十四 新たな住処
町工場って格好いいと思います。
遡れば、三日前になるのか。
幽霊なんてものになって、あのトンネルから離れるのは初めてのことだった。
山奥の狭くて薄暗い道を抜け、その先の太い道を下っていく。
道の傾斜と曲がり方が緩やかになるにつれて、明かりの数が増えていくのがわかった。
街灯、信号機、標識、すれ違う車のライト。
そして、建ち並んだ家の窓から漏れている光。何の変哲もない光景だ。
当たり前のことのように覚えているのに、通り過ぎていく全部の眺めが懐かしい。
これは一体、誰の記憶なんだかねえ。
「京之助、サンタの奴、ちゃんとついてきてんの? 黙ってるといるかいないかわかんないんだけど」
「大丈夫だと思うけど……一応、車から離れてはいないみたい」
『心配しなくてもどこにも行きゃしねえよ。ちゃんとここにいる』
オレはトラックに備え付けられていたラジオに憑りついて、疑わし気な表情で助手席に座っていた真白に話しかける。
運転席でハンドルを握ってる京之助も、オレの声が聞こえたことで安心したような表情を浮かべた。
『こちとら久しぶりに見るもんばっかなんだ。ちょっとぐらい浸らせろや』
「はいはい、悪霊のくせに随分とおセンチですこと」
真白は鼻を鳴らして、助手席で脚をあげふんぞり返る。
派手な見た目通り、仕草にも品のない女だ。
『それにしたって、おい、まだ着かねえのかよ? そろそろ外眺めるのにも飽きてきたぜ』
アホウドリに憑りついてトラックを引き起こし、走り出してからかれこれ小一時間になる。
初めのうちはころころ変わる景色を眺めてりゃあ良かったんだが、ここ十分くらいはずっと平坦で似たような道を走っている。
夜中ってこともあるだろうが、面白いもんの一つもありゃしねえ。
「すんません、アホウドリ載せてると速度も出せなくて。もう着くっすよ。ほら、見えてきました。あれです」
『ああ? 何だありゃ、随分と立派な建物じゃねえか』
京之助の視線の先、トラックの進む方向の右手側に、灰色の高い柵で囲まれたデカい建物が見えてきた。
見たところ、何かの工場っぽいな。
アスファルトが張られた敷地に、波打つような形状のトタンの壁いくつも建ち並んでいる。
無骨で、見た目に金がかかってなくて、とりあえず頑丈さだけが取り柄。そんな場所だ。
入り口らしい場所には、これまた飾り気のない字で「要工業」と書かれた看板が立っていた。
その下には英語で、ええと、ねくすと……なんちゃらと続いてる。
まあ、なんか関係のある言葉なんだろうさ。
『……おい、要ってたしか、お前の』
「そっす。あれ一応、俺んちというか、親父の工場です。確かに広いのは間違いないっすね」
言って、京之助はトラックのウインカーを点け、要工業とやらの門扉をくぐり抜ける。
そのままいかにも慣れた手つきで敷地内を進み、建ち並ぶ工場のうち少しばかり小さめの建物の前で一度車を停めた。
「ガレージを開けてきますね」
そう言って京之助はトラックから降りて、建物の入り口らしいシャッターの方へと歩いていく。
トラックでも余裕を持ってくぐれそうなシャッターが、京之助が操作板らしきものをいじると、上に開き始めた。
がしゃがしゃと金属のこすれる音がやかましく響き、シャッターが開ききったことで止む。
「お待たせしました。それじゃ、中へ」
運転席に戻ってきた京之助は再びエンジンをかけ、ゆるゆるとしたスピードでトラックを建物の中へと進めた。
明かりはついてねえが、幽霊のオレには関係ねえ。
随分と天井が高くて、だだっ広いとこだな。
『ここがお前らん家か? 不便そうなとこだな』
「はは、流石に寝泊まりするところは別にあるっすよ。俺ん家、基本的には合金なんかを取り扱ってる会社なんすけど、このガレージだけは特別というか、扱いが違うというか」
「ここを使ってるのはあたしたち双子。それがどういうことか、わかる?」
『いんや?』
苦笑いをする京之助と、どこか得意げな顔の真白。
「まともじゃないってことよ」
なんだそりゃ。思わせぶりなことを言い残して、真白はさっさとトラックから降りてしまう。
『ったく、もったいつけるんじゃねえっての』
「まあ、すぐにわかると思うっす」
憑りついていたトラックから離れると、ちょうど黒実が荷台から降りてくるところだった。
オレは京之助と一緒に黒実へと近づく。
よく見れば、こいつ具合悪そうじゃねえか?
「……思ったより、荷台寒かったわ。穴が開いてたせいで風がね、すごかったのよ」
もともと色白な顔を一層青ざめさせて二の腕をさすっている黒実。
穴を開けちまったのはオレだが、不可抗力だ。
気の毒だが、トラックの座席の数を考えるとどうにもならんかった。
それはさておくとして、だ。
オレは京之助のポケットの中のすまほに憑りついて、黒実に話しかける。
『おい、黒実』
「あら、サンタくん、そこにいたの。何かしら?」
オレが話そうとしてるのを察したらしい京之助がポケットからすまほを取り出し、その間に黒実は例のでっかいゴーグルを身に着ける。
この様子だとオレと話すのにもだいぶ慣れてきたみたいだな。
『この立派な建物がお前らのねぐらなのはわかったけどよ、いいのか? こんな目立つとこにいて』
トンネルでの出来事から考えれば、どうやらこいつらは厄介な連中に狙われてるらしいのは間違いない。
もっとこう、隠れ家的な所に身を潜めるもんだと思ってた。
あの尻尾野郎、執念深そうだったし、またいつ襲ってくるとも限らねえ。
「なるほど、あなた乱結構色々考えてるのね。大丈夫。状況が好転したから。もちろん、デンジくんのおかげでね」
含みのある笑みを向けてくる黒実。
おいおい、なんかあったらまたオレだよりってわけじゃねえだろな。
『ちょっと待てコラ、オレはお前らの用心棒になったつもりは……』
「お姉ちゃーん、とりあえずアホウドリ降ろしちゃおうよー!」
「そうね。多少の破損もあるでしょうし、色々話すのはアホウドリをメンテナンスに回してからにしましょ」
釘を刺そうとしたところで真白の奴に割り込まれちまった。
黒実もすぐさまオレから視線を外す。
こいつ、あからさまに話をそらしやがった。
お利口さんかと思ったら、名前の通り、腹黒いところあるじゃねえか。
さてさて、こっから何が出てくることになるのかねえ。
ここからしばらく、色々なことの説明をしていくことになりそうです。




