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二十八 脅威は間近に

 自分に与えられる仕事は単純だった。

 依頼を受けたら暴れる。誰かを襲う。必要があれば脅す。何かを奪う。


 目的さえ達成すれば、後は何も我慢しなくていい。


 三瀬がこの仕事を気に入っている理由は、その一点だった。

 むしろそれ以外に、仕事に望むものなどなかったのかもしれないと三瀬は思っていた。


 それなのに、だ。

 この数日間、彼は何をすることも許されなかった。


 自分を苛つかせた奴がいるのに、やり返すことができない。


 この世で最も嫌いな「待て」を強要されること。


 これ以上は一分、一秒たりとも耐えられない。

 腸が煮えたぎり、頭がおかしくなる。


 そう思った三瀬が、上司の部屋に怒鳴りこみに行ったこと。

 それは、彼にとって、いたって自然なことだった。


「おい、コラ、吉野! 俺はいつまで待ちゃいいんだよ!」


 上司のオフィスのドアを蹴飛ばしながら開け、青筋を立てながら怒鳴る三瀬。

 小綺麗に整えられた部屋の奥、デスクに腰かけていた人物はその剣幕に、びくりと身を跳ねさせた。


「びびび、びっくりしたあ! み、三瀬くん? いつまでって、まだ三日じゃないですかぁ」


 気の弱そうな口調に相応しく、返事をした吉野という女性の身長は非常に小さかった。

 成人女性にしては、というより下手したら小学校の高学年でも小柄な部類に入るのでは、という彼女は自然と三瀬を見上げる形になる。

 その小動物を思わせるどんぐり眼には分厚く、飾り気のない黒ぶちの眼鏡がかけられていた。

 それがまた一層、彼女の童顔に拍車をかけている。


 今にも逃げ出しそうな彼女に詰め寄った三瀬は、そのまま食ってかかる。


「もう三日、の間違いだろうが!」

「で、でも、サルガスの改修にはちょっと時間が必要でしたし……その三瀬くんも万全の体調でのぞんだほうがいいかなあ、と思って」

「そもそも俺は負傷してねえんだよ! 尻尾があのくらいのことでイカレてなかったら何の問題もなかったんだ!」


 こんなやり取りをするのは何度目かわからない。

 吉野は自分を睨みつける三瀬の視線から逃げるように、目を泳がせ続ける。


「も、もうちょっと。あと少しでなんとか」

「そのもうちょっとがどれだけなのか聞きに来てんだよ、アホかてめえは!」

「……脅しに来た、の間違いじゃないですかぁ」


 ひたすらがなり立てる三瀬に対し、吉野は涙目になって、両手の人差し指で耳をふさぐ。


「どうして今回に限ってそんなに仕事熱心なんですかぁ。張り切ってもお給料は増えませんよぅ?」

「金の問題じゃねえ! やられっぱなしなんてのはな、あり得ねえんだ! 借りがあんだよ、あのクソ女どもには! 面子を潰されたら、すり潰し返すしかねえだろ!」

「し、私怨はほどほどにしといてくださいね。お仕事の内容、忘れてません?」

「知るかよ、んなもんは二の次だ」

「……勘弁してくださいよぅ」


 唾でも吐き捨てるような調子の三瀬の様子に、吉野はがっくりとうなだれた、その時。

 吉野のデスクに備え付けられていた電話が鳴った。。


「あ、ちょっと電話いいですか?」

「うるせえ! いちいち確認してくんじゃねえよ!」

「ううう……はい、もしもし、あ、そうなんですか? よかったです」


 受話器を取った吉野は、通話先の相手から伝えられた内容に顔を綻ばせた。


「はい、はい、はーい。それで、よろしくお願いしまぁす。はいー」

「…………それで、なんだって?」

「うふふ、なんだと思います?」

「殺すぞ」

「こ、言葉が強すぎやしませんかね」


 こいつなら、やりかねない。

 そう思ったらしい吉野は、顔を引きつらせながら言う。


「あの、それがですね、ちょうど今しがたサルガスの改修が終わったそうです」

「じゃあさっさと言えや! 何もったいつけてんだババア!」

「ごっ! ごめんなさい! わたしごときがもったいつけてごめんなさい!」

「そんなトロくせえから三十路に差し掛かってもガキみてえな見た目なんだよ、クソが」

「……み、三十路関係ないです。あとまだ三十にはなってな」

「何か言ったか、ああ?」

「何も言ってません!」


 三瀬に頭を上から押さえつけられ、ぐりぐりと髪の毛をかき乱される吉野。

 ライオンにいたぶられるネズミのような状態の彼女は上目遣いで三瀬に問いかける。


「あの、三瀬くん、すぐにでも出るんでしょうか?」

「……ああ。ババア、お前、尻尾に頼んでたヤツ、ちゃんと付け足してんだろな?」

「そ、それはもちろん! 手足の筋力をサポートする補助義肢の方の出力を引き上げておきましたから! これで恐らくあちらロボットが動いても後れを取ることはないんじゃないかと! だからこれ以上髪の毛ねじるのやめてえええ」

「けっ、仕事の忠実さに免じて、このくらいで勘弁しといてやるよ」


 言って、三瀬は蹂躙を続けていた吉野の頭から手を放す。


「さあて、あのガラクタ、今度こそバラバラにしてやっからな」


 口の端を吊り上げて笑いながら、部屋を出て行く三瀬。

 その背中が完全に見えなくなった後、吉野は一人深い溜め息を吐いた。


「はああ、任せちゃって大丈夫なんでしょうか……いや、大丈夫じゃなさそうですねえ」


 三瀬という男は、こと戦闘にかけてはまごうことなき一流。

 だが、こちらの狙い通りの動きをしてくれないという致命的な欠点もある。


 用心しておいて。損はないだろう。

 そう判断し、吉野は一度置いた受話器を再び手に取った。


「……あ、もしもし? 私ですう。ちょっと例の件で、あなたにも動いてもらいたいことがありましてぇ」

 気の弱い人ほど、用意周到であることが多い気がします。

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