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二十三 人であるということは、人であろうとすること

 ガション、ガション、とアホウドリが歩く音がする。

 そのまま、雪の積もった道をゴム長靴で進むようなぎこちない動きで、ハンガーからガレージの中央まで進んでくる。


 今、あいつを動かしているのはオレじゃねえ。

 アイビスとかいう喋る機械のお嬢ちゃんだ。


『アホウドリ、指定の位置まで移動完了しました。次の行動の指示をお願いします』

「エンジンを起動したまま待機。次の指示があるまでアホウドリとの接続は切ってていいわ」

『了解しました』


 アイビスの返事の後、アホウドリは直立の姿勢で動きを止めた。


 肩が小刻みに振動していたり、クロなんちゃらとかいう胸のくぼみが光っていたりするところを見ると、いつでも動き出せる状態ではあるみたいだ。


 キッチンから出たオレは、黒実が作業をしていたガレージに向かい、もう一度アホウドリを動かす実験をしたいと申し出た。

 そして、黒実がすぐさま準備を進めて今に至る。


「さ、いいわよ。サンタくん、憑りついちゃっても」

『おうよ』


 例によってガレージのパソコンの前から指示を出す黒実。


 オレは短く返事をして、サンタボールから離れガレージの宙に浮かび上がる。


 中央にアホウドリ、出入り口から一番離れた位置に黒実がいる机、そしてその反対方向に真白と京之助が事の成り行きを見守っていた。


「サンタの奴、ほんとにだいじょぶなんでしょうね?」

「わかんないけど、自信があるのは間違いないみたいだったよ」


 三人の中で唯一、京之助だけが浮かんでいるオレを見つめていた。


 さっき憑いてた時に、オレの心中を察したのかもしれねえな。


(あんま心配すんな。ま、もしもの時はお前が二人を庇ってやんな)


「ええっ! もしもってなんなんすかっ!」


(うるせえ。男ならちったあどっしり構えろよ)


 そんなあ、と情けない表情になった京之助は無視して、オレはアホウドリに近づく。

 

 さあてと、ここまでは朝の時とおんなじだ。

 後はオレ次第ってことになる。


「サンタくん、さっき言ったこと忘れないでね」


 離れた位置から黒実がそんな言葉を投げかけてくる。

 言われなくてもわかってるっての。


 この期に及んでごちゃごちゃ尻込みしても仕方がねえ。

 為せば成る、為さねば成らぬ何事もってな。

 できないことがあるとしたら、それは人がやってみようとしねえからだ。


 そう。人が、だ。


 幽霊でも、機械でもねえ。大事なのは、オレがオレを何だと思うか。


 アホウドリを何だと思うか。それさえ見失わなきゃ、大丈夫だ。


 オレはアホウドリと正面から向かい合う。

 オレはコイツのことを、ちゃんと知らなくちゃいけなかったんだ。


 てっぺんが丸い鉄色の頭には、人間の目のような穴が二つ付いている。

 無骨な面構えだが、悪くねえ。

 肩や肘、膝、手首に足首、それぞれ形は違うが関節もちゃんとある。

 指は太いが、人間と同じで数は五本。

 ずんぐりした胴体、丸太みてえに太い手足は多分、重たい体を支えて動かすために必要なんだろうな。


 そして胸元で淡い光を放っているくぼみ。

 これがアホウドリの体のすべてを動かすのだと黒実は言った。


 じっくりと眺めてみてわかった。

 コイツはとんでもなく複雑な機械だ。

 人に近づくため、人以上のことが出来るようになるため、オレには理解できない物が山ほど詰め込まれている。


 だが、理解できなくても、信じてやらなきゃいけなかったんだ。


 ただの鉄の塊じゃなく、意味のある形を持った体なのだと信じる。


 そしてオレは、その体に宿る心になればいい。


 アホウドリの全身にオレ自身を乗り移らせながら、今日までの出来事を思い起こす。


 トンネルからこんなとこまで連れてこられた時はめんどくせえと思った。

 真白の奴はキャンキャンやかましいが、からかうのは楽しかった。

 だから、そのやかましいのがしょげてるのを見ると、妙にイラついちまった。


 黒実にじいさんのことを伝えて、アホウドリを信じて欲しいと頼まれた。

 あいつはオレをちゃんと人間だと思ってくれていた。

 こっちをよーく観察して、わかろうとしてくれていた。

 だから、つい期待に応えてやりてえなと思っちまった。


 そして、京之助だ。

 あいつが体を貸してくれたおかげで、オレは自分が人間だったってことを思い出せた。

 温かいとか、美味いとか、涙を流せることとか。

 自分にまだそんなもんが残ってるってことを思い出せた。


 オレはまだ、ちゃんと人間だったんだと思えたんだ。


 それがどんなに嬉しいことだったか、お前にもわかるか?


 なあ、アホウドリ。

 知ってるぜ。お前さん、人の役に立つために作られたんだろ?


 お前がちょっと動くだけで喜ぶ奴らがいるんだよ。

 だからさ、オレに力を貸してくれ。


 お前が何かの役に立つように、誰かのためになれるように、オレも手伝うからよ。


 アホウドリに語りかけ、自分自身に言い聞かせるように、オレは意識を巡らせる。

 アホウドリの全てに自分が染みわたるように、広がるようにと、念じる。

 祈る。そして、力を込める。

 ……幽霊と、ロボット、どっちもわけわかんねえ身の上だよ。けどな!


 力を合わせて、オレたち人間になってみねえか?


「…………っ! お姉ちゃん! アホウドリが!」


 最初に感じたのは、体の中で何かが激しく回り出す駆動音だった。

 オレはそれを自分のことのように感じる。


 心臓の高鳴りのような感覚。

 そして、そこから溢れる力の流れを感じる。

 体の中央から外側に向かって、たくさんのものが噛み合っていくのを感じる。


「ええ、サンタくんがクロスコアに干渉しているのを確認したわ。でも」


 黒実の声を聞いたのは幽霊としてのオレの感覚じゃなかった。

 アホウドリが感じ取った音なのだと、こいつにも何かを感じる力があるのだと気づく。

 そして。


「今は、モニターやデータより、そのコの姿を見ていたい気分ね」


 アホウドリの、オレの体が、光っていた。


 鈍い鉄色の体の表面に、真っ白な光の線が何本も走っている。

 なるほどな、眩い白の光に照らされると他の部分は黒く見える。


 白と黒、アホウドリって名前はあながち間違っちゃあいなかったわけだ。


「ねえ、サンタくん! 歩いてみてちょうだい!」


 パソコンの前から立ち上がった黒実が、叫びながら近づいてきた。


 これなら、いけそうだ。

 ここまでできといて、動けないなんてことがあるわけねえだろ。


 オレは一歩目を踏み出す。

 力任せな一歩じゃない。

 京之助の体に憑いていた時と同じだ。軽い。ちゃんと動く。

 オレは、オレ達は歩けるんだ。


 一歩、二歩、三歩とそのまま歩き続ける。

 脚を踏み出すたびに体が傾くのを、前に進むのを感じる。


 幽霊の姿じゃそんなもんはわからねえ。

 多分、アホウドリの中にはそういう機械も埋め込まれているんだろう。

 黒実が言っていた、人らしさってのはこういうことか。


 悪くねえ。良い感じだ。

 生きてるって感じがしてきやがった!


 こんなもん、歩くだけじゃもったいねえわな!


「ねえ、ちょっと、京之助? アホウドリこっちに走ってきてない?」

「……うん、俺にもそう見える……ってか、速い速い速い!」


 腕を振り、駆け足でオレは呆然と突っ立っていた真白と京之助の二人の所へ突っ込んでいく。

 なかなかの速度で駆け寄るアホウドリに二人は顔を引きつらせたが。


「と、止まった?」


 オレはぶつかる前にちゃんと立ち止まる。そして、


(な、大丈夫だったろ? これで文句ねえよな)


 右腕を軽く上げ、親指を立ててみせた。

 喋る機能がついてないのは一つ、問題点にしとこう。


「う、うす。サンタさん、ありがとうございます」


 オレの呼びかけに京之助はガクガクと頷く。

 それを見て満足したオレは、


「あ」


 一度、アホウドリの体から離れた。

 その途端、アホウドリの全身から光が消えると同時に、力が抜けたようなうなだれた姿勢になる。


 オレはそのままふわふわと黒実のパソコンの傍に転がっていたサンタボールに憑りつき、言った。


『これで満足か? おい』


 オレの問いかけに、アホウドリの方に駆け寄っていた黒実が振り返って笑う。


「言うことなしね。有能な幽霊さん」

『そりゃあ、良かったぜ。そんじゃ後片付けは、機械の、お姉ちゃんに任せてくんな』

「はいはい、わかったわ」


 黒実が肩をすくめた瞬間、わあっと声があがった。真白と、京之助だ。


「動いた! アホウドリが! また動いたよ!」

「サンタさん、今度こそ動かせるようになったんですね!」


 ようやく状況が飲み込めたのか、そのままぎゃあぎゃあと騒ぎだす二人。


 全く手の平返したみたいによ、現金なもんだぜ。

 あんだけ喜ぶんだったら、まあ、あれだな。


 また動かしてやっても、いいかって気分になるぜ。

 この章では、幽霊とロボットという二つの異質な物が合わさる、ということに対する私なりの答えの一つ目を詰め込んでみたつもりです。

 幽霊とは人間だったけど、人間でなくなってしまった誰か。

 人型のロボットとは、機械だけど人間に近付いていこうとする何か。

 対照的なようで、どこか近くて、二つで一つ。

 本物になりたいという思いは、決して本物がもつことのない、偽物ならではの願いなわけで。

 このお話のテーマだと、私は考えております。

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