序 あたしの夢
令和になって、もう久しいですね。
ロボットが一般家庭で掃除をしてくれることに、何の違和感も覚えない世の中になりました。
だけど、日々進歩を続けるロボット達を見ていて、つい思ってしまうのです。
なんか、思ってたのと違うんですけど。
このままだと二十二世紀に猫型ロボットは誕生しそうにありません。
それどころか宇宙世紀になっても、ティーンエイジャーが人型のロボットに乗り込むことはなさそうです。
希望があるとすれば、人と触れ合うことで学習するAIくらいのものでしょうか。
でも、そうなってくると、人間とAIの違いってなんなの?
命と電源、心とプログラム、体と機械の境目ってどこにあるの?
そんな疑問から、幽霊をロボットにくっつけたれ、というお話が生まれました。
ちなみに私の子供の頃の夢は小説家だったので、機械の類に精通した本格SFは書けません。
がんばって、どうにかライトノベルです。
気楽な気持ちで、最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
そして、目に留めていただいたのも何かの縁。
少しでも面白いと感じていただけたら、ブックマークと評価をお願いします。
時間を割いてもいいという方は、感想もいただけると、とても喜びます。
夢という言葉には二つの意味がある。
起きてみる夢と、寝てみる夢だ。
あたしの場合は、その二つが繋がっている。
小さい頃からずっと見続けてきた夢。
その夢の始まりはいつも同じ。
鼻をつく油と、汗のにおい。
肌に感じるのは部屋にこもった熱気。
聞こえてくるのは金属がこすれ、軋む音。
不快なはずなのに、落ち着いてしまうこの感覚たちは、きっと脳の深いところに刻まれているのだと思う。
鵜飼考一。
あたしたちのじいちゃんはいつも、たくさんの機械に囲まれたガレージに居た。
あたしたちのお父さんとお母さんは、仕事の都合で遠いところ行かなければいけないことが多い人たちだった。
そのぶんだけ一緒にいる時間は大切にしてもらったのは間違いないけど、やっぱり子連れで色々な場所を転々とすることは難しかったらしい。
あたしたちはよく、じいちゃんの家に預けられていた。
あたしたち。
この場合は、あたしと双子のお姉ちゃんのこと。
お姉ちゃんとあたしはよく、じいちゃんが怪しい実験をしていたガレージに遊びに行った。
昼も夜もガレージに入り浸り、ご飯はお腹が空いていると気づいた時に食べる。
ずーっと黙って手を動かしているかと思えば、一日中硬いコンクリートの床でいびきをかいて寝ていることもある。
孫のあたしがいうのもなんだけど、じいちゃんは変人だった。
そんなじいちゃんが夢中になって作っていたもの。
それは一体のロボットだった。
夢とロマンと野望が詰まった、人型のロボットだ。
「いいか、チビども。じいちゃんが作ってるこいつは、それはそれはすげえ力をもってんだぜ」
これはじいちゃんが自分の作ったロボットを自慢する時の決まり文句だ。
「まず、こいつは時速百キロで走れちまう。速いだけじゃなくてパワーもすげえ。十トントラックと相撲しても、まあ負けねえだろうな。パンチはでっけえ岩だって砕くし、指先も人間みたいに器用に動かせる。おまけにボディは頑丈だ。たとえ鉄砲の弾が当たったってビクともしねえ。な、すげえだろ、おい!」
そんなことを四歳かそこらの女の子に言ったってピンとくるはずもない。
だけど、あたしも、お姉ちゃんも、じいちゃんが目をギラギラさせて作っているそのロボットのすごさは何となく感じることができていた。
ガレージの中で鈍く光る無骨なそいつを、あたしはいつからか格好いいと思うようになった。
「ねー、じいちゃん、そのロボットいつになったら動くの?」
早くその雄姿を見たい。
そんな期待と、幼さと、じれったさを込めたあたしの問いに、
「あん? いつになっても動かねえよ」
じいちゃんは、にいっと不敵な笑顔を浮かべて答えた。
「えー、なんでー? もうほとんどできてるのにー」
「こいつにはな、心と脳みそがねえんだよ。体は最高なんだが、動かす頭が足りねえのさ」
「じゃあ、先に作ればいいのに」
「ま、それはじいちゃんが生きてる間にゃ無理だろな」
「なんでぇ? じいちゃん、てんさいかがくしゃなんでしょ?」
「天才も時間には勝てねえのよ。仕方ねえから、じいちゃんは託すことにした」
「……たくすってなに?」
「あー、あれだ、誰かが作ってくれるのを信じて待つってことさ」
「ふぅん」
その時、じいちゃんはどこか遠くを見るように目を細めていた。
未来に希望を持っていたのか。
それとも自分には不可能だと悟って、悔しかったのか。
今となっては確かめようがない。
だけど、あたしはその時、確かに言った。
胸の中から湧き上がった何かが、言葉になって飛び出したのだ。
「じゃあ、あたしね! このロボットをもっと、もっとすごくするよ! いっぱい勉強して、じいちゃんを手伝うんだあ」
ガレージに響き渡るような大声で、あたしはそう宣言したのだ。
そして、何かを感じたのはお姉ちゃんも同じだったらしい。
それまでの沈黙を破るように、小さく、それでいてはっきりと呟いた。
「わたしは、このロボットの心を作りたい」
お姉ちゃんがそういった瞬間、あたしはしまったと思った。
多分、そっちの方が大切なことだ。
お姉ちゃんが言っていることの方が正解だ。
また、お姉ちゃんには勝てなかった。
そんな気持ちにさせられるのは、それからの人生の常になるわけだけど。
それはまあ、置いといて。
あたしたちの言葉に、じいちゃんは顔がしわしわになるほど目を細めて笑った。
「さすがは俺の孫だな。技術者ってのはロマンがないといけねえ」
「知ってるー、栗のことでしょ?」
「そりゃマロンだ。お前、わざとだろ」
「えへへ、ばれたぁ」
油まみれの手であたしたちの頭を撫でてくれたじいちゃん。
ちょっとばっちくて、変なにおいもした。
だけど、その時のことを思い出すたびに、あたしの胸は温かくなる。
「お前らも、でっけえ夢を持ったべっぴんさんになれよー」
じいちゃんの手が動くたびに、視界が揺れる。
お姉ちゃんはされるがまま、無表情で撫でられていた。
それが可笑しくて、あたしは吹き出してしまうのだ。
ああ、これで寝てみる夢はおしまい。
最後は、じいちゃんの言葉で締めくくられる。
「このロボットの名前はな、アホウドリっていうんだぜ」
「アホー? ださー」
「かっこ悪いが、いい名前なんだよ。アホウドリってのは、漢字で書くとな……」
寝てみる夢の終わりはいつだって、唐突だ。
瞼を開けると、視界が揺れていた。
腕時計を見ると、過ぎていた時間はほんの十分ほど。
優しくて、温かい時間が、もっと長かった気がするのは、脳が生み出した錯覚に過ぎない。
「信天翁と書いて、アホウドリ……空を信じるおじいさん、か」
あたしたちが十歳になった年の冬に、じいちゃんは死んだ。
心不全だったのだそうだ。
最後の最後まで、あのガレージで作業していて。
生涯をかけた自信作に寄りかかるように事切れていたらしい。
本当に、変な人だった。
だけど、あたしはじいちゃんが大好きだった。
「ほんと、いい名前をもらったよね。あんた」
あたしは、自分の目の前で鈍く光るシルエットに笑いかける。
このコは、あたしが起きてみる夢の続き。
あれから長い年月を経て、どれだけ賢くなっても、知識を増やしても変わらない約束の形。
寝ても覚めても見続けている、あたしの夢の原点だ。
序、と銘打ってある通り、この時点で主人公は出てきません。
詐欺じゃないです。
幽霊は次の話から登場いたします。
この章のモノローグはメインヒロインのものなのですが、一人称は「あたし」
話を先に進めるにつれて「あれ、こいつの一人称、私とあたし、どっちだっけ? いや、カタカナでアタシだったか?」となる恐れがあります。
思い入れのあるキャラでもこうなるのですから、もっとちょいキャラの一人称とかどうなるんだろうかと不安になります。