四十四 反撃の狼煙
京之介と真白がガレージから出てきたのは、三十分後のことだった。
テーブルの上でサンタボールに憑いて、どれだけ格好いいポーズを取れるかという不毛な遊びをしていたオレは、二人がダイニングに入ってきたのを見て、
『いや、いくらなんでも早すぎだろ』
正直な感想を言った。
『まあ、初めてなら色々抑えが効かんのもわかるけどよ。それにしたって京之介、お前……』
「何の話してんすか、サンタさん!」
「ほんとよ、このスケベ幽霊! そこまではやってないに決まってんでしょ!」
『じゃあ、どこまでヤッたんですかねえ?』
「ど、どどどどこまででもないわよ! バッカじゃない⁉」
墓穴を掘って顔を赤くした真白がそっぽを向く。
京之介も気まずそうに真白と反対の方に顔を逸らしていた。
ただ、二人の間の距離は手と手が今にも触れ合いそうに近く、ちょっと前までより明らかに縮んでいる。
え、嘘だろ?
これ、マジで何もなかった感じか?
あんだけ抱き合ってたのに?
『……このドヘタレが』
「勘弁してくださいよ……俺だっていっぱいいっぱいだったんすから」
オレの呟きに京之介が泣きそうな顔で肩を落とした。
あのタイミングで何も起こらねえってんなら、今後とんでもなく苦労しそうだなこいつら。
そう思わなくもなかったが、とりあえず置いておくとして、だ。
『そのツラなら、もう大丈夫そうだな。真白』
「まあ、スッキリはしたかも。あんたに泣かされたおかげでね」
眉間に皺を寄せてこっちを睨み付けてくる真白の顔には、さっきまでの辛気臭さはない。
幽霊のオレが言うのも妙な話だが、憑き物が落ちたような表情ってやつだ。
内側にさんざん溜め込んでたもん吐き出して、身軽になったみてえだな。
『けっ、生意気なところは戻ってこなくても良かったのによ』
「はぁ? あいにく、これがあたしだから。もう誰かさんに遠慮したり、ビビったりもしない」
真白は鼻を鳴らし、手首に巻いてあったゴムでふわふわした金髪を無造作に結い上げた。
「こっから反撃させてもらうわ。負けっぱなしだった今までの分、きっちりとやり返す」
その仕草はいつも髪をいじっている時よりも遥かに雑に感じられた。
だが、活き活きとしているようにも見える。
『威勢がいいのは結構だけどよ、勝てる算段はあんのかよ?』
「あたしだけの力じゃ、無理ね」
『……その割にはえらく自信ありそうじゃねえか』
「利用させてもらうのよ。ここにはじいちゃんが遺してくれた物と、お姉ちゃんが捨てていった物がある。それを使うわ。使って、組み合わせて、時間いっぱい、限界がくるまで磨き上げる」
それに、と真白は横に立っている京之介に肩をトンとぶつけ、
「こっちには、京ちゃんもいるしね。頼りにしてるから!」
ほんの少しだけ照れくさそうに、どこか悪戯っぽくウインクした。
なんじゃそりゃ。
「お腹減ったわね! よし、何か作るわ! よく考えれば料理もあたしの方が上手いじゃん!」
ぽけーっと口を開けて骨抜きにされてしまった京之介を残して、真白がキッチンの中に消えていく。
『なあ、京之介。お前が惚れてんのって、あいつのああいうとこか?』
「……だからって横取りしちゃイヤっすよ」
何を勘違いしたのか知らねえが、京之介が釘を刺すような視線をこっちに向けてくる。
『いや、横取りもなにもまだお前のもんでもねえけどな』
「うぐぅっ!」
せいぜい頑張れ、ヘタレ野郎。
描写してない、とかじゃなくて、本当に何もなかったという設定です。
京之介は言葉の限りを尽くして、三十分間真白を慰めていました。




