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四十九 アルバクロス

 黒実は、千切れたアホウドリの頭を真白の方に向けて、無造作に投げ捨てた。


 丸い形をしたアホウドリの頭は地面に落ちた後でごろごろと転がり、止まった。

 黒実の正面に立つ真白の足元まで転がって、動かなくなる。


「…………今まで、ありがと。ごめんね」


 真白が屈みこんで、自分を見上げるようにして転がっているアホウドリの頭部を撫でる。

 別れを告げるその言葉は、とても穏やかなものだった。

 それが一層、悲しく響く。


「あたしの、夢じゃないでしょ。お姉ちゃん」

「何が?」

「アホウドリは、あたしたちの、夢だったでしょ」


 顔を上げ、真白は黒実を見据える。

 怒りとは違う、毅然とした口調で問いかける。


「いいえ。それは、あなたの夢の残骸よ。真白」


 黒実は目を閉じ、首を振って真白の言葉を否定した。


「そっか。そうだったんだね」


 真白は溜息を一つ吐いて、立ち上がる。

 もう、足元のアホウドリは見ねえんだな。


「つーかさ、そんな隠し玉まで用意してるなんてほんっとえげつないよね。性格悪い」

「それはあなたが相手だったからよ、真白。私の妹だもの。用心するに決まってるわ」

「ここまではお姉ちゃんの予想通りだったってことかあ。いやあ、やっぱ手強いなあ」

「……?」


 肩をすくめて笑う真白に、黒実が怪訝な表情を浮かべる。

 アホウドリは潰した。

 昴という決定的な切り札が自分の手元にはある。


 それなのに笑い出した妹が何を考えてるかわかんねえみてえだな。

 その様子を見て、オレは思った。


 いや、真白、お前の性格の悪さも相当なもんだけどな。


「京ちゃん! お願い!」

「待ってました!」


 にいっと凶悪に口の端を吊り上げた真白のかけ声に、後ろのトラックで控えていた京之介が威勢よく応じる。


 そう、ここまでは予想通りだった。

 黒実にとって。


 そして、真白にとってもだ。


 アホウドリを使ってネクストアースの本拠地に乗り込むのも、昴が出てくるのも、てこずらせるのも、返り討ちにされるのも、予想通り。

 黒実なら、当然、奥の手を用意していると思っていた。


 それでもオレたちはここにやって来た。

 勝てると思ったからだ。


 切り札があるのは、こっちだって同じなんだよ!


「……何、この音」


 真っ先に異変に気付いた昴が、傍に転がっているアホウドリを見る。

 どうやらそのヘルメットで色々わかるみてえだが、そっちじゃねえよばーか。


『オレがいるのは、こっちだ!』


 アホウドリを抜け出した後、オレはこの瞬間を今か今かと待ち望んでいた。

 京之介が運転するトラックの荷台で、そのエンジン音に紛れながら、待ち続けてたんだ。


 ちょいと派手にやっちまって構わんだろ。


 トラックの荷台を突き破り、オレは昴に向かって突っ込む。

 アホウドリよりも遥かに速い、今のオレの体の全速力で、南に襲い掛かる。


「……なっ!」


 不意打ちだったにも関わらず、左腕で身を守るあたり昴も流石だな。

 だが、関係ねえ。オレは昴が掲げた左腕を正面から殴りつけ、そのまま弾き飛ばす。

 さっきのお返しだ、じゃじゃ馬が!


「……ちょっとちょっと、新手とか、そういうアレなわけ?」


 オレが殴った衝撃でふっ飛んだ昴だったが、背中の星形から爪を伸ばして近くの壁に食い込ませて、勢いを殺しながら停止する。

 ぎゃりぎゃりっとコンテナの壁が金属の爪で削れる音の後、昴は顔を上げてこっちを見た。


『その通りだ、真打登場っつってな? とっておきは後出しの方がかっこつくだろ?』


 周りの景色が青白く輝いている。

 オレのこの、新しい身体から放たれた光に照らされている。

 オレは、自分が憑りついた体の隅々にまで意識を巡らせていった。


 アホウドリよりも細く、強く、速く、たくさんのものが詰め込まれた体を通して、世界を感じる。


「なによ、それ……」


 突然姿を現したオレを見て、黒実が目を見開き固まっていた。


 まあ、あのごつくて重そうなアホウドリから、だいぶイメチェンしたからな。

 格好良すぎて、見惚れちまうのも無理ねえわ。


「驚いた? これ、いわゆる後継機ってやつね。アホウドリのコンセプトを受け継いで、私なりに改良したマーク2」


 腕を組み、黒実に挑むような視線を向けて、真白は高らかに宣言する。


「名付けて、アルバクロス。よろしくね、お姉ちゃん」


「…………真白、あなた」

 ぎりりっと、歯噛みしながら黒実がオレを、アルバクロスを睨み付ける。


「黒実ちゃん、ちょっと後ろに行っててくれる? あれが何であれ、なんかやばそうだし」


 オレ達と黒実の間を遮るようにして、昴が割り込んできた。

 背中の星形の先が牽制するようにゆらゆらと揺れ、ヘルメットの奥の赤い光がこっちを向く。


『ピリピリすんなよ、左利き娘。そんなにオレが怖いか? あん?』


 アルバクロスから発せられたオレの声に、ピクリと反応したのは黒実ではなく昴だった。

 アホウドリにはスピーカーがなくて喋れなかったが、オレの提案でアルバクロスはサンタボールが合体できるようになってる。

 お喋りは勿論のこと、取り外しも自在で狭い所にも入れるっつう便利仕様だ。


「その喋り方……もしかして」

『ああ、まるで人間みてえだろ? 見た目もスマートで、気に入ってんだ』


 言葉通りアルバクロスのシルエットは、大柄な人間の男と大差ねえ。

 何だったら京之介よりも細いくらいだ。

 そのくせパワーはアホウドリよりも何倍も強いらしい。

 基本の色は白で、ところどころに黒いラインが走った細身の体には、真白がこだわり抜いた性能が詰め込まれているんだそうだ。


「違うよ……サンタくん、だよね?」

『…………ああ、そうだ』

「つまり、それ、サンタくんが着てるってこと?」

『いいや、違う。正真正銘、ロボットって奴さ」


 これまではどこか、楽しげだった昴の表情が、オレの声を聞くなり強張りだしていた。

 わけ、わかんねえよな。

 昨日は人として喋ってたはずの相手の声が、ロボットの中から聞こえるなんてよ。


「機械のくせに、気の利いたこと言うじゃん。誰かの、真似っこ?」

『真似じゃねえ。これが俺だ。昨日までのあれが、まあ、例外みてえなもんなんだよ』

「……なにそれ。すごい人工知能じゃん。私、本物の人間なのかと思ったよ」


「ああ、そこは褒めなくていいから。あたしとしては人工知能の出来だけが心配なのよね」


『どういう意味だボケ真白』

「そのまんまの意味よ、クソサンタ」


 このタイミングでオレに突っかかってくるかね、こいつ。

 黒実のほうに寝返って泣かせてやろうかマジで。


「……これが、あなたのとっておきってことなのね、真白」


 そこで、黒実が静かに呟いた。

 もう一度、アルバクロスを頭のてっぺんからつま先まで見つめたその眉間に、深い溝が刻まれる。


「そゆこと。でもね、これにあたしオリジナルの技術はほとんど入ってないから。駆動部はオーバーリムの理論を相当参考にさせてもらったし、クロスコア関連の技術に至ってはほとんどお姉ちゃんの設計の丸写しみたいなもんだもん。あたしが人の真似事を得意なの知ってるでしょ? 色んな人の凄い思いつきを欲張るだけ欲張って、詰め込めるだけ詰め込んでみた」


 コンコン、と真白がアルバクロスの胸元で光るクロスコアをノックする。

 アホウドリと全く同じ、オレとこの体を繋ぐ機械の中心。


 クロスコア・レプリカとか呼んでたっけかな。


 真白は恥ずかしげもなく、姉のパクリに過ぎないそれを見せびらかす。

 自信に満ちた表情でデカい胸を張る。


 アルバクロスを作っていく中で、真白は譫言のように繰り返していた。


 ゼロから一を作り出せる人間を天才と言うのだと。

 それは確かに偉大なことだと。


 だが、生み出された一を十にしようとする人間もいる。

 十を百にしようとする人間もいる。


 どこかの天才が歴史に刻んだ一が、今、とてつもなく大きな何かになっているのだとしたらそれは。


 名前も残らぬ無数の凡人が、足掻いた結果だと。


 押し寄せる眠気を堪え、上手くいかない悔しさに涙を流し、大好きなことや楽しいことの全てを捨てて、途方もない夢と向き合いながら言ったのだ。


 アホウドリってのは、英語でアルバトロスっていうらしい。

 アホウドリを中心にたくさんの人の思いが、交わり、実を結びますように。


 アルバクロス。


 そんな願いを、真白は名前に込めた。

 オレが憑いたこの機械は、そんな代物だ。

 黒実が聞けば下らないと切り捨てるかもしれねえ。

 けどオレは、夢見がちな女が作ったこいつが、弱いわけねえと信じられる。


 強いはずだと感じるんだ。


「やっと、面白くなってきたわね」

「余裕がなくなった、の間違いじゃない?」


 星を背負った昴と、オレが憑いたアルバクロスを挟んで、双子が不敵に笑いあう。


「一つ、教えてちょうだい。その、アルバクロスとやらを最初から使わなかったのは何故?」

「稼働時間の問題よ。エネルギー源がイマイチでね。まだそんなに長い時間動かせないの。あんたのサウスポーとやらを倒すのでギリギリって感じじゃない?」

「倒せないわ。ネクストアースのサーバーに残っていたデータを盗んだみたいだけど、今の昴が装着している義肢はあの当時のものより三パーセントほど能力が向上してる」

「へえ? あたしは五日で五パーは上げられたけど?」


 空中で言葉と言葉が激突し、目には見えない火花が散る。

 片方は調子に乗んなよと相手を威圧し、片方は図に乗んなよと牙をむく。


 相手に負けてたまるかという気持ちが顔に出ちまってる。


「それでも昴には技術的なアドバンテージがある。多少の機体性能の差で、それは埋まらない」

「埋めてみせるわ。他でもない、あんたの技術でね」


 似たようなこと考えてるからだろうな。

 こうしてみると、こいつらそっくりだ。


「あのさ、サンタくん、一ついいかな?」

『あん? 何だ、昴』


 双子の舌戦の最中、昴が口を開いた。

 拍子抜けするほどに、穏やかな口調だ。


「正直、私、あなたとやり合いたくない。退いてくれない?」

『…………お前、本気で言ってんのか』

「うん、本心。私は、騙し討ちなんかしない。ただ、私たちのやってることを理解して欲しいだけ」

『お前らがしてることなら知ってるよ。黒実の作ったもんを利用して、人殺しの道具を作ってんだろ』

「それ、軍事利用のこと? 確かにそういう計画はあるけれど、あくまで資金を得るため。このオーバーリム計画の本質はそこじゃない。ここまでやってる私はいわゆる、客寄せパンダみたいなもの」


 昴は左腕で、背中の星形を指した。

 自分がまともじゃなくなってる自覚は、あるらしいな。


「自分の脚で立ってみたい。自分の手で物を持ちたい。スポーツをしたい。仕事がしたい。誰かを抱きしめたい。そんな願いを持っている人が、この世界にどれだけ居ると思う? 私たちが作った義肢をみんなに渡せたら、いったいどれだけの人を救えると思う? 私は、私達は、ただ力になりたいんだよ」


 私も、元はその一人だったから。と、ヘルメットの下で昴は呟く。


「そのために、黒実ちゃんが必要なの。だから」

『退けってのか』

「うん。あなたたちの大切な人を譲ってほしい」


 薄々、気がついちゃいたんだ。

 初めて会った時から、昴が何かを背負ってるのは。

 年頃の娘にしちゃ、でかすぎる、重すぎる、膨れあがった使命感。

 そんなもんを、こいつは背負ってきたんだろう。

 その重荷を支え続けたせいで、抱えすぎたせいで、こいつは歪んだ。

 優しいままに、正しいままに、人間らしさを失った。


『世界中のたくさんの人のために、頑張ってますってか? ご立派だねえ』

「傲慢なのは分かってる。だけど、私はもう止まれない。止まっちゃいけない。わかってよ」


 昴の言わんとすることはわかる。オレとしては力になってやりたい、とも思う。

 だが、結論から言うと。


『ヤダね』

「……どうして?」

『オレ、頭と性格が悪いからよ。どこかで苦しんでる誰かだの、世界のためにだの、そういうぼんやりしたもんのために頑張ろう、とか思えないんだわ』

「じゃあ、なんのために」

『こいつらが、困ってる』


 オレは右手の親指で後ろを指す。


 姉貴と喧嘩して本心を伝えたい可愛げのない女と、そいつのことが大好きで力を貸したい頼りなさげな男。

 そして、もう一人。

 偉そうで、何考えてるかわかんねえし、とんでもなく不器用で、賢いだけの馬鹿野郎。

 見ず知らずの誰かのことは知らねえ。

 頑張れよ、くらいにしか思わねえ。

 我ながらみみっちい話だ。


 ただ、手が届くところにいるこいつらのことは、なんとなく放っておけねえんだよな。


『だから、邪魔すんな。お前が譲れよ、お人好し』


 お喋りは、これで終わりだ。


「残念だよ。とっても。サンタくんを、壊さなきゃならないなんて」

『ふざけろ。十分後に修理台に載せられてんのはおめーのほうだぜ』


 昴の左腕と、左脚から聞こえる駆動音が高まり、関節と関節の間から熱を帯びた赤い光が漏れ出す。本気で来る準備みたいだな。

 こっちも負けてられねえ。

 オレの意識に応じて、アルバクロスも唸り始め、全身が青白く輝きだす。


「どうやら、議論はここまでのようね」

「そうね。ごちゃごちゃ言い合うより、実際にやり合わせた方が白黒はっきりするでしょ」


 どうやら、黒実と真白のほうも一段落ついたらしい。

 お互いが作った機械を見据え、二人が同時に叫ぶ。


「いって! 南くん!」

「いけ! サンタ!」


 それが合図だった。

 ようやくタイトルを回収することができました。


 アホウドリ、というのは私自身、とても思い入れのある鳥でもあります。

 アホウドリは、海の近くに住む、大きな鳥の仲間です。

 この鳥は、体が大きいせいで空を飛ぶのがあまり得意ではないのだそうで、飛び立つために助走をつけなければならないという特徴をもっています。

 そのため、地べたを走り回っている間に人間に捕まえられてしまうこともあり、アホウドリなんて不名誉な名前を付けられてしまったのだとか。


 でも、一度空に舞い上がった後の、悠然とした姿はとても恰好いいのです。

 それまでの間に長い長い助走があるのも、努力は報われるということを体現しているようです。

 だから、私は、小さい頃にこの話を聞いてからアホウドリという鳥が大好きになりました。


 そして中学生。

 調べてみれば、アホウドリの英語名は『アルバトロス』というらしいではないですか。

 多感な中学生の心を刺激するには十分な、格好良くて、外連味溢れる名前。


 その頃から、いつか、アホウドリをモチーフにした何かでお話を書いてやろうと思っていました。

 それがこの、アルバクロスという物語の始まりになります。

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