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三十八 ネクストアース

 目を開けると、世界が横倒しになっていた。


 首が痛い。

 肩も、腰も、膝も、痛い。

 意識がはっきりとしてくるにつれて、自分の体が訴えかけてくる不調を自覚していく。


 やってしまった。頭が、重い。


 自分がいつ眠ってしまったのか、記憶がなかった。

 デスクに座ったまま、寝入るなんて。


 湧き上がってくる後悔にさいなまれながら、あちこちが軋む体を起こす。

 頭を振ったり、目をこすったりしてみたが、無駄な抵抗でしかなかった。


「お目覚めですか?」

「…………さいあく」


 ん?


 誰かに話しかけられた声と、私が口に出した素直な感想が重なったようだ。


「ご、ごごごご、ごめんなさい! 迷惑でしたか?」


 デスクの脇に目を向けると、狼狽えた様子の吉野さんの姿が見えた。

 その手には可愛らしい猫が描かれたマグカップが握られている。


 この香りは、コーヒーかしら?


「違うわ。今のは、吉野さんのことじゃなくて、体調のこと」

「あ、ああ……そういうことですか。よかったあ。はい、これ、どうぞ」

「どうも、ありがとう」


 見るからに安心したような顔になった吉野さんが、マグカップをデスクに置く。

 中身はやっぱり、コーヒーだった。

 しょぼつく目で、しばらく立ち上る湯気を眺めてしまう。


「ずいぶん、準備がいいのね」


 まだ湯気が出るほどに温かいということは、このコーヒーは淹れ立てなのだろう。

 まるで私が、今目覚めることがわかっていたかのようなタイミングだ。

 少し、間が良すぎる気がする。


「そろそろ起こそうかと思っていましたから。ちょうど良かったですね」

「なるほど。じゃあ、いただくわ」


 ぼんやりとしたまま、マグカップを手に取り、一口目をすする。

 熱い。苦い。と、いうか。


「……口をすすいでから、飲むべきだったわ」

「あはは、黒実ちゃん、まだ、本調子じゃないみたいですねえ」


 朗らかに笑う吉野さんは、そのまま何を思ったのか私の頭の上に手を置いてきた。

 緩やかに視界が揺れ、自分は今、撫でられているのだということに気付く。


「えっと、なに、この手」

「悪い夢を、見たんじゃないかなと思って」

「…………」


 言われて、まなじりに残っていた水分の存在を自覚した。

 これは、多分、涙の跡ということなのだろう。


 子どもじゃあるまいし。

 うなされて泣くなんて、みっともない。


「昨日の今日ですし、仕方ないと思いますよ」

「……なんのことか、わからないわ」

「嫌なことは、忘れちゃうのが一番ですよぉ」


 ついついふて腐れたようになってしまった私の口振りも気にした様子はなく、吉野さんは、ふにゃりと表情を溶かした。

 そうしていると、幼いというよりも、むしろ。


「おばあちゃんみたいね」

「おばあっ……そこは、お母さんとかでいいじゃないですか!」


 途端に哀れな顔になって、心外だと訴えかけてくる吉野さん。

 本当にそう見えたんだから、仕方ない。

 取り繕うのも面倒だから、聞き流してしまうことにしましょう。


 私は立ち上がって、大きく背伸びをする。

 血の巡りが一気に良くなって、くらくらと目眩のするような感覚があった後、ようやく世界がいつも通りの輪郭を取り戻し始めた。


 白塗りの壁で四方を囲まれ、落ち着いた色のカーペットが敷かれた床。

 天井に備え付けられた照明から降り注ぐ光は、思わず目を細めてしまうほど眩しい。

 部屋の中央には向かい合わせになるように置かれたソファが二つと、天板がガラス製のテーブルが一つ。

 壁には額に収められた絵が飾られていて、部屋の片隅には私よりも背が高い観葉植物が置かれている。


 ついさっきまで私が突っ伏して寝ていたのは仕事用のデスクだ。

 ディスプレイを三枚置き、ろくに整理もできていない書類が山ほど積まれているにも関わらず、十分な広さがあるおかげで窮屈さは感じないですんでいる。


 ここは、いつものガレージじゃない。

 ネクストアース社に雇われた私の、仕事部屋なのだということを自覚した。


 つまり、昨日のことは現実に起きたことだったということ。

 真白を突き放し、一人でここにやってきた。

 それが私にとっての「今日」ということになる。


「……あの後のことは?」

「問題なく片付きましたよ。壊れちゃったロボットも、午前中には真白さんのところに届く予定です」

「そう」


 具体性に乏しい私の質問に対して、吉野さんの返答は的確だった。

 事後処理は全てやってくれたのだろう。

 報告書なんかもあるとは思うけれど、それを確認するのは後回し。


 真白は、今、何を考えているだろうか。

 もう立ち直って、次の行動に移り始めている?


 いや、まだだろうな。と直感が告げていた。

 だって、私もまだ、気持ちの整理がついたとは言い難いし。

 もう少し、かかるに違いない。


 でも、それも時間の問題だ。

 私は多少無理をしてでも、これからのことを考えていかなければならない。


 まずは、何から始めようかと頭を掻いた時。


「おはよーございまーす」


 間延びした挨拶の声と共にドアが開き、赤い頭が姿を覗かせた。


「うわあ……黒実ちゃん、それ寝ぐせ? 髪、ヤバいよ?」


 部屋に入ってきて私の姿を見るなり、昴が眉をひそめてみせた。

 自分の頭を手で触って確認してみたが、いまいちよくわからない。


「そんなに?」

「ですねえ」


 隣の吉野さんに目配せをしてみたら、やんわりと肯定されてしまった。


 そういえば、お風呂に入った記憶もない。

 着替えくらいは……してないわね。


「もしかして、臭う?」

「それは、まあ、大丈夫なんじゃないですかねえ」


 胸元や脇の下の臭いを確認する私に対して、吉野さんは困ったような表情で答えた。


「とりあえず、シャワー、浴びてくるから」


 それで寝ぐせも元通り。眠気もとんで、気持ちの切り替えもできるだろう。

 ここは家ではないから、着替えはどうしようかと思い至って、ロッカールームにスウェットをしまい込んでいたのを思い出した。

 今日一日は、それでいいだろう。

 これからの仕事着や下着なんかは、ネットで注文すれば事足りる。


 そんな算段を立てていると。


「あ、シャワー? じゃあ、私も行く」


 突然、昴が手を挙げてみせた。


「……どうして?」

「だあって、私もさっきまでランニングしてたんだもん。汗、流したいじゃん」

「勝手にどうぞ」

「あ、吉野さんも来ます?」

「だから、どうしてそうなるのよ」


 はあ、と溜息がひとりでにこぼれ落ちた。

 昴とはそこそこに長い付き合いだし、人柄も把握できているつもりだ。

 ただ、今日はその無邪気さや人懐っこさが煩わしい。


 どこかの、誰かを思い出してしまうから。


 やんわりと断りを入れた吉野さんを仕事部屋に残して、私と昴はシャワールームに向かうのだった。

 三つくらい前の話で、昴の名前が全て「茜」となっていました。

 これ、前のシェイプオブダークって作品のヒロインの名前ですね。

 本気で間違えてました。なにやってんだか。

 現在は修正しております。

 茜って誰やねんと混乱された方は申し訳ありません。


 今回のお話は、サンタたちの敵となる側から描いた内容です。

 敵だからといって、悪とは限らないというお話。

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