十九 違和感
幽霊って何か。人って何か。
この章ではそういうことを、よく考えてます。
黒実の奴は、パソコンの前で薄ら笑いを浮かべながらこっちを見てやがる。。
大丈夫か、あいつ。
ま、ちゃっちゃと手足を動かして、その辺を歩き回れば納得するだろ。
そう、思ったんだが。
あん? なんだこりゃ?
「……ちょっとサンタ、もう動かしていいって言ってんでしょ」
おかしい。
手足を動かそうとしても、重くてどうにもならねえ。
どれだけ強く意識を飛ばしても、ギシギシと小刻みに震わせるので精いっぱいだ。
「何してんの? さっさと動かしなさいよ」
いつまでも動き出さないオレとアホウドリに痺れを切らしたらしい。
真白が近づいてきて、コンコンとアホウドリの胸元を小突いた。
うるせーっての。
気が散んだろが。急かすんじゃねえよ!
「黒実ちゃん、もしかしてアホウドリの電源が入ってないんじゃ……」
「いいえ。状況は前回と同じ。ちゃんと起動状態になってるわ。動かないとしたら、原因はサンタくんね」
パソコンの前で腕を組んで、黒実は画面を睨み付けている。
そこに何が映ってるのかは知らねえが、満足のいく結果が出てるわけじゃなさそうだな。
動かせてねえんだから、当たり前だろう。
くそ、思い出せ。
あのトンネルで、オレはどうやってこいつを動かしてた?
歩いたり、拳を振り回したり、ロケットパンチまで撃ったじゃねえか。
体を動かすなんて、簡単なことだ。
当たり前だ。
オレは元々人間なんだから。できないはずがねえんだ!
本当に、そうか?
いつまでも腕や、脚が持ち上がらない。
その事実に、自分の中から声が聞こえてくる。
初めは小さな染みのようだった違和感が、オレの意志に反して広がっていく。
当たり前じゃねえだろ。
お前にはもう、体なんてもんはないんだから。
宙に浮くだけで、人間の目にもうつらねえ。
得体の知れない存在のくせに、人間様気取りかよ。
どうした、そんなに必死になって?
なんでそんなに焦ってるんだよ。
そんなに怖いのか?
自分が、もう人間じゃなくなったと認めるのはよ。
「サンタ! ちょっとアンタ、いい加減に……」
うるせえ。うるせえんだよ黙ってろ!
オレは人間だ。
このポンコツが動けばいいんだろ。
やってやるよ!
トンネルを揺らすのに比べれば、大したことじゃねえ。
集中しろ、気張れ、膨れ上がれ。
かちゃかちゃと、ガレージの中に置かれている工具やら、機材が音をたてて震えだす。
壁が、風もねえのに揺れ動く。
そうだ。
本気で力を入れれば、こんなもん簡単に動かせるんだよ!
『警告。高レベルの電磁波の異常を感知しました。原因を特定することが推奨されます』
「……っ! 真白、様子がおかしいわ! アホウドリから離れて!」
オレの言うことを、聞きやがれ!
このポンコツが!
全力で念じた瞬間、アホウドリの右足が微かに持ち上がった。
重く、無様な一歩目を踏み出した次の瞬間。
アホウドリはバランスを崩し、傍に立っていた真白の方に倒れこんだ。
「え」
自分に迫る巨大な鉄の塊に、真白は呆然と目を見開き、
「真白ちゃん! 危ない!」
横から飛び込んできた京之助に、すんでのところで抱きかかえられた。
真白を抱えたまま、京之助が背中から床に落ちる。
そして、一瞬前に真白の体があった場所に、バランスを失ったアホウドリが横倒しになった。
鉄がアスファルトに激突する轟音がガレージを震わせ、削られたアホウドリのボディから火花が散る。
「……今のは」
やっちまった。
オレは、動かせなかった。
後に続いた静寂の中、オレは宙に浮いたまま、床に四肢を投げ出しているアホウドリを見下ろす。
「このっ……サンタ! また悪ふざけのつもり? 今のは流石に冗談じゃすまないわよ!」
ああ、そうだな。
オレは冗談でも、人が死にかねない真似はしねえ。
……そう誓った、はずだったのによ。
京之助の腕の中から抜け出して、食ってかかってくる真白に返す言葉もなかった。
オレのせいだ。オレのせいでこいつは今、死にかけた。
「なんとか言いなさいよ! アホ幽霊!」
「……待ちなさい、真白。サンタくんは多分、わざとアホウドリを倒したんじゃないわ」
「はあ? どゆこと?」
「そもそも、動かせなかったのよ」
どうやらオレがしくじったことを察したらしい黒実が、パソコンの前で深々と息を吐く。
「残念だけど、さっきのモニタリングの結果を見る限り、クロスコアには何の反応もみられなかったわ。サンタくんは、アホウドリの体に頭脳として干渉できていなかったの」
「それって……」
「実験は、失敗ね。一度目の成功で楽観視していた私たちも、甘かった」
「そんな。じゃあ、アホウドリは」
「動かす方法が、また無くなったってこと。原因は……これから考えてみる」
立ち上がった京之助と真白が、沈痛な面持ちで床の上のアホウドリを見下ろしている。
その落ち込んだ表情を見てると、なんでだろな。
どうにもイライラしちまう。
オレのせいなのは分かってるよ。
けどな、できねえもんはできねえんだ。仕方ねえだろ。
「それでも一度動いたのは間違いないんだし、方法は必ずあるわ。サンタくん、気にしないで」
重苦しい雰囲気を取っ払うように、黒実がパンと手を叩いてそう言った。
なんだ、その明るい声は。
お前、そんなガラじゃねえだろうが。
「そういえば朝ご飯もまだだったわね。お腹が空いたわ。何か食べましょう」
「……うん、ちょっと待ってね。すぐ支度する」
「あ、俺も手伝うっすよ!」
「アイビス、アホウドリをハンガーに戻して。念のためにメンテナンスもお願い」
『了解しました』
誰もオレに話しかけようとしない、白々しい雰囲気を感じる。
あのやかましい真白まで何も言ってこねえのは、やっぱり相当へこんでるからなんだろうな。
そりゃそうだ。あんだけの期待を裏切られればそうなる。
面白くねえな。
あの悪夢を見た時ぐらい、胸糞悪い気分だぜ。
目の前で、倒れていたアホウドリがぎこちなく立ち上がり始めていた。
これは黒い機械の箱の、アイビスとやらがやってるんだろう。
プルプルと震えながら、本当にみっともない動きだ。
体があったら笑ってやるところだ。
ただ。
そんなこともできないオレは、一体何なんだろうな。
陽気な人ほど、自分の暗い部分を隠すのが上手いんじゃないかと思うのです。




