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孤狼戦迅 レイジングウルフ 外伝 ~悪の女幹部の一生~

作者: 8D

 本編はありません。

 

 私の名前は、宵河(よいかわ) めぐる。

 悪の組織に勤める事務方の幹部である。


 一般的に悪の女幹部と呼ばれる立ち位置だ。


 所属組織はグラトニー・フェンリル。

 悪の組織業界の中では、昨今珍しく世界征服を目標に掲げている昔かたぎの悪の組織である。


 昔かたぎすぎて、職場としては若干ブラックなのは目を瞑る。

 そもそも、法に触れる事を生業とする組織なので労基など守るわけがない。


 仕事内容は基本的に各地の武力制圧である。

 具体的に例を挙げれば、発電所などのインフラ施設を物理的に押さえるなど。

 抵抗勢力を減らすために、警察署を襲った事もある。


 最近では幼稚園バスを襲った事もあったが。

 これは政府高官の孫がその幼稚園に通っており、その身柄を押さえてしまおうという理由があったからである。


 まぁ、失敗したのだが。


 それもこれも、特定の個人から業務妨害を受けているためである。


 妨害しているのは、レイジングウルフというソロのヒーローだ。


 ヒーローとは俗称で、実際は特定犯罪取締法の下で特別に認可を受けた民間の治安維持組織に属する人員を指す。


 基本的に、悪の組織関連の事件を扱うエキスパートとして収益を得ているのだが。

 このレイジングウルフは収益なしのボランティアでヒーロー活動を行っているようだ。


 金にもならんのに散々邪魔しやがって!

 そんなに元気が有り余っているなら、こっちに就職しやがれ!

 と腹立たしく思っていたのだが、今日ついにその邪魔者の撃退に成功した。


 結局、逃がしてしまったけれど……。


 その祝賀会として、私は現場に出ていた部下と一緒に居酒屋で宴会を開いていた。


「バスターストーム様バンザイ! Foo〜!」


 部下の一人がそう言って私に賛美を贈る。


 ちなみに、バスターストームは私のコードネームである。


 彼だけでなく、みんな普段よりテンションが高い。


 それも、今まで邪魔してきていたレイジングウルフを初めて撃退できたのだから仕方のない事かもしれない。


 今回の業務で、例によってレイジングウルフがしゃしゃり出てきたのだが、あまりにも業務妨害をされるので私が直接出る事にしたのだ。


 普段は管理職に従事し裏方に徹している私だが、これでも組織一番の武闘派だと自負している。


 そして、一対一で完封した。


「バスト様! からあげ食べますか!」

「その略し方やめてね」

「はーい、すみませーん」


 酔っ払った部下に絡まれた。

 普段、真面目できっちりしている子なのだが、たまった鬱憤と酔いでちょっとタガが外れているのだろう。


 後日、謝ってきたら私も酔ってて憶えていない事にしよう。


「バスト様最強で最高!」

「よっ! ムチムチボンテージ!」

「胸に謎ジッパー!」


 実はみんな、私の事馬鹿にしてない?


 普段なら私も一緒に酔っ払って騒ぐのだが、今日はどうにもそんな気分になれない。


「ちょっと今日は疲れたから、先に帰るよ。ここにお金置いておくから、これで支払ってね」

「あざーす!」

「ごちでーす!」


 そうして店を出た。


「めぐるさん」


 そうすると、すぐに声をかけられた。

 見ると、店から部下の一人が追いかけてきていた。


「ライジングドラゴン」

「コードネームはやめてほしいッス」


 衆目のある場所で呼ぶのはマナー違反である。

 悩み事のせいでうっかりしすぎていた。


「何? 美春ちゃん」


 私は改めて名前を呼ぶ。


「あの……ちょっとお話しないっスか?」


 その誘いを受けて、私は別の飲み屋へ一緒に向かった。


 飲み屋は、先ほどまでの居酒屋ではなくバーカウンターのあるおしゃれな店だ。

 カウンター席に二人で隣り合って腰掛け、それぞれモスコミュールとオレンジジュースを注文する。


 美春ちゃんは私直属の部下で、副官のような事をしている子だ。

 私の代わりに現場に出て、監督してくれている。


 子供の頃から知っているのもあって、娘のように思っている。

 何かと慕ってくれる、可愛らしい子だ。


 一口モスコミュールを飲んでから、美春ちゃんに声をかける。


「それで、話って?」

「あの、何かあったのかなって……」

「どうして?」

「なんか、元気ないじゃないスか。めぐるさん」


 気付かれていたか。


「あなたこそ、怪我は大丈夫?」

「え、はい。だいぶよくなったっス」


 怪我というのは、前の戦いでレイジングウルフに負わされたものだ。


 それまで美春ちゃんは、組織内でレイジングウルフと対等に戦える戦力だった。

 けれど、その美春ちゃんが前の戦いで負け、大怪我を負わされたのだ。


 正直に言えば、今日私がレイジングウルフに戦いを挑んだのはそれに怒った事が原因だ。

 本来は管理職の私だが、スケジュールを調整して無理やり現場に出張ったのである。


 結果として直接張り倒せたので溜飲は下がったのだが……。

 そのせいでまた新たな問題が浮き上がってしまった。


「はぁ……」

「本当に何があったんス?」


 思わず出てしまったため息で、美春ちゃんが心配そうに訊ねてくる。


 話してしまっていいのか、少し悩む。

 逡巡を経て、結局話す事にした。


「今日、レイジングウルフを倒したじゃない?」

「ボッコボコだったっスね! ヘルメットも砕けちまって」

「そうなのよ。その時に顔が見えちゃったのよ」

「あ、もしかして知り合いだったんスか?」


 私は頷いた。

 そう、知り合いだった。

 何年も顔を合わせていないけれど……。


「……元彼、とか?」


 美春ちゃんが聞き難そうにしながらも訊ねてくる。


「息子だった……」

「は……?」

「息子だった」


 訊き返す美春ちゃんに、もう一度答えた。


「え、えぇ、それは……そうなんスか」

「そうなの」


 息子とは、二十年近く会っていない。

 接触も避けてきたから、今は何をしているのかも知らなかった。


 ヒーローなんて、なりたい気持ちがあってもそうそうなれるものではない。

 だから息子がヒーローになっているなんて、思いもしなかった。

 まぁでも私の息子なのだから、身体能力が高いのも納得はできる。


「お子さん、いたんスね」

「ええ。もう二十年近く会っていないけれど」

「どうしてっスか?」


 どうして、か……。


「そうね。あなたには、話してもいいかもしれないわね。内緒にほしいけど」

「絶対、誰にも言わないっス」


 美春ちゃんは意気込んで答える。

 それを聞いて私も頷いた。

 話し始める。


「実は私、人間じゃないの」

「え?」

「ある悪の組織に造られた人造人間」


 言うと、美春ちゃんは唖然としていた。


 そう私は人造人間だ。

 戦闘能力に特化するよう、遺伝子をいじられて作られたのが私である。


 だから、私には戸籍がない。

 実の所、バスターストームどころか、宵河 めぐるも本名ではない。

 宵河 めぐるは、夫が私のためにつけてくれた名前だ。


 私の正式名称は、Z22‐H03である。


「ああ、道理で……」

「どういう意味?」

「全然、歳とらないから……。凄い美魔女だと思ってたっス」

「ありがとう。で、その組織がヒーローに潰されて、路頭に迷っていた所で拾ってくれたのが夫だったの」

「あ、一応、旦那さんはいたんスね」


 まぁ、息子も同じ境遇というわけではない。

 あの子はちゃんと生物らしく産まれている。


「ええ。でも、あの子がもうすぐ産まれるって時に、夫が死んでしまったわ」

「えっ……」


 あの頃の事、思い出したくないな……。

 淡々と、事実だけを述べるようにする。


「それから、息子が産まれるまで夫の貯金で生活して……。産まれてから、夫の両親に子供を預けて仕事するようになったの。その時に見つけたのが今の仕事」


 戸籍もない私は、まともな仕事に就けなかった。

 ヒーローの会社なら私の無駄にある戦闘力も役に立つかと思って面接は受けたが、コンプライアンス的にお断りされた。


 悪の組織出身者は、スパイである可能性を考慮して雇わないようにしているらしかった。


 で、結局は悪の組織以外に雇ってくれる所はなかった。

 低賃金の最下級戦闘員として雇ってもらったのだが、そこから実績を積んで徐々に昇進し、今の地位にいる。


「そうだったんスか……。でも、どうして子供を手放す事になったんス? もしかして、捨てたんスか?」


 美春ちゃんは探るような視線を向けながら、私を見て問いかけた。

 少し、怯えているようにも見える。


 どうして、か……。


「あの子の夢がヒーローになる事だったから、かな」

「どういう事っスか?」


 あれはあの子が三歳くらいの時だった。


 あの子はヒーローに憧れていて、将来はヒーローになりたいと言っていた。

 もし、そうなったら?


 その考えに至り、私は気付いてしまった。


 所詮は子供の頃の夢。

 その夢をずっと持ち続けるとは限らない。


 だから、私のせいでヒーローになれないのではないか、とかそんな事を考えたわけではない。

 そんな限定的な心配ではなく、もっと常識的な範囲の話だ。


 ヒーローに限らず、私の素性が将来的に足かせとなるんじゃないかと思ってしまった。


 息子が大人になって、持っている夢が変わっていたとして、どんな夢でも私が邪魔になるかもしれない。


 そう思うと、私は息子の側に居ない方がいい気がした。


「悪の組織で働いている母親なんて、子供にとってマイナスにしかならないから」


 実際、学歴が良くても家族が悪の組織に関連のある人間だったとバレて、内定が取り消されるという事例もあるそうだ。


 美春ちゃんも納得してくれたようで、ああと小さく声を漏らした。


「それから義両親に息子を預けて、私は接触を絶ったの」


 接点と言えば、養育費の送金ぐらいである。

 本当は入金先から足がつくのも怖いのだが、流石に全てを義両親任せとするのは道理に反するだろう。


 だから、息子の近況も知らなかった。


「とまぁ、そういう事情。捨てたわけじゃないし、今も愛情はある。だから、これからも戦っていかなくちゃいけないと思うと、どうも、ね……。まぁ、もう現場に出るつもりはないんだけど」

「そう、っスね……」

「内緒にしてね」


 言うと、三春ちゃんは黙って頷いた。


 本当なら、組織の人間には言いたくなかった。

 今話したのは、相手が美春ちゃんだからだ。


 それから、しばらくお互いに口を開かなかった。


「あの、めぐるさん」


 すると、固い声色で美春ちゃんは私を呼ぶ。


「めぐるさんが胸の内をさらしてくれたから、私も胸の内をさらしたいと思うっス」

「別にいいのに」

「いや、聞いてほしいっス。私の、素性の話っス」


 私は少し驚いた。


「素性って……何も憶えていないんじゃないの?」

「すいません。実は、嘘を吐いてたっス」


 私が美春と出会ったのは、彼女が本当に小さかった頃の事だ。


 当時、住んでいたマンションの廊下で、彼女は蹲っていた。

 全体的に汚れていて、ストリートチルドレンのように見えた。


 関わらない方がいいんじゃないかとも思った。

 でも、子供を手放したばかりだった事もあって、放っておけなかったのだ。


 私は美春ちゃんを家に上げ、お風呂に入れて食事を用意した。

 事情を聞くと、名前以外は何も憶えていないという。


 そして私は、美春ちゃんを引き取る事にした。


 でも、その何も憶えていないというのは嘘だったらしい。


「私は、ヒーローの娘なんス」


 私は一度、美春ちゃんを見た。

 美春ちゃんはこちらに視線を返さないまま、語り始める。


「私を産んだ人は、チームヒーローのピンポジだったんス」


 ピンポジ、とは。

 ヒーローには、チームを組む者もいる。

 例外もあるが、チーム内のコードネームは色を基準とする者が多く、その中でもピンクを冠したコードネームの者はピンクポジションという俗称を得ている。

 ピンポジはその略称だ。


 ピンポジは主に女性が担当する事が多いので、母親だろう。

 ……父親だったらちょっと面白いなと思うけど。


「お父さんは?」

「同じチームの黄ポジだったらしいっス。でも物心ついた頃にはいなかったっス」

「そうなの」


 何があったかわからないけど、複雑な理由がありそう。

 それにしても、美春ちゃんはヒーローのサラブレッドだったのか。

 道理で強いはずだ。


「正直言って、まともに育ててもらった覚えはないっス。でも、まだ最初は家にも帰ってきたんス。それが、いつからか帰ってこなくなって……」

「それは、どうして?」

「あの人今、別のチームの赤ポジと結婚してるらしいっス。だから、私が邪魔になったんじゃないかと思うっス」

「そう……」


 申し訳ないのだが……。


 前夫と喧嘩別れして、あてつけに親権を取ったはいいけれど、面倒になってネグレクト。

 別の男性と付き合う時に邪魔になって捨てた。


 という事情が勝手に脳内で構築された。

 実際はどうなのかわからないけれど。


「それで何日も一人で暮らしてたんス。でも、冷蔵庫の中身はなくなって、水も電気も止められて……。どうしようもなくなって外へ出たんス。それで……あとはめぐるさんの知ってる通りっス」


 思いがけず、壮絶な過去だった。

 それに対して、私は何を言ってあげればいいのかわからなくなっていた。


 そう、とだけ答え、それから続く言葉が出ない。


 ちらりと美春ちゃんをうかがう。

 すると、美春ちゃんは両手を組んで俯き、かすかに震えていた。


「どうしたの? 体調でも悪い?」


 心配して声をかけると、美春ちゃんの思いつめた表情が和らいだ。


「違うんス。ただ、怖かったんス。この事を話すのが……」

「どうして?」

「だって、ヒーローの娘なんて、組織からすれば裏切り者みたいなものじゃないっスか。だからそれを知った時に、めぐるさんがどう思うのか……。嫌われるんじゃないかって思うと怖かったっス」


 ああ、そんな事か……。

 もっともな話かもしれないけれど、美春ちゃんの事はよくわかっている。

 それに、もし本当に美春ちゃんが裏切っていたとしても、私は恨めない気がする。


 それくらいには、私は美春ちゃんが好きだった。


「めぐるさんなら解ってくれる。そう思ってるっス。でも、そう思ってても、もしかしたらって思うと怖かったっス」


 私は美春ちゃんの肩に手を置いて撫でる。


「大丈夫。大丈夫よ。何も怖がる事なんてないから」

「はい……」


 もしかしたら、ずっと気にしていたのかもしれないな。


「迷惑かもしれないっスけど。私、めぐるさんの事を母親だと思ってるっス。めぐるさんがいなかったら、親って言葉に良いイメージ持てなかったと思うっス」

「なんだか、そんなに持ち上げられると少し恥ずかしいな」


 私は小さく苦笑しながら答えた。


「大げさじゃないっスよ。それくらい、私にとってめぐるさんは大事な存在なんス」

「そう、私も美春ちゃんの事を娘みたいな子だと思っているわよ」


 答えると、美春ちゃんは気恥ずかしそうに笑った。

 私だって、少し気恥ずかしく思っていた。


 お互い、照れを隠すように笑いあいながら飲み物を飲んだ。


 美春ちゃんに母親みたいだと言われて、少しこそばゆいけれど嬉しいと素直に思えた。




 レイジングウルフ正体発覚事件から数ヶ月。

 あれから私が現場に出る事はなかった。


 息子だとわかれば、もう戦おうと思えなかった。

 何よりスケジュール調整しなければ現場に出られなかったのだから、無理に出ようとしなければ接点などない。


 レイジングウルフの被害が大きくなっていたので、上からは出てくれないかと言われているが今私が抱えている大量の仕事を代わりに誰がやるんだと突っぱねた。


 けれど、その後少しして美春ちゃんこと、ライジングドラゴンが怪我を治して現場復帰。

 レイジングウルフにリベンジを果たしたそうだ。


「なんか、すごく気合入ってましたよ」


 と、現場で一緒になった戦闘員の子から聞いた。


 その調子で何度か撃退に成功したのだが、レイジングウルフはその後謎のパワーアップを遂げたらしい。

 秘密特訓でもしたのだろうか?


 結果、美春ちゃんとは引き分けに持ち込まれるようになったらしい。


 それからも業務妨害は頻繁に続いた。


 美春ちゃんがそれを阻止できるとはいえ現場違いやシフトの問題もあって、完全に被害を防ぎきる事はできなかった。


 この辺りは、自分の意思だけで動けるボランティアの強みである。

 せめて、息子と互角の戦力を持った人材がもう一人いればどうにかなるかもしれないのだが、そんな人材は現在の組織にはいない。


 そしてある日の事。


 作戦中にレイジングウルフとかち合った美春ちゃんが、行方不明になった。


 現場は山奥。

 そこで土砂崩れにあい、両者とも巻き込まれてそのまま崖下へ転落したそうだ。


「ライジングドラゴン様は、私を助けようとして巻き込まれてしまったんです!」


 泣きながら話す戦闘員の子を宥めながら、報告を聞く。


 私も内心は気が気でなかったが、その気持ちをぐっと押さえ込んだ。


 すぐにでも現場へ向かいたかったが、抱えている仕事を片付けてスケジュールを調整するのに手間取った。

 結局、私が捜索に参加できたのは二日後の朝だった。


 とりあえず、土砂に埋もれていないか戦闘員達に捜索を命じて、私は遭難している場合を考え山中の探索を行う事にした。


 そして私は二人を発見した。


 川を見つけてそれに沿って探し歩いていると、二人も同じく川に沿って移動していた。


「見つけたぞ」


 声をかけると、二人が私の方へ振り返る。


 警戒する我が息子……と美春ちゃん。

 その対応に、あれ? と思う。


「お前は……!」

「バスターストーム様」


 息子は警戒を強めたが、美春ちゃんは警戒を緩めてくれた。

 けれど、なんとなく後ろめたそうに私から顔を逸らす。


「先に助けが来たのはお前だったようだな。休戦はここまでだ」

「……そうだな」


 答える美春ちゃんの様子からは、躊躇いと戸惑いが感じられた。


 ……なんか、あったな。

 この二人。


 直感的にそう思う。


 遭難して力を合わせている間に、仲良くなっちゃったか……。


 どうしたものかな……。


 繋がりが出来たのなら、いい機会なのかもしれないな。

 美春ちゃんは私みたいに、生まれからして悪の組織出身ではない。

 むしろ、あの素性ならちゃんとした社会で生きていけるかもしれない。


 ……二回目、ね。


 私は二人に手を翳し、そこから光弾を発射した。

 二人のぎりぎり手前に着弾し、派手に弾け飛ぶ光弾。


 二人はそれを避けるように飛び退いた。


「はずしたか……」

「今の威力……二人まとめて攻撃しようとしたな! どういうつもりだ! 仲間なんだろう!」

「敵と通じる者など仲間ではないわ」


 え、と美春ちゃんは驚いた顔をする。


「それでも我が組織の戦士であるというのなら、身を挺してそいつの動きを封じろ」


 本当にそれをされると困るが……。


「そんな、でも……」


 美春ちゃんが動揺した様子を見せる。


 下手に考えを巡らせられる前に、勢いでどうにかした方が良さそうだ。


 私は当てないように、なおかつギリギリの場所を狙って光弾を発射した。


「やめろー!」


 息子がこちらに迫りながら、変身する。

 振るわれた拳を手で受け止めた。


 パ、パ、パ、パーンと連打を返す。


「うぅあ!」


 息子が成すすべなく倒れる。


「くっ、やはり勝てない……」

「逃げるっス! レイジングウルフ!」


 美春ちゃんが声を上げる。


 唸りながら、しばらく葛藤する様子を見せる息子。

 その様子をじっと見守る私。


 ……判断が遅い。

 本気でやってたらこの時点でアウトだよ。


 やがて、立ち上がって走り出した。


 そのまま美春ちゃんの手を取る。


「え、何で私まで!?」

「あいつはお前まで殺そうとしてるんだぞ!」


 そう言って、逃げようとする。

 でも、変な所へ向かわれてまた遭難されても困る。


「このまま下流に向かって行けば町に出られるだろうが、逃がしはしない!」


 と、さりげなく道を示しつつ、私は再び光弾を連射した。


 やがて二人の姿が見えなくなり、私は手を下ろした。

 ふぅ、と小さく息が漏れた。


 また子供を手放す事になるなんてね……。


 その後、私は美春ちゃんの母親を探して連絡を取り、これまでの美春ちゃんの生い立ちをネタに脅迫した。


 幸い、調べると権威のある立場だったので、美春ちゃんはこれまでの経歴をもみ消されてヒーローとして受け入れてもらえる事になった。


 これからは真っ当な道を歩いて、幸せになってくれるといいな。




 美春ちゃんからの連絡は何度かあった。

 でも、私はそれを全て無視した。


 彼女自身は、なんとなく私の意図に気付いていたと思うんだ。

 私も、二度も親に捨てられたと、彼女に苦しんでほしいとは思えなかった。

 だから、意図に気付いてもらえたならそれはいい。


 でも、繋がりは絶つべきだ。

 悪の組織の幹部なんて、面識を持って良い事なんてないんだから。


 やがて、連絡が来る事もなくなった。


 それからも、息子とうちの組織との戦いは続いた。

 戦力差から形勢は不利になっていったが、私が現場に出る事はそれ以来なかった。


 業績も目に見えて下がっていき、うちの組織は程なくして立ち行かなくなってしまった。


 現場に出てくれと何度も頼まれたが、私はこれを頑なに拒否。


 組織の方針で現場に強い人材を集めた職場であったため、私が担っていた事務仕事や管理仕事を引き継げる人間がいなかった。


 ほぼ、私のワンオペ体制だったので、私が抜けたら誰がこの仕事するんじゃい? と返せば強く出られる事はなかった。


 結果、グラトニー・フェンリルは壊滅した。


 晴れて、この世界からまた一つ悪の組織がなくなったのである。


 壊滅してから半年。

 私は組織寮(社員寮)から分譲マンションへ引っ越し、そこで暮らしていた。


 使う機会がなかったのでお給金はほとんど貯蓄として残っており、一財産できていた。

 多分、一生働かなくてもいいくらいだ。


 けれど、人との関わりがなくなって寂しくなった。

 寂しさを紛らわせるためにお猫様を飼おうか、もしくはまた別の悪の組織へ就職しようか、などと考えていた頃である。


 美春ちゃんから電話がかかってきた。

 少し躊躇いつつ、その電話を取る。


「お久しぶりっス。めぐるさん」

「久しぶり。あの時はごめんなさい」

「いえ、めぐるさんがあんな事するわけないってすぐにわかったんで」


 美春ちゃんは快活な声色で答えた。


「グラトニー・フェンリル、壊滅しちゃいましたね」

「そうね」

「だから、もう会いに行ってもいいっスよね」

「それは……」


 正直に言えば会いたいけれど、私の経歴は今も真っ黒だ。

 相手を思えば会うべきじゃない。


「組織も壊滅したし大丈夫っスよ」


 私の不安を見越して、美春ちゃんは言う。


「……そうね。じゃあ、少しだけ会いましょうか」


 孤独に負け、私はそう答えていた。

 美春ちゃんが遊びに来る事になり、現在の住所を教える。


 そうして待っていたのだが……。

 美春ちゃんは一人ではなかった。


 なんと、息子も一緒だったのである。


 とりあえず家に入れたわけだが、息子は私を見るなり「おまえは……!」と警戒した。


「この人が私のお母さんっス」


 そんな様子を無視して、美春ちゃんは明るい声で紹介する。

 息子は呆気に取られていたが、私も争うつもりはない。


「初めまして。宵河 めぐると申します」

「宵河? 俺と同じ苗字だ」

「珍しい事もありますね」


 私が笑いかけると、息子も警戒を解いた。


「そういえば、真っ先に駆けつけたのはあんただったな」


 息子はそんな事を呟く。


「私達は初対面ですよ」

「……そうだな。わかった」


 美春ちゃん、気を回して連れてきてくれたんだろうな。

 そう、思っていたのだが……。


「私達、結婚しましたっス」

「えっ……」


 驚いて言葉を失う。

 どうやら、一番の目的はその報告のためだったらしい。


「そうなの」

「そうっス。だから、二人揃ってお母さんの子供っスよ」


 美春ちゃんは照れた様子でそう告げた。


 そっか。

 そうなんだ。


 今後、どうしようかまだ決められない。

 でもまぁしばらくは、子供二人の近くにいるのも悪くない。

美春「半年後にはおばあちゃんっス」

めぐ「えっ……」


レイジングウルフ


 (あく)組織そしきグラトニー(ぐらとにー)フェンリル(ふぇんりる)たたか正義せいぎヒーロー(ひーろー)

 強力(きょうりょく)身体能力しんたいのうりょくでたくさんの戦闘員せんとういん相手あいてにしても一人ひとりたたかえる。


 パンチ力 3トン

 キック力 8トン


バスターストーム


 冷酷無比れいこくむひ(あく)女幹部(おんなかんぶ)

 知略ちりゃく駆使(くし)してレイジングウルフ(れいじんぐうるふ)()いつめる。


 パンチ力 10トン

 キック力 27トン

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