、口をへの字に曲げて呟いた。


「だから、一緒に居たくないのよ。このままだと、あなたのことを嫌いになってしまうから」

「……お姉ちゃん」

「世界で一番、大切な、大好きな妹なのに!」

「お姉ちゃん!」


 我慢の限界だったのだろう。

 真白が黒実に飛びついた。

 ぐずぐずとしゃくりあげる姉を抱きしめて、自分も泣き出してしまう。

 最初は二人ともすすり泣きだったのに、だんだん声を上げるマジ泣きに変わっていく。


 こいつらが男だったら殴り倒したくなるような光景だが、まあ、許してやるかな。


 どんなに頭が良くたって、二人ともまだ大人になり切れてないガキだったってことだ。


「え、えっと大丈夫っすかね? これ、二人とも」


 事の顛末を傍らで眺めていた京之介が、おろおろこっちを見てくる。

 完全に自分たちの世界に入っちまってるからな。

 オレら男は蚊帳の外だ。


 いいんじゃねえか、これで。


「そう、なんですかね? 俺にはよくわかんないんすけど」


 黒実も、真白も、結局は相手がすげえと思ってた。

 でもそれを素直に口に出来なくてすれ違った。

 けど今日、こいつらは本気のケンカをして、お互いの本音を知り合った。

 お互いがお互いを思いあって、認め合ってればそれで十分だろ。


 例え同じ道を行くにしても、違う道を行くにしても、な。


「……勉強になります」


 ただまあ、このままずーっと泣かれてたら鬱陶しい。

 オレは神妙な顔で頷いていた京之介に憑りついて、互いにごめんねごめんねと繰り返し言い合っている双子を怒鳴りつけた。


「テメーら! いつまでやってんだ! ケンカが終わったんならさっさと仲直りしろや!」

「何? サンタ、ウザい」

「黙ってて、サンタくん」

「ハイハイ! よーし、わかった! オラ、ちょっと離れろ馬鹿双子ども」


 抱き合ったままギロリとこっちを睨み付けてくる双子の間に割って入り、引っぺがす。

 小学校の先生かっつの。

 何でオレがこんなことしなきゃならんのだ。


「お前ら、手え出せ」

「は?」

「意味が分からないわ」

「握手だよ! お互いにごめんっつったら、握手して仲直り! 学校で習わなかったのか、ああっ?」

「……いつの時代の話よ、それ。ダサくない?」

「ダサくねえ! ごちゃごちゃ言わんではよやれクソガキ!」

「別に、いいけどさあ」


 口を尖らせた真白が、渋々といった様子で黒実に右手を差しだす。

 黒実はその手をしばらくじいっと見つめ、小さくため息を吐き。


「これからは別々に頑張りましょ。さよなら、真白」

「でもって、これからもよろしくね。お姉ちゃん」


 笑顔でその手を握り合った。

 目の周りは赤くなっちまってるが、ケンカの後なんてそんなもんだろ。


 全く似てない双子が、同じような表情で握手する。強く、強く、強く……強、く?


「……ねえ、お姉ちゃん」

「なあに、真白」

「手、痛い」

「私は痛くないわ」

「いや、痛い痛い痛い! あいたたた! なにこれ嘘でしょ⁉ ヤバイって! ねえ、マジで!」

「私、これまで生きてきて負けたことなかったから知らなかったんだけど」


 ギリギリギリっと、真白の手を締め上げながら黒実が意地悪く口の端を吊り上げる。


「すっごく、負けず嫌いだったみたい」


 悪魔のような笑みを浮かべ、黒実は手にさらなる力を加えた。


「ごめんごめんごめんって! もう生意気言いません! ずっとあたしの負けで、ひいいっ!」


 突然、醜い争いを始めた二人を見て、流石の京之介も呆れたようにぼやく。


「あれは、止めなくていいやつっすよね」


 その通りだ。あほくさすぎて、付き合いきれねえよ。

 末永く、死ぬまでやってろ、仲良し双子。

 どこまでいっても姉妹喧嘩だった、ということで。

 いや、迷惑すぎるだろと、思わなくもないです。

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