十二 風呂場
サンタには全部見えています。
断言しとこう。
オレはスケベな幽霊だ。
トンネルで悪霊として活躍していた時、やってきた女の足や腰や乳を触ってきた。
なに?
体も性欲もねえのになんでまたそんなちょっかいを出してたのかって?
そりゃ、お前、答えは簡単だろう。
オレがもともと、そういう男だったってこと。
あの胸糞悪い夢にどれだけ信憑性があるのかはわからねえ。
だが、生きていた頃、オレが男だったことは間違いないはずだ。
それも病気で死んだんじゃなくて、事故っぽい感じでもある。
体は健康そのものだったと考えていいんじゃねえか?
そんで幽霊になったら、人には見えない。誰にも気付かれない。ときたもんだ。
そりゃあ男なら、スケベなことをやってみたくなるのが自然の摂理ってやつだろう。
だからオレは、女に悪戯をすることを好む。
嫌がる顔が、怖がる顔が、くすぐったそうな顔が、大好物だ。
そして、この家には非常にからかいがいのある女がいる。
真白だ。
キャンキャンやかましいくせに、打たれ弱い。
その上、スタイルも良いとなりゃ狙わない理由がない。
その真白が、今、朝風呂に入っている。
この新しい住処の中で、真白の奴の行動パターンと、風呂場の場所はすぐに覚えた。
あいつは寝起きにシャワーを浴びる習慣があんだよな。
そんで、それは今日も例外じゃなかった。
一度京之助の体から抜け出したオレは、脱衣所でふわふわと漂いながら様子を窺う。
聞こえてくるのはシャワーの水の音。
風呂場では今、誰かが髪を洗っているらしい。
すりガラス越しに浮かぶシルエットは女のもの。
当然だ。この家に住んでる男は京之助だけだしな。
ぼんやりと見えるのは金色の髪と、褐色の肌。
脱いだ服を放り込んだかごに、やたらでかいブラシャーが入っているのも確認した。
ビンゴ!
間違いねえ、中にいるのは双子の妹の方だ。
げへへへ、ナイスタイミングじゃねえか。
真白ちゃんよお。ちょっと、お邪魔させてもらおうかねぇ。
風呂場のドアには鍵がかけられていたが、幽霊のオレには関係ない。
するりとドアを抜けて、その向こう側へとたどり着く。
こういう時ばっかりは、思わざるを得ねえな。
幽霊、最高!
「ふーん、ふん、ふふーん、ふふんふー」
真白は風呂場の中で、鼻歌交じりにシャワーを浴びていた。
オレはその無防備な姿をじっくりと観察させてもらうことにする。
多少湯気で視界は悪いが、それはそれで風情があるってもんだ。
真白の茶色い肌の表面にシャワーから噴き出した湯が当たり、伝っていく。
全身むらなく紅茶みたいな色をしたその肌は、濡れたことで艶めかしいハリとツヤを放っていた。
ふわふわとしていた金髪が、今は水気のせいで光沢を帯びて、しっとりと肌に張り付いている。
黒髪に白い肌ってのも清楚でいいが、色っぽさで言うなら断然こっちの勝ち。
そして、その茶色に金っていう怪しい色合いに体つきも負けてねえ。
指を突っ込んだら抜けなくなるんじゃねえかってくらい深い胸の谷間。
柔らかそうだが滑らかで弾力のあるムチムチと肉感的な二の腕や太腿、ふくらはぎ。
腹に若干、無駄な肉がついている気もするが、ちゃんとくびれもある。
むしろこっちの方が好きな奴も多いんじゃねえか?
ほんと、見た目だけならとんでもねえ上玉だよ。
これを見せられて触らずにいられる男がいますかっての。
さあてと、どっから悪戯してやろうかねえ。
「ふーん、ふ……んっ?」
いきなりがっついて騒がれてもつまらねえ。
まずは背筋を上から下につるりと撫でてやった。
真白は一瞬、背中を弓なりに反らせ、後ろを振り返る。
しばらく風呂場の中に視線を走らせた後、首をひねって、髪をわしゃわしゃと洗い始める。
ここで焦るのは愚の骨頂。
オレはたっぷり時間を空け、真白が一旦シャワーの湯を止めて、シャンプーを使いだしたのを確認してから次の行動に移った。
「んっ! んんっ! ふみゃ!」
シャンプーの泡のせいで真白が目を開けたくても開けられないのを良いことに、オレはさっきよりも強く、脇の下やら横乳やら腹を突く。
真白が身をよじらせながらくすぐったそうな声を漏らすが、残念、その泡まみれの状態じゃ逃げられねえだろ。
そうなると、こいつの次の行動は決まってくる。
「このっ! サンタ! またあんたでひょおっ! ちょっと! 変なとこつつくのやめなさいよぉっ!」
流石にオレの存在に気付いた真白が、シャンプーの泡を流すべくシャワーの蛇口へと手を伸ばす。
良い判断だ。その泡を流さねえと、風呂場から出ることもできねえもんな。
「ほんと毎日毎日飽きもせず、このスケベ幽霊っ」
キーキーとわめきながら、勢いよくシャワーの蛇口をひねる真白。
ま、そこから出るの、水なんだけどな。
「みぎゃああああああああああああああああああああっ!」
真白が目を閉じてる隙に、あらかじめ温度調整のネジを限界まで冷たい状態にひねっておいた。
シャワーから噴き出した冷水をしこたま浴びて、真白が踏んづけられた猫のような悲鳴をあげる。
「みずぅっ⁉ つめたああああっ! め、目が! あたたたっ! 泡が! 泡がああああっ!」
驚いた拍子に目を開けてしまったらしく、真白はあられもない恰好で身悶えしている。
お子様にはちょいとばかり刺激の強すぎる光景を堪能して、オレは風呂場から抜け出した。
おっと、とどめにパチリと風呂場の明かりも消してやるかな。
「ええっ! ちょっと、なんで暗いの! なんも見えな、あいたああっ!」
がらあんと、風呂場の中で何かが転がる音がした。
慌てて洗面器でも踏んづけたか?
いやー、つくづく期待通りの反応をしてくれる女だぜ。
体があったら腹を抱えて爆笑してるところだ。
それから少し静かな時間が流れ、
「サンタあああああああっ! も、ほんとぶっ殺す! どこいったああああっ!」
残念、オレもう死んでまーす。
鬼のような形相をした真っ裸の真白が風呂場から飛び出してきた。
おいおい、風呂から出る時はもうちょっと用心したほうがいいんじゃねえか?
脱衣所に偶然、誰かいるかもしれねえだろ?
「ふぇっ? なに、真白ちゃ、どうしたのわあああああああああっ!」
「ぎゃあああッ! 京之助あんたなんでここにっ!」
「いや、俺もわかんな……」
「見んなああアッ!」
風呂場から飛び出した真白は、オレがあらかじめ憑りついて動かしておいた京之助と鉢合わせになる。
これも計画通り。
目を覚ましたばかりの京之助の顔面に、真白の容赦ない前蹴りが突き刺さった。
「鼻が! 鼻があっ!」
「サンタあぁっ! これやったのもあんたでしょ! 出てきなさいよクソ悪霊!」
「ま、真白ちゃん服! お願い何か着て早く!」
「だからこっち向くな! なんで鼻血出してんのよ、京之スケベ!」
「ちがっ、蹴られたからだよ!」
阿鼻叫喚ってのはこのことだろう。
いやー、やっぱ生きてるってのはいいもんだ。
辛気臭いトンネルにいたんじゃこんなもん見られなかっただろうからな。
こいつらをからかってると、退屈しなくて助かるぜ。
頭を洗っている時に、後ろに誰かがいるような気がしてならないことがありますよね。
わざわざ私を見に来る幽霊はいないと思うんですけど。




