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四十 コンプレックスその2

 つまらねえな。いつまで黙ってんだよこいつら。


 京之介の家のガレージの中をふわふわと漂いながら、オレは真白と京之介の様子を窺う。


 黒実の奴がいなくなって、そろそろまる一日。

 真白は黒実が使っていたパソコンの前に座り込んで延々カチャカチャやっていて、京之介はあの後ネクストアースとやらが届けてきたアホウドリの修理にかかりっきり。

 ガレージの中で響くのは、工具やらロボットアームやらの機械がたてる音だけだ。

 昨日の晩からずっと、この調子なんだから始末が悪い。


 明るく笑い話が出来るような状況じゃねえってのは、オレにも分かる。

 ただ、この感じはいただけねえ。

 本当に見なくちゃいけねえことからわざと目を逸らして、解決しなきゃいけねえことがあるのに他の簡単そうなことに打ち込んで時間を潰す。


 ようするに、逃げてるんだよな。

 こいつらは。


 辛気臭い空気を作りやがって、鬱陶しいことこの上ねえが、オレが口を挟む問題でもねえ。

 死人に口なし。生きてる人間の問題は、生きてるやつがどうにかしろよって話だ。


「…………ねえ、京之介。こっち来て」


 お?


「お姉ちゃんが何をしてたのか、わかった。これ見て」

「え、ほんと? ちょっと待って。すぐ行くっす」


 止まっちまっていた空気を先に動かしたのは真白だった。

 パソコンのディスプレイの前で無表情に座る真白の呼びかけに、京之介はアホウドリの修理の手を止め、駆け寄っていった。

 オレもそれに続いて、真白の傍までゆるりと降下する。


「黒実ちゃんがしてたことって、昨日の連中の……」

「オーバーリムプロジェクトね。とりあえずこのパソコンの中に残ってるデータをもとに漁ってたら、色々わかったわ。ネクストアースのサーバーに繋ぐのはセキュリティがウザくて時間かかっちゃったけど」


 真白がカチャカチャカチャ、とキーボードとやらの上で手を動かすと、画面に三枚の窓のようなものが開く。


 なんかよくわからん数字やら英語みたいなもんが書かれちゃいるが、こりゃ、図面、か?


「こっちのサルガスってのが三瀬の尻尾、サウスリムっていうのが南とかいう奴の手足の設計図ね。あれ、お姉ちゃんが作ったっていうの、本当だったみたい」

「えっと、これだけじゃよく分かんないんすけど、あれ簡単に言えば、動かせる義肢ってことっすよね?」

「そーね。人間の脳から筋肉に伝わる電気信号を受け取って、搭載されてるAIの補助によって装着者の意図通りに動く代物よ。AIのほうからも脳に疑似的な電気信号をフィードバックする機能もついてるから、理屈の上では本物の体にかなり近い感覚で動かせるはず」

「……そ、それって物凄いことなんじゃ」

「そうでもないわよ。動かせる義肢の研究は費用を度外視したらもうこれに近いレベルまで達しつつあったしね。お姉ちゃんならそれをさらに発展させるぐらいのこと、やってのけてても不思議じゃない」


 真白はあまり驚いた様子もなく、画面に映し出された図面を眺めている。


「ただね、この義肢、スペックが異常なのよ。アンタも実際に見たでしょ? これは明らかに装着者が日常生活を送るために作られたものじゃない。そもそも尻尾なんて、人間にはないもんだし」

「もしかして、オーバー、リムって」

「人間を、超える。そのための義肢ってことでしょ。お姉ちゃんらしい、ストレートな名前」


 そこは納得だ。

 オレも電気だからサンダーで、サンタだもんな。

 あの女らしいっちゃ、らしいんだろう。


「そして、こういう物騒なものが誰に買われて、何に使われるのか。これもまたお決まりのパターンよね」


 何が可笑しいのか、真白はうつむいて小刻みに肩を揺らす。


「軍事利用。ネクストアースはそれを見越したうえでお姉ちゃんの研究に手を貸してるみたい」

「いや、ちょっと待ってよ! 黒実ちゃんがそんな危険な物……」

「作るでしょ。それで効率よく資金が集められて、研究が進められるなら」


 あの人は、そういう人だよ。

 真白は溜息のような声を漏らして、両手で目元を覆う。


「軍事利用云々は置いといて、これが実用化されれば救われる人がたくさん居るのは間違いないよ。アホウドリなんかより、ずっと、ずっと、たくさんの人の役に立つ技術だもん」


 アホウドリ、なんか。


 真白の口から漏れたその言葉に、京之介の表情が歪んだ。

 何かを言おうとして口を開き、何も言葉にできず息を呑みこむ。

 オレはそれを情けないとは、思わなかった。


「やっぱり、お姉ちゃんには敵わないや」


 真白のそんな呟きが、だだっ広いガレージの空気に溶けて広がっていく。

 たった一人いなくなっただけのはずなのに、ここは随分、静かになっちまったな。

 トンネルの中でさえ、もうちょい騒がしかった気がする。


「真白ちゃん、これから、どうするのさ」


 長い沈黙の後で、京之介がやっと口を開いた。

 強張った表情で、真白の顔を見つめながら尋ねる。


「どうもしないよ」


 それに対する真白の返事は、気味が悪いほどあっけらかんとしたものだった。


「つーか、どうにもならないっしょ。私だけじゃ、何にもできないっての」


 冗談めかした口調で、何でもないことのように、明るく、笑顔で。


「私も、アホウドリ作るの諦める」


 やっぱり、そうなるか。

 面白くもない、ありきたりな結論に辿り着きやがって。


 いつもの威勢の良さはどこにいったんだよ。

 本当に、何から何までイラつく女だ。


「お姉ちゃんが、あたしと二人ががりでもできるわけないって思ったことだもんね。一人になっちゃったら、なんかもう色々絶望的じゃん? これ以上意地はってやっても意味ないのは、あたしも分かっちゃったし」

「そんなっ……こと、ないよ。真白ちゃん一人だって、まだ」

「ありがと。優しいね、京之介は」


 真白はふわりと広がった派手な金髪を、手でぐしゃりとかき混ぜた。

 長い髪が陰になって目元を隠し、薄い笑みを浮かべた唇からしか表情を読み取れなくなる。


「でもさ、京之介だって知ってるでしょ。昔からの付き合いだからさ」

「……何を」

「私はお姉ちゃんが手を引いてくれてたから、頑張ってこれたの。自分で何か決めたことなんて一回もない」


 ああ、なんでこいつが笑ってたのかようやく分かった。


 こいつが嘲笑っていたのは、自分だ。

 弱くて情けなくてどうしようもない、そんな自分を真白は笑うことしかできなくなってる。


「私は、おまけだったのよ。ずっとね」


 こりゃあ、駄目だ。

 オレ、そろそろ我慢の限界。


「テメーがへこんでようが、不貞腐れてようが構わねえんだがよ。オレは、どうなるんだ?」


 京之介の口から飛び出したオレの言葉に、真白は一瞬顔を上げたが、またすぐに俯いた。


「そういや、あんたもいたんだったわね」

「オレはここにいたんじゃねえ、お前らに連れてこられたんだ。人のこといいように使いやがって、この落とし前はどうつけてくれんだよオイ」

「……悪かったわね。あんたにも、迷惑かけたわ。ごめん」

「謝って、オレが引き下がると思うか?」

「じゃあどうしろってのよ!」


 真白が怒鳴り、握りしめた拳を机に叩きつけた。

 その目がオレを睨み殺そうとでもしているみてえに、吊り上がっていく。


「お姉ちゃんなしじゃ、アホウドリは絶対完成しない! 完成しても所詮はあたしの自己満足! 役立たずのおもちゃができるだけだった! どれだけ頑張ったって、必死になったって、意味なかった! もういいじゃん、それでさ!」


 怒りに任せて飛び出してくる言葉は、昨日から真白が必死でせき止めていたものだったんだろう。

 一言一言を発するたび、真白の目が潤み、ぼろぼろと涙がこぼれだす。

 怒鳴り声は、癪り上がってきた息に邪魔されて、途切れ途切れの情けない悲鳴になる。

 口がへの字に曲がり、眉が下がり、悲しみで、悔しさで、真白の表情が歪んでいく。

 勝気な女の、そんな痛々しい姿を見て、思うところがなかったわけじゃねえ。


 だが、オレは退かない。

 慰めもしない。

 言うべきことを言う。

 そう決めた。


「つまりてめえは、逃げるってことだな」

「うるさい! 知ったふうな口きくんじゃないわよ! 体もない幽霊のくせに!」

「まあ、今のお前を見てると死んだ方がまだマシだと思うけどな」

「何それ! 気に入らないならあのトンネルに戻ればいいじゃん! 場所ぐらい教えてやるわよ、今すぐにでも連れてってやるわよ! それとも何? 今までこき使われたぶん、お礼でも欲しいっての⁉」

「……どうでもいいよ、んなもん」

「だったら、消えて! あんたの声なんて聞きたくない!」


 叫びながら真白は机の上に乗っかていた工具を投げつけてきた。

 オレが京之介の体に憑りついているということも忘れてしまっているらしいな。


 ガキの癇癪にいつまでも付き合ってられるか。

 オレは飛んできた工具をかわし、溜息を吐く。


「そうかい。そんじゃ、遠慮はしねえからな」


 あばよ、とオレは京之介に体の感覚を返した。


「あのさ、真白ちゃん」


 オレと真白のやりとりを黙って見ているしかなかった京之介は、おずおずと口を開きかける。


「ごめん」


 それを遮って、真白は京之介に背を向ける。


「こんなウザい女、ほんとヤダよね。京之介も、無理して相手しなくていいよ」


 静かな、それでいてはっきりとした拒絶の意志が真白から感じられた。


「違う、俺は!」


 ……やめときな。


 食い下がって何かを言いかけた京之介の体を再び乗っ取って、力ずくで黙らせる。


(何するんすか! サンタさん!)


 これまでにないほど強い京之介の抵抗を感じる。


 だけど、今は駄目だ。

 今の真白に、お前の言葉は届かない。

 誰が何を言っても無駄なんだよ。

 言葉を重ねりゃ、いいってもんじゃねえんだ。


(じゃあ、俺は……どうすりゃいいんすか)


 オレの考えをひっくり返せるだけの自信がなかったのだろう。

 抵抗が、一気に弱まった。

 何かしたいけど、何をしていいのか分からない。

 憑いている今、京之介の無力感はオレにも伝わってくる。


 そんなにしょげるんじゃねえよ。

 大丈夫だ、お前なら多分、なんとかできると思うからよ。

 真白に今必要なのは、言葉じゃねえ。

 落ち着くための時間だ。 嫌でたまらない自分と向き合う時間。


 待ってやろうぜ。

 まずはじっくりと、心の整理をさせてやんなきゃな。


(……うっす)


 どうにか納得したらしい京之介が、完全に抵抗を止めた。

 オレも抑えつけるのを止め、京之介の頭の中に直接語りかける。


 なあ、京之介。ちっとばかし頼みがあるんだが。


(頼み、っすか?)


 ああ。真白が落ち着くまでの間によ、オレをあのトンネルまで連れってってくれねえか?


(ええっ⁉ サンタさん、ほんとにいなくなっちゃうんすか!)


 そうじゃねえよ。

 ちゃんとここには帰ってくる。

 乗り掛かった舟だからな。このままだと気分が悪い。


 ここまできたらオレも腹を括る。

 最後まで付き合ってやるさ。

 だがその前に、片付けときたいことがあるんだよ。。


 そんなオレの言葉に京之介は少しの間、迷い、そして。


(わかりました。連れて行きます。でも必ずここに、一緒に戻ってくる。約束ですよ)


 そうだな。男同士の、約束だ。

 京之介はオレがそう認めるのに相応しい、力強い表情を浮かべやがった。

 自分より優秀な兄弟がいるというコンプレックスって、けっこうしんどいと思います。

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