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三十二 幽霊は自分の始まりを知る

 頭ん中で声がする。


(何なんすか、この状況! 絶対やばいですって! サンタさん! ちょっと!)


 うるせえ。こうなっちまったもんはしょうがねえだろ。

 成り行きに任せろ、成り行きに。


 京之介に憑いたオレは今、バカ野郎二人を追っ払った場所から少し離れた喫茶店の席に座っていた。

 二人掛けのテーブルを挟んで、オレの正面に座っているのはさっき助けた女。


 お気に入りの店があるからっつって、連れてこられた場所だが、確かに悪くねえな。

 人通りが多くない場所に店を構えてるせいだろう。ぼちぼち飯時なのにも関わらず、さほど混んでねえ。

 それでも物寂しさを感じない程度に客の姿もあるってことは、出される物の味が確かってことだわな。

 ジャズっぽい音楽が流れる店の中には落ち着いた雰囲気が漂っていて、ほのかなコーヒーの匂いと合わされば、実に心地いい空間の完成って感じだ。


 なにより気に入ったのは、ここ、海が見えるんだよな。


 アクアタウンって名の通り、店の大きな窓の向こうに、白い砂浜に波が寄せては返す様が見えた。

 その砂浜で歩いてる奴らがいるのを見ると、海浜公園みたいな場所なんだろうなと察しがつく。


 オレとしては、この洒落た場所で茶を飲むことに何ら不満はなかったんだが。

 

(さっきコーヒー持ってきたウェイトレスさんの目、見ました? 俺達、すんごく怪しまれてるっすよ!)


 京之介は、そうじゃないらしい。


 わかってるよ、そんくらい。

 そりゃこのガタイの男が、ちょっと彼女にしちゃ年の離れた女連れて、こんな店に入ってくりゃあ目立つわな。


 ただまあ、注文取りに来たってことは客だとは思ってくれてんだろ。


 こういう時はな、堂々としてりゃあ周りが勝手に理由つけて納得するんだっての。


(そうかもしれませんけど……あ! マジで真白ちゃんにやってるセクハラみたいなことしちゃ駄目っすよ! この子、どー見ても高校生くらいっすからね! 俺の見た目で手を出したら即通報ですよ!)


 お前、自分で言ってて悲しくならねえ?

 つうか、その辺も大丈夫だから安心しな。


 こいつには、不思議とそんな気、全く起きねえんだ。

 なんでだろな。

 オレは目の前の女の様子をじっと観察する。


 やや目つきが鋭くて、人にキツイ印象を与えそうな顔立ちだ。

 ただ、表情がころころ変わるうえに、よく笑うタチらしいので、気立ての良いヤンチャな女子って感じがする。

 そして、よく見て気付いたが、こいつ顔の左側に怪我の痕があるな。

 額から、目、頬にかけてうっすらと、肌の色が変わっている。

 火傷か? 顔の印象そのものが変わるほど酷いってことはねえが。


 年頃の娘ならそういうのを気にするもんだろうに。

 女はあえて、痕のある左側の前髪だけを上げるような髪型にしていた。


 まるでそれを、人に見せつけるみたいに、だ。


 ちょいと風変わりなところもある女だが、見てくれは良い部類に入っているはずだ。

 出るとこも出てて、結構可愛いはずなんだが。


 ううむ、ちっとも色気を感じねえ。


(だから感じちゃまずいんですって! 捕まるんですって!)


 ロリコン駄目絶対!と騒ぎ立てる京之助は無視して、オレは女をまじまじと見つめ続ける。


「いやあ、お兄さん、ごめんね。なんか、面倒かけちゃって」


 オレが自分をじーっと眺めているのに気付いたのだろう。女はバツが悪そうに鼻を掻いて言った。


「面倒って、何がだよ?」

「だって、ちょっとした騒ぎになっちゃったじゃん? どんな形でも、私のせいで巻き込んじゃったのは間違いないし」

「変なところで気を遣うんじゃねえよ」

「そうは言ってもねえ……私、頭に血が上ると駄目なんだよなあ、昔っから」


 さっき、男を平手打ちにしたことを言ってるんだろう。

 確かにカッとなって手が出た感じじゃ、あったが。


「お母さんによく言われるんだあ。それで人に迷惑かけてちゃ、世話ないでしょって……」


 しょんぼりと女は肩を落とす。


 確かにこいつの母ちゃんが言うことはもっともだ。

 娘が後先考えずチンピラに噛みつくような性分だったら、心配でしょうがないだろう。


 そこは反省したほうがいいだろな。

 しかし、だ。


「気にすんなよ。お前がやろうとしたことは正しかった。それに、あのバカ二人はお前に声かけられて、ラッキーだったんだぜ?」

「ラッキー?」

「ああ。お前がビンタしてなきゃ、あいつらはオレが殴ってた。な? ラッキーだろ」

「は、はは、確かにお兄さんに殴られるのは痛そうだもんね。そりゃラッキーかも」


 にやっと笑いかけたオレに対して、女も苦笑いではあったが笑顔を返してくる。

 やっぱりだ。

 こいつは笑ってる顔のほうが似合うと思う。


 軽口を挟んだことで、少し、女の態度が緩んだのがわかった。

 オレがテーブルの上のコーヒーに手を伸ばすと、それにつられたように女もカフェオレを口に含む。

 表情もどことなく柔らかくなった気がするし、美味しいとか言ってるし、警戒心が薄れたってことで、いいんだよな、多分。


 これでどうにか、まともに話ができそうだ。


「お前さん、名前は?」

「へ? 私?」

「そりゃそうだろ。オレの他に幽霊でも居るってのか?」

「あはは、ないない。こんなおしゃれなところにそんなんいたら場違いでしょー」


 悪かったな、場違いな幽霊で。


 探りを入れるつもりで聞いてみたんだが、このアホみたいな笑い方からするとオレの存在には全く気付いてないらしいな。


 図体がデカくて、若干人相が悪い兄ちゃんとか、そんな感じに見えてるんだろう。


「私はね、明山昴っていうの。明るい山に、あー、すばるってわかるかな?」

「ああ、なんとなくな。星空の、仲間みたいなもんだろ? 綺麗で良い名前じゃねえか」

「お、ありがとう! 意外に物知りなんだねえ、お兄さん」

「意外に、は余計だろうがよ」


 名前を褒められて素直に喜んでいる女を、オレは軽く睨みつける。


 しかし、それは冗談だと捉えたらしい。

 昴は脅えた様子も見せずケラケラと笑っていた。


(……確かにサンタさんがそういうの知ってるのって、なんか意外っす)


 どさくさまぎれにお前まで失礼なこと思ってんじゃねえよ、京之助。


 たまたまだ。

 なんとなく知ってた。

 幽霊にだってそういうことがあるんだろうよ。


「それで? 年はいくつだ? 見たところ、高校生くらいか」

「うん。十六歳だよ。バリバリのJK二年生」

「……じぇいけぇ?」

(女子高生のことですね。略語っす)


 妙な略し方もあったもんだ。わかりづれえ。


 しかし、高校二年生ねえ。

 大抵の女はだいぶ色気づいてくる頃なんだろうが。


「見た目通り、肝が据わってんな、お前」

「何それ! あ、ちょっと! なんでニヤついてんの! 言いたいことがあるならはっきり言いなよ!」

「もう少しおしとやかな方が、男受けはするんじゃねえか?」

「言った! 遠まわしなようではっきり言っちゃったよ!」

「声がでけえ。そうやってバタバタしてると、ガキに見えるぞお前」

「っぐ……」


 思い当たる節があったのか、昴は言葉を詰まらせ、悔しそうな顔をする。

 そしてぶっすーとむくれた表情になって、オレをじとっと睨み付けてきた。


「ガサツなのは自覚してますよ、ええ、ええ。悪うございました……それより、お兄さんこそいくつなのさ?」


「ああ? オレ? オレは……」


 京之助、お前、いくつなんだ?


(今年で十九歳っす)

「今年で十九歳だな」


「ええっ! ウソぉっ! さ、三十歳くらいかと思ってた……」


 さっき以上に身を乗り出して驚いている様子の昴。

 オレの顔から胸元あたりまで何度も視線を往復させて、信じられないと言わんばかりに唇をわななかせている。


(…………十九歳っす)


 頭の中に響くのは絶望に打ちひしがれた京之助の声。

 そりゃあ十代で三十路呼ばわりされるのは由々しき問題だろうな。


 ただ、気にする必要はねえだろ。

 京之助が昴から見て年齢以上に老けているように感じる理由は、間違いなくオレだろうからな。


「だって、喋り方とか、仕草とか、すっごくおっさん臭いもの!」


 そら見ろ。

 昴が言うところのおっさん臭いってのは、見た目じゃねえ。

 京之助に憑りついている「オレ」の部分だ。


 もともと京之助は頼りねえ性格もあって、あんまり大人っぽい雰囲気もねえからな。


(おっさん………………臭い…………?)


 そこで区切るんじゃねえよ、バカ。

 どんだけ卑屈な思考回路してんだ。


「いやあ、私は男っぽいけどさあ。お兄さんだって老けて見えるタイプの人じゃん? 苦労しますな、お互いに」


 からかわれた仕返しのつもりなのだろう。

 昴は悪戯っ子のようにニヤついている。


「ま、確かに経験も豊富だしな。お前みたいなちんちくりんからしてみりゃあ、老けても見えるわ」

「ちんちくっ……そこまで、は、ないんじゃないかな? はは、冗談きついよお兄さん」

「言いたいことがあるならはっきり言えっつったのは、お前だろ?」

「デリカシーは欲しかったかな! ほんとこのお兄さ……おっさんは!」


 自分は怒ってますよ、と言わんばかりに表情や声色で昴は訴えかけてくる。


 このタイプのやかましさはどことなく真白に通じるもんがあるんだが、妙なことにこいつの場合、それほど不愉快じゃねえんだよなあ。


 怒っている、というより、怒ってみせているって感じか。


 おそらく見た目や性格のことも、口で言ってるほど気にしてるわけじゃねえんだろう。


「それで? そっちの名前は? 教えてよ」


 その証拠にカフェオレを一口飲んだら機嫌がケロッと戻ってやがる。


 話し方が少々、無遠慮になりすぎな気もするが、素のこいつと話したいオレとしては好都合だ。


 さて、名前、ね。

 どう答えたもんかな。


「…………サンタだ。要サンタ」


 少し迷ったが、オレは今の名前を答えることを選んだ。

 元々の名前なんてもんも憶えてねえしな。


 だいぶ聞き慣れてきたこの呼び方が、一番面倒がなくていいだろう。


「サンタ? サンタさんなの? メリークリスマスの?」

「ちげえよ。 数字の三に、太いで、三太だ」

「へえ。面白いね」


 面白くはねえよ。

 全国の三太に喧嘩売ってんのかコイツ。


 まあ、オレの名前はサンダーからつけられたんだが。

 黒実の意味不明のセンスを、昴に話してもしょうがないだろう。


「ええっと、三ってことは、兄弟がいる、とか?」

「いるな。上に、京之介ってのが」


(ええ! 俺がサンタさんの兄貴っすか? 普通逆なんじゃあ……)


 いいんだよ、確かめようなんてねえんだから。

 兄弟ってことにしとけば、オレが憑いてないときに、京之介が昴とばったり出くわしても適当に話を合わせられんだろ。

 この話の流れに乗っからせてもらおうぜ。


「それにしてもよ」


 どちらにしてもこの話を深く掘り下げるのはあまり良いこととは思えねえ。

 オレは自己紹介の流れを意図的に切って、視線を昴からその脇に置かれていた物に移す。


「その花束、駄目にされちまったな。オレがもう少し早く割り込んどきゃあ良かったんだが」

「あー、これ? えっと、大丈夫だよ。元々そんなに高いやつでもないし」


 オレの視線につられて、昴も自分の横に置いていた花束に目を落とす。


 落とされた衝撃でいくつかの花が不自然な形に歪んでしまっており、花びらも数が随分減っちまったみたいだ。

 茎が折れているものもあって、お世辞にも立派な花束とは言いにくい。


 昴もそれがわかっているのだろう。

 声色にほんの少しだけ、気落ちした様子が混じっている。


「それ、私のじゃないって言ってたよな。何か、祝い事か?」

「……! はは、サンタくん、聞いてたんだね」


 あのチンピラどもとのやり取りの中で、昴の雰囲気が明らかに変わったのは花束を落とされてからだった。


 それは単純に手を出されたから、というわけじゃないんだろう。


 私のじゃない。

 じゃあ、一体誰のための花なのか。


 オレは自分の中にある、確信めいた一つの考えを拭い去ることができずにいた。


 きっとそれは、オレがこの明山昴とかいう女に見覚えがあることと繋がっている。


 そんな予感のせいで、息が詰まるような、胸が締め付けられるような感覚に飲み込まれそうになる。


「……ううん、お祝いじゃないよ。これ、お供えなんだ」


 昴が目を伏せて、首を横に振った瞬間、借り物の心臓がどくんと跳ねるのを感じた。


「……悪い。そんなつもりは、なかった」


 声が震えそうになるのを必死に隠し、オレは昴から視線を外す。


 駄目だ。

 落ち着け。

 まだ決まったわけじゃねえだろうが。

 何でこんなに動揺してる?


 何をそんなに期待してるんだよ! オレは!


「いや、いいんだよ全然! もう十年くらい前のことだしさ! こっちこそ、ごめんね?」


 明らかに気まずい雰囲気になりかけたのを察した昴が、笑顔で重苦しい空気を取っ払おうとしているのを感じた。

 オレもそれに乗っかって、軽口の一つでも返そうと口を開きかけた。


 その時。


「これ、兄ちゃんのとこに持ってくやつだったんだよね」


 昴の言葉に、自分の全てが吹き飛ばされそうになるのを感じた。


 眩暈のように視界が揺れ動く。どうやって息をすればいいのかが分からなくなる。

 胸の内から熱を伴った痛みが這い出てくる。


 この感覚は、何だ?

 京之助の体がおかしくなっているのか。

 それとも、幽霊としてのオレが揺らいでいるのか。


 境目が、区切りが、わからない。


 オレが何なのか。

 誰なのか。

 見失いそうになる。


「お前の兄ちゃん、死んじまったのか」

「うん。私が小学生の時にね」


 あっけらかんと昴は笑う。

 その強さが、オレにはあまりにも眩しい。


「でもよ、お前の歳からすると兄貴は結構若かったんじゃねえか? 病気、だったのか?」


 やっちまった、と思った。

 あまりにも踏み込みすぎた質問だ。

 どこの誰ともわからねえ奴にそんなこと訊かれて、いい気分になる奴なんているはずもないのに。


 なんで堪えきれなかった。

 どうして確かめずには、いられなかった。


「ううん。病気じゃなくて、事故。知ってるよね? ここで昔起きた、エキスポのやつ」

「は? ここで? こんな場所で事故なんて……」


(いや、サンタさん、その子の言ってること、本当だと思います。このアクアタウンは……)


「あれ? もしかして、サンタくん、この辺の人じゃない? TIRエキスポって言ったら、結構有名な話だと思うんだけど」

「いや……悪い。学がねえもんでな」


 京之介、お前は何か知ってるのか?


(……TIRエキスポは、今から十年くらい前に開かれた鳥崎産業用ロボット博覧会のことっす。ネクストアースっていう世界的に有名な会社が主催して、世界中から先進的なロボットを集めて展示しようって企画だったんですけど)


 事故ってのは、どういうことだ?


「展示されてた機械の一つが、爆発しちゃってね。私も、お兄ちゃんも、それに巻き込まれたんだ」


 オレの疑問に答えたのは、京之介ではなく、昴だった。

 機械。爆発。なんだ。ちょっと待て。

 オレは、なんで。


 その事故のことを、知っている気がするんだ?


 なあ、京之介。もしかして、なんだが。

 その爆発した機械とやらは、とんでもなく眩しい光を出すようなもんじゃなかったか?


(え? ええっと、たしか、事故を起こしたのは『ループ』とかいう、次世代発電機関だったと思います。眩しかったかどうかは、わからないですけど、事故の時にはすごく濃度の高い電磁パルスが発生したとかなんとかで……ああ、その後)


 その後?


(展示されてたところの建物が崩落して、下敷きになった人が大勢いたとか、聞いたことがあります)


 そうか。

 そうだったんだな。


 確証はなかった。

 京之介が説明してくれたことの意味の半分も、オレは理解できちゃいないだろう。

 だけど、直感が告げてくるんだ。


 この子だ。

 初めからわかってた。

 すれ違った時。気の強そうな目を見た時。

 明るく笑っている顔を見た時。からかわれて怒っている顔を見た時。


 そして、今の、何かを諦めたような、懐かしむような顔を見て、わかっちまった。


 もう、誤魔化しようがねえ。この子は!


(サンタさん! さっきから、どうしたんすか!)


 破裂しそうなほどに鼓動を繰り返す心臓に、京之介もただ事じゃないのを悟ったんだろう。


 しかし、その叫ぶような声が、今は遠い。


 大丈夫だから。あと少し、この子と話をさせてくれ。


「兄貴は、その、どんな人だったんだ?」

「んんー? そうだねえ、どんなって言われると難しいけど」

「お前さんには、優しかったか?」

「うん、すっごく。よく我儘をきいてくれてたよ。あー、そだそだ。口は悪かったっていうか、荒っぽかったかもしれない」


 言ってすぐ、昴は何かに気づいたようにぽんと手を打った。


「ちょうど、サンタくんみたいな感じ!」

「オレ?」


 オレが、誰と似てるって?


「うん。何ていうかぶっきらぼうで雑なんだけど、実はいい人みたいなさ。そんな感じ」


 身内を褒めるのが照れくさいのか、昴は少しはにかんで言う。


「だからかもね。私、なんか安心して色々喋りすぎちゃってる感じするもん」


 まースケベで喧嘩っ早くて苦労したこともあったけどー、私何言ってんだろうねーと、笑顔で語る昴に、オレはロクに返事もできずにいた。


 思い出した。

 

 いつも見てきた、あの悪夢で、オレが守ろうとしてきた奴。

 それが、誰だったのか。


 自分の命に代えても、守らなきゃと、思った相手が居た。

 ずっと、ずっと、夢の中じゃ、それが誰なのかわからなかった。

 だけど。


 今、目の前にいる明山昴がその子なんだと、オレは気付いてしまった。


「……昴」

「お? どうしたの?」


 オレは、と言いかけたその時、頭の中で声がした。


 だから、どうした?


 この子が、そうだったとしてオレに何の関係がある。

 憶えているからって、思い出したからといって、喜ぶ権利なんかねえだろうが。


 どの面下げて、何を言うつもりだ!

 そうさ。オレは確かにこの子を知ってる。

 この子の兄貴を知っている。

 オレは知ってるぞ。

 だからなんだってんだ。


 だって、そいつはもう、死んじまったんだ。

 死んだ人間は二度と、帰ってこない。

 違うかよ?


 そんな声が確かに聞こえてきた。


「サンタくん、サンタくんって! どうしたの? なんかすごく怖い顔してるよ」

「……あ? ああ、大したことじゃねえよ。コーヒーが、口内炎に沁みただけだ」

「えー、お肉ばっかり食べてない? ちゃんと野菜も食べないと駄目だよー」


 呑気な昴の声に引っ張られて、目の前の世界に空気と色が戻ってくる。

 まるで何時間も息を止めていたみたいな気分だった。


 憑いた京之助の額や背中には汗が浮いていて、体中の筋肉が強張っているのを感じる。


「野菜な。気をつけとくよ」

「うそくさー」


 どうにか適当な返事をしたオレを胡散臭そうに見つめる昴。

 大丈夫だ。余計な事さえ言わなきゃ、会話くらいはできそうだ。


「昴、その花、どうすんだ?」

「え? うーん、けっこうひどいことになっちゃてるからなあ。こんなんで兄ちゃん許してくれるかなあ」


 オレが指差した花束を眺め、昴は困ったような表情を浮かべる。


「大事な妹がくれるもんなら、どんなもんでも喜ぶと思うけどな」


 少なくとも、オレはそう思う。

 誰かの気持ちを代弁しているわけじゃないはずだ。


 供えるとしたらどこに持っていくんだと、オレが言いかけた直後だった。


「ずいぶん、楽しそうねえ。アンタ達?」


 背後から、身の毛もよだつような声がした。

 そろそろ、サンタも『幽霊』という、もやっとした存在ではいられなくなってきました。

 主人公がどういう存在なのかってのも、かなり大事な部分だよなあと思っています。

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