五十五 最後に立っているのは
青い空に向かって、煙が登っていくのが見えた。
『……おい、今、どんな状況だよ』
『クロスコアにサンタ様の接続を確認しました。機体のダメージ状況を表示します』
『いや、いらね。うぜえから消せこれ』
呟いた途端に目の前一杯に危険ですよアピールが広がる。
まともなところが残ってないってことしかわかんねえじゃねえか。
意味あんのかこれ。
オレは体に、アルバクロスの状態を確かめるように、意識を巡らせる。
あちこちが軋んでるが、どうにか動くな。
手足や頭もまだくっついてる。
バラバラになってないだけまだマシだろ。
上半身を起こすと、また寝っ転がりたくなるような光景が見えた。
さっきの熱線のせいであっちこっちから火と煙があがっている。
地面や並んでいるコンテには赤黒い爪痕が刻まれていて、一番被害が酷い場所にオレは居た。
あんなもんの直撃を喰らったんだから、当然だ。
そして破壊の痕をたどっていったその先で、ロシナンテが、三瀬が暴れ回ってやがった。。
残念ながら、あっちはまだまだ元気そうだな。
そのロシナンテの周囲を、黒い影が駆けている。
あれは、昴の奴か。
オレの意識が飛んでた間、あの化け物の相手を引き受けてくれていたらしい。
身を捻り、跳び、転がって、ロシナンテの猛攻を掻い潜っちゃいるが、オレと同じで向こうにやり返す手段がないみてえだ。
あのままじゃジリ貧になって、いつかは捕まっちまうだろう。
「いつまでも、見物しちゃ、いられねえよな」
片膝をつき、そっから立ち上がろうとするアルバクロスの身体が重い。
ロボットは人間と違って、気合や根性で誤魔化しがきかねえもんな。
あと、どれだけ動ける?
そもそも、まだ戦うだけの力は残ってやがんのかよ。
『駆動するだけならば、二分は可能です。戦闘のために出力を上昇させた場合、二十秒が限界となります』
ありがとよ、アイビス。律儀に答えてくれて。
二十秒か。
ちと、足りねえなあ。
オレは考える。
なんかねえのか、起死回生、一発逆転の方法は。
……駄目だな。オレにゃ、無理だ。
下手な考え、休むに似たりってな。
だから。
「真白! なんかねえのか! あのサソリ野郎をぶっ飛ばす方法は!」
ロシナンテが光線で滅茶苦茶しやがった範囲の外、アルバクロスを運んできたトラックの陰に真白と京之介がいるのが見えた。
ひとまず無事でよかったと思うのと同時に、状況はまるで良い方向に向かってねえことに気付く。
今は昴が持ち堪えてくれてるが、それを超えられたら、あいつらは間違いなく助からない。
「サンタ⁉ あんた、生きてたの?」
「死んでるよ! 無駄口叩いてる暇あったら、なんか考えやがれ!」
「……んなこと言ったって」
アルバトロス越しに入れた通信に対する、真白の返事は鈍いものだった。
あいつだって出来の良い頭をフル回転させてるんだろう。
それで答えを導き出せねえってんなら、いよいよ手詰まりってことになる。
万事休すかよ、ちくしょうが。
だったらやけくそだ。
最後の足掻きで、オレが突っ込めば多少の時間は稼げる。
その隙に、昴に他の奴らを逃がさせる。
そう算段を立てて、動きだそうとした時だった。
「サンタくん、聞いて」
「……っ! 黒実、お前」
いつの間にか、すぐ傍に黒実が立っていた。
アルバトロスの肩に手を置いた黒実は、オレに耳打ちするように言う。
「方法ならあるわ。チャンスはたったの一度きり。失敗すればそれでおしまい。どう? 承知の上で、私の案に乗ってくれる?」
「勿体つけるんじゃねえよ。どのみちお先真っ暗なんだ。部の悪い賭けだろうがなんだろうが、乗ってやるよ」
「そう」
さっきのロシナンテの光線に巻き込まれて、黒実の格好もだいぶすすけてやがった。
擦り傷をこさえて、埃まみれになった顔に、いつもの無表情。
だが、その目は爛々と輝いている。
まだ終わっていない。負けていない。
そんな光が、灯っていた。
「真白、聞こえてるわよね。時間がないから、端的に説明するわ」
「……わかった。言って」
アルバクロスの通信機越しに双子がやり取りをする。
どっちもぶっきらぼうな物言いだが、相手のことを信用してるってのは間違いなさそうだ。
「アルバクロスの動力源の電力を、短時間で一気に放出させなさい」
「なんのために?」
「強力な磁場を発生させるのよ。サンタくんの力を最大限、活かすために」
「そういうことね。わかった。すぐ準備する。」
いや、どういうことだよ。
オレの力を、最大限に活かす? アルバクロスじゃなくて?
「サンタくん、あなた、最初に会った時、あのトンネルを揺らしていたわよね? あれ、本来なら、とてもすごいことなのよ」
「なにが、どうすごいってんだよ」
「あのトンネルの磁場が多少強かったとはいえ、それだけで他の物質に干渉できるような影響力を生み出すなんて、尋常じゃないわ」
「意味が分からん! もっとわかりやすく!」
「強い電力があれば、あなたは何だって操れる。理屈の上では、ね」
なるほど、つまりだ。
「オレがロシナンテに憑いて、止める。そういうこったな」
「察しがいいじゃない。助かるわ」
だったらもうちょっと、それらしい顔しろってんだ。
この仏頂面がよ。
将を射んとする者はまず馬を射よ、だ。
別に、正面からあの化け物に勝つ必要はない。
アホウドリや、アルバクロスと同じように、オレがロシナンテを操ることができれば自爆でもなんでもできるはず。
ぶっつけ本番だが、勝算はある。
やってやろうじゃねえか。
「サンタ! 行くわよ! お姉ちゃんは、そっから離れてこっちに!」
真白から通信が入ったのと同時に、アルバクロスの全身が唸りをあげ始めた。
目も眩むほどに白く輝き、ところどころから、火花にも電気にもみえる何かが爆ぜだす。
「……お願い、サンタくん」
背を向けて駆け出す直前、黒実が小さく呟くのが聞こえた。
もうちょっと色気のあるお願いだったら、もっとやる気もでたんだろうけどな!
黒実だし、仕方ねえか!
『ああ、任せとけ!』
オレが叫ぶのと同時に、アルバクロスから閃光が迸った。
いや、違う。
広がったのは、オレ自身だった。
アルバクロスから発せられた青白い光に乗って、自分がどこまでもどこまでも広がっていくのを感じる。
今までで一番、デカく。
今までで一番、濃く、強く。
膨れ上がったオレは。
『あぁあっ?』
そのまま、ロシナンテを、三瀬を呑み込んだ。
『ギァ、ギャギ、ギ、ゴ、アアアアァァアアアアッ⁉』
内側に潜り込もうとするオレを拒もうと、三瀬が抗っているのを感じる。
コイツ、ほんとどんだけ執念深いんだよ!
動きを抑えつけるだけで、精一杯だぞ糞が!
このままじゃ、時間切れで、オレの方が弾き出されちまう。
だが、次の瞬間。
「今度こそ、終わりだよ! 三瀬さん!」
がくん、とロシナンテの身体が傾くのを感じた。
昴だ。
動きの鈍くなったロシナンテの背中に乗った昴が、太い両腕に星形から撃ち出したワイヤーを五本全部絡みつかせて、磔にでもするように引っ張っている。
だけど、まずい。
こいつは、腕のほかにもう一本!
『ジャ、魔、ダァアアアア! ガキガァアアアアアアッ!』
ロシナンテの背中から鎌首をもたげた鋼鉄の尾が、凄まじい勢いで昴に迫り。
『援護します』
その軌道を、飛び込んできたアルバクロスによって遮られた。
アイビスが、やってんのか。あれ。
なけなしの余力を振り絞っているんだろう。アルバクロスはそのままロシナンテの尾にしがみついて、動きを抑え込み続ける。
昴も、アルバクロスも、とうに限界を超えてやがるんだろう。
それでも、三瀬からロシナンテの制御を奪い取ることができねえ。
内側で、押し合ってるオレにはわかる。
こいつだって命懸けなんだ。
自分の体を奪われまいと、必死なんだ。
失えば、何も残らない。その恐ろしさを、オレは知っている。
抗う三瀬の意識を、オレは無様だとも、醜いとも思わなかった。
けどな!
負けてやるわけには、いかねえんだよ!
あと一歩なんだ。
あと一手。
どこかに、決め手さえありゃいいんだ!
そして、オレは見つけた。
最後の一手。
それは文字通り、アホウドリの右腕の形をしていた。
ここに殴りこんできた時、昴の奴に壊されたアホウドリ。
その右腕が、ロシナンテの足元に転がっていた。
ただの偶然。傍から見れば、ガラクタにしか見えなかっただろう。
だが、オレは行く。
少し離れたところで、転がっていた鉄の塊に向かって進む。
アホウドリの右腕に、最後の望みをかけて憑りつく。
オレは電磁波なのだと黒実は言った。
もしそれが本当なら、オレが電気みてえなもんなのだとしたら!
動け。
こいつを、自分の右腕だと思え。
体はここにある。
オレはここにいる。
オレが人間なんだったら!
できねえはずがねえんだ!
最初に動き出したのは指先だった。
そうだ。その調子だよ。このまま一気にいくぞ。
あいつを殴る。それだけでいい。
それまでの間、お前がオレの右腕だ。
『オオオオオオオオオオっ!』
雄叫びのように、アホウドリの右腕が吠えた。
ロケットパンチと同じ。
火を噴き、三瀬に向かって突き進む。
オレの体はここにある。
右腕に全ての感覚を載せる!
拳を握れ!
振りかぶれ!
踏み込め!
腰を入れて、力一杯、ぶちかませ!
『……っ⁉」』
オレの拳が、三瀬の顔面の左側を捉えた。
捻りを加え、抉りこむような一撃。
鋼の拳が、ロシナンテの装甲を砕き、生身の男の骨を歪ませ、脳を揺らし、振り抜かれる。
『ガ……あ……アア?』
それでも、最後まで、三瀬は倒れることはなかった。
ロシナンテの全身から力が抜け、立ったまま、動かなくなる。
『い、や……ダ、お、レは……負ケ、たくな』
「すまねえな。悪く、思うなよ」
アルバクロスに憑きなおしたオレは、三瀬の身体が収まっていた胸元の装甲を力任せに剥がした。
そして、虚ろな目をしたまま動かない男を引きずり出す。
断末魔は、聞こえない。
だけど、三瀬という男は、これで終わりを迎えることになるんだろう。
「勝ったのは、オレ、だか……ら……な」
立ち上がり、右拳を振り上げたところで体が動かなくなった。
ああ、電池が切れちまったのか、こいつ。
オレは宙にふわりと浮き上がって、ズタボロになったまま固まるアルバクロスに言う。
ご苦労様だな。
お互いに。
最後は総力戦。
みんな限界の状況になりました。




