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五十四 サンタ×夢

 オレは今まで、夢を見ていたらしい。


 目の前にあるのは見慣れたトンネル。

 暗くて、薄汚れてて、辛気臭くて、ろくな奴が来ない。

 悪霊がいると言われてもおかしくない、オレの住処だった。


 長い、長い夢だった。

 いつも見ていた悪夢とは違う。初めて見る夢だった。

 この夢も、誰かの記憶だったんだろうか。


 面倒くさいことがたくさん起こって、騒々しい奴がたくさんいて、楽しいこともまあ、ちょっとはあって。


 生きてるってのは良いことだ。


 幽霊のオレが羨ましいと思っちまうような夢。


「夢じゃねえぞ、若いの」


 あん? 誰だこの声。


 トンネルの入り口に、じいさんが一人立っていた。

 もじゃもじゃの白髪に、触ると痛そうな髭面の、痩せていて小汚い恰好をしたじいさんだ。

 もちろん、オレの知り合いじゃない。

 そもそも、オレに知り合いなんていない。


「こうやって話すのは、二回目だな。お前さんは忘れちまってるらしいが」


 このじいさん、不健康そうななりをしているわりに、目ばかりが爛々と輝いている。

 ちょっとやそっとじゃくたばらねえって、しぶとさみてえなもんを感じる目だ。


 誰だか知らねえが、幽霊のオレになんか用でもあんのかよ。


「礼を言いに来たんだよ。お前さんには世話になったからな」


 礼? なんだそりゃ?

 オレはじいさんの面倒なんて見たことねえぞ。


「世話になったのは、俺じゃあない。可愛い可愛い孫娘達だよ」


 覚えているだろう、と言わんばかりにじいさんが顔をしわくちゃにして笑いかけてくる。


 もしかして、オレが見てた夢の話をしてんのか?


 双子の女と気弱な男、そんな奴らがこのトンネルにやって来た。

 その後の話。


「サンタ、お前さんには迷惑をかけたな。全部、俺のせいだ」


 じいさんは目を細め、深く息を吐き出しながら言う。


「こんなはずじゃあ、なかったんだがなあ」


 どうしたよ? 何かひどい失敗でもしちまったのか。


「俺はな、孫娘がすげーすげーって喜ぶ顔が見たかっただけなんだよ。じいちゃんすげえだろって、自慢したかっただけなんだ。年甲斐もなく頑張ってみたのは、あの子たちがいたからなんだよ」


 じじ馬鹿ってやつか。

 そりゃはた迷惑な話だなあ。


「俺のせいで、黒実は苦しんだらしい。真白も、大好きな姉ちゃんと喧嘩せにゃならなくなった」


 そうだ。黒実と、真白。

 あいつら、そんな名前だったな。

 だんだん、思い出してきたぜ。


「……悲しいなあ」


 おい、じいさん。

 なんだその目は。

 なんでオレの方、じーっと見てんだよ。

 やめろよ。


「俺はもう死んじまってるからなぁ、どこかに可哀想なじじいの頼みを聞いてくれる幽霊はおらんかのぅ」


 ふざけんな。

 オレにまだ何かやれってのか。

 そもそもな、ガラじゃねえんだよ。人助けなんてのは。


 オレは、このトンネルの。


「悪霊だからか? それとも、自分がどこの誰ともわからんあやふやなもんだからか」


 そうだよ。その通りだ。

 オレは、誰でもねえ。

 自分が誰かもわからずにふわふわしてる、宙ぶらりんの幽霊だ。

 そんな奴に、何か頼もうなんざどうかしてるぜ。


「そんなお前さんだったから、良かったんだよ」


 なんだと?


「自分が誰かを決めるのは、自分じゃない。誰だって一人で生まれることはできん。親父がおって、お袋がおって、じじい、ばばあと、その上がおって、きょうだい、友、先生、仲間と出会う」


 けど、オレは。


「みんな、同じさ。出会ったたくさんの人の中で、人は自分がどんなものかを知る。どんな人になるのかを決める。お前さんと、なんも変わらん」


 幽霊とか、悪霊とか、そんな言葉でわざわざ自分を呪うな。

 そう言ってじいさんは、トンネルの向こうを見る。


「体はなくとも、お前は良い心を持った人間だ。そして、孫達が出会ったのが、お前さんで良かった」


 光が見えた。

 暗いトンネルの向こう側、その先にあるどこかから光が届く。


「行ってくれんか?」


 そういう言い方は、ずるいんじゃねえか?

 断ったら、オレが悪人みてえじゃねえかよ。


 だが、まあ、ここに残っても見ず知らずの爺さんと二人っきりだ。

 しかも頼みごとを断ったという気まずさのおまけつき。


 仕方ねえ。本当に、面倒なんだがな。


「恩に着ろよ、じいさん」


 オレはトンネルに向かって一歩、踏み出した。

 いつ以来だろうな、自分のものだって思える足で歩くのは。


「はっは、頼もしいなあ。お前さん、そうやって見るとなかなか男前じゃないか」

「じじいに褒められたって嬉しくねえよ」


 オレはじいさんに背を向けて、歩き出す。

 体があった頃を思い出しながら、暗いトンネルの中を一歩一歩進んでいく。

 だが、途中でまどろっこしくなって駆け出すことにした。

 やっぱしこのトンネル、狭苦しいな。


 もう、向こう側が見えてきやがった。


「ありがとうよ、サンタ」


 じいさんの声に送られて、オレはトンネルの向こうの光へと勢いよく飛び込んだ。

 時々、タイトルに使ってきた『×』は、クロスと読みます。

 二つのものを掛け合わせるという意味で使ってるのですが、サンタと合わせるとサンタクロスになりました。

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