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四十三 焚きつけるように寄り添うように

 オレと京之介がガレージに戻ってきても、真白は何の反応も示さなかった。


 出て行く前の様子と全く同じだ。

 黒実がよく腰かけていた回転椅子の上で膝を抱えたまま動こうともしない。

 トンネルまで行って帰って来るのには二時間以上かかったはずなんだがな。

 ここまでくると、呆れて文句を言う気も失せそうになる。


 だが、ここは我慢だ。

 とんでもなくめんどくさそうだが、こいつにやる気になってもらわねえと話にならん。


 ガレージの中に停めたトラックから降りて、真白のところまで歩いていく。

 反応なし。

 後ろに回り込んで、でかい咳ばらいをしてみる。

 これまた反応なし。


「おい、真白」


 肩を叩いて、呼びかけてみたがやっぱし反応がねえ。


 寝てんじゃねえのかこいつ。

 そう思ったオレは。


「こっち向け、コラ」


 真白が乗っている椅子に足をかけ、力一杯蹴っ飛ばした。


「……んな⁉」


 車輪付きの椅子が勢いよくガレージの中を滑っていき、正面にあった壁にぶつかってひっくり返る。

 当然、真白も椅子から落っこちた。


 静かだったガレージに、騒々しい音が響き渡る。


「ぅぁいったあ! いきなり何すんのよ! クソサンタ!」


 床にデカい尻をしこたま打ち付けた真白はしばらく身悶えした後、立ち上がってオレに掴みかかってきた。


 ここまでやって無視されたら流石のオレもお手上げだったんだが、結果オーライだ。


 だんまりを決め込まれたら、どうにもならねえからな。

 こいつがやかましく怒鳴り散らすのには、もう慣れた。

 うじうじされてるより、こっちのほうがまだなんぼかマシだ。


「お前だってわかってんだろ。時間がねえ。さっさと立ち直れや」

「……はあ? 全然、意味わかんないわよ」


 それは、嘘だ。

 オレを睨み付けてたはずの目を、露骨にそらしやがったからな。

 誤魔化すんじゃねえ。


「黒実は一週間待つって言ってたろ。あいつを説得するなら、そこしかねえだろが」

「説得? あんた、日本語の意味わかってる? あの人は、自分で出て行ったの! 何で私が引き止めなきゃいけないのよ!」


 それに、と真白は視線を落とす。


「言ったでしょ。あたしも、もう、やめるって」


 オレの襟首を掴んでいた手が、離れた。

 怒り狂っていたはずの表情がまた、情けないものに戻りつつある。


 そうはいかねえ。


 オレと喋ってる間、こいつには怒っててもらわねえといけねえんだ。

 腹立つ、ムカつく、うざったい、ぶっ飛ばしたい、何でもいいから、キレててもらわねえと困る。

 湿気った花火は、弾けもしねえからな。


「真白。お前、昔っから姉貴と色々比べられてきたんだってな」

「……っ! あんた、なんでそれを! 京之介が喋ったの⁉」


 オレの言葉に真白の目が再び吊り上がる。

 だが、今、真白が睨んでいるのはオレじゃねえ。

 余計なことを言った幼馴染を責めている。


「その通りだけどよ。このデカいのが面白半分でそんなこと話す奴じゃねえのは知ってんだろ。こいつなりの覚悟あってのことだ。許してやれ」

「考え? あんたみたいなのにあたしのことベラベラ喋って何が変わるってわけ? バカなの京之介?」


 とりあえず諭してみたが、真白はまるで取り合わない。

 まあ、オレ、こいつに嫌われてるしなあ。


「あのな、いいじゃねえか別に。姉ちゃんは姉ちゃん、お前はお前だろ? 気にすんなって」


 我ながら適当な慰めもあったもんだと思う。

 案の定、真白は呆れたように鼻を鳴らして、言った。


「二十三分よ」

「は? 何だって?」

「たったの二十三分、違うだけなの。あたしとお姉ちゃんが生まれた時間の差。その差が今、どれだけ開いちゃったと思う?」


 真白のその言葉には、とんでもなく強い嫌悪感が滲んでいた。


 今、思いついた言葉じゃなさそうだな。

 何度も何度も頭の中で繰り返して、心の底に刻み込まれた言葉なんだろう。


「あたしは生まれてこの方、一度だってお姉ちゃんに勝ったと思えたことないの。誰の目から見たって、あたしはいつもできない方、一歩遅れてる方だった。この世界で一番あたしに近い人のはずなのに、全然違う。それが何でなのかも、わかんなかった」


 まるで練習でもしていたかのように、真白の口からは滑らかに言葉が飛び出してくる。

 聞いている人間を不快にする卑屈な言葉を、ここぞとばかりに並べてくる。


「初めは、この人がいなきゃって思う自分を嫌いになった。その後、この人と同じじゃ駄目だ。全く違う何かにならなきゃって思った。でも、自分がやりたいことをやるには傍にいなくちゃいけなくて、力を借りなくちゃいけなくて! すごいすごいって思い続けて! そんで、捨てられた。こんなに、簡単にね」


 生まれた場所や、時間が離れていれば、真白もここまで思いつめたりしなかったんだろう。

 育ちも、与えられた時間もほとんど同じだったはずなのに、大きな違いがあった。

 努力をしてみたが納得いく結果は得られなかった。

 気持ちだけは、同じ方を向いてると信じていたのに、裏切られちまった。


 なるほどな。

 こいつの言いたいことは、大体わかった。


「それで? 可哀想な真白ちゃんの不幸自慢はおしまいかよ」

「そんなんじゃない! あたしはただ、本当のことを」

「んなもん聞かされてオレにどうしろってんだよ、面倒くせえなお前」


 頼んでもいねえのにグチグチジメジメしたこと抜かしやがって。

 かまってちゃんかっつーの。


「よく分かった。だから、お前はすげえお姉さまのつまんねーオマケなんだな」


 心底、がっかりだ。

 いくら見てくれが良くたって、京之介がこいつに惚れる意味がわからん。


「何ですって?」


 真白の声から感情が消える。

 だが、オレは止めない。

 見え透いた地雷なんざ踏み抜いてやる。


「聞こえなかったなら、もっとはっきり言ってやろうか? オレだって迷惑してんだ。ここに残ったのが黒実じゃなくて、駄目な方の妹でよ。とんだはずれくじだぜ!」

「だ、誰が……っ」

「自分で言ったんだろうが! お前なんかオマケでもねえ、大はずれだよ!」

「あ、うぁ、ふざ、ふざけんなぁ」


 真白は絶句し、どうにか言葉を絞り出す。

 弱弱しい声で、それでもなんとかオレに負けないよう言い返そうとする。


「あんたに……あんたなんかに」

「なんだよ? オレに馬鹿にされるほどあたしは駄目じゃないってか?」

「そうよ! 悪い⁉ あたしは、あたしだって!」


 そこで真白の言葉は止まる。

 自分だって、の後に続く言葉を出せずにいる。


「そこで黙んな! お前だって、すげえ奴なんだろが! 胸張って、ちゃんと言えよ!」

「……ふぇ?」


 オレの言っている意味が理解できなかったらしい。

 真白は半べそをかきかけた目を丸くして、ぽかんと口を開く。


「自信持てっつってんだよ。オレにはさっぱりだが、お前のことをすげえって思ってるやつがいるんだよ! こいつが、その一人だろうが!」


 オレは胸元を右手で強く、叩く。

 京之介の胸を強く、叩いてみせる。


「泣いてる暇があったら、もういっぺん周り見てみろや! ここにはてめえの大事なもんが山ほどあんだろ!」

「……あたしの、大事なもの?」

「しっかりしろよ! お前は託されたんだろ! じいさんから! 最初にトンネルに来た時、夢を馬鹿にされてキレたのは誰だ! めちゃめちゃにされたアホウドリを体張って庇ったのは誰だ! 忘れてるなら、教えてやる。お前だよ! 真白!」


 真白の肩を掴んで、顔を覗き込む。腑抜けた面を睨み付けて怒鳴る。


「黒実じゃねえ! 全部、お前だっただろうが!」


 オレは覚えてるからな。


「ずーっと、負けっぱなしだっただあ? そんなことねえだろ」

「な、何が?」

「夢なんてよくわかんねーもんを、大事にしてきた気持ちなら、お前の圧勝だ」


 オレは笑わねえ。

 優しく慰めてなんてやらねえ。


 いつも通り、こいつに対してはケンカ腰でいくと決めたから。


「途中でよそ見して、他の道に逸れてった奴なんかに負けんなよ。真っ直ぐ進んだ自分の方がすげえってとこ、見せてやりゃあ、いいだろが」

「あたしが、お姉ちゃんに、勝つ?」


 一言一言を確かめるように真白が呟く。

 その目に、段々と後ろ向きではない光が灯っていく。


 ここらが、引き上げ時だな。ここまで焚きつければ十分だろ。


「オレが言いてえことは以上だ。あ、そうだ。もう一つお前が勝ってるもんがあるじゃねえか」

「へ?」

「乳のデカさだよ」


 言って、オレは両手で真白の胸を鷲掴みにする。

 指が沈み込んでいく圧倒的な柔らかさを十分に堪能して、真白が我に返る直前に京之介の体から飛び出した。


 ほい、選手交代だ。


「なななななな、何すんのよ!」

「いたァッ!」


 真白が繰り出した痛烈なビンタの音が、ガレージにこだまする。

 残念だったな。そこにオレはもういない。


「サンタさん、ひどいっすよぉっ!」


 思いっきりひっぱたかれた方の頬を押さえて京之介が抗議してくるが、知ったこっちゃねえ。

 こいつだってどさくさ紛れに乳揉めたわけだしな。

 それでチャラでいいだろ。


 オレの仕事は終わった。

 後はお前の番だ。


 ちゃんと、慰めろよ?


「ううう、信じらんないんだけど」


 顔を真っ赤にして唸る真白。

 よっぽどショックだったのか、胸を庇うように抱いてじりじりと後ずさっている。

 やっぱ幽霊と生身の人間じゃ反応が違うな。


 つーかこいつこんな遊んでる女みてえななりしてるわりに、随分初心な反応しやがる。


「あの、真白ちゃん、ご、ごめんね? でも、俺からも一つ聞いて欲しいんだけど」


 片方の頬を真っ赤にした情けない顔で、京之介がおずおずと口を開く。


 はあ?

 駄目だ。やり直せ。


 まずちゃん付けを止めろ。

 もぞもぞ喋るのも禁止だ。

 きょろきょろ何処見てんだボケ。

 ギュッと顔引き締めて、相手の目を見ろ。


 正面から、ちゃんと伝えやがれ。

 男だろ。京之介。


「……わかってます、わかってる。ちゃんと言う、落ち着け」


 京之介はぶつぶつと呟きながら大きく息を吸った。

 眉根が上がり、その下の目で真白をしっかりと見つめる。


「ど、どうしたの京之介。なんか目、怖いよ?」

「真白!」


 そして、真白と目が合った瞬間、京之介は動いた。

 いきなり真白の肩を両側から強く掴む。


「うぇっ⁉ 何? あんたサンタ?」

「違う! 俺だから! 京之介の方だから! 聞いて!」

「え、ええ? えっと、何? その、聞くけどさ」


 ほとんどやけくそ気味に大声を出した京之介に、真白が目を見開く。

 驚いているようだが、肩を掴んでいる手を振りほどこうとはしない。


 息を呑んで、次に京之介が何を言うのかを待っている。


「俺は! 真白が凄い子だって知ってる。黒実ちゃんと比べてどうこうじゃない。君だけを見てきて、心の底からそう思うんだ」


 そうだ、ちゃんとできるじゃねえか。

 勢いだけかと思ったら、なかなかどうして上出来だ。


「確かに黒実ちゃんとは違うよ。でも、真白は努力家だし、発想はすごく柔らかいし、一緒に作業してると驚かされることばっかりだ。俺も頑張んなきゃなって、このコに追いつきたいなっていつも思わされる」

「いや、あの、えとえと、あたしはそんな……」

「君は凄い! それを、黒実ちゃんにもわからせてやろう! 俺も全力で手伝うから!」


 京之介は真白に笑顔を向ける。

 その顔はオレの笑い方とは全然違うんだろう。


 オレはこんなにも優しく、そのくせ力強く人を励ますなんてこっぱずかしいこと出来そうもねえ。


「一緒に、頑張らせてよ。真白」


 最後にそう告げた京之介の顔を、真白は呆けたように長いこと見つめていた。

 そして。


「今の……本当?」


 俯いて、京之介に掴まれたままの肩を震わせる。


「本当、だと、思うっす。ハイ。いや、俺なんかが何できるんだよって言われたらそこまでなんですけども」


 真白の様子にしくじったと思ったのだろう。

 京之介は露骨に挙動不審になり、いつもの敬語が戻ってきた。


 そこはそうじゃねえだろ、馬鹿野郎。

 ところが、だ。


「…………ちゃん、ありがど」

「は?」

「京ちゃん! ありがとぉ」


 がばっと、真白が両手を広げて京之介の胸に飛び込んだ。

 そのまま背中に手を回し、顔をうずめてひーっと声を上げて泣き出す。


 あーあ、先越されてやんの。

 真白のほうがよっぽどどうすべきかわかってるじゃねえか。


「うわ、わわっ! えええっ⁉ ま、真白ちゃん? どーしたのさ! てか、その呼び方」

「うるさい! 京ちゃんって呼んだの、あたしの方が先だもん!」

「そ、そうだっけ?」

「そうだよ! 覚えててよ! お姉ちゃんも呼ぶようになってたから、変えてただけだもん!」

「何でまたそんな」

「同じじゃダメだったの! どーせ京ちゃんもお姉ちゃんの方を好きになると思って、ヤダったんだよ!」


 真白はそのままぐりぐりと、京之介の胸板に額をこすりつける。

 この期に及んで京之介の手が肩で止まったままなのがたまらなく滑稽だ。

 だからそうじゃねえだろ、と言いたくもなる。


「あたし、悔しいよぉ……ほんとはずっとずーっと、勝ちたかったのに、お姉ちゃん凄すぎて、どーせ無理だって、ずっとずっとずっと! だからぁ」


 悔しいんだよぉ! と何度も繰り返しながら、真白は京之介に抱き着いたまま動こうとしなくなる。

 胸やら何やらが潰れるように当たっていてもお構いなしだ。

 その感触はきっと、人を殺せるほどに気持ち良いんだろう。


(どどどど、どーするんすかコレ! ちょっと! サンタさん?)


 理性を殺されかけてる京之介がパニくった様子でオレを見つめてくるが、無視だ。

 ま、そうなった男と女がすることなんて一つだわな。


 せいぜい優しくしてやれよ。


(優しくって、何の話⁉)


 安心しろ。

 オレもここで覗き見してるほど野暮じゃねえから。


 オレはふわりと身を翻して、ガレージの外に向かう。

 なんか急に馬鹿馬鹿しくなってきた。


「サンタさん! お願い! ちょ、待っ」


 あーあ、生きてるってのはいいもんだねえ。

 命短し、恋せよなんとやら。


 あとは若いお二人に任せて、幽霊は静かに去るぜ。

 泣くな、男だろ! とか、しゃんとしろ、男だろ! みたいなことをサンタはよく言います。

 それが今のご時世にそぐわない言い回しなのは重々承知しております。

 古い考えだというのも、ごもっともです。

 でも、古いから悪いということはない場面もあるわけで。

 サンタなりの格好いい人間の在り方を示しているということで、ご容赦くださいませ。

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