二十五 三瀬健真という男
三つ子の魂、百まで。というやつです。
生きるってことは、壊すことだ。
最後に一対一で殺し合って、勝った奴が正しい。
三瀬健真が、それを世界の真実だと思うようになったのは、小学校の卒業を間際に控えた頃のことだった。
幼い頃から、三瀬にとって親は、自分を殴る男か女、そんな存在でしかなかった。
起きたら顔を洗えと殴られ、飯を食うのが遅いと殴られ、便所を勝手に使うなと殴られ、寝るのが遅いと殴られ、早くとも殴られ、口を開けば殴られ、黙っていれば目つきが気に入らないと殴られた。
人は人を殴るのが当然で、殴られる奴が悪いのだと、三瀬は思っていた。
だから、三瀬は学校で人を殴った。
挨拶代わりに殴った。前に立たれて邪魔だったから殴った。うるさかったから殴った。なんか臭かったから殴った。たまに殴り返してくる奴もいたが、本気で殴ったら黙ったから気にならなかった。
殴るたびに、先生とかいう連中が何か言っていたが、知ったことではなかった。
学校なんてものは、日に一度、飯を食いに行く場所でしかなかったのだから。
そして、夏のある日。
空調の効かない部屋で苛立ちを顕わにした父親に、三瀬は殴られていた。
その時には、拳で殴ってもけろりとしている息子に対して、父親は物を使うようになっていた。
顔を赤黒い色に染めた父親が金属バットを握った時、ああ、今日は殺されるかもな。と、三瀬は思った。
同時に、殺されたくないな、とも。
だから、その日は、自分が父親を殴ることにした。
血塗れになった部屋の中央で、最後に立っていたのは三瀬だった。
そして、自分の父親が足元にひれ伏して許しを乞う姿を見て、悟ったのだ。
これでいいなら、簡単だな、と。
最後まで殴り続けた奴が、勝ちだ。
勝った奴は正しくて、負けた奴は間違っている。
勝った奴は負けた奴を食い物にできる。
動物が何かを食って生きるのは、当たり前のこと。
食うってことは、壊すこと。
何かを壊さなきゃ、生きていくことはできないのだ。
だったら、全部壊せる人間になればいい。
その方法だけ、身につけていけばいい。
三瀬健真という人間は、そう信じて生きてきた。
だから。
負けることは、死ぬことと同じ。
しかし。
逆を言えば、生きていれば負けたことにもならない。
これはサンタが鵜飼姉妹の家に住み着く、四日前のこと。
夜鳴トンネルから国道に出て、数キロほど下った場所にある道の駅。
深夜、人気の全くないその駐車場に、一台の大型バイクが停まった。
その運転手、赤黒いフルフェイスのヘルメットと、ライダースーツに身を包んだ男はバイクから降りるなり、背負っていた金属製のバックパックを地面に叩きつけた。
「役立たずが! あのくらいのことで壊れてんじゃねえ!」
その男、三瀬は怒鳴り散らしながらバックパックを何度も何度も踏みつける。
それだけでは足りなかったのか、ヘルメットも脱いだ直後に投げ捨てた。
ゴツン、という硬質な音が三瀬のほかには誰もいない駐車場に虚しく響き渡る。
「ああー、くそ、気分わりい! なんで俺がミスったみてえになってんだ」
イライラと右足を上下に揺らしながら呟いた後、三瀬は懐からスマートフォンを取り出した。
そしてスマートフォンに登録してあった番号の一つを呼び出し、電話をかける。
二回の短いコール音の後、三瀬と番号の相手の通話口とが繋がった。
『あっ、三瀬君ですかあ? 随分と遅くまで、ご苦労様ですう。何か御用?』
「仕事の話に決まってんだろ。それ以外に俺があんたに電話したことがあったかよ」
『それもそうですねえ。それで? お仕事、どうなりました? わざわざ連絡してきてくれたってことは進展があったんですよねえ?』
「ああ。県境にあるボロっちいトンネルで見つけて、例のブツの在処を聞いたんだがよ。見逃してやった」
『……嘘でしょう? 見逃した? 三瀬君が? どうしてまた、そんな……』
「ロボットだよ! あの鉄クズが動いて反撃してきやがったんだ! てめえ、なんであれが動くって教えなかった! 知ってりゃあ後れを取ることもなかったんだ!」
『怒鳴らないでくださぃぃい、私だって、知りませんでしたよう』
「いきなりトラックの荷台から出てきて、殴りかかってきやがった! 仕方ねえから受け止めたら、尻尾のボケが動かなくなったんだよ! じゃなかったら今頃、連中は全員殺してたんだよ!」
『こ、殺すのは駄目なんじゃないですかねえ。あくまでお仕事の内容は……』
「黙ってろ! 今からそっち戻っから、さっさと尻尾直しやがれ!」
『はいぃ! わかりましたぁ……サルガスの修理の手配はやっておきますう』
「ああ、おい、言っとくけどな、この仕事、俺が最後までやらせてもらうぜ」
『ええっと、三瀬くんが仕事にこだわるなんて、どういう……』
「借りができたんだよ。きっちり返さなきゃ、気が済まねえ」
『よくわかりませんけど、やる気があるのはいいことです! 頑張ってください!』
そこで、通話が途切れる。
三瀬はスマートフォンを耳元から離し、画面が割れんばかりに強く握りしめた。
そして。
「あの鉄クズ……アホウドリとか言ったか? 必ず、ぶっ壊すぞ。必ずだ」
獣のように歯をむき出しにして、そう呟いたのだった。
ヴィランという言葉がわりかし世の中に浸透してきましたね。
これから三瀬はサンタの前に敵として立ちはだかっていくことになります。




