三 幽霊は独り言ちる
私はゲームや、漫画を読んでいる時に、一人で喋ってしまうタイプの人間です。
独り言が多い人には天才が多い。
そんな俗説に救われて、天才=気持ち悪くないわけではないという結論に凹みます。
ざまあみろ、バカップルが!
いちゃつくんならもっとロマンティックな場所を選ぶんだったなぁ!
ビビりまくって逃げ出す男の必死な顔。
そして、彼氏に見捨てられ、目に見えない恐怖にさらされた女の絶望しきった顔。
ああ、可哀想に!
心に深い傷をつけられた彼女は、きっと愛していた彼に別れを告げることでしょう。
何で助けてくれなかったのよ!
あんたなんか呪い殺されちまえ、ってな!
幽霊のオレから、精一杯の祝福と皮肉を込めて言ってやろう。
ご愁傷様でしたぁ! またのお越しをお待ちしておりまぁす!
傑作だ。
今回もオレ様の悪戯は大成功。
腹があったら抱えて笑ってるところだ。
体があれば、な。死人に口なし。腹なし。足もなし。
じゃあ、オレってなんなの?
そんな疑問の答えもなし。
なあ、お前ら、一人でテレビを観て大笑いしたとするだろ?
そんでその後に、誰も居ない部屋で、ふと我に返って虚しい気分になったことないか?
漫画読んで、にやついて、「うわ、自分きもちわりい」って思ったことは?
電源切ったゲームの画面に映りこんだ自分の顔の出来の悪さに、がっかりしたことは?
あるよな?
今のオレが、ちょうどそんな気分だ。
あん? 誰に話しかけてんのかって?
しっかりしてくれよ。お前らだよ、お前ら。
オレは幽霊。普通の人間には見えない。
だったら幽霊のオレに見えない誰かがいたっておかしくないだろ?
頼むぜ、みんな。オレの話を聞いてくれ。
返事をしてくれ、なんて贅沢は言わねえからよ。
お楽しみの後の静けさってのは、ないはずの身に染みるねえ。
オレはふわりと身を翻し、陰気な自分の住処を見回した。
灰色のコンクリートと、積み重なって綿みたいになった埃の塊。
そんで、ろくに花も咲かせない植物の蔓くらいしか見るものがない。
このしみったれたトンネルの中で、どれだけ、こんなことを繰り返してきたんだっけか。
味気ない朝と晩が入れ替わった回数を、オレは覚えてねえ。
自分が何なのか。
中学校の道徳みたいなことを考えた回数も、数え切れねえ。
思い浮かぶことは色々あっても、結論はいつも同じ。
普通の人の目には映らないが、意識だけがある。
宙を漂い、いつ終わるのかもわからない日々を送り続けるあやふやな存在。
オレは、このトンネルに憑いた幽霊ってことになるらしい。
こういうのを、地縛霊っていうんだっけか?
響きと字面だけならかっこいいよな。
自分がいつ死んだのか、とか、どうやって死んだかってのは、よく覚えてねえ。
わかるのは苦しんで死んだ。
ろくでもねえ死に方だったってことくらいか?
いつの頃からかオレは、人ではない「何か」になってこのトンネルの中に居た。
そんで長い時間を、一人で持て余してきたってわけだ。
手持無沙汰な時間の退屈しのぎに、色々試してみてわかったこともいくつかある。
オレに体はないが、空気やら、草やら、小石やら、ちょっとしたものならとり憑いて動かせる。
どういう理屈なのかは知らねえが、生きている奴らが使う機械の類も操れるらしい。
中に潜り込んで、オラ、動けって感じで。
できることを試すうちに、オレの唯一の楽しみはこのトンネルに来る人間に、ちょっかいをかけることになった。
退屈しのぎに、幽霊は幽霊よろしく、生きてる人間様を怖がらせてるってわけだ。
ただし、それにもルールがある。
マイルールは大事だぞ?
自分がどういう奴なのか、見失わないように線を引いてくれるからな。
それは、誰彼構わず脅かすようなことはしねえこと。
オレが襲うのは、このトンネルを「通る」こと以外の目的でやって来た連中だ。
例えば、さっきのバカップル。
幽霊が居るなんて噂を鵜吞みにして面白半分でやって来た奴らには、お望み通り二度とここには近づきたくないと思えるような経験をプレゼントする。
その他にも、騒々しい音を立てながらマナーの悪い運転を繰り返すような暴走族だとか。
なぜか山奥に大量の粗大ごみを運んでやって来た連中だとか。
ちょいとお行儀のよろしくない連中には、いい加減にしろよとお灸をすえてやるってわけ。
逆に、眠い目をこすり仕事を頑張るトラックの運ちゃんや、この辺鄙な山ん中で道に迷って通りがかった家族なんかには手を出さない。
むしろ、頑張れ、気をつけろよ、と応援してやるくらいだ。
それが幽霊としてこのトンネルの主となったオレ様のポリシー。
仕事と、言っちまってもいいかもな。
仕事には、ご褒美があるもんだよな?
だから、肝試しに来たバカの中に女が居た時には、尻やら胸やら脇やら足やらうなじやら、オレがそいつを見てグッときちまった部分を、存分に撫でまわさせてもらってる。
天涯孤独な境遇にもめげず、きっちり怖がらせてやるサービスを提供しているのだから、そのくらいの見返りを求めてもバチは当たらないはずだ。
幽霊だからこそ、恋しい人肌もあるんだよ。
そういう意味では、今日のバカップルの女はまあまあだった。
頭悪そうな喋り方はいただけなかったが、肉感的な体付きは高評価。
でっかい悲鳴にもゾクゾクさせられた。
百点満点中、七十五点ってところかな。
まあ、高得点の部類に入るといって差し支えないでしょう。
評価が厳しくないかって?
当たり前だろ。これからどんな奴が来るかもわからんのに、ほいほい良い点つけられるか。
ほら、お笑いコンテストの審査員だって、最初の方はウケても渋い点つけるだろ?
あれに近いもんだと思ってくれ。
さあて、次の記録更新はいつになるかねえ。
オレには、他にすることがないからな。
あるのは腐るほど有り余った時間だけ。
次の獲物が現れるまで、待って待って待つだけさ。
生きている人間が目を閉じて眠るように、オレは自分の意識をあえてぼやけさせる。
オレという存在が、トンネル全体に染みわたり、広がっていくようなイメージだ。
感覚を曖昧にすることで、オレはこのクソみたいに退屈な時間を耐え忍んできた。
一人で、気が遠くなるほどの退屈を、誤魔化してきたんだ。
自分を見失いそうになる孤独を、僅かな出会いで上書きする。
何日も、何週間も、何か月も、何年も。
本当に消えてしまうのは怖いから。
せめて、幽霊では在り続けよう。
そんな未練たらしいオレを、お前らは笑ってみてんのかねえ?
そんなことを考えていたら。
お?
トンネルの空気が震えるのを感じ、オレはまた意識を集中させた。
この音の感じは……また車が来たみてえだな。
しかも通るわけじゃなく、停まりやがった。
一日に二回の来客とは、なかなか珍しい。
オレはトンネルの入り口まで移動して、外の様子を窺ってみる。
トンネルから歩いて十歩くらいの道の端に、トラックが一台、寄せられていた。
ちょうどヘッドランプが消えて、エンジン音が止まったところだ。
間違いない。
降りてきやがるつもりだな?
荷台に何か積んでるところを見ると、でっかいゴミを捨てに来たタイプのバカか?
それなら容赦はしねえ。
死ぬかと思うような目にあわせてやるよ。
トラックの助手席のドアが開く。
さあて、どんな奴が出てくるのやら。
「真白ー、着いたわよー」
「あいよー、今、降りるねー」
ない手ぐすねを引いて待ち構えるオレ。
そして、現れたのは以外にも、二人の女だった。
この物語の主人公は、人間のように考える幽霊です。
人は長い間誰とも話していないと精神が壊れていってしまう。
というのは、わりかし有名な話ですよね。
主人公が居もしない「お前ら」に話しかけるのは、壊れそうになる自分を守るため。
そういう設定なので、こっちに話しかけてきます。
馴れ馴れしくて不快に感じられたら、申し訳ありません。
許してあげてください。