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五十一 アイビス

 なんだ、今の声。


 京之介に憑いてる時にはよくあることだが、今はアルバクロスだ。

 どうなってやがる?


『まさかさっきのでどっか壊れちまったのか?』

『破損個所の確認ですね。外部装甲に軽微な損傷が数か所あります。いずれも戦闘行動に支障をきたすほどのものではありません』

『だからなんなんだよ! この声は!』


 空耳じゃなかったらしい。

 今度ははっきり、しかもかなり長いこと喋りやがった。


『私はアルバクロスのサポートプログラムです。アイビスとお呼びください』

『……機械の姉ちゃん、お前かよ』



 どうやらこの声の主は、あのガレージに置かれてた黒い箱型の機械らしい。

 真白の奴、こんなもんまで仕込んでやがったのか。

 どっか遠くから通信してんのか、アルバクロスの中に埋め込まれてるのかは知らねえが、頭ん中に自分じゃねえ誰かがいる感じってのは、なんつーか気持ち悪いな。


 オレが言うなって話だが。


『私に性別はありません。この音声は……』

『うるせえな! 今それどころじゃねえんだよ!』


 突然一人で騒ぎだしたオレの様子を窺っていた昴は、問題なしと判断したらしい。

 もう一度、星形の先端をこっちに向かって伸ばしてきた。

 頭を潰すような勢いで突っ込んできたその一撃を、オレは組んだ両手で払いのける。

 あのワイヤーがある以上、むやみに避けたり距離をとりすぎるのも良い手とは言えねえ。


 立て続けに繰り出される攻撃を、オレはどうにかかいくぐり続ける。


『つっても、このままじゃあジリ貧だわな』

『サンタ様、私に出来ることはございませんか』


 オレの苛立ちを察したようなタイミングでアイビスが意識に割り込んでくる。


 ねえよ! と怒鳴りかけて、ふと気づく。


 真白の奴が天才だって話を信じたとして、だ。

 あいつが、この状況で役に立たねえもんをわざわざアルバクロスにつけるか?


『アイビス、教えろ! お前、何ができる⁉』

『機体の出力調整と動作の最適化、敵の行動アルゴリズムの分析と予測、搭載されている各種センサーから得た情報をもとに……』

『わからん! どのくらい強くなるのかもっと簡単に!』

『現在、サンタ様単独の操縦でアルバクロスは全能力の十パーセント程度の機能を発揮しています。私の補助により約五十パーセント以上の効率化が見込めます』

『つまり十が六十になるってこったな!』

『概算ですが』


 お前の力を借りれば六倍くらい強くなるってわけかい。

 言うじゃねえじゃねえかよ。


『わかった。アイビス、手伝え』

『承知しました。これより戦闘補助モードに移行します』


 ピピピっと音がして、目の前に赤い枠みたいなもんが現れる。

 視界の端によく分からん数字やら記号やらがちらついてるが、無視だ無視。

 こんなもん見ても意味なんてねえ。

 やっぱ期待外れだったか?


 オレは右上から振りかぶってきた昴の左腕の一撃避けて、三歩下がる。

 若干大振りだ。隙が出来た。


『お返しだコラぁ!』


 反撃に出ようとオレは前に向かって飛び出す。

 しかし、昴もそれは予測していたらしい。

 振り下ろしたはずの左腕が既に上に向かって跳ね上げられている。


 やべえ、避けきれねえ!

 はずだった。


『は?』


 体が、さらに加速した。

 宙に浮いていたはずのオレの体が見えない手に押されたようにもう一段速くなる。

 直撃するはずだった昴の一撃を追い越し、すり抜けて、殴りつけるのに絶妙な距離まで一気に肉薄する。


「なっ⁉」


 不意を突かれた昴が右腕で捌こうとするが、一瞬遅い。

 反射的に突き出しただけのオレの右拳が、これまた狙いすましたように昴のヘルメットの横っ面を捉える。


 よく分からんが、当たった。

 オレは伝わってきた手応えごと、思いっきり腕を振り抜く。


 アルバクロスの全力の一撃をもらってしまった昴の体は勢いよく吹っ飛び、遠く離れた地面で転がった。


『……なあ、アイビス。今の、お前?』

『アルバクロスの各所には推進力強化のためのスラスターが装備されています。利用すれば攻撃中の加減速、軌道修正が可能です。全てサンタ様のマニュアルでの操作も可能ですが』

『いや、いい。お前がやって』


 要するに空中で物凄い屁をこいて移動するみてえな話だ。

 ギャグマンガじゃあるまいし、そんなもんオレに可能なわけねえだろ。

 全部アイビスに丸投げでここまで動けるなら、出しゃばる必要もない。


「ちぇっ、追い詰めてたと思ったのになあ。サンタくん、しぶといねえ」


 左手を支えに、昴が立ち上がり始めていた。

 少し足元がふらついてるみてえだが、決定打にはならなかったようだ。

 昴はヘルメットに包まれた頭を軽く振って、構えなおす。


「……ちょっと、ムカついてきちゃった」


 ぎりりっと音がして、昴の左足元の地面に亀裂が入る。

 どこがちょっとだ。

 完全にキレてんじゃねえか。


『サンタ様、敵の背面の武装のワイヤー駆動部が発射準備に入っています。こちらに達するまでの予測ルートを表示しますか』

『いちいち質問してくんな。とにかく便利なもんは全部出せ。こっからは総力戦だ』


 昴の方もなりふり構わず攻めてくるだろうからな。

 オレは力を込めるよう体に意識を巡らせ、前を見据える。

 オレの意図をアイビスが汲んでくれたのだろう。

 背中の方から飛行機のエンジンみてえな音が鳴りだした。


『突っ込むぞ』

『承知しました』


 オレが先に動いたのを見て、昴が背中からワイヤー付きの爪を全て飛ばしてくる。

 左側面から二本、右からは三だ。


 実際に飛んできている爪の軌道よりも先に、視界に五本の赤線が走る。

 これが予測ルートとかいうやつか。


 先読みできるのは一瞬だけだが、この体ならその時間の価値はデカい。

 まずは左側のワイヤーを飛び越して躱す。

 途端に右側のワイヤーが軌道を変えて空中のオレに突っ込んできたが、それはスラスターとやらの急加速でやり過ごした。

 大丈夫だ。

 懐に潜り込めばあのワイヤーは追ってこれない。

 単純に、絡まっちまうからな。

 紐みたいな形をした武器の宿命みたいなもんだろ。

 伸びきったワイヤーは戻ってくるまでに多少の時間がかかるはず。


 つまり、こっからはシンプルな、どつき合いだ。


「舐めないでよね!」


 近づいてきたオレに向かって、昴は拳を鋭く打ち出してくる。

 分かっちゃいたが相当速い。一発目は頭に、二発目は胴体への膝蹴りがきた。そして間髪入れない三発目。もう一回顔面に来る。

 けどな。


『へへっ、つーかまえたあ!』

「なっ⁉」


 大振りになっていた昴の手首を右手で掴む。

 自分だけ一方的に殴って気持ちよく勝とうってか。そんなん許すわけねえだろ。

 オレとやり合う以上は、綺麗な格闘技なんて捨ててもらう。


 お返しだ。

 オレは一度首を後ろに大きく反らせてから、昴の右肩も掴んで引き寄せる。

 そして力一杯、アルバクロスの額を昴のヘルメットに叩きつけた。


 頭突き。

 アイビスが何てことしやがるんだと言わんばかりに警告らしきものを出してるが、知ったこっちゃねえ。

 こっちの頭がやべえなら、相手だって同じはず。

 その証拠に、昴のヘルメットの表面には薄っすらとヒビが入っていた。


 オレの方が石頭で良かったぜ。


『ちょいと、おイタがっ! 過ぎたな!』


 そのヒビめがけてオレは何度も何度も固めた拳骨を打ち付ける。

 鉄球と鉄球をぶつけているような重くて硬い音が反響し、一撃ごとに昴のヘルメットの亀裂が蜘蛛の巣状に広がっていった。


「ぅう……っああああああっ!」


 四、五発目に差し掛かったところで昴が勢いよく頭を下げた。

 そのせいで力任せに振り回していたこっちの拳が空を切る。

 姿勢を崩したオレの腰に昴が肩から突っ込んでくるが、踏み込みが甘い。

 背中を掴んで、胴に右膝を一発入れてやる。


『ちっとばっか痛えぞ!』


 のけぞった昴の胸元を足の裏で踏み抜くように蹴る。

 昴は反射的に左腕をガードに回したが、関係ない。

 こんなもん腕ごとぶっ飛ばせばいいだけだ。


「ぐっ、ああっ!」


 防ぎきれないと思ったのは昴も同じだったのだろう。

 左足を使って後ろに跳んで衝撃を逃がしやがった。


『けっ、上手いじゃねえか』


 オレの声に昴は答えない。

 そのまま後退し、胸元をおさえて片膝をつく。

 機械の左腕が繋がった肩が、荒い息を繰り返すように激しく上下しているのが見えた。


「く……そ、こんな、こんなのって!」


 昴の割れたヘルメットや、左腕の関節から火花が散っている。


 ようやく、ここまで追い詰めた。

 昴を、黒実の切り札を、真白のアルバクロスで、だ。


『随分としんどそうじゃねえか、おい。このぶんじゃあ、オレの圧勝ってことでいいんじゃねえか?』

『サンタ様、こちらのダメージも軽微とは言い難いものです。優位なのは生身の人間との痛覚の差かと思われます。余裕はありません』

『うるせえ。んなことわかってるよ』


 あいつの左側と同じで、アルバクロスのボディもあちこちガタがきてやがるみたいだからな。

 アイビスが視界の隅っこに破損個所みたいなのを表示してるが、オレンジや赤色が目立つあたりギリギリなんだろうよ。


「駄目。駄目だよ! 私は……負けちゃ、駄目なんだ」


 怒りと焦りをむき出しにした叫び声に反応し、昴がゆらりと立ち上がる。


「私はもう救われたんだ。私だけが救ってもらった! ここで止まるわけにはいかない。私だけが特別であっちゃいけない。私の弱さのせいで負けるなんてことは、許されない」


 ヘルメット越しに、視線を感じた。

 センサーの赤い光なんかじゃない。

 その奥の、傷跡のある左目がオレを見据えている。

 悔しいとか、憎いとかじゃない。灼けつくような何かを感じる。


 やべえな。これは。


 初めて会った時にこいつから感じた、危うさ。

 その正体が、やっとわかった。


 昴はずっとオレと闘ってなんかいなかった。

 ハナからもっとでかい、もっと強いものと向き合っていた。

 使命感、とか、そういう類のもの。

 こいつが何を背負ってるかはこの際どうでもいい。


 ただ、こういう奴が、自分が正しいと信じて疑わない奴こそ、一番怖えんだよ。

 目的のためとなったら、何しでかすか分からねえからな。


 ここらでちょいと、こいつの肩の力を抜いてやらないとならんだろう。

 そのためにオレにできることは、一つしかねえ。


 力ずくで、抑え込むだけだ。

 創作物の世界ではよく、人の身体から羽や尻尾が生えてきます。

 腕が増えたり、目が増えたりもしますよね。

 そんなふうに、今まで自分の体になかったものが付け足されて、動かす感覚ってどんな感じなんだろうと興味が湧きます。

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