十 名前
ここで一区切り。
アニメで言うなら一話目が終わったくらいのイメージです。
逃げ去る三瀬のバイクのエンジン音が、完全に聞こえなくなった後。
「幽霊さん! ほんと、ありがとうございました!」
横転したトラックの方で、京之助が頭を下げているのが見えた。
男がこのくらいのことで半泣きになってんじゃねえや。
……ただまあ、根性ある奴だってことはわかった。
オレは機械の右手の親指を立てて、それに応えてやる。
さあて、悪党は追っ払ったし、死人も出なかった。
これでオレの役目は終わりだ。
そう思って、憑りついたロボットの体から抜け出そうと思ったのだが。
「動いてる!」
嬉々とした声と共に、がくんと体が前に傾くのを感じた。
後ろから飛びかかられたらしいな。
残念ながら触られている感覚まではねえが、この声、真白の方か?
「動いたんだ……本当に、動いてる。自分で考えて、動いてるんだ! じいちゃんのアホウドリが!」
あほうどり?
なんだそりゃ。
もしかして、そんなんが、こいつの名前ってわけじゃないだろうな。
「あんたがこうして動く日を、ずっと夢見てた! ずっとずっとずっと!」
オレの首筋に抱き着いて、真白はぴょんぴょんと跳ね続けている。
視界が揺れる感覚ってのも久々だ。
しかし、鬱陶しいな、こいつ。
動いただけでこの反応だ。何となくだが、嫌な予感がする。
「幽霊さん、危ないところを助けてくれてありがとう。あなたがいなかったらどうなってたか」
真白にじゃれつかれるオレを、黒実がほほえましそうに眺めていた。
なんだその表情、気持ち悪い。
「ねえ、改めてお願いするわ。もう少しだけ、私たちに付き合ってくれないかしら?」
そらきた!
そうなるんじゃねえかと思ってたんだ。
近づいてきた黒実が、オレの肩に手をかけて言う。
形としては精一杯背伸びをして、耳元に囁くようなもんだ。
「もちろん、ただでとは言わないわ。そうね……じゃあ、あなたが一番欲しいものをあげる」
オレが一番、欲しいもの?
幽霊のオレが?
生憎、物欲なんてもんはねえぞ。
「私たちが、あなたの体を作ってあげるって、言ったら、どうする?」
なんだって?
「あなたが生きていた頃みたいに、自由に使える体を、私達が用意する。それでどう?」
できるのか、そんなこと。
体を作る。
オレの、新しい、体。
「そのためにはあなたがどうやってその体を動かしているのかを知る必要があるの。ね? 悪い話じゃないでしょ。それまででいいから、私たちに協力してくれない?」
「ねー幽霊―、おねがーい」
姉の提案にあわせて、首筋にぶら下がっている妹が甘ったるい声を出す。
この体に触覚がないのが惜しまれるくらいにベタベタとひっつきやがって。
しかし、厄介なことになったな。
体なんてものいらねえよ。
オレは今まで、幽霊として長いことやってきたんだ。
さっきまでのオレなら間違いなくそう答えていたはずだ。
けど、突っぱねることができなくなっている自分がいることに気付く。
この体を動かす時に聞こえた、あのじいさんの声。
あれがこのロボットに染み付いた遺言みたいなもんだったのかどうかは、わからねえ。
くたばった身同士、感じるもんがあった。
そういうことかもしれねえ。
ただ、こいつらの幸せを願う、あの気持ちは本物だった。
その強い思いを、オレは直に感じちまったわけだ。
それを無視していいもんかと、迷ってしまう。
こいつらに手を貸せば絶対に面倒なことになるぞ。
あの三瀬とかいう尻尾野郎も、このまま引き下がるような奴には見えなかった。
いや、だからこそいざって時にオレがいないとまずいんじゃねえか?
いやいや、なんでオレがこいつらを助けることが前提になってんだよ!
こいつらは今日初めて会ったばっかで、ロボット作りなんて怪しい研究をしてて、オレに何をさせるかも分からない連中で。
「お願い、幽霊さん」
「幽霊ってっばあ」
じいっとオレの顔を覗き込む双子と目が合った。
機械の、紛い物ではあるが、オレの目だ。
これが本当に、オレの目だったら。
そんなことを考えちまう。
……まあ、顔はいいんだよな。こいつら。
体つきも、エロいし。触ってみてえし。
ああ、ちくしょう。
本当に面倒くさいことになっちまった!
「……あ」
「ああっ!」
オレはするりとロボットの体から抜け出した。
アホウドリとか格好悪い名前のついたロボットは、それで糸の切れた人形のように沈黙する。
オレがとり憑くのを止めたことに気付いた双子が、落胆したような表情を浮かべる。
だから、オレは。
『そんなしょげた面すんじゃねえよ。誰も力を貸さねえとは言ってねえだろうが』
ロボットの代わりに、地面に転がっていた京之助のすまほにとり憑いて言う。
あのロボット、音を出す機械がついてねえみたいだから、しゃべれねえんだよ。
返事をするならこっちに移るしかないだろうが。
「それって、つまり……」
「協力してくれるってこと?」
双子が今度はすまほの画面を覗き込んでくる。
だから、いちいちキラキラした目でこっち見るなってのに。
『いいか、協力するのは、ただの退屈しのぎだからな。つまんねえと思ったら、オレはすぐここに……』
「いやったああーっ! ありがと幽霊!」
『最後まで話聞けよ、コラ。あとその幽霊幽霊言うのやめろ』
自分のこと「ねえ人間人間」って呼ばれたら、腹立つだろ。それと同じだ。
そんなオレの不満を察したのか、
「それもそうね。これから先、一緒に過ごすなら、あなたにも名前くらい必要よね」
黒実があごに手を当てて、考え始める。
名前、ねえ。
生きてる頃のオレにもあったんだろうが、さっぱり思い出せねえんだよな。
どこの、誰だったんだろな。オレは。
「サンタ」
『あ?』
黒実、こいつ、今、なんつった?
「サンタよ。電気っぽい見た目だからサンダー。それだと可愛くないでしょう。だから、音の濁りを取って、名前はサンタにしましょう」
「……お姉ちゃん、それ、マジで言ってんの?」
「我ながらシンプルかつ親しみやすさも残した良いネーミングだと思うわ」
「あ、はは、サンタさんっすか。お、覚えやすくていいんじゃないっすかね」
よくねえよ。
この姉ちゃん、すました顔してとんだ天然なのか?
オレはこれからそんな愉快な名前で呼ばれることになんのか?
「うん、みんな他に案もないようだし、決まりね。これからよろしく、サンタくん」
『……もう、好きにしろよ』
黒実の中で、もうオレの名前は決まってしまったらしい。
残る二人の微妙な表情にも構わないその態度に気圧されて、オレも返事をしてしまった。
「さてと、真白、京ちゃん、帰りましょうか。とりあえずトラック起こさないとね」
「あ、それもそうっすね」
「でも、起こすって言ったってこんな重いもの、どうやって……」
そこまで言って、三人の視線がアホウドリへと集まる。
この中で一番力があるのは、まあ、そいつだわな。
「ねえ、デンジくん、さっそくで申し訳ないんだけど……」
ああ、ちくしょう。
今回だけだ。
これっきり、オレをアゴで使うのは許さねえからな!
起承転結の起が終わりました。
ここからサンタの物語は動きだします。
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