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二十七 幽霊はキューピッドになることを目論む

 今のところ、トンネルと、工場での話しか書いてませんでしたね。

その日の夜、黒実と真白、京之助が晩飯を食い終わった時のことだ。


「はああっ? 外に行ってみたいいいいいっ?」


 ダイニングに、真白の素っ頓狂な叫び声が響き渡った。


 こいつが騒ぐのはわかっちゃいたが、やっぱうるせえな。


 サンタボールに憑りついた状態のオレは、食卓の上をちょこちょこと動き、黒実の正面まで移動する。


 何をするにしてもコイツの首を縦に振らせなきゃ話が進まねえのは、ここで生活するうちにわかってきた。


「どういうこと? サンタくん」


 何が楽しいのか、それまでウーロン茶を飲んだ後のコップに残っていた氷を食べるのに夢中になっていた黒実が、オレに視線を落とす。


 黒実は駄目な時は即答で駄目という奴だ。

 聞き返してきたってことは、割と望みがあるはず。


 オレはできるだけ自然を装って、質問に答える。


『なに、こちとらトンネルでの暮らしが長かったもんでなあ。今どきの文化ってのがどこまで進んだのか見てみてえんだよ。ちょーっとばかし外に出て、お前らが買い物でもしてる様子でも見せてくれればいいからよ』


 な、頼むよ。と、オレはサンタボールの前脚をすり合わせるようにして拝んでみせる。


 ふむ、と黒実が腕を組んで思案顔になったところで、


「あのね! あんたはアホだから忘れてるかもしれないけど、あたし達は狙われてるの! あの尻尾男がまたいつ来るかもわからない時に、のんびり外をうろつけるわけないでしょ!」


 真白が平手で何度も食卓を叩いてくる。


『おい、バンバン机叩くんじゃねえよ。だいたいな、相手がいつ来るのかわかんねーならどこにいても一緒だろうが。別にここだって、特別安全ってわけじゃねえんだろ?』


 四の五の言ったって、結局のところ敵が来たら戦うのはオレなのだ。

 そう考えればオレとアホウドリが揃ってりゃあ、ガレージだろうが山奥の更地だろうが街中だろうが、場所そのものはどこでもいい。


 むしろ人目があったほうが敵も手を出しづらいんじゃねえか?


「あんたは楽観的すぎなのよ……そんなに今の文化が気になるなら、テレビでも見てればいいじゃん」

『ふざけんじゃねえ! こちとら毎日毎日お前らの実験に付きあわされていい加減うんざりなんだよ! 一日ぐらい息抜きさせろや』


 真白が宥めすかすようにスススっと差し出してきたテレビのリモコンを、オレはサンタボールの後ろ脚で蹴っ飛ばす。


 かぜで学校を休んだガキじゃあるまいし、そんなもんで誤魔化されてたまるかってんだ。


「何コイツ、生意気! いい歳こいた幽霊が子どもみたいなわがまま言うんじゃないわよ!」

『歳は関係ねえだろ! お前こそもうちょい年上に対する敬意を表してみたらどうなんだ!』

「はっ! あんたのどこに敬う要素があるってのよ。どーせ生きてた頃もデブでハゲのおっさんだったんでしょ。あーやだやだ、そんなんにセクハラされるとか想像しただけで鳥肌なんですけど」

『よーし、お前そのケンカ勝ったぜ。覚悟しろやケバギャルが』

「何よ、やろうっての?」


 オレがサンタボールから離れて襲い掛かろうとしている気配を感じ取ったのだろう。

 真白もオレを見るためのゴーグルとサンタコロースを取り出して身構える。


 あの銃はちと厄介だが、一気に距離を詰めちまえばこっちのもんだ。

 隙を見せたら速攻で近づいて、息もできないような地獄のくすぐりの刑に処してやる。


 一触即発。

 オレと真白が互いの出方を窺っていたところ、


「いいわよ、行っても」


 その様子を冷めた目で見ていた黒実が、言い出しっぺのオレも驚くほどあっさりと言い放った。


『マジか、黒実!』

「ええっ! お姉ちゃん本気?」


 図らずも声を重ねて尋ねるオレと真白に対して、黒実は口の中で氷を転がしながら言う。


「確かにサンタくんの言ってることにも一理あるわ。まあ、最低限の条件としてアホウドリを持っていくことと、勝手にどこかに行ってしまわないこと、何かあったらちゃんと私たちを守ってくれることの三つが挙げられるけど、約束できる?」


『任しとけよ。もしあの尻尾野郎が来ても、オレが責任を持って返り討ちにしてやるって』

「そ。そこさえ保障してくれれば私は別に構わないわ。頼りにしてるから」


 言って、黒実は自分の食器をまとめ、キッチンへと運んでいく。

 後に残された真白はしばらく絶句したように口を開けていたが、やがて口をとがらせて、


「…………なんかお姉ちゃんサンタに甘くない? つかアホウドリを運ぶ手間だってバカにならないんだけど。京之助もそう思うでしょ?」

「ええっ? 俺? いや、俺はどちらとも言えないっていうか」

「何? あんたもサンタの味方なわけ?」

「目が怖いよ真白ちゃん! そんなに睨まないでほしいんだけど!」

『あーもーグチグチうるせえな! だったらもうお前だけ来なきゃいいだろが』


「え」


 いい加減鬱陶しくなってきたオレの一言に、キリキリと吊り上がっていた真白の目が丸くなった。


 何で驚いてんだコイツ。

 別に妙なこと言ってねえだろ。


『敵さんの狙いはアホウドリなんだろ? つまりアホウドリを外に持っていくならここは安全ってこった。いいぜ。そんなに心配ならお前は留守番でも』

「そ、それは……その、そうかもしれないけど」


 留守番、という言葉に真白は明らかに動揺を見せた。


 ははーん、さてはこいつ、あれだな。


『お前、本当は行きたいんだろ?』

「そ、そそそそんなことないし! 別に外なんて行こうと思えばいつでも行けるじゃん」

『じゃあ、決まりだな。外には黒実と京之助の二人に連れてってもらうことにするぜ』

「うぐぐ……ううー、うー……」


 金髪をぐちゃぐちゃとかき回して悩んでいる様子の真白。


 しめしめ、もうあと一押しって感じだな。


『安心しろって! 一人で待ってたお前にも、土産話はちゃんとしてやっからよ』

「わかったわよ! あたしも行く! これでいいんでしょ、アホ幽霊!」


 一人で、のところを強調して言うと、真白の中で何かがぽっきりと折れちまったらしい。


 半ばやけくそ気味に怒鳴る真白に対してオレは、


『最初っから素直にそう言えばいいだろが。かまってちゃんかよお前』

「うっさい! しね! もっかいしね!」

「で、サンタさん、意地悪もその辺にしときましょうよ、ね?」


 悔しがっていよいよ涙目になりだした真白を庇うように、京之助がフォローに入ってくる。


 からかってるオレが言うのもあれだが、こいつも大変な役回りだよなあ。


 これも惚れた弱みってやつなのかね。


「話はついたみたいね。じゃあ、善は急げよ。京ちゃん、明日車出してくれる?」

「うん、了解っす」


 黒実の提案に笑顔で応じる京之助。その人の良さが滲み出る表情を見ながら、思う。


 オレが出かけようなんて提案をしたのは、こいつのためだ。


 確かに今時の文化を見たいってのも事実だが、それだけならここまでごねることもねえ。


 全てはアホウドリをちゃんと動かせるようになったあの日の夜に思いついたこと。


「ちゃんと買い物行くのなんてひさびさー。何着てこっかなー」


 さっきまでの猛反対がどこへやら。真白は鼻歌交じりにキッチンへと入っていく。


「あ、京之助、もちろん荷物持ちよろしくね」

「う、ういっす!」

「ありがとー」


 思いついたようにひょいっと顔をのぞかせた真白が、ウインクをしてまたキッチンに引っ込んだ。

 それを受けて、京之助の顔がいつも以上に締まりねえものになる。


『……良かったな、京之助』

「な、何がですか?」

『せいぜい明日は楽しむんだぜ』

「だから何なんですかサンタさん!」


 京之助の質問には答えず、オレはふわりとサンタボールから離れた。


 この家に住んでいる当面の間の、オレの最も重要な暇つぶし。


 それは、京之助と真白をくっつけること。


 明日はその第一歩ってわけだ。

 昔々のことです。

 女の子と一緒に初めてスターバックスに行って、オレンジジュースを頼んで断られたことがあります。

 腹を切りたくなる気持ちって、ああいうことなんでしょうね。

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