四十六 賽は投げられた
機械的な動き、という表現がある。
何が人間的で、何が機械的かという定義から考えだしたらキリがないけれど、それは単調で、単純で、最適化された動きを意味する場合が多い。
「すぅー、はぁー、すぅー、はぁー、すぅー、はぁー」
聞こえてくるのは同じリズムで続く深い呼吸の音と、金属が微かにこすれる硬い音。
トレーニングルームで黙々と体を鍛える昴を見て、私はまさに機械的な動きだなと思った。
一体どれくらいの重さになるのだろうか?
黒くて分厚い円盤型の重りが両側に四つずつ取り付けられたバーベルを肩に担ぎ、昴は片足でしゃがんでは立ち上がる動作をゆっくりと繰り返す。
使っているのは右脚だ。
機械の左側じゃない。普通の人と変わらないはずの右側。
それでも昴の体はふらつきもせず、一定の調子で上下の運動を繰り返す。
一回、二回、着実に反復する回数を増やしていく。
だから私は機械的だな、と思った。
少なくとも、人間的な動きじゃない。
「精が出るわね、昴。楽しそうには見えないけど」
「そりゃあ、自分の体をいじめるのが筋トレだからね。楽しいとこで終わってたら、鍛えらんないし」
昴は顔をあげてこっちを見たが、動きを止めることはない。
まだ、目標の回数に到達していないらしい。
「黒実っ、ちゃんもっ、一緒にどう? 適度に体を動かすとっ、頭もよく働くっていうじゃん」
「嫌よ。私もジョギングは好きだけど、あなたのそれはまともな人がやることじゃないわ」
「はあっ、はは。確かに。いや、左側と釣り合いを取るのが大変でさあ」
眉間に皺をよせ、昴は苦しそうに息を吐く。
もしかして笑おうとしてるの、この子。
その余裕が、私には恐ろしい。
「ごめん、黒実ちゃん。危ないから、ちょっと離れてくれる?」
「ええ」
私が二歩後ろに下がったのを確認して、昴は担いでいたバーベルを無造作に地面に落とした。
ガアン、と派手な音が響いたせいで、私は小さく跳び上がってしまう。
……びっくりした。
「ほんとはゆっくり降ろさなきゃいけないんだけどさ。つい、追い込みすぎちゃって」
「床が可哀想よ」
よく見ればこのトレーニングルーム、足元に細かいヒビがたくさんある。
これは全て、昴が横着した後なのだろうか。
「黒実ちゃんは物に愛着は持たないタイプでしょ? 細かいこと言わないでよ。それに、どーせここは私しか使わないしねえ」
「会社の施設を私物化しちゃうなんて、悪い子なのね」
「いやあ、耳が痛いなあ」
昴は額に浮かんできた汗を拭う。
一応、疲れは感じているらしい。
「それで? 黒実ちゃん、トレーニングしないんならここに何の用?」
「ええ。ちょっと、訊きたいことと、伝えておきたいことがあって」
「訊きたいこと?」
私から昴に質問することは珍しいからだろう。
怪訝な表情を浮かべた昴が首を傾げてみせる。
「三瀬さんのことよ。あの後、どうなったか、知らない?」
「へ? 黒実ちゃんがクビにしたんじゃないの?」
「まあね。ただ、吉野さんが作ってくれた報告書には、解雇したってことしか書いてなくて。あなたが殴り飛ばした後、彼がどうなったか知らない?」
「いやー、どうだったかなあ? ええっと……ああ、そうだ。なんか会社の人がどっかに連れて行ってたの、見たかもしれない」
「どっかにって、どこに?」
「そこまではわかんないよ。その……病院とかじゃないのかな?」
「どうかしらね」
確かに彼は大怪我を負っていたのは間違いない。
だけど、通常の病院に搬送されたはずがないのだ。
彼はあの時、壊れていたとはいえサルガスを装着していた。
会社の技術が流出するようなずさんな真似を、ネクストアースがするとは思えない。
何か、気持ち悪い。腑に落ちない。
吉野さんにも尋ねたが、昴と同じような反応だったのだ。
解雇なら、詳細はネクストアースの人事部が知っているかもしれない。
あとで確かめておこう。本当は今すぐにでも動きたいのだが。
生憎、今日は忙しくなりそうなのだ。
「それで? 訊きたいことの方は分かったけど、伝えたいことって?」
三瀬の話はこれで終わりだと思ったらしい。
昴はトレーニングに使ったダンベルやバーベルを片付けながら、尋ねてくる。
「今日、真白がここに来るわ。それを伝えておこうと思ったの」
「……ああ、もう一週間か。早いなあ。だけど、来るかどうかはまだ」
「来るわ」
間違いない。
あの子は必ず来る。
断言した私に、昴は左目を少し細めた。
「信頼してるんだねえ。双子のテレパシーって、やっぱりあるの?」
「ないわ。信頼とか、そういう気持ちの問題でもない」
「じゃあ、何でまたそんなにはっきり言い切れるの?」
「昨日、ネクストアースのサーバーがハッキングされた痕跡を見つけたわ。ウチのセキュリティを簡単に破れる人間なんて、そうたくさんはいないでしょ。けど私ならできる。つまり、私に近い能力の人間にもできる」
「なるほど。納得した。それじゃあ、こっちも警戒を……」
頷いた昴がそこまで言った時だった。
また、金属と何かがぶつかるやかましい音が聞こえた。
思わず昴の足元に転がったバーベルを見たが、そうじゃない。
今の音はもっと遠くから聞こえてきた。
私は即座に、トレーニングルームの壁に取り付けてある内線の受話器を手に取る。
「吉野さん、今のすごい音、何かわかる?」
私の問いかけに、受話器の向こうから吉野さんの焦ったような声が返ってきた。
『と、トラックが、敷地内にいきなり突っ込んできたんだそうです! あと、ロボットが警備員さんを襲ってるって報告が……』
「……真白ね。わかった。私もすぐにそっちに行くわ。例のやつ、今すぐ準備を始めて」
短く指示を出して、私は受話器を置き、昴の方に向き直る。
「流石だね。妹さん」
「別に。想定通りよ」
「怖いなあ」
冗談めかして苦笑した昴と並んで、足早にトレーニングルームの出入り口へと向かう。
「何があったの?」
「ここの敷地内にトラックが突っ込んできて、荷台から出てきたロボットが暴れてるんだそうよ。こういう時のための用心棒は、クビにしちゃったし」
「じゃあ、できることは一つしかないよねー」
「ええ。昴、あなたが出て」
ちょうど動きやすい恰好もしてるしね、と昴は自分が身に着けている服をつまんでみせた。
機械の左腕と左脚がむき出しになった、伸縮性速乾性耐熱性と全てに優れた合成繊維の代物だ。
これも私が作った。
トレーニング用ではなく、戦闘用に。
「大丈夫かしら? あなた、疲れてないの?」
「平気平気。だってまだ準備運動してただけだし」
こともなげにそう言って、南くんは駆け足で部屋を出て行こうとする。
「ちょっと待って、昴。出ていく前に、一度、吉野さんのところに寄りましょう」
「……? なんで?」
「言ったでしょ。万が一にも負けられないの。あなたには、一張羅を準備してるから」
さっきの常人の域を超えたトレーニングを、準備運動だと言う昴。
この一週間、私はこの子を万全の状態にすることだけを考えてきた。
真白がもっている情報を上回るように、相手の目論見を上から叩き潰すために。
備えあれば、憂いなし。だ。
「今回も、私が勝つわ」
どう転んでも、私があなたに負けることはないの。
それを教えてあげるわ。真白。
いよいよ、ここからが最終決戦になります。
なるべく派手にいくつもりです。




