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三十一 トラブルは幽霊にきっかけを与える

 ぎゃいぎゃい騒ぎだした真白を無視して、オレはさっきの女が走ってった方に向かった。


 たしか真っ直ぐ進んで、右だ。

 駆け足で向かった先、角を曲がると両側に飯屋が立ち並ぶ通りに出た。

 京之介の高い視線で通りを見渡すが、女の姿はどこにもない。


「悪い! どいてくれ! すまん! 急いでるんだ!」


 のんびりと歩く通行人をどうにか躱しながら、オレは通りを駆け降りる。

 こんな時、図体がでかいと厄介だな! ちくしょう!


(ど、どうしたんすか? 危ないっすよ!)

「……ちっ!」


 通りの終わりになるT字路にたどり着いた途端、急に脚が動かなくなった。


 体の奥で京之助が抵抗しているのを感じる。

 ここまで強引な憑き方したのは初めてだからな。

 只事じゃないと思ったんだろう。


 でも、今は駄目だ。

 オレは京之助の意識を力づくで押さえつけて、また走り出そうと試してみる。


(ちょ、サンタさん、なんでそんなに焦って……)

「知り合いを見つけたんだよ。多分、間違いねえ。会いに行かせてくれ」

(知り合いって、誰なんすか?)

「それは……わからん。誰かはわからねえけど、知ってる奴だったんだ。会って、確かめる」


(……わかったっす。そういうことなら、使ってください)


 すうっと、京之助が抵抗を止めるのを感じた。

 これで、自由に動けそうだ。


「恩に着るぜ、京之助」

(けど危なかったり、人に迷惑かけるのは駄目っすよ)

「ああ、そうだな。努力する」


 すれ違ってからの時間から考えて、あの女との距離はそんなに離れてないはずだ。

 おそらくはまだ、この辺にいる。


 どっかアタリをつけて、張ってみるか?

 しかし、オレが張ってるのと別のとこから出られたらどうする?

 やっぱり動き回って探した方がいいんじゃねえか?


 ああもう、めんどくせえ! とにかく手当たり次第だ!

 考えてる時間が惜しい。

 こうなりゃ、虱潰しにに探すしかねえ。


 そうして駆けずり回って、手がかりを見つけるまでには、思いのほか手間取っちまった。。


「ああ、それらしい子なら、さっきそこの花屋からあっちの方に行ったよ」


 その辺にある年頃の女が覗きそうな店を探し回ったが、ことごとく空振り。


 完全に見失っちまった。


 こうなりゃ駄目元だと、オレは休憩用のベンチに腰かけていたじいさんに声をかけた。

 妹とはぐれてしまった。髪が短くて、明るい感じの女の子を探している、と。

 いきなり話しかけてきたオレに、じいさんは目を丸くしていたが、そこは年の功。


 すぐに気を取り直し、のんびりとした様子で近くにあった花屋から女が行ったらしい方角を指す。


「マジかじいさん! 見間違いとかじゃねえよな?」

「大きな花束を持ってにこにこしてたからねえ。つい目で追ってしまった。その子があんたの妹さんかはわからんが、間違いなくあっちに行ったよ」

「そうか! ありがとさん!」


 あんまり似てないねえ、というじいさんの呟きは聞かなかったことにして、オレは小走りで出口に向かう。

 オレとすれ違った時、あの女は花束なんて持っていなかった。


 花屋でそれを買ったんだとしたら、そのぶん立ち止まってた時間があったってことだ。

 まだ間に合う。追いつける。大丈夫だ。

 花束なんて分かりやすい目印つきの女。

 本気で探せば、きっと見つけられる。


 しかし、じいさんが指した方向に進んでしばらくして、オレは思わず息を呑んだ。


「……あ」


 人が、道を埋め尽くさんばかりの人の波が、目の前に広がっていた。

 これまでの比じゃない。

 ここが、一番の大通りってことかよ。


 私、人混みって嫌いなのよね。


 そうぼやいていた黒実の顔が頭をよぎる。

 京之助の背が高いとか、それだけで何とかできるようなもんじゃない。

 右へ左へ蠢く顔、顔、顔。

 性別、体格、髪形、服装、持ち物、仕草、目から飛び込んでくる無数の違いが、オレの前に立ちはだかる。


 こんなもん、河原で石ころを探すようなもんじゃねえか。


 ちょっとばかり他と違う特徴があっても、多すぎる数に紛れて見えなくなる。


 無理だ。どうにもならねえ。


 さっきまで締め付けられるような焦りを感じていた胸元から、すとんと何かが落ちていくのを感じた。

 息苦しさが無くなるのと同時に、ぽっかりと穴が開く。


 膨れ上がった期待、それが消えて生まれる隙間はでかかったみてえだ。


(サンタさん、あの)


 すまねえな、京之助。体、返すわ。


 深く息を吐いて、オレがサンタボールに戻ろうとしたその時。


「ちょっと! お兄さんたち! 私、あんたらに話しかけてんだけど!」


 雑踏の中でなお、凛とよく通るその声が聞こえた。


「今の、どっから……っ?」


 俯いていた顔を跳ね上げて、オレは視線を走らせる。


 あれだけ探していた声の主は、嘘のように簡単に見つかった。


「こんだけでかい声出してるんだから、聞こえてないわけないでしょ! こっち向きなよ!」


 大きな花束を持ったその女は、天下の往来で恥ずかしげもなく仁王立ちで声を張り、


「ああ? 何コイツ、うるせーんだけど」

「もしかして俺らに言ってんの? ウケる」


 威勢のいい啖呵を切られた男が二人、顔を見合わせていた。


 何やってんだ、あいつ。どういう状況だ、これ。


「別にウケない。私、さっき言ったよね」


 オレが呆気にとられている間に、女は意志の強そうな目を見開き、花束を持っているのとは逆の左手でビッと地面を指差した。

 なんだ? 左手にだけ、手袋?

 さっきは気付かなかったが、そういう格好すんのが流行ってんのかね?


「あれ、落としましたよって」


 女が指しているのは、一本の煙草の吸い殻だった。


 短くなっちゃあいるが、踏み消してもいないのか、まだ熱を持っているのが見て取れる。


 え、嘘だろ。と、思わざるを得なかった。


 この女、まさか。


「ちゃんと拾いなよ。迷惑じゃん」


 煙草のポイ捨てを、注意してんのか?

 パッと見、二十もいかねえ女が?

 そんな理由で明らかにガラの悪そうな野郎二人に食ってかかってるってのか?


「うーわ、出た。真面目ちゃんかよ。高校生か? こいつ」

「いいじゃん、こういうの、可愛くってさ。ねえ、君、それ俺らが捨てたって証拠でもあんの?」


 女の前に立っている男の片方は露骨に顔をしかめて不快感を露わにし、もう片方はにやにやと締まりのない笑みを浮かべていた。

 共通点はまあ、多少腕っぷしが強そうなのと。


 ――どっちも吐き気がするくらい虫唾が走るタイプの輩ってことくらいか。


「証拠なんてないよ。ただ私、気になって見てたんだよね。こんな人の多いところで歩き煙草してる非常識な大人がいるなあって。そんで、その駄目な大人が道端に煙草捨てるまで、ばっちり。それで十分でしょ」

「……別にここお前の道じゃねえだろ。うぜえよ」


 ズバズバとした物言いの女を、男の片方が威圧するように睨み付ける。だが。


「私の道じゃなくたって、みんなの道でしょ。屁理屈こねてないで、さっさとそれ拾いなよ」


 自分と頭一つは身長が違う男を、女は一歩も引かずに睨み返している。


 大した奴じゃねえかおい。


 オレはその度胸に思わず舌を巻く。

 とはいえ、ちょっとばかり無茶が過ぎるところは、あるかもな。


「あーあ、君さ、真面目なのはいいけど、もうちょい年上に対する口の利き方勉強した方がいいよ? じゃないとさあ……」


 案の定、もう片方の男が一歩、女の方に踏み出した。


「こうなるよっと!」

「……っ!」


 無造作に振り下ろされた男の腕が、女の手に握られていた花束を叩き落とした。


 乾いた音をたてて地面に打ち付けられた花が、無残に散る。


「ごめんねえ、手が滑っちゃった。まあ、まだギリ花束は花束みたいな?」

「いいだろ、別に。こんな可愛げもねえクソガキに、花なんてもったいないっての」


 花束を叩き落した男は何が面白いのかゲラゲラと手を叩いて笑い、もう片方がつまらなさそうに舌を打つ。


「…………じゃ、ない」


 地面に落ちた花束と、それを掴んでいられなかった手を交互に見比べて、女が何かを呟いた。

 オレの位置からじゃ、よく聞き取れなかったが、ガキ女の雰囲気が変わったのが分かった。

 さっきまでのが正義感とか、義務感だって言うんなら、これはあれだ。


 単純な怒りってやつだろう。


「それは! 私の花じゃないっ!」


 怒声と共に、右手のフルスイング。


 無数の人で賑わう街中に、それはそれは見事な平手打ちの音が響き渡った。


「あ、う、え?」


 猛烈なビンタをかまされ、顔の向きを変えられた男が呆然と自分の頬を押さえる。

 不愉快な笑い声がぴたりと止まり、その口から意味をなさない声が漏れた。


 高校生くらいの女が、大の男を平手打ち。


 その事実を理解するのは、ぶたれた本人よりも、周囲の人間の方が早かった。


 うそ、殴った?

 すっげえ音。え、何、ケンカ?

 いやでも相手女の子じゃん。


 そんな囁きが人混みの中に、さざ波のように広がっていく。


 そして、誰かが言った。


 あれ、やばいんじゃない? と。


「……てめえっ!」


 我に返るとはこのことを言うのだろう。無様に頬に手を当てた友人の代わりに、怒りで目を吊り上げた男が拳を振り上げてガキ女に襲い掛かる。


 どんだけ気が強かろうが、この体格差だ。

 殴られれば、女はひとたまりもないだろう。


 まあ、それはあくまで、このボケナスが女を殴れたらの話だが。


「おい、大概にしとけよ」


 男の拳が捉えたのは女の面じゃなく、オレの手の平。


 ぱしいん、とさっきの平手打ちに比べれば随分しょっぱい音と共に、男の手が止まる。


 ダチが殴られたのに、ぼさっとしすぎなんだよ。

 おかげで割って入るのも楽勝だったぜ。


「な、なんだてめ……あい、嘘だろあいだだだだだだっ!」


 受け止めた男の手を、そのまま骨が軋みだすまで力一杯握りしめる。


 いやあ、見た目通りなかなかの握力じゃねえか。

 京之助、感謝するぜ。


「悪ぶってるくせに、このくらいでぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃねえよ、みっともねえ」


 オレは悲鳴をあげる男の顔を反対の手で引っ掴む。


「え、なに、うわ、あがああああああああああっ!」


 そしてそのまま力を込めて、体ごと持ち上げてやった。


 頭蓋骨が締め上げられる、首が伸びる、爪先が宙に浮く。

 状況を飲み込めず、三つの感覚に同時に襲われているであろう男の悲鳴が、辺りに響き渡る。


 うるせえなあ。根性なしが。


「見下げたクズのてめえに、一回だけチャンスをやるからよ。よーく考えて、答えな」


 オレは、普段の京之助からは絶対に考えられない、低く、獣が唸るような声で凄んでみせる。

 オレの指と指の間からのぞく男の目が、恐怖で激しく動き回るのが見える。

 噛み合っていない歯が、カチカチと音をたてるのが聞こえてきた。


「悪いのはこのガキと、お前、どっちだ?」

「お、おおお、俺! 俺です! おれぎゃああああっ! ちょ、割れる! 頭割れるってぇ!」

「そんな簡単なこともわからねえ頭なら割られて当然だろが! 何か言うことねえのか、あ?」

「ごめんなさいごめんなさい、すいませんでしたぁ! 俺が、俺らが悪かったです! 助け、うああああっ」


 耳障りな謝罪を述べる男の頭から、手を放す。

 落ちた男がしこたま尻を打ち、悶絶していたが知ったことじゃねえ。

 オレはそのまま足元のバカから、もう一人のバカへと視線を移す。


「おい、てめえからは何もねえのか?」

「ひいいっ! す、すんませんっしたぁ!」

「最初っからそう言ってりゃあ、こんなことになってねえんだよタコ! さっさとそれ拾って失せろ!」

「はいい!」


 男は泡を食って煙草の吸殻を拾い、そのまま尻に火がついたように逃げていった。

 もう片方の男はよっぽど痛むのか、尻を押さえながら何度もこっちに頭を下げひょこひょこと跳ねるように離れていく。


「見るに堪えねえな、ったく」


(確かに、あの人たちが悪いんすけど……俺、若干同情したっす)


 鼻を鳴らしたオレの頭に響く、京之助の声。

 いいんだよ。ああいう手合いは痛めつけられなきゃ躾られねえんだから。


「さあてと、街のごみ掃除は終わったな。あとは……」


 オレはぱんぱんと両手を払い、振り返った。


「嬢ちゃん、大丈夫か?」

「え、あの……うん、ありがと、ゴザイマシタ?」


 オレの後ろで突っ立っていた女が、かくかくと頭を縦に振る。


 面倒なことに巻き込まれちまったが、オレの目的は変わってねえ。


 こいつが誰なのか、確かめる。


「だ、大丈夫なんだけど、さ。あの、なんていうか」

「あん?」


 女はたはは、と苦く笑って肩をすくめる。


「自分で、やっつけたかったなぁって」


 どこまでも、気の強い女だ。

 だが、オレはその物言いがおかしくて。笑い出しそうになる。


「そりゃすまんかったな。詫びと言っちゃなんだが、その辺で茶でも奢らせちゃくれねえか」

「えー? もしかして、ナンパぁ?」

「ちげーよ、バカ。さっきの連中が仲間連れて戻ってくるかもしれねえだろ。ちょっとの間、ガードマン代わりになってやるっつってんだよ」

「あー、なるほどねえ」


 腕を組んだ女は、一度視線を上に向け、じいっとオレの顔を見つめていた。

 そして。


「そんじゃ、ご馳走になっちゃおうかな?」


 ニカっと笑って、そう答えたのだった。

 駄目なことは駄目と、相手を見ずに告げられる大人に憧れます。

 実践はできてませんが。

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