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二十六 動作実験は滞りなく

 ロボットの挙動を考えるのは、思いのほか楽しいです。

 ところどころに雑草が生えただだっ広い更地を、オレはひたすらに走っていた。


 聞こえてくるのは金属が軋む音、回転する車輪が地面を削る音、風が唸る音。


 後ろに強く引っ張られるような感覚は、オレの体が速く、より速く前に進もうとしているから生まれるものなんだろう。

 目は後ろに流れていく景色をしっかりと捉えている。

 右や左に曲がるたびに、傾きかけた姿勢を戻そうとする柔軟で太い芯みてえなもんが頭のてっぺんから脚の先まで貫いているのを感じる。


 良い感じだ。

 アホウドリの体で走り回るのにもだいぶ慣れてきた。


『サンタくん、アホウドリのオートバランサーにまだ余裕があるわ。もう少し速度をあげて方向転換できる?』


 アホウドリに備え付けられた内線から黒実の声がした。


 人間だった時の感覚で例えるなら、耳元で囁かれるような感じだ。

 上等だ。オレもどこまでやれるか試してみたかったからな!


『あいよ! 行けるとこまで行くからな!」


 オレの申し出でアホウドリに搭載されたスピーカーで返事をして、姿勢を低くする。


 加速するんだ。もっと速く、前に進む。


 オレは一度、意識を足元に集中させた。

 アホウドリの両脚の踵にはそれぞれ車輪がついている。

 走る時にはその車輪を使って、ローラースケートの要領で、滑るように前進する。


 回れ回れ、もっと速く回れ。


 そんなオレの意識に反応して、車輪が一層激しく唸りを挙げだす。

 回転音がキイイイイインと甲高く変わるのと同時に、体がもう一段速度を上げて前進するのを感じた。


 まだだ、まだいける、もう少し、あと少し、そう、ここだ!


 限界ギリギリの速さを感じた瞬間に、思いっきり体を捻って右に向きを変える。

 線のように伸びていく視界と、激しい遠心力の渦の中で、体の軸を意識しながら脚を大きく開いて踏ん張る。

 それでも殺しきれなかった勢いは、右手を地面に着くことで上手いこと逃がしてやる。


 体が反転し、足元の車輪が耳障りな音をたてながら土埃を巻き上げた。

 オレの体は脚を開いて手を着いたままの姿勢で後ろに滑り、何メートルか進んだところでようやく停まった。


 不格好にはなっちまったが、一応、転びはしなかったな。

 アホウドリの足回りでイカレちまったところもなさそうだ。


 今のが精一杯ってところか。


 体の調子を確かめながら立ち上がったところでまた、黒実からの内戦が入ってきた。


『レッグホイールを使った移動も様になってきたわね。それじゃあ、脚の次は腕といってみましょうか』

『ちょっとサンタ! 物を殴る時はちゃんとナックルガードを使うのよ! 指の関節が歪んじゃったら整備すんの、すっごく面倒くさいんだからね!』


 途中から割って入ってきた真白のキンキン声。


 アホウドリに表情があったら顔をしかめてやるところだが、生憎の鉄面皮だ。

 これ以上がちゃがちゃ言われちゃかなわねえ。

 オレは黙って指示に従うことにする。


 ナックルガードだったな。

 ええっとだ、確かこの辺を、こんな感じでっと。


 手の甲の皮が裏返る感覚とでもいえばいいのか?

 アホウドリの太い前腕の一部が展開し、拳をすっぽりと覆うグローブのような形に変形した。


 人間の体だって何かを力いっぱい殴れば拳を痛めることもあるわけだしな。

 アホウドリの馬鹿力ならこういうもんが必要だってのもわかる。


 さて、何を殴ろうかねえ、とオレが景気づけに両拳をガシガシぶつけていると、


『こらーっ! じいちゃんの形見を雑に扱ってんじゃないわよ! さっさとその辺の障害物壊せばいいでしょ! かっこつけるなアホ幽霊!』


 まずはお前から殴ったろか。


 かなり本気でそう思いつつ、オレは湧き上がる苛立ちをぶつける相手を探す。


 力いっぱいぶっ飛ばせれば何でもいい。

 幸いここにはストレス発散におあつらえ向きのガラクタが山ほど転がってやがるからな。


 オレは今、アホウドリの機能テストと称して、京之助の親父さんの知り合いが管理してるとかいう資材置き場に引っ張り出されていた。


 人目につかない山奥にある私有地で、大きめの運動場を二、三個くっつけたような広さ、おまけにスクラップになった機械やらコンクリの残骸やら、壊しても文句を言われないゴミが山ほどあるこの場所は、確かにアホウドリを伸び伸びと暴れさせるにはもってこいの場所だろう。


 アホウドリをちゃんと動かせるようになった翌日に、例によって双子どもがここでの実験を提案してきた。


 オレとしても京之助の家のガレージでやれ歩けだの、しゃがんでみろだの、単純な動作を延々繰り返させられるよりは、ここで派手に動き回ってる方がいくらかはマシだ。


最初のうちはそう思ってたんだが。


『いけーっ! サンタ! パンチよパンチ!』


 やかましく騒ぎ立てる真白の声を聞いていると、自分がガキのおもちゃになったみてえな気分になる。


 つうか、なんでアホウドリにはロケットパンチとか物騒なもんが備え付けられてんだよ。

 じいさんの趣味か?


 死んじまった人間の考えなんて勘ぐっても仕方がねえか。


 オレはとりあえず、手近にあったデカいコンクリートのブロックに目を付けた。

 大体一メートル四方、厚さは十センチちょっとって感じ。

 もともとは家の周りを囲むブロック塀かなんかだったんだろうな。


 オレは脚を軽く開いて、右の拳を構える。


 踏み込むのは左脚。あとはしっかり腰入れて、右腕を真っ直ぐ打ち込む!


 オレのイメージ通りに動いたアホウドリの右ストレートが、コンクリのブロックの上半分をえぐり取るように吹き飛ばした。

 金属の塊がコンクリートを砕く轟音が資材置き場に反響する。


 パンチの打ち方なんて誰かに習った覚えはねえ。

 こんなもん、ケンカ慣れしてくればある程度のコツみたいなもんはわかってくる。

 つっても適当に打ったパンチでこの威力ってのはやっぱ恐ろしいもんがあるな。

 つくづくこのアホウドリってロボットは大した代物だと思う。


 あの三瀬とかいう危ない奴が狙ってくるのも、納得のいく話だ。


 こんなロボットが何かの拍子に暴れだしたら手が付けられねえもんな。

 悪用の仕方は、頭がよろしくないオレですら山ほど思いつく。


 だから、黒実と真白は真っ先にオレにアホウドリで戦う訓練をさせてるってことなんだろう。


 三瀬がまたやって来た時、真正面から迎え撃てるように。


『オッケーよ、サンタくん。お疲れ様。今日はこのくらいにしましょ。帰る前に、散らかしちゃったその辺の大きなゴミを片づけてくれる?』


 ああ? ゴミの片付けだあ?

 なんでそんな面倒なことオレがしなくちゃいけねえんだよ。


『やなこった! こんなもん、ほっといても問題ねえだろが!』


 オレは腕で大きなバツを作り、離れた所で指示を飛ばしていた黒実に抗議の意思を示したのだが、


『あら、駄目よ。手先を使って物を拾ったり、細かい作業をしたりするのだって、貴重な動作データになるんだから。これも実験の一環だと思って、頑張ってやってちょうだい。お願いね』


 何が、お願いだ馬鹿野郎。

 何の見返りもなしにオレがこき使われてやるとでも思ってんのか。


 …………待てよ? 見返り?


 アホウドリから離れてバックれようとしたオレは、ふと思いつく。


 そう、見返りだ。

 ここ何日か、オレは双子どもに従って素直にアホウドリを動かしてきてやった。

 そろそろこいつらにオレの方から何かしらの見返りを求めたってバチは当たらねえだろ。


 ちょうどいくつか、やってみてえこともあったしな。

 ここは大人しく従っておいて、後で要求を吹っかけてやった方があいつらも断りづらいはずだ。


『……サンタのやつ、思いのほか素直に片づけを始めたわね。なんか不気味じゃない?』

『データさえ取れれば、構わないわ。真白、京ちゃんとガレージに戻る準備を始めといて』

『うん…………うーん?』


 内線から聞こえてくる真白の訝しむ声が遠ざかっていく。


 流石の疑い深さだが、オレが何を企んでるかまでは読めなかったみてえだな。

 黒実がアホウドリのこと以外だとてんで興味がないってのも予想通りだ。


 こりゃ楽しいことになりそうだぜ。


 オレはこれから起こる出来事にウキウキと思いをはせながら、目の前に散らばったコンクリの残骸を拾い集めだしたのだった。

 これを書くにあたって、最新の歩行ロボットの動画などを観ました。

 世の中のロボットというのは既に私が思っているよりスマートで、できることの幅も広がってきているようです。

 ただまあ、サンタのような人工知能はまだ存在しないようなので、ちょっと安心しました。

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