五十二 たとえ自分が誰であれ何であれ
「なぁ、昴。一つ、訊いてもいいか?」
「……何」
構えを解いて、肩をすくめてみせたオレに昴は訝しむような視線を向けてくる。
割れたヘルメットの隙間から覗く眼光の鋭さから察すると、まあ、滅茶苦茶警戒されてるみてえだな。
一度、不意を突くような真似をしたわけだし、そこはまあ、しゃーない。
ただな、ちょっと睨まれてるくらいで、こっちも引き下がってはやれねえんだよ。
「お前さ、何をそんなに肩肘張ってがんばってんだよ」
「どういう意味? 何が言いたいのか、よくわかんないんだけど」
「いやなぁ、どうにもしっくりこねえんだよな。みんなのため、とか、私がやらなきゃ、とかよぉ。何がお前にそこまでさせてんだ?」
「そんなの、私の勝手じゃん。サンタくんに、関係ないでしょ」
吐き捨てるような口調で、オレの質問を突っぱねようとする昴。
こいつは、気付いてるんだろうか。
これ以上、踏み込んでくるなってその態度が、お前の本心の裏返しだってことに。
なあ、昴。と、オレは素直な疑問を口に出す。
「それは全部、ほんとにお前の意志でやってることか?」
「…………」
「なんかよ、今のお前を見てると、息が詰まるんだよ。何かに縛られてるみたいでな」
私がやりたい。と、私がやらなきゃ。
この二つは似てるみてえで、全く違う気持ちだとオレは思うんだ。
進む先も、背負うものも、自分じゃ選べない。
ただ辛くて、重い方を選び続けるしかないと、自分に言い聞かせる。
そんなのは、十六、七かそこらの、ガキの考え方じゃねえだろうが。
「ぐちぐち、ぐちぐち、ぐちぐち……うるさいよ、サンタくん」
低く、唸るような呟きは、始まりに過ぎなかった。
「ロボットだか、なんだか知らないけどさあ! いきなり現れて! どっかで聞いたような口ぶりで! 知ったようなこと言って! ほんっとに、イライラするんだよね!」
せき止めていた何かを吐き出すように怒鳴った昴は、もう一度、背中を仰け反らせて大きく息を吸い。
「何様だよ! ふざけんな!」
絶叫を、オレに向かって叩きつけてきた。
「たしかに、何様なんだろうな」
そこんところは、オレにもよくわからねえ。
ただ、これでいいんだ。
怒って、叫んで、さっきまでの聖人君子みてえな目標掲げてみせてるより、ずっと人間らしいじゃねえかよ。
だから、ここはもう一歩踏み出そう。
そこにある地雷を思いっきり、踏み抜いてやるんだ。
「死んだ兄貴が、今のお前を見たら、どう思うんだろうな」
それを言った、次の瞬間。
拳を振り上げた昴が、目の前に迫ってくる姿が見えた。
「ざけんな!」
容赦なく振り下ろされた今までのどれより重い左の拳を、オレはどうにか受け止めることができた。
構うもんか、続けろ! 言え! こいつに全部吐き出させろ!
「なに怒ってんだよ! 痛いところ突いちまったか?」
「うるさい!」
「自覚はあるんだよなぁ! 自分がどっかで間違えたかもしれねえってよ!」
「もう、黙っててよ!」
「嫌だね!」
すかさず打ち込まれてきた右腕も、受け止める。
昴はそのまま指を開いて、こっちの両手を掴み、捻り上げようとしてきた。
けど、そうはいかねえ。
こっちも組み合ったまま、渾身の力で抵抗し続ける。
「どうせ兄貴が死んだのは自分のせいだとか思ってんだろが! 助けられた私は責任もって世のため人のために一生を捧げますってか? てめえこそ、何様だよ!」
「それのっ、何が悪いのさ! 兄ちゃんは私をかばって死んだんだ! 私は兄ちゃんから、命をもらったんだ! 生きることを、譲ってもらったんだ! 私は自分一人分で生きてくだけじゃ、足りない。兄ちゃんの分まで、二人分、強く! 生きていくって、決めたんだ!」
「ざけんな! 誰がそんなこと頼んだよ!」
思い出すのは、これまでずっと、悪夢の中でみてきたものだった。
眩しい光と、熱と、痛みの中で、オレが必死に抱きかかえていたもの。
守りたいと願ったもの。
たとえ自分が死んだって、生きててほしいと思った誰か。
それが、目の前にいるこいつなのだとしたら。
「お前がそんな顔してやがったら、浮かばれねえだろうが!」
強く生きろなんて、思ってねえよ。
オレの分まで頑張れ? んなわけねえだろ。そんな大した人生でもなかったさ。
オレ一つの、ちっぽけな命を懸けて守りたかったもんがあるんだとしたら。
願ったことがあるんだとしたら、それは。
人並みでいいから、幸せであってくれ。
それだけの、はずだったんだ。
「だから、泣くなよ……昴」
機械仕掛けの腕と脚に力を込めて、必死でオレをねじ伏せようとしてる。
そんな昴の目からは、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちていた。
ほれみろ。やっぱり、しんどかったんじゃねえか。
やせ我慢、してたんじゃねえか。
どんなに立派な腕や脚をもらったって、お前は人を殴って、何かを壊して、平気でいられるような奴じゃなかっただろうが。
「頑張りすぎてんじゃねえよ、バカ野郎」
「!」
ぱっと、腕から力を抜き、棒立ちになったオレを見て、昴は目を見開いた。
自由になった左腕が、すかさず振りかぶられて。
その拳は。
アルバトロスの顔の、寸前で止まった。
「…………なんで、だろうね」
少し離れたところで、黒実が昴に向かってなにか叫んでるのが聞こえた。
どうしたの、とか、動きなさい、とか、そんなこと言ってやがる。
ちょっと黙っててくれや。
こいつはなんでもかんでも言いなりのロボットじゃねえ。まして、操り人形でもねえんだから。
「ここにいるのは、ただのロボットなのにさ」
昴が見ているのは、アルバクロスの姿だ。
どんなに人に近くたって、機械でしかない。血の通わない、偽物だ。
そして、それに憑いてるオレだって同じ。
自分の名前さえ思い出せない、所詮は幽霊でしかない、偽物。
「もう、壊せそうに、ないんだよ」
かくん、と、昴の左腕から力が抜けて、下におろされる。
一杯の涙を浮かべた目で、昴はオレを見据えて言った。
「サンタくん、きみ、一体、なんなの?」
ああ、もう、いいか。
言ってしまおう。
本当かどうかなんて、関係ない。
確証とか、躊躇いとか、んなもん、どうでもいいじゃねえか。
こいつにこれ以上、こんな顔をさせちまうくらいなら、嘘でもなんでも伝えちまおう。
「……オレは」
お前の、と言いかけたその時。
「え」
目の前を、鉛色の何かが通り過ぎていった。
今まで昴が立っていた場所を薙ぎ払うように。
金属と金属がぶつかる、耳障りな音が響き渡った後。
何かに吹き飛ばされた昴が、地面に転がる姿が見えた。
そして、オレは聞く。
「よお。なあに、俺抜きで盛り上がってんだ、ガラクタ共」
聞くだけで反吐が出るようなこの、汚ねえ言葉遣いと、下品な笑い方。
そして、金属の尻尾。
すぐそこに、三瀬が立ってやがった。
そろそろ大詰めです。
最後まで頑張ります。




