四十八 サウス・プレアデス
さあ、どうなる?
オレはワイヤーで繋がったアホウドリの右腕を引き戻しながら、昴の様子を注意深く窺った。
「昴!」
黒実が叫んだが、返事はない。
アホウドリの肘から噴射された煙が立ち込める中、昴は身じろぎもせずコンテナに背を預けるようにして俯いていた。
まさか、これで勝っちまったのか?
「どう? ご自慢の左側ちゃんをぶっ飛ばしちゃった。アホウドリも捨てたもんじゃないでしょ」
得意げな表情で、動かなくなった昴を見る真白。
前回あれだけ力の差を見せつけられた相手を追い詰めたわけだからな。
上手くいきすぎな気もするが、大金星と言っていいだろうよ。
「真白、それ、本気で言ってるわけじゃないわよね?」
しかし、黒実は昴が倒れた姿を前にしても、表情一つ変えなかった。
アホウドリを半分閉じたような目で眺め、淡々と言う。
「あなたたちは昴の戦い方を分析し、作戦を立て、一矢報いた。お見事よ。それは認めるわ。でも、だから何? それはアホウドリの性能ではなく、人の力に過ぎないでしょう? その無骨なロボットが優れていることの証明には、ならないわ」
確かに、黒実の言う通りだ。
オレたちは工夫をした。手を凝らした。
アホウドリでは、絶対に昴に勝てないから。
黒実が作ったあの左腕や左脚には敵わないと分かっていたから、小細工をしたのだ。
そして、オレたちの目的は昴を倒すことじゃない。
黒実にアホウドリには価値があると認めさせなきゃならねえんだ。
だが、このやり方じゃ黒実は納得させられない。
「……それに、昴はまだ元気そうよ?」
「!」
真白が目を見開いて、黒実が顎でしゃくった先を見る。
「いたたたた、やっぱり駄目だなあ。左側に、私が負けてちゃ話にならないよ」
昴が立ち上がっていた。
薄い笑みを浮かべ、まだスタングレネードの余韻が残っているのか、目元をごしごしとこすっている。
冗談じゃねえ。
ロケットパンチをモロにくらって、鉄板にぶつかったんだぞ?
三瀬といい、昴といい、ネクストアースには頑丈じゃなきゃいけねえとか、そういう採用条件でもありやがんのか?
性能の良い義肢を昴けてても、そこ以外はただの人間のはずだろうがよ。
「気をつけてって、言ったでしょう」
「いやあ、はは。まさか目くらましまで用意してくるとはなあ。一本取られちったよ」
「笑い事じゃないわ。真面目にやって」
昴を睨みながら、黒実が一度物陰に引っ込んで、また出てくる。
その両手にはさっきまではなかった大きな鞄型の何かが携えられていた。
なんだありゃ? スーツケースか何かか?
「ちょっと、これ重いんだから自分で取りに来て」
「ああ、ごめんごめん」
黒実の身の丈の半分はあろうかという黒い箱型のそれを、昴が歩み寄って左腕でひょいと持ち上げた。
どうやら、あれは昴の奴が使うもんらしい。
嫌な予感が、しやがる。
「真白、教えてあげる。ここからが全力よ」
これからろくでもないことが起こる。
そういう予感ほど、よく当たるから不思議なもんだ。
「昴と、私のね」
カチリ、と最初に聞こえたのは、小さな音だった。
昴が手にした鞄が、その音と共に開く。
カチリ、カチリ、カチカチガチャガチャ、と音は続く。
何度も何度も繰り返され、次第に速く刻まれていく。
大きく、唸るような音に変わっていく。
「…………何なのよ、あれ」
音に合わせ、昴が手にした鞄が姿を変えていくのを見て、真白が息を呑むのが聞こえた。
そもそも、それは鞄なんかじゃなかった。
昴がそれを右手に持ち替えたのと同時に、二回、三回と鞄の形は箱型から展開し始めた。
黒く、滑らかな曲線を描く装甲が昴の右手の先から腕、肩、背中、胴、そして首や脚へと広がり、全身を覆っていく。
例えるならそれは、黒い鎧だった。
遥か昔に騎士が身に纏っていた鎧を、薄く、洗練された形状にして再現した。
そんな感じが、しやがる。
「よい、しょっと」
昴の全身を覆って、それでも機械の鞄のパーツにはデカい余りみたいな部分があった。
それを昴は背中に担いでみせる。
その途端、ぷしゅっと、空気が抜ける音がして、三角錐の形をしたそのパーツが昴の鎧の後ろにくっついたのが分かった。
「これ、気になる?」
自らの背中にピンとそびえる『それ』に目をやって、昴は嬉しくてたまらないと言わんばかりの表情を浮かべていた。
「黒実ちゃんは本当によくわかってんね。私が欲しかったものをちゃんと理解して、これを作ってくれた。私にとっては左側が全て。そして右側は弱さ。それは今まで、取り繕いようがなかったんだよ。補おうとしても必ずどこかでボロが出てた。だから、これは、素敵な贈り物」
買ってもらったばかりのおもちゃを自慢する子供のような満面の笑顔を浮かべて、昴は手を広げた。
「私は、止まれないんだ。もっと、強くなる。この命を、誇れるくらいに」
南は右手の具合を確かめるように、指先をぐっと握りこんで、開く。
感覚を確かめるように、ゆっくりと。
「さあ、行こうか」
ブオン、と低く唸る音がして、昴の背中の円錐がゆっくりと回転を始めた。
回る円錐は先の方から、花が開くようにゆっくりと広がっていく。
五枚の黒い花びら。
いや、昴が背負ったのは。
黒い星の形。
それが始まりだった。
「……さよなら、ロボットさん」
そんな呟きを飲み込むような駆動音と共に、星形の先端が動きだした。。
血が通って、命を吹き込まれたように。
「ああ、いい気分だな」
深く息を吐いた昴の背中側からガチャガチャとやかましい音をたてて黒い装甲が展開し、頭を丸ごと覆ってしまう。
フルフェイスのヘルメットみたいな形だが、ご丁寧に左側にだけ赤黒い模様が刻まれているうえに、角まで生えてやがる。
あれじゃ、アホウドリと昴、どっちがロボットかわかりゃしねえ。
「さあ、これで目潰しも効果はなし、と」
黒いヘルメットの目元で、赤く小さな光が二つ灯った。
確かに下手なサングラスより目を守ってくれそうな感じがしやがるな。
そのかっちょいいデザインが見掛け倒しだと、オレとしては助かるんだが。
そんなわけ、ねえよなあ。
「もう一回、防げるかな?」
グン! と、昴の背中から星形の先端の三つ、尖った爪みたいな形をした『それ」が撃ち出された。
細いワイヤーで繋がってるところからすると、アホウドリのロケットパンチと似たようなもんなんだろうが、しかし。
速え!
避けるのは無理だ。
そう判断して、オレはアホウドリの両手を胸の前で合わせて守りに入る。
だが、まるで意味がなかった。
襲い掛かって来た三本の爪は簡単にアホウドリの装甲をぶち抜いて、重ねた両腕と脚に突き刺さった。
衝撃が走るのと同時に、アホウドリのデカい体が宙に浮く。
肘の関節があり得ない角度で曲がり、ぶちぶちと装甲の中を走る線が切れるのを感じる。
痛みの代わりにやってくるのは凄まじいノイズだ。
オレが繋がっているクロスコアとやらにうんざりするほどの危険信号が押し寄せてくる。
「見た目のわりに、軽いんだね」
アホウドリが地面に落ちるより先に、昴は踏み込んできていた。
背中に背負ってる星形の重さをまるで感じさせないスピードだ。
どうやら全身に纏ってる鎧は見掛け倒しじゃないらしい。昴の身体能力も跳ね上がってやがる。
昴は左腕でアホウドリの頭を掴んで、そのまま地面に叩きつけた。
オレが感じ取れたのは、頭を千切り取られたことと、アホウドリの背中の方にある体の支えみてえな部分が完全にいかれちまったところまでだった。
こりゃ駄目だ。
洒落になってねえ。
オレは憑いていたアホウドリから抜け出して、空中に逃げる。
「ねえ、黒実ちゃん。これってどのくらい壊せば直せなくなるもんなの?」
宙に浮かんだオレが見たのは、なんとも凄惨な眺めだった。
頭が無くなり、壊れた体のあちこちから火花を散らすアホウドリ。
それを、昴は背中の星形から伸びた三本のワイヤーで絡めとり、吊るしていた。
あの一本、一本がただの紐じゃなくて、三瀬の尻尾みてえに昴の意思に従って動くってことかい。
こうなったアホウドリを見るのは二度目だが、救いようがないという意味じゃあ今回の方が酷いのかもしれない。
これじゃまるで、処刑だ。
もうケリはついた。逆転は、ねえ。
だから、ここから先は見せしめみたいなものなんだろう。
「手足や、頭を破壊しても駄目よ。胸元で光っている部分を潰してちょうだい」
「ああ、はいはい、これね」
地面に転がったアホウドリの頭をちらりと見て、黒実が指示を出した。
それに従って昴は吊るしていたアホウドリを引き寄せる。
そして、左手を無造作にアホウドリの胸の中心に突き刺した。
そのまま、クロスコアをアホウドリの体の中から引きずり出す。
まるで心臓を抉るような光景だったが、ただの鉄の塊と化したアホウドリは悲鳴すらあげない。
ぐしゃりと、昴がクロスコアを握り潰す音が響く。
粉々になったガラスの破片のような物が、宙を舞う。
これで、アホウドリは終わりだ。
黒実が言ったんだから間違いない。
もう、真白にも京之介にも直せないんだろう。
あまりにもあっけない最後だった。
「謝って欲しいのなら、謝るわ。真白、ごめんなさい」
昴が吊るし上げていたアホウドリだった物を地面に降ろしたのと同時に、黒実が歩いてくる。
「あなたの夢を、壊すことになってしまったわね」
黒実は南が千切り取ったアホウドリの頭を両手で拾い上げ、しばらく見つめた後、
「目が覚めたなら、現実を見なさい」
そう言い放ったのだった。
本編ではサンタ視点からの描写なので、細かい説明ができませんでした。
なので、ちょっとこっちで補足説明を。
昴の左腕と、左脚に装着されている義肢の名前は『サウスポー』といいます。
左利き、という意味の言葉なのはご存じのことでしょう。
これは黒実が、真白のロボット工学の技術を応用して開発した『オーバーリム』という軍事用の人造義肢の一種となります。
三瀬が装着していた金属製の尻尾『サルガス』も同じですね。
これらは、昴や三瀬の脊椎に接続されていて、脳からの電気信号を直接受け取り、装着者が直感的に操作できるようになっています。
また、軍事目的で開発されたものですので、その出力は現代兵器と渡り合えるよう高められています。
そして、『サウスポー』という名前は、『左利き』とは別に、『南側』という意味も冠しています。
装着者の昴の名前は、英語だと『プレアデス』。
プレアデス星団と言えば、冬場に南の空の高いところで見ることができるものですよね。
今回の話で登場した、昴の強化パーツが星形だったのは、五本の先端があるのがもう一つの手の先っぽいな、というのと、昴の名前をモチーフに黒実がデザインを考えたから、ということになります。
サブタイトルである『サウス・プレアデス』は、サウスポーとプレアデスをもじって、合わせたものだと考えていただければ。
こうやって、本編にはない解説を入れられるのは、このサイトならではの良さだなあと感じます。




