十八 起動実験
ノートパソコンしか持ったことがない身としては、デスクトップにちょっと憧れがあります。
黒実が出してくる条件ってのが、アホウドリに関わることなのは間違いがないとして、その中身には、オレにとって面倒なことも含んでるはずだ。
ほんとだったらさっさとトンズラするところだが、トンネルに戻れなくなるなんてドジ踏んじまった以上、今は大人しくこいつに従っとくしかねえ。
「ごちゃごちゃ説明するよりやってもらった方が早いわね。アイビス、起きて」
黒実が初めてこのガレージに来た時と同じように声を張ると、部屋の隅にある黒い箱から微かな駆動音が響き始めた。
表面がピコピコ光り出してるところを見ると、お目覚めみたいだな。
『鵜飼黒実様の声帯データを確認しました。おはようございます。何か御用でしょうか』
「おはよう、調子はいいみたいね。アホウドリのメンテナンスはもう終わってる?」
『二十七時間前に終了しています』
「じゃ、ガレージの中央に出して」
『了解しました』
いかにも機械らしいピーコックの返事の後、前に見た四輪の車に載せられたアホウドリがガレージの真ん中まで運ばれてきた。
改めて見ると、やっぱり人型にしちゃでけえなこいつ。
二メートルにぎりぎり届かないくらいの京之助と比べても、頭一個分は上背がある。
前後左右の幅にいたっては二倍くらいはありそうな分厚さだ。
まあ、ロボットと人間の体格を比べてもしょうがねえのかもしれんが。
「とりあえず今からサンタくんにはこの子を動かしてもらうわ。トンネルの時のように憑いてくれる?」
そう言いながら黒実は、今は力なくうなだれているアホウドリの横に立つ。
『ああ? 動かすってそりゃ構わねえけど、何のためにだよ?』
「調べるのよ。あなたがどうやってこのコを動かしているのかをね。この胸のパーツ、わかる?」
コンコン、と黒実はアホウドリの胸元に空いている丸いくぼみを手の甲でノックする。
あのくぼみは、オレがアホウドリを動かす時にも、ピーコックが移動させた時にも光ってたところだったな。
ただの飾りってわけじゃないのか?
「残念ながらアホウドリには今のところ自分で考える頭はないわ。だけど、全身に周囲からの情報を得るためのセンサーと、動作指令を伝達する回路は持っているの」
『んな難しいこと言われても、わからん』
「要は脳みそはないけど、目とか耳、鼻、筋肉とか、それを扱う神経はあるってこと。あんたの逆ね」
『なるほど』
真白の横やりもたまには役に立つじゃねえか。
だからオレがアホウドリに憑りついた時、目が見えたり、音が聞こえたり、体を動かしてる感覚があったわけだ。
そんで黒実や真白に触られても何も感じなかったのは、こいつに触覚みたいなもんがないから、と。
そういうことか。
「理解できたなら良かったわ。そして、それら全てを統括しているのがこのクロスコアというパーツよ。本来ならここに人工知能を接続させることで、人間のような情報の出力と入力が可能になるのだけれど、私たちにはそれがまだ作れない」
クロスコア、か。
格好つけた名前に相応しい働きをしてるんだな、これ。
せいぜい車のヘッドライトやらエンブレム的なもんかと思ってたぜ。
「おそらくサンタくんがアホウドリを動かす時には、クロスコアに対して何らかの干渉をしてるはずなの。その干渉の様子を解析できれば、アホウドリを動かすために必要な思考アルゴリズムの開発を一気に進められるわ」
『何言ってんだお前。外国語使うのやめろ』
「とにかくあんたはアホウドリを動かしゃいいのよ。後はこっちで色々調べて参考にするから」
小馬鹿にしたように呟く真白。
だったら最初っからそう言えばいいだろうが。
これだから賢い奴ってのはいけすかねえんだよ。
説明はしてあげるけど、どうせわからないんでしょ? みたいな態度に腹が立つ。
「わかったら、さっさとアホウドリに憑りつきなさいよ」
『へーへー、やりゃあいいんだろ』
適当に返事をして、オレは今まで憑りついていたサンタボールから離れる。
オレが離れるとサンタボールは自動で脚を引っ込めて丸くなるらしい。
ダンゴムシみてーだな。
「サンタくん、ちょっと待っててね……アイビス、クロスコアの状態のスキャンを開始。結果をパソコンのディスプレイに表示してちょうだい」
『了解です。専用のタブを開きます』
またしても小難しいことを言いながら、黒実がアイビスの本体の傍に置いてあるデカい机に腰かけた。
その机の上には京之助の部屋のものよりもゴツいパソコンがある。
何で画面が三つもあんだよ、それ。
「オッケーよ。サンタくん、アホウドリに憑いていいわ」
パソコンの前で数秒カチャカチャやってから、黒実が顔を上げた。
クロスコアとやらの様子見の準備ができたってことでいいんだろうな。
オレとしては何の違いがあるのかわからんが。
深く考えず、すまほやサンタボールにするのと同じように、オレはアホウドリの中へ潜り込む。
「さあ、お願い。見せてちょうだい」
へーへー、やりゃあいいんだろ。
機械の身体にはこんなものが載ってるはずだよな、と想像しながら書いていると、人間の身体っていかにすごいのか思い知らされます。




