二十四 一番近くで見てきたから
その日の晩飯は、アホウドリが無事に動いた記念として真白がはりきって腕を振るったこともあり、豪勢なものになった。
オレのことをあんだけ毛嫌いしていた真白だが、機嫌が最高に良かったこともあったんだろう。
京之助に憑いてオレが交代で飯を食うことにも、特に文句を言うことはなかった。
「はあーあ、食った食った。美味かったぜ」
腹をさすりながら京之助の部屋まで戻ってきたオレは、そのまま畳の上に広げてあった布団に倒れこんだ。
少しばかり男臭えのが気になるが、布団の柔らかさや温かさを感じるのも久々だな。
このままじっとしてたら、思わず寝入っちまいそうだ。
膨れた腹と、頭の中が溶けるような眠気に襲われて徐々に瞼がおりてくる。
これは京之助の体が訴えかけてくるものだろう。
幽霊の時に、ここまで幸せな気分で寝付くこたあねえ。
「真白の奴、生意気なのはあれだが、料理の腕は大したもんじゃねえか。ちと、食いすぎちまったぜ」
(はは、俺も調子に乗っちまったっす。あと、真白ちゃん、口は悪いっすけど、基本的にはいい子ですからね)
「お前の言ういい子の定義は広すぎるんじゃねえか、京之助」
(まあ、それは否定しないっすけどっと……すんませんサンタさん、オレもうちょっとやることあるんで代わってもらっていいですかね?)
「おう、お前の体だ。好きにしな」
オレが体から抜けるなり、京之助は立ち上がって大きく背伸びをした。
多分、眠気を飛ばしたんだろうな。
京之助はそのまま部屋の端っこの机の前に移動して、どかっと胡坐をかいた。
(こんな時間から何しようってんだ、お前)
「サンタボールのメンテナンスです。今日の様子だと問題はなかったみたいっすけど」
そう答えて、京之助はズボンのポケットの中に入れていたサンタボールを机の上に載せ、先の細いドライバーを器用に動かしながら分解していく。
カパン、とサンタボールの球体が半分に分かれると、中にはこれまた細かい機械がごちゃごちゃと組み込まれていた。
京之助はその複雑な中身を、一切の迷いなくバラしていってしまう。
これ、ちゃんと元通りにできるんだろな、こいつ。
黒実や真白が、腕は確かだと言ってたからには信用してもいいんだろうが。
信用、か。オレは黙々と作業を進める京之助の背中を見て思い起こす。
そういえばこいつには、今日一日、何かと世話になったな。
機械のことだけじゃなく、こいつがいなきゃアホウドリは動かなかっただろう。
(なあ、京之助)
「はい? サンタさん、呼びました?」
(今日はありがとよ)
「へ? いや、何がすか? つか、どうしたんすか突然」
京之助は作業している手を止めて、驚いた様な表情でオレを見上げてくる。
なんだよ、オレが礼を言うのがそんなにおかしいってのか?
(何がって、決まってんだろ。体のことだよ。お前のおかげで生きてた時のことを思い出せた)
飯の美味さや、人の体の温かさ、借りものではあったがオレが忘れかけてたものを取り戻せたのは、京之助が居たからだ。
コイツがオレを締め出しちまってたら、こうはならなかったはずだ。
「……俺なんかの体で良かったんなら、その、恐縮っす」
(こういう時はな、素直にどーいたしましてでいいんだよ。図体のわりに気の小せえ奴だな)
「それ、よく言われます」
苦笑いと、照れが混じったような表情で肩をすくめ、またサンタボールと向き合う京之助。
オレはなんとなく、その背中に思いついたことを話しかけていく。
(それにしても今日は、あの双子に振り回されっぱなしだったぜ。どっちも曲者だからよ、気疲れも二倍ってもんだ。つーか、あいつら、双子のわりに似てなさすぎじゃねえか?)
オレの投げかけた疑問に、京之助の手が一瞬止めた。
しかし、今度は振り返ることなく、
「似てないっていうか、あえて同じにならないようにしてるんですよ」
京之助はポツリとそれだけを呟いた。
(あえて、ってどういうことだ?)
「説明するのは難しいんですけど……サンタさんには黒実ちゃんがどんな人に見えます?」
(ああ? まあ、顔は良いんだが、可愛げと色気と面白みのねえ女)
あと、隠れ巨乳。
それはこいつが寝てる間に知ったことだから、黙っとくが。
オレの言葉に京之助は少し困ったような顔になったが、ふっと息を吐いて続ける。
「黒実ちゃんのことをサンタさんみたいに言える人って、ほんとにいないんですよね。その、冷静で、合理的で、効率が良くて、洗練されてて、優秀で。凄い子なんです。本当に凄すぎて、遠いんですよ。俺みたいな普通の人間からしたら」
おい、それだとなんかオレが普通じゃねえみてえじゃねえか。
オレは幽霊ってだけで、特別変人ってことはないからな。
生きてりゃ普通の男と、そんなに違いはねえはずだ。
「そんで、そんな黒実ちゃんと、真白ちゃんはいつも比べられてきたんです」
手元で細かい作業を続けながら、どこか遠い目をして京之助は言う。
どうやら何か思い出すことがあるみたいだな。
こいつとあの双子の間に何があったのかなんてオレには知りようがないわけだが。
「いつの頃からだったかは、はっきりと覚えてないっす。無駄を省いて、ひたすらに前進する黒実ちゃんと、自分を区別するみたいに、真白ちゃんは色んな物を取り込むようになった」
確かに、黒実に無駄が少ないってのはわかる。
余計なものをあえて持たないようにしてる感じというか、興味がないことにはとことん無頓着みたいだもんな、あいつ。
それに比べると真白は、ってことか。
「例えば化粧とか、髪形とか、服装とか、趣味とか、自分を飾ったり、変化に富んでたりすることに真白ちゃんはすごくこだわるんです。一つのことを極めるんじゃなくて、たくさんのことが出来るってところで、お姉さんと自分は違うって周りに見せつけてるような感じがするんっすよね」
(オレにはただ単に、馬鹿っぽいだけにしか見えねえんだがなあ)
「いやいや、黒実ちゃんのことを抜きにしても、真白ちゃんも凄い子なんですけどね。アホウドリのボディをあそこまで完成させるなんて、才能がなきゃできませんから」
(へえー、お前さん、よーく見てるんだねえ。あいつらのこと)
込み入った事情はよく分からんが、口ぶりからすると京之助があの双子を傍でずっと見てきたのは間違いないんだろうな。
そりゃあ男と女のことだ、長い年月が積み重なれば感じることも多いだろうよ。
……でも核心はそこじゃないよな。さっさと吐かせちまうか。
(で、お前はお姉ちゃんに負けたくなくて涙ぐましい努力をしてる妹が、好きなわけだよな)
「そっすね、それは………………は?」
ぴたり、と京之助の動きが止まった。
返事をした口が大きく開き、強張った表情のままふり返ってオレを見上げてくる。
いやもう、これ、わかりやすいとかそういうレベルじゃねえだろ。
「ちがっ、今のは、違うんです! その反射的に!」
(反射的に好きだと認めちまったわけかい)
「そうじゃなくって! なんつーかその言葉のあやっていうか」
(隠すな隠すな、お前が真白の方に惚れこんでんのは見てりゃあわかるんだよ)
オレだってだてに歳食ってねえんだ。
体はなくてもその辺の機微は衰えちゃいねえ。
黒実のことを話す時と真白のことを話す時の熱のいり方を見れば、まあ、一目瞭然ってやつだ。
「いや、あの、俺は……」
(好きなのに、好きじゃねえなんてことは言うなよ? 相手からも、自分からも逃げるような物言いは男らしくねえ)
「ううう、そんなあ」
少し厳しめなオレの言葉に京之助は泣きそうな顔で黙り込み、そして、
「ぎ、技術者として! その、黒実ちゃんより真白ちゃんのが親近感は湧くっす!」
どうにかこうにかひねり出したらしい言い訳を口にし出した。
「黒実ちゃんのやってることは正直オレには手も足も出ない世界なんすけど、真白ちゃんの今ある技術を繋ぎ合わせていくやり方はすごいと思えるっす! これにこんな使い方があったのかとか、突き詰めていけばここまでのことができるのかーとか、そんな発見があるんす! そんで、俺もちょっとだけだけど、その力になれるのが嬉しくて、その、いや、おこがましいっすけど……」
(好きになったんだろ?)
語るに落ちてるじゃねえか。
「ああああ! どう言えば伝わるんすか! この感じ!」
(いいねえ、青春って感じがして。羨ましいよ、お前)
頭を抱えて身悶えしだす京之助を見てると、オレも楽しくなってきちまった。
年下の奴とこういう頭の悪い話をするのも久々だからな。
興も乗ってきたし、もうちっと突っ込んだ話もしてみようか。
(そんで? お前、体つきはどっちが好みなんだよ、ええ?)
「そそ、そんなことまで言うんすか!」
(いいじゃねえか、どーせオレとお前だけなんだしよ、腹割って話そうぜ。スッとしてる黒実か? それとも真白のむちむちのほうか?)
「……………………それも、真白ちゃんの方が」
(そうかよく言った! やっぱ男ははっきりしねえとな! いよっ! 京之すけべ!)
「その呼び方やめてくださいよ!」
部屋の中にそこそこ大きな京之助の悲鳴が響く。
真白をからかうのとはちょいと路線が違うが、こいつもなかなか弄りがいのある奴じゃねえか。
オレに体があったら肩でも小突きあいながら、笑ってんだろうな。
ないものねだりをするつもりはねえが、その気分が味わえるだけでも上々だ。
真白と、京之助、ね。
真白の方は京之助にキツイ感じで当たってはいるものの、嫌ってる感じはしない。
何かきっかけがあれば、こいつらの関係には変化が生まれるはずだ。
(……これはオレ様もちょいと手を貸してやりましょうかね)
「え? サンタさん、今なんか言いました? ねえ、お願いですから変なことしないでくださいよ! ねえ!」
(うるせえな、お前はさっさとそれ元に戻してろよ)
その後、不安げにやたらと話しかけてくる京之助をあしらう、オレの退屈しない夜は更けていく。
今日は何故だか、悪い夢にうなされなくてもよさそうな気がしやがる。
ここでまた、一区切りとなります。
アニメで言うなら、二話目が終わったところという感じですね。
本当なら、一話に一度戦闘シーンを入れるのがヒーロー物のセオリーなのですが、今回は雰囲気を重視して、日常描写ばかりとなりました。
次からは、三話目。
敵が本格的に動き出して、戦いが始まります。
こういうところは直した方がいい。
これって描写として間違ってない?
この辺、意味わからないし、読みづらいんだけど。などなど。
たとえ厳しかろうと、ご指摘やご感想をいただければ非常に嬉しいです。




