四十七 左利きとの戦い方
「おい、止まれ! 止まらないとうっわあああああ!」
じゃあ、撃たれる前になんとかしなきゃな。
オレは目の前で銃を構えていた警備員らしき男を引っ掴み、投げ飛ばした。
宙を舞い、近くにあったコンテナの壁にぶつかった男は、そのままずるずると地面に崩れ落ち動かなくなる。
これで、四人目。
ヘルメットと銃、防弾チョッキみたいなもんを身に着けちゃあいるが、サシでまともにやり合えばアホウドリの敵じゃねえ。
真白が言ってた通り、警備は大したことねえみてえだな。
京之介が運転するトラックで敵さんの本陣に乗り込んだのが五分くらい前のこと。
真白の調べによればここはあくまでもネクストアースの研究施設であって、軍隊みたいに武装した連中はいないらしい。
そりゃ最低限の警備はあるだろうが、アホウドリみたいなロボットを相手することなんか考えてもいねえだろう。
オレが憑りついて派手に暴れながら先に進み、真白と京之介は少し離れた後方からトラックでついてくる。
そうすればいずれは黒実が出てくるだろう。そういう作戦だった。
……作戦って言えんのか、これ?
要するにただの殴り込みだろうがと思わなくもねえが、こういう単純な展開の方がオレは好みだ。
適当に暴れてればいいってところが特にな!
さあて、次にオレの相手してくれんのはどいつだ?
進もうとする先に四人の警備員が現れたのが見えたが、どいつもこいつも顔が引きつっていて、へっぴり腰だ。
オレが一歩足を踏み出すたびに、じりじり後ろに退がっていってるあたり、こりゃ問題にもならん。
そうなってくると、この後の展開も読めてくる。
「よし、もういい! 退避だ! 退がるぞ!」
突然、警備員の一人が怒鳴った。
その言葉に反応した残りの三人がオレの方を向いたまま素早く後退していく。
まだ銃を構えているところを見ると、逃げ出すわけでもなさそうだが。
そろそろ、お出ましってことだな。
「まさか、ここまで強引な手で来るなんてなあ」
オレの予想通り、その声の主は上から降ってきた。
ほとんど音もなく着地したそいつの髪の色は、見覚えのある赤。
昴の奴が、姿を現しやがった。
「あー、警備員の皆さん、ここは私がなんとかしますんで一旦離れててもらえます?」
昴は気の抜けた様子で後ろを振り返り、バックバックと両手でジェスチャーを送る。
それを見た警備員たちは顔を見合わせていたが、すぐに納得したように頷きあって散り散りにその場を離れていった。
「ちょっと! 昴とか言ったっけ? あなたそこ邪魔よ! 通れないからどいて!」
背後でトラックのドアが勢いよく開く音がした。
その後に真白の威勢のいい声が続く。
どうやら降りてこっちに寄って来てるらしい。
盗人猛々しいとはまさにこのことだな。
状況だけ考えりゃあ、悪者はオレたちだろうによ。
「やれやれ。黒実ちゃんもとんでもない妹さんをもったんだねえ」
呆れたように溜息を吐いた昴はこないだ見た普段着じゃなかった。
体の線にぴったりと張り付いた、なんかスケートの選手みてえな服だ。
こないだは機械の左腕にばかり目がいったが、こうして見るとコイツ相当鍛えてやがるのがわかるな。
腕や肩、脚の筋肉の付き方が尋常じゃない。
「鵜飼真白さん、ウチの会社に何か御用? お話をしに来たって感じじゃなさそうですけど」
「いいえ? あたしは話し合いに来たのよ。それだけで済むかどうかは、そっちの態度次第だけど」
「えっと、ウチの会社の人間と面会したかったらアポイントを取ってもらいたいんだけども」
「はあ? こっちは家族の問題で来てんのよ。よその人間が口はさまないでくれる?」
遠回しに帰れと告げてくる昴に対し、真白が歯切れよく啖呵を切る。
あんまし煽りすぎて怒らせるんじゃねえぞ? 相手するのはオレなんだからよ。
「わかったらさっさとウチのお姉ちゃん、出しなさいよ」
「家族だろうが姉妹だろうが、所詮は他人よ。真白」
真白と昴の会話に、静かで、張りのある声が割り込んできた。
オレの隣にまで歩み寄ってきていた真白の意識が、昴からその声の出所に移ったのがわかる。
「……お姉ちゃん」
昴の背後に、黒実が腕組みをして立っていた。
一週間ぶりに見るが、相変わらずの無表情で何考えてるかわかりづらいったらありゃしねえ。
「何をしに来たの?」
オレが憑いているアホウドリと、後ろのトラック、そして真白。
それぞれに一瞥をくれてから、黒実が短く訊く。
その口ぶりは答えを待つというより、つまらない返事なら黙ってろとでも言わんばかりの重く、息苦しいものだった。
「そんなの、わかってるでしょ? お姉ちゃん」
「わからないわ。一週間待つとは言ったけれど、その様子だと私に力を貸す気になったわけでもないんでしょう? まさか、連れ戻しに来たなんて言わないでしょうね」
「それはっ」
真白がぐっと口をつぐみ、下を向く。
ここまでは、前と同じだ。
アホウドリをぶっ壊されて、見放されて、置いてけぼりにされた一週間前と同じ。
尊敬してた、敵わないと思っていた姉に別れを告げられ、途方に暮れた妹。
そういう姿だ。
「……そうだよ。戻って来てよ。お姉ちゃんがいないとあたし、夢、叶えられないよ」
でも、今回は違うんだろ。
言いたいことは言うって決めたんだろ。
一発、かましてやれ。真白!
「なんてっ!」
ビリビリっと、空気が震えるのがわかった。
真白が凄まじい勢いで吐き出した言葉に、無表情だった黒実が目を見開く。
「言うと! 思ったか! ばぁああああああああああああああああああああああああっか‼」
絶叫、だった。
理屈じゃない。後先も考えていない。
ただただデカい声でガキみたいな悪口をぶつけただけ。
だが、迫力は十分だ。これは確実に、どんな奴にでも伝わる。
「アンタねえっ! 何様のつもりよ! 自分から出てっといて連れ戻しに来てもらえるとでも思ってんの? どんだけ自意識過剰なのよ! 頼まれたってアンタなんかもう入れてやんないわよ!」
あたしは怒っているんだ。
お前がしたことが許せない。
気に入らない。ふざけんな。
一言一言で、殴りつけるように、真白は叫び続ける。
「昔っからそう! 私はすごいの、人とは違うのってオーラ出しちゃってさ! 何その上から目線の気取った口調! スカしてんじゃねーっての!」
「ま、真白ちゃん、おーい真白ちゃん。その辺で……」
「うるさいわね! 京ちゃんは黙ってなさいよ!」
流石にキリがないと思ったのだろう。
トラックの窓から顔を出し、宥めに入った京之介がとばっちりを食う。
瞬殺だった。
「あいつにはね! まだまだ言いたいことが山ほどあんのよ! いっぱいいっぱい我慢してきたんだから!」
歯をむき出しにして黒実を睨み付けている真白。
手負いの犬かなんかかよコイツ。
オレや京之介が思っていた以上に、色々あったんだろうなあ、としみじみ思う。
「……もう一回、訊くわ。真白、あなた、何しに来たの?」
「決まってんでしょ!」
本気で理解できない、とばかりに額に手を当てて黒実が呻き、間髪入れずに真白が噛み付く。
「謝んなさいよ!」
感情のままに、自分の思いを相手に叩きつける。
「隠し事しててごめんなさい、途中で投げ出してごめんなさい、あたしとじいちゃんの夢をけなしてごめんなさいって! 言うべきことはたくさんあんでしょ!」
「嫌だといったら?」
「ケンカすんのよ。あたしはあたしの気がすむまでアホウドリでこの研究所をぐっちゃんぐっちょんにしてやるんだから。それであんたの研究も、こそこそした企みも全部パアってわけ」
どうだまいったかわはははと言わんばかりに、真白は腰に手を当てて笑っている。
テンション、振り切ってんなあ。これ。
「……やれるものなら、やってみなさいよ。馬鹿真白」
お?
ぼそりと黒実が呟くのが聞こえた。
低く、冷たい声色だったが、さっきまでと違って苛立ちのようなものが混じっている。
生意気な妹に腹を立てる姉のような、人間らしい感情が初めて見え隠れしている。
「時間の無駄よ。くだらない。昴、すぐに片づけてくれる?」
「あ、はい。了解しました」
嘆息した黒実の指示に、今までぼうっと突っ立っていた昴が頷き返した。
さあ、いよいよか。
真白は言いたいことを言った。
姉にケンカを売って、それを買われた。
オレはそのケンカの代理人ってことになる。
問題は昴がアホウドリじゃ太刀打ちできないくらい、強いってことなんだが。
「そういうわけだから、また壊されてね」
その言葉が聞こえた時、昴は既にアホウドリの目の前にいて左手を振りかぶっていた。
相変わらず、速え。
けど、それがくるとわかってりゃあ、備えようもあるわな。
「!」
オレは即座に右腕を振るって迫ってきていた昴の左手を払いのけた。
白い火花が散って、昴は外に弾かれた自分の左腕を見る。
その目には明らかな驚きが浮かんでいた。
当たりだ。
こいつはまた、左手で掴みやすい右腕から千切りにくると思ってた。
昴は即座に左脚でローキックを放ってくるが、これまた読み通り。
オレは右膝を曲げて、その一撃をアホウドリの装甲の分厚い部分で受け止める。
衝撃で体が揺れるがバランスを崩すほどじゃあない。
昴の左側の攻撃は防ぎ切った。
今度はこっちの番だ。
「ぅおっと!」
できるだけコンパクトに、鋭く振ったオレの左のスイングを、昴はすんでのところで躱した。
そのままトントンとバックステップで二歩、距離を開けてくる。
残念。
当てれば勝ちだと思ったんだがなあ。
「危ないなあ……今の、どゆこと?」
昴は機械の左拳を構えたまま、訝しげにこっちの様子を窺っている。
その表情にさっきまでの余裕はない。
焦るのも無理ないわな。
一週間前、あんだけ一方的にボコった機械に反撃されたんだからよ。
今のは前回、アホウドリのセンサーで追えなかったこいつの攻撃を、オレなりに分析した結果だ。
昴の攻撃は凄まじく速いが、それは左側だけのこと。
そして左手で狙いやすいのは相手の右側だ。
前回、簡単に腕やら脚やらを潰されたのは脆い関節を狙われたから。
なんとも理にかなった責め方だわな。
でも、理屈が分かれば予測もできる。
先が読めてれば、速さの違いも補えるって寸法だ。
「その様子だと対策は十分ってことかしら? 涙ぐましい努力ね」
「いやいや、それにしたってたかが数日で人工知能がここまで動けるようになる?」
つまらなさそうに言った黒実をふり返って、昴がこっちを指差してくる。
今のやり取りを受け入れることができないでいるらしい。
腑に落ちないって口調だな。
「昴、一つ忠告よ。アレを操ってるのが、ただの人工知能だと思わない方がいいわ」
「どういうこと?」
「優秀なのよ。例えるなら、ずる賢い悪党くらい機転が利くんじゃないかしら」
よせやい、照れるじゃねえかよ。
黒実はオレがアホウドリに憑いてることをばらすつもりはないらしい。
いちいち説明するのも面倒だろうし、昴が信じない可能性もあるだろうからな。
あいつが大好きっつう、ごーりてきな判断ってことか。
「そ。よくわかんないけど、黒実ちゃんが言うならそうなんだろうね。こっからは私も気を引き締めていきますかあ」
真白の助言に、昴が一度、肩の力を抜いて構えなおす。
掲げる拳の高さを、踏み出す脚の位置を、重心を、間合いを。ゆっくりと、だが確実に整えていく。
「どうせ機械よ。殺すぐらいの勢いで構わないわ」
黒実の言葉に、昴は返事をしなかった。
言葉より先に、動く。
予告も、気負いもない。
やるべきことを最短最適の手段でこなす。そういう動きだ。
最初に来るのは、やっぱ左手だわな。
オレはアホウドリのセンサーでかろうじて捉えられたその一撃をしのぐために、右腕の装甲を掲げた。
守った後、反対の手でやり返す。
そういう算段だったんだが。
「っふ!」
次の瞬間、オレのガードを掴んでいたのは昴の右腕だった。
一撃目がフェイントだと気づいた時にはもう遅い。
昴の体は即座に反転。軸になっている金属製の左足が火花を散らす。
そして、衝撃。
昴の痛烈な左の肘鉄が胴体にめり込んだ。
一番分厚いはずのアホウドリの腹の装甲が簡単に歪む。
突き抜けた衝撃がアホウドリの中心を支えている背骨みたいな部分を軋ませる。
外れちゃいけないパーツも、いくつかおじゃんになったことだろう。
「今のに騙される頭があるだけ、優秀じゃん?」
すかさず左腕を構えなおし、追撃に移ろうとしている昴と目が合った。
なるほど。
こいつやっぱ何かしらの格闘技をやってやがるみたいだな。
こっちの動きを見逃さないように、次にどう動くか判断するために、瞬きもせずよーく見てやがる。
流石だよ。ただの人間相手だったならこれで終わり。お前の勝ちだったさ。
けどな。
オレを相手に人間と同じように戦おうとしたのは、大間違いだぜ!
「……っなに⁉」
こっちを見る昴の顔面のほど近く、アホウドリの胴体から閃光が迸った。
辺り一面の景色を白一色で吹き飛ばすような強烈な光だ。
やけつくような光の暴力が、昴の視界に襲い掛かる。
瞼を閉じても間に合わねえ。
もちろんこれも、計画通りだ。
目くらまし。
格好よく言えば、スタングレネードとかいうらしいな。
オレはそれをアホウドリの中に仕込ませていた。
アホウドリの体が強い衝撃を受けたら弾けるような細工を、京之介に頼んで準備させたのだ。
アホウドリじゃまともにやっても昴には勝てねえ。
きつい一発をもらうのは分かり切ってる。
必ず攻撃される、避けられない。そういう時にはどうするか。
罠を張る。
古典的だが、強さに自信がある奴ほど引っかかる手だ。
「うぅうっ!」
昴が目元を抑えて飛び退こうとするが、逃がさねえ。
後ろに下がるならそのままぶっ飛ばす!
こんな時のためのロケットパンチだ!
距離を開けようとした昴に向けて、振りかぶった勢いのまま、オレは文字通り右の拳を打ち出した。
両脚を踏ん張った瞬間、肘から勢いよく煙が噴き出す。
「……ちょっと、待ってよ!」
拳が飛び出す時の音を聞いて、咄嗟の反応したのだろう。
昴は目を閉じたまま悪態をつき、左腕でアホウドリの拳を受け止めやがった。
とんでもねえ反射神経だが、文字通り飛んできたパンチの勢いまでは殺せない。
飛翔するアホウドリの拳に昴の体は弾き飛ばされ、施設のコンテナに激突した。
決して薄くはないはずのコンテナの壁が、その勢いでひしゃげて曲がる。
今のを喰らって無事ってことは、ねえよな?
ちょいとやりすぎた気はするが、まあ、許せよ、昴。
筆者は格闘技のことはわかりませんので、調べたことをもとに知ったかぶって書いてます。




