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十一 幽霊が見るのはいつだって悪夢

 年をとればとるほど、目覚めのいい朝の頻度が減っていきます。

 目ん玉の奥まで串刺しにされたんじゃねえか。

 そう錯覚しちまうほど、凄まじい光。

 聞こえてきたのは、男も女も、年寄りも子どもも、高い音も低い音も、ごちゃまぜになった叫び声の合唱。

 悲鳴が別の悲鳴に上塗りされて、膨れあがって、途切れる。


 ああ、またかよ。

 いつもと同じ、夢が始まったらしい。


 まずは、ちょっと離れたところで小さな光の粒が弾けるんだ。

 空に浮かんでるお星様みてえな大きさだった光が、一瞬で広がって、目の前の世界を青白く染め上げる。

 

 その光を追いかけてやってくるのは、熱だ。

 無理矢理肌を引っぺがされたみてえな激痛に耐えられなくなって、オレは必死に光に背を向ける。


 ああ、そうだった。

 そんで、近くにあった何かを庇おうとして、覆い被さったんだ。


 体の後ろ半分に、真っ赤に焼けた鉄板でも押しつけられたみてえだった。

 とんでもなく痛くて、自分の肉が焦げる臭いもした。


 痛い。苦しい。誰か助けてくれ。


 その後にやってくるのは、どうにもならないほど強烈な眠気。


 もう何も見えない。

 視界の端っこから、じわりじわりと、黒い染みが広がっていく。


 オレは、死ぬんだな。

 そう思った。

 このまま目の前が真っ暗になって、二度と目を覚まさない。

 それでもいいか、とも思ったんだ。

 こんなに苦しいんなら、さっさと終わってくれていい。

 死んだほうが、まだマシだろうよ。

 そう願ったはずなのに。


「やだ……駄目、嫌だよ」


 いつも、誰かの泣く声が聞こえやがるんだ。


 そして、気付かされる。

 オレが庇ったものは、守ろうとしたものは。

 「何か」じゃなくて、「誰か」だったってことに。


 そうだ。馬鹿言ってんじゃねえ。

 諦めてんじゃねえ。投げ出してんじゃねえ。

 死ぬわけにはいかねえんだ。

 まだオレは生きていたいんだ。どんなに辛くても、苦しくても。

 オレが生きて、守りたかったこいつは。


 誰だったんだっけなあ。


「あ」


 暗くて、大きな影が、降ってきて。

 床に落ちた卵が、ひしゃげた時みたいな音がした。


 そして、次に目を覚ました時、オレはトンネルにいた。

 あの薄暗くて、埃っぽい空洞の真ん中に、浮かんでたんだ。

 たった一人で。自分が誰なのかも分からなくて。

 たまに通りすがる車に必死で呼びかけてたのは、いつ頃ぐらいまでだったかねえ。


 待ってくれ! オレはここに居る!

 オレを、おいていかないでくれ!


 そんな叫び声は、誰にも届きゃしなかったんだ。


 …………

 ……………………

 あー、ちくしょう。

 また、あの夢かよ。

 毎度毎度、目覚めが悪いったらありゃしねえ。


 幽霊のオレだって、一日中意識を保っているわけじゃない。

 退屈だったり、長い時間何かを動かして疲れたりした後なんかは、生きている人間のように眠ることもある。


 眠って、たまに夢を見るんだ。


 オレの場合、その夢が悪夢じゃなかったためしがねえ。

 

 いっつもいっつも中身は同じ。

 自分がくたばるところから始まって、必死で誰かを呼び止めようとしたところで目が覚めるお決まりのパターン。


 それ以外に記憶らしい記憶もねえわけだから、しょうがないと諦めちゃいるんだが。


 ところで、だ。

 ……ここ、どこだっけかな。


 起きたのはいいものの、目の前の景色は見慣れたトンネルとは全く違うもんだった。


 まずは狭い。あと四角い部屋だ。

 あのトンネルもデカいとは言えなかったが、比べ物にもならん。

 

 昔ながらといった雰囲気を醸し出す板張りの天井に、畳六畳分の広さの和室。

 だいぶ色が抜けて薄くなった畳の上には、これまた薄っぺらい布団が敷かれていて、そこに大きな男が寝そべっていた。


 ああ、そうだったな。

 オレは、あの双子と一緒に暮らすことになったんだった。


 明らかに身の丈に合っていない布団に、身を縮めるようにして眠っていたのは京之助。

 この小汚い部屋はもともとこいつの寝床で、オレはここに居候させられることになった。


 部屋の中で目立つ家具は机だけ。

 胡坐をかけば作業するのに具合が良さそうな高さの机の上には、ごちゃごちゃと物が散らばっている。

 オレが見て名前が分かる道具は、ドライバーに、やすり、ペンチやはんだごてってところだな。


 置いてある道具を使って、京之助が何やらちまちましたもんを作っている様子は、ここ何日か見てきた。


 京之助はデカいなりして、なかなか手先が器用な奴らしい。

 あとは、ぱそこん? とかいうんだったか。

 オレが知っているものより、ずいぶん画面が薄っぺらくなっちまった機械も置いてある。


 オレが京之助の部屋に住み憑くことになったのは、こいつには俺が見えて、お喋りもできるから。

 あとは、双子が……主に真白の方がオレと同じ部屋で暮らすことを嫌がったからだ。

 一応、この部屋がある家の、一つ屋根の下であいつらもそれぞれの部屋を持って生活している。

 

 本当ならむさくるしい男の部屋に憑りつくのはごめんこうむりたいところだが、オレがここから離れられないのには理由がある。


 部屋の隅っこで青白く光っている機械。

 あれがあるせいだ。

 この家に住み憑いた翌日に真白のやつが置いていったもんなんだが、なんでも、


「これ、磁場の発生装置ね。あのトンネルとよく似た環境を作り出すようになってるから。これでこの部屋の中にいればあんたも消えちゃうことはないと思うわ。大急ぎで作ってやったんだから、感謝しなさいよ」


 だ、そうだ。


 オレ自身、あのトンネルから何か吸い取っていたようなつもりはない。

 だが、この機械がないとオレは消滅する可能性もあるんだとか。

 

 そういう危ねえことは連れてくる前に言えっての。


 ま、数日間、消えることはなかったわけだし、とりあえず真白の言うことは信用してやってもいいんだろう。


 しっかし、気分わりいな。


 あの夢を見た後はいつもそうだ。

 なんつーか、イライラモヤモヤが収まらねえ。

 トンネルにいたころは寝なおすか、適当な奴を脅かして憂さ晴らししてたんだが……


 うん。せっかくだ。

 新しい住処の良さを活かすとしよう。


 すまねえな、京之助。

 ちっとばかり、付き合ってもらうぜ。


 横向きで眠っている京之助の顔を覗き込む。


 よしよし、完全に寝入ってやがるな。


 この家にやって来て、気づいたこと。

 オレが憑りつけるのはどうやら機械だけじゃないらしい。


 オレが見えている人間にも憑りつける。

 そして、その体を操れる。

 遊び半分で京之助にとり憑いてみて発見した、新たな能力。


 必要なのは、頭の中に潜り込み全身に広がっていくイメージだ。

 京之助の脳みそから指の先まで、オレを張り巡らせる。

 呼吸や熱、微かな動きを自分のものとして捉える。

 オレだって元は人間だ。

 機械に憑りつくよりも、生身の人間を動かす方がしっくりくるに決まってる。


 よし、いけるな。だんだん、早くなってきた。

 これで、動かせる。


 京之助の体と感覚が繋がった瞬間、オレはぱちりと目を開けた。

 顔の筋肉を動かす感覚を確かめながら、口の端を持ち上げて笑う。


「へへっ、今日も借りるぜ、ありがとよ」


 京之助の喉から漏れる、京之助のものではない声。

 オレは立ち上がり、狭苦しい部屋から意気揚々と抜け出した。


 何をするのかって?

 決まってんだろ、お前ら。

 この家には女が住んでて、しかも二人ともカワイ子ちゃんときたらそりゃもう、やることは一つだろ。


 そう。ご名答。

 ノゾキだよ。

 早く寝れば、明日の自分の元気になるのは分かってるんですけどね。

 だらだら夜更かしして、翌日後悔していることばかりです。

 もしかしたら明日の仕事が嫌で、今日を終わらせたくないのかもしれません。

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