十六 幽霊は手玉にとられる
章番号、一生間違えてます。
「……オレの好きにやらせろ、退屈させるな、だったかしらね。あなたがここで暮らす条件」
オレがこの場所にやって来た日のことを思い出したのだろう。
黒実が溜息を吐いて、腰に手を当てる。
「あの時は何も言わなかったけれど、あなたが来てから少し賑やかすぎるのよね」
『ま、それなりには楽しませてもらってるぜ。トンネルで暮らすよりは退屈しねえ』
「何事にも限度があるのよ? 好きにさせてあげると言っても、何でも許すわけじゃないの」
そう言って、黒実はすまほに憑りついたオレに向けて口の端を吊り上げてみせる。
面白がってる、わけじゃねえなコレ。
気の弱い奴ならビビっちまうような、冷たい笑い方だ。
「私としてはね、できれば協力してもらってるあなたに手荒な真似はしたくないのよ」
『ああん? なんだそのオレ様をどうにかできるみてえな口ぶりはよぉ』
「察しがいいわね。その通りよ」
『……ハッ、できるもんならやってみろってんだ!』
脅しのつもりかよ。
そのみょうちきりんなゴーグルがなきゃオレを見ることもできねえくせに、でかい口たたくじゃねえか。
それともあれか?
オレはお前にはちょっかいださねえとか勘違いしてんじゃねえだろな。
生意気な態度を取ったこいつにはお仕置きが必要だ。
オレが黒実に襲い掛かろうとスマホから離れた、次の瞬間だった。
「それじゃ、お言葉に甘えて遠慮なく」
黒実が機敏な動作でスウエットのポケットから何かを取り出した。
先端が三角錐の形に尖った、白くて細長い筒に、グリップと引き金がついているおもちゃの光線銃のような機械。
ちょうど拳銃を構えるような姿勢で、黒実は握っているそれの先端をオレに向けてくる。
「ばーん」
オレ様も舐められたもんだな、そんなガキのごっこ遊びに使うような安っぽいおもちゃでビビる悪霊がいるかってもぎゃあああああああああああああああああああああっ!
痛い! なんだ今の痛あっ! 何か刺さった? 貫かれた?
とにかく、やられた。
あの銃みたいなやつから何か出てんのか!
幽霊のオレに、ダメージを与える何かが!
「うふ、ばーんばばーん、ずきゅーん」
うわばばばばばっ! あだっ! このっ! いでででででででで!
くっそ、何が起こってる?
つか黒実の奴、なんだその自前の銃声みたいなの、腹立つなっ!
『てめっ! 何しやがった!』
「んー? その様子だと効いたみたいね、これ」
たまらず京之助のすまほに逃げ込んだオレに対して、黒実は口元だけでにこにこと笑いかけてくる。
「これはね、先端から微弱な電磁波を射出する装置なの。銃の形をしてるけど、電磁波自体はとっても弱いから、まったく危険はないわ」
引き金の部分に人差し指を突っ込んでくるくると銃を回してみせる黒実。
そして、ぽそりと、
「人間には、ね?」
不穏な一言を付け加えた。
人間にはって、お前、それはつまり。
「あなたは自分で思っているよりも繊細なバランスで存在しているのよ? 例えば、こんなおもちゃから発せられる電磁波でも、波形によっては揺らいでしまうくらいにはね」
言ってることはよく分からねえが、あの銃はオレを攻撃できるってことか。
くそ、こいつ澄ました顔してとんでもねえもん作ってやがった!
だが、まあいい。
オレ様に反撃できる道具があるからってなんだってんだ。
その程度でオレの有利は変わらねえはずだ。
『黒実、てめーいい根性してるじゃねえか。けどよ、オレを怒らせると困るのはお前たちだぜ?』
「困る? どうして?」
『おいおいおい、いいのかよ! てめえがなめた態度取るってんならなあ、帰っちまうぜ! トンネルに!』
「ふーん、帰っちゃうのねえ。それは困るけどぉ」
黒実はやけに間延びした返事をした後、右手の人差し指を口元にあてて首をかしげてみせる。
「あなたがどうやって帰るのか、教えて欲しいわ」
『ああ? そんなもん今すぐにでも……』
あれ?
オイちょっと待て。トンネルに帰るっつってもだ。
『黒実。あのトンネルどこにあんだよ』
「教えてあーげない」
『てめえ! はめやがったな!』
「そうね。あなたがここから簡単に出ていけないよう、手は打っておいたのは認めるわ」
『ざけんな! この! こんなとこすぐにでも出てってやるからな!』
「あら、それだと多分、あなた三日もせずに消えちゃうわよ? 真白が言ってなかったかしら。あなたが存在を保つには一定の電磁場が必要だって。それを用意できるのは、私たちだけ」
『……っ!』
「うわあ、黒実ちゃん黒いっす」
くすくすと楽し気にオレを脅す黒実を見て、京之助も身を引いている。
悪霊を脅迫するとか、こいつ悪魔かなんかかよ!
オレとしたことが、目の前の女のやばさを見抜けてなかった。
「これから協力し合っていくパートナーなんだから、立場は同じじゃないとね。多少の悪戯は目をつぶってあげるけど、こっちだってやられっぱなしじゃないわよ? あまり生きてる人間を舐めないことね、悪霊さん」
『ぐぎぎぎ、この、小娘がああっ!』
「怖いわあ。私、祟り殺されちゃったりするのかしら」
微塵の恐怖も感じられない口調で言う黒実。
「安心してねサンタくん。あなたがやるべきことをしてくれたら、私も約束を守るから」
『お前、ほんと腹立つな! 覚えてろよ! オレがこのまま引き下がると思うな。どんな手を使ってでも……っ』
「仕返しもいいけれど、あなたはまず自分の身を心配するべきじゃないかしら?」
『……なんだそりゃ、どういう』
「自分が今、誰に一番恨まれているか考えればわかりそうなものだけれど?」
黒実がそう言ったのと同時に、がらりと脱衣所の引き戸が開いた。
「お姉ちゃんありがと愛してるそれ貸してクソサンタ覚悟しなさいよ」
あ、やべえ。こいつのこと忘れてた。
服を着て脱衣所から出てきた真白の目は、据わっていた。
黒実からゴーグルと銃を貰い受け、ゆらりと京之助が持っているすまほ、つまりオレの方に向き直る。
「この銃の名前はサンタコロースにするわ。あたしの怒りを電磁波の速度であんたにぶつけるのよ」
『ま、真白、ちょっと待てよ。落ち着けって。さっきのはちょっとした冗談だろ』
「じゃあ、あたしがこれからやるのも冗談よね! せいぜい笑って死ねデンジ!」
『どわああああっ!』
カチカチカチカチと凄まじい速度で真白の引き金にかかった指が動き続ける。
駄目だ!
なんか飛んできてるのはわかるが避けきれねえ!
マジで逃げねえと、しゃれにならん!
「あの黒実ちゃん、いいんすか、コレ」
「大丈夫よ。あの程度の電磁波じゃ揺らぎはしてもデンジくんが消えることはないから。真白の気がすむまでじゃれさせてあげましょう」
あーあ、すっかり目が覚めちゃった。と最後に特大の欠伸をかまして、黒実が自分の部屋の方に戻っていく。
あいつ、この状況放置していくつもりかよ!
「そらそらそらっ! なにアイツ、ビクッてなってるビクッて! 超楽しいんだけど! ひゃはははっ!」
猟奇的な笑い声をあげて銃を振り回し続ける真白。
完全におかしくなってやがんなこいつ!
(おい京之助! あの女やべーよ! 頼む助けてくれ!)
「いやー、ちょっと俺には荷が重いっす。すんません」
くそがあああああっ!
この金髪色黒女、オレがやられっぱなしだと思うなよ!
「あ! この、サンタ! どこ触ってあひゃあ! 離れなさいよ! うひゃひゃ、やめろっつってんでしょ!」
そんな感じで。
オレと真白の朝っぱらの攻防は、その後しばらく続くことになった。
日常パートが続きます。




