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十五 継がれた意志と不穏な影

 この場面では黒実も真白も、サンタを見るためのゴーグルをつけてるもんだと思ってください。

「私たちのことに興味を持ってくれて嬉しいわ。あなたとは、仲良くやっていけそうね」

『おべっかはいいんだよ。さっさと話せ』

「話せって言われると、少し迷うわ。そうねえ、何から始めたものかしら」

「とりあえずはじーちゃんのことからじゃない? それがなかったら、今のあたしらもないわけだしさ」


 顎に手を当てて考える素振りを見せた黒実と、肩をすくめる真白。

 双子とはいえ、この辺の反応のちがいは、性格の問題か。


「……それも、そうね。一番大切なところから、話しましょうか。アホウドリのことについては、もうトンネルで大体教えたわよね」

『ああ。あれを動かすのがお前さんたちの夢なんだろ? それは聞いた』


 黒実と真白がほとんど同時に、部屋の隅で修理されているアホウドリの方を向く。


 鉄板をそのまま曲げて作ったような分厚い装甲にガレージの照明の光が当たって、鈍く輝いている。

 その姿だけを見れば、あんなに重そうな鉄の塊が歩き出すなんて誰も信じねえかもしれねえな。


「そもそも、あのコ、アホウドリは私たちが作ったロボットじゃないの。あれは私たちの祖父、鵜飼考一が最後の作品。遺作ってことになるのかしらね」

『へえ、てめえらの爺さんも科学者ってやつだったのか?』

「その通りよ。本人は博士って呼ばれる方が好きだったみたいだけどね。若い頃は、鵜飼博士って言えば天才機械工学者の代名詞みたいな扱いだったんだそうよ」

「あたしたちのじーちゃんだしねえ。すごいのは当たり前でしょうよ」


 それ身内が言うかね。死人のよしみでじいさんにケチをつけるのは止めといてやるけどよ。


「若い頃の祖父は、その類まれな才能を活かして数多くの革新的な技術を生み出したの。それに伴って莫大な財産を得たわ。本人は金銭や豊かな暮らしにあまり興味はなかったらしいけど」


「ちなみにこの工場も元々は黒実ちゃんたちのじいちゃんのものだったんです。経営が軌道に乗ってきたところで、その頃、仲が良くて、技術屋としての腕前も信頼してたうちのじいちゃんに丸ごと譲ってくれたって聞いてます。そんでじいちゃんが引退してからは、親父がその後を継ぎました」


『へえ、そりゃまた随分と太っ腹なじいさんだったんだな』

「会社の経営とか、めんどくさかったからって本人は言ってたけどねえ」


 真白は苦笑しながら、地べたにぺたりと胡坐をかいて座り込む。

 がさつか、こいつ。


「それだけ自分のやりたいこと以外に執着がなかった人なんでしょ。気持ちはわかるわ」

「あー、お姉ちゃんもそういうとこあるもんねー。着るものとか、食べるものとかさー」

「私の話はいいの。女子力が低いとか、そんなの全然気にしてないから」


 少しむっとしたような表情で強引に話の流れを切る黒実。


 女子力ってなんだ? 低いのか、こいつ。


「とにかく。若かりし頃の祖父はすごい人だったんだけど、いつの頃からか、莫大な財産を元手にして誰からも求められていない、それでいて途方もない物の開発に打ち込むようになった」

『ああ、それが……』

「そ。完全自立型の人型ロボット、アホウドリの開発よ」


 オレは現在、部屋の隅でいじくられている鉄の人形に意識を向ける。

 無骨な見た目をしているが、表面の鉄板が一枚剥がれてみると、なにやら機械が複雑に組み合わさっているようだ。


「流石の祖父も、アホウドリの開発には相当な時間と労力をかけなければならなかった。十年、二十年と、それだけに打ち込む日々が続いたの。他のことは全て、放っておいてね」


「もっと有意義なことに才能を使うべきだったーとか、アホウドリを作り出してからのじーちゃんを悪く言う人は多いんだけどさ。ほんの一部でも、じーちゃんのひたむきな背中を見て育ったあたしらとしては、ね。やっぱり憧れちゃうわけよ。すっごくかっこよかったなあってさ」


 座ったまま、懐かし気に目を細める真白を、オレは何故か茶化すことができなかった。

 あのトンネルで、アホウドリと、こいつらのことを想うじいさんの意識みたいなもんに触れちまったせいかもしれねえ。


 言うべきかどうか迷って、止めた。

 死人に口なし。ってやつだ。

 言葉ってのは、何を言うかじゃなくて、誰に言われたかってので重みが変わる。

 オレが下手なことを言っても、興が覚めちまうだけだろうさな。


『……そんで? じいさんは結局、どうなったんだよ』

「病気で死んだわ。夢半ばで、ね。それまでの無理がたたったのよ。最後はこのガレージで、誰にも看取られることなく命を落としたの。本当に、呆れるぐらい執念深かったのね」

『そうか。そりゃ、残念だったな』

「私たちは、残念だった、で片づけられなかった。おじいちゃんが、あんなに頑張って作っていたアホウドリが、これでおしまいなんて思えなかった」


 祖父、じゃなくて、おじいちゃん、ね。

 黒実、こいつも素が出るくらいに熱を入れて話してるってことか。


「だから、私と真白の二人で決めたの」

「あたしはアホウドリの体を、お姉ちゃんはそれを動かす頭と心を完成させようってね」


 なるほどな。

 ガキんちょが二人、大好きだったじいさんの形見と意志を引き継いだってわけか。

 いじらしい話じゃねえか。

 トンネルでのこいつらの必死さにも納得だ。


 ただ、それだけで片付かねえこともある。


『お前らとじいさんのことは、何となくわかった。で、だ。なんであんな物騒な奴に狙われることになった?』

「そうね。そこもきちんと説明しておかないとね」


 オレの質問に、黒実の表情が険しくなる。

 ゴーグルの下の目も、きっと鋭さを増してるんだろうな。


「幸い私たちにも祖父と同じように才能にはそこそこ恵まれたみたいでね。アホウドリの開発を引き継いで、簡単な命令を与えれば動かせるような段階にまではたどり着けたのよ」

『確かに、さっきアイツ自分で歩いてたもんな。動くんだったら、オレはいらねえんじゃねえのか?』

「とんでもない。今のアホウドリにできるのはせいぜい、あらかじめ指定された場所まで自分で移動することぐらいよ」

「いや、それだけでもすごい技術なんすけどね」

「大したことないわよ。最近は車だって自動で目的地まで走れるようになってるっての。悔しいけど、そのスケベ幽霊みたいに、人間と臨機応変に格闘できる人工知能なんて聞いたことないわ」

「うん、なんか、ごめん」


 ちょっと呟いただけで鬼のように反論され、京之助がうなだれる。


 多分、こいつなりに褒めようとしたんだと思うんだがなあ。


「残念ながら、今、アホウドリの開発は足踏みしてるの。私が、あのコを動かすだけの人工知能を作れなくて、ね。一応、アイビスはその試作品にあたるわけだけれど、あれじゃ不十分なのは見ればわかるでしょ?」

『まあ、ちっとばっかデカすぎるよなあ』


 喋って人間の手伝いもできる機械がすごいのは間違いないが、あんな箱を頭に乗っけてたんじゃ流石のアホウドリも歩けないわな。


「……今はクラウドを用いればいいから、直接搭載する必要はないのだけれど。そんなこと、あなたには伝わらないでしょうね」

「ああ、全く。興味もねえな」


 それにアイビス、だっけか?

 さっきの声の口振りも、人間というにはまだ頭堅そうな感じがするしよ。

 いかにも機械に喋らせてますって感じだった。


「お姉ちゃんが人工知能の開発に足踏みしてるのは、仕方ないのよ。人間みたいに物を考えて、自ら身体を操作する。そんなのは、それこそ人類の歴史が変わるような代物なんだから。この段階で開発が停滞するのはわかってたこと。問題はね、そこじゃなかったのよ」


「確か……アホウドリを狙う人たちが現れたのは、一か月くらい前のことでした。始めはこの工場の中を覗いてる人影を俺が見かけたくらいだったんですけど、最近は敷地内に侵入してくることもあって」

『今日はいよいよ、正面から襲ってきたってわけか。そいつらの狙いは何なんだ?』


 真白と京之助の口ぶりを聞く限りじゃ、あの尻尾野郎だけでやってる感じじゃなさそうだ。


 あいつはただ単に暴れたいだけみたいな雰囲気だったしな。

 後ろに糸を引いてる連中がいると考えた方がいいだろ。


「正直、アホウドリを狙っていることしかわかってないわ。今日、アホウドリをトンネルまで運んだのも念のためだったの。アホウドリに使われている技術の中には、他の方面に応用が利くものも多いし、宝の山と言えばそうなんだけれど。まさか、あそこまで直接的な行動に出てくるのは予想外だった」


「どこの誰にしたって、厄介な連中なのは間違いないかもね。特にあの尻尾みたいな機械。あんなんあたしも聞いたことないわ。どう考えても、ただの強盗じゃない」


 ちょっと待て。難しい顔でごちゃごちゃ言ってるけど、要はアホウドリがやばい奴らに狙われてるってことしかわかんねえってことじゃねえか。


 それはつまり。


「私たちにとって幸運だったのは、このタイミングでデンジくんに会えたことでしょうね。あなたがいれば、アホウドリを動かせる。こんなに頼もしい護衛はいないわ」


『おいおい、勘弁しろよ! なんでオレがお前らのボディガードみてえなことしなきゃならねえんだ』


「それは本当に申し訳ないと思うわ。でも、それはもしもの時でいいの。あなたをここに連れてきた理由は別にあるのよ」

『……どういうことだ?』


「あなたにはとにかく、アホウドリに憑りついて動かしてもらいたいの。あなたがどうやって思考して、どうやってアホウドリの体を操っているのかを分析できれば、人工知能の開発を次の段階に進めることができるはず。きっかけになるデータが欲しいのよ」


 熱のこもった語り口調でゴーグルを着けた顔面をオレに近づけてくる黒実。

 オレがどうやってアホウドリを動かしてるのか、ねえ。


 そりゃあ、いつまでもアホウドリをオレが動かしてたんじゃ本来の目的には辿り着けねえわけだしな。


 参考にしたいって気持ちはわかる。


『その、人工知能とやらができれば、オレとの約束を果たす。そういうことで、いいんだな?』

「そうね。それさえできれば、あなたに体を用意する研究を始めるわ。約束する」


 なるほど。大体わかった。

 オレはアホウドリを動かす。こいつらはどうやって動かしてるのか調べる。

 そんでオレなしでアホウドリが動けるようになればオッケー。

 途中で邪魔する奴がいたら、ぶっ飛ばせ、と。


 そんなとこか。


 わからねえことがいくつかあるのが気持ちわりいが、やることは、はっきりした。


『お前らがオレに何をして欲しいのかは、わかった。ただし、条件がある』

「……条件?」

「エロいのは却下だかんね」


 オレの申し出に黒実は眉をひそめ、真白が露骨に顔をしかめてみせた。


 そう、オレはあの時、確かにこう言ったはずだ。

 サンタは意外と空気の読める幽霊です。

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