五十 強敵
オレが全力で飛び出したのと同じタイミングで、昴が左腕を突き出したのが見えた。
『上等だ、オラあっ!』
右ストレートでその一撃を弾き返す。
飛び出した時の勢いはそれで殺されちまったが、押し負けてねえ。
オレはもう一歩、踏み込んで左腕を振りかぶった。
昴も既に動き出してやがる。
当然、打ち込んでくるのは左腕。
オレと昴、互いの左の拳が正面からぶつかり合う。
空気が震え、衝撃で周囲の建物が軋む。
こいつにはもう、二回も負けちまってるからな。
今度こそ、何が何でもオレが勝たせてもらう。
アルバクロスに憑いて、これまでよりも速く動けるようになった。
速く動けるということは、同じ時間の中でより多くのことが出来るようになるってことだ。
単純に二倍、三倍と動く速さが増していけば、出来ることも二倍、三倍になっていくのが道理ってもんだろう。
そして速く動けば動くほど、時間の感覚が引き延ばされていく。
寝そべってだらけてりゃ飛ぶようにすぎる三十秒も、本気で走っている時には永遠に終わんねえんじゃねえかと思っちまう。
そういうもんだ。
昴と戦い始めて、まだ十秒とたっちゃいねえだろう。
長えなあ、この十秒。
自分に向かってゆっくりと迫ってきている気がするでかいコンテナを眺め、オレはそんなことを思った。
『……気がするっ、だけなんだけどなあ!』
昴が投げつけてきたコンテナと地面の間に僅かな隙間があることに気付き、頭から突っ込む。
頭の上、背中、尻ときて、踵の辺りをコンテナの角がスレスレで通過したのを感じつつ、オレは体を丸めて転がった。
あっぶねえ、と安堵したのも束の間のこと。
「はい、いらっしゃい」
目の前に昴が立っていた。
アルバクロスのセンサーが警報を鳴らすのとほぼ同時に、左腕が頭上から振り下ろされてくる。
ガン、ガン、ガン、と断続的に地面を砕く攻撃をオレは横っ飛びで何とか躱していく。
『容赦っ、ねえっ、なあっ、おいっ!』
ちったあ休ませろってんだ。考える時間もありゃしねえ。
「逃がさないよ」
間合いの外に逃げて体勢を立て直そうと思ってたんだが。
昴の背中の星形から、五本の爪が全部撃ち出された。
楔のような形をした爪が上下左右から一気に迫ってくる。
『そんなん、ありかっての!』
顔の近くに飛んできた一本目は右手で弾き飛ばし、二本目は左脚で蹴り払う。
だが三本目はどうにもならなかった。
爪と昴の左腕を繋ぐワイヤーが右脚に絡みつく。
四本目は胴体で、五本目は伸びきった右手の自由を奪ってくる。
『くっそが、セコイ手を……』
「目眩ましとか使っちゃう人に言われてもなあ」
悪態を吐ききる前に、全身を凄まじい遠心力が襲う。
振り回されてる、抜けろ! と反応した時にはもう壁に叩きつけられていた。
衝撃と同時に目の前で激しいノイズが走る。
くっそ、モロに喰らっちまった。
『やって、くれんじゃねえか!』
ワイヤーがしつこく絡みついてるが、上等だ。
オレが捕まってるんじゃねえ、相手を捕まえてると考えろ。
右手のワイヤーを掴んで力一杯引き寄せる。
今度はこっちが振り回して地面にでも叩きつけてやる。
「おっとと、危ない」
『……!』
口では慌てたふうを装いながら、昴が左腕の手の平をこっちに向けてきた。
その丁度中央で、赤く熱を帯びたような何かが輝いている。
『は?』
あれは、やべえ!
響く轟音。
雷が落ちた時のような閃光が昴の左腕からほとばしり、さっきまでオレが立っていた場所の地面と背後の壁を抉り取っていった。
なんだありゃ。
コンクリと鉄板が、溶けちまってるじゃねえか。
『何が客寄せパンダだよ』
やっぱし人殺しの道具じゃねえか。
咄嗟にワイヤーから手を放してなかったらと思うと、ゾッとする。
「惜しいなあ。今のが当たってれば終わりだったかもしれないのに」
心底残念そうに言って、昴が星形から伸びる爪を回収しだす。
一瞬でワイヤーが巻き取られ、もとの鞘に収まっていった。
悔しいが、防戦一方だ。
けど、今ので分かったこともある。
あの背中の星形は、近くで殴り合うためのもんじゃねえ。
離れた相手をネチネチ牽制して、嫌がらせするために使われるみてえだな。
ワイヤーやら、なんかよく分からん飛び道具やらで、遠くから相手を攻める。
痺れを切らして近づいたら、今度は昴ご自慢の左腕左脚との接近戦が待ってるわけだ。
あいつとしてはそっちの方が使いなれてるぶん、望むところって感じなんだろうよ。
隙がねえ。
黒実が考えて作ったんなら当然なのかもしれねえが。
このままだと、正直。
『分が……悪いよなあ』
昴とのやり取りは、目が回るほど忙しい。
小細工も、作戦も思いつかん。
オレが吐けもしない溜息と共に呟いた瞬間。
『何かお困りですか』
『うおわあっ⁉ 何だ!』
唐突に、頭の中で声がした。
機械同士の接近戦が好きです。
殴り合って壊れたら、元には戻らない感じがいいのです。




