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ソメイヨシノが見た、人の夢

「工事の前だったから、抜かれてしまう桜の木の前まで歩けた。根元まで行って……思わず『あなたが儚ちゃんなの?』って……ボケ老人って思われるかもしれないけど、止まらなかった」

「…………でも、木が喋れる訳がない。どうやって証明を――」

「――それで、スマホの画面を向けて……私、あなたのファンなのよって、話しかけていたら……通知が来たの」

「通知……? 何の?」

「『染井 儚』ちゃんの、生放送の予告。最後の放送タイトルは――あなた、覚えている?」


 呆然と聞き手に回っていた男は、何とか思い出そうとした。

 たったの一回、自分が偶然発見した放送のタイトル。その一言一句を正確に頭に浮かべると、男は今度こそ信じるしか無くなった。


「――『私の根元に来てくれた人へ』……まさか。まさか、あの最後の放送は――」

「そう。そうなの。あれはみんなに向けた放送じゃなかった。私と儚ちゃんで、最後に……ネットを通して話をする放送だったの」


『桜の木の精』の設定に合わせたのではなく――いや合わせたように偽装して『自分の本体であり、正体でもある木の根元に来た老婆』と、話をするための放送だった……?

 タイミングを考えると、この老婆は受け入れるだろう。確かに諸々の要素が、偶然にしてはかみ合い過ぎている。完全に飲まれた男に、老婆は少し恥ずかしそうに、すべての顛末を話してくれた。


「放送が始まった後は……私は木の根元で座って、画面越しに儚ちゃんを見ながら、色々と質問していたの。なんで放送を始めたのかとか、楽しかった思い出とか……あの子、優しい子だったからねぇ。私がゆっくり話しているのに合わせて、あの子もゆっくり、言い聞かせるように答えてくれて……」


 放送の内容を、思い出す。

 確かにありきたりな受け答えをしていた。最後の放送にふさわしい内容だった。けれど……妙に会話のペースが遅かった、と感じた記憶がある。コメントを待っていたと勘ぐった記憶も。

 違ったのだ。待っていたのは『現実に根元にいる老婆の質問』だった。そりゃあコメント欄を見たって、答えが見つかる筈がない。

 ――男はもう、信じるしかなくなっていた。

 彼女に、染井 儚に感じていた無数の違和感。一つ一つは小さな物だったり、何かと理由をつけれたけれど、老婆の言う通りの状況があれば、確かに一本筋が通ってしまう。ボケた老人の戯言? 馬鹿な。なら、ネット上に残っている過去放送と、この証言の合致っぷりは何なのだ?

 考えれば考えるほど、彼女の正体を受け入れるしかない――そう考えていた男は、最後に残った一つの疑問を、老婆に対して提示する。


「待って、下さい。だとすれば……彼女の体は? Vとして活動していた肉体の出所はどこなのです?」

「ん……どうだろうねぇ。詳しい事は分からないけど、でもあの体と儚ちゃんの体は、繋がっていたんじゃないかな……」

「どういう事……?」


 老婆は、桜の木の枝をバックから取り出した。そうだ。最初工事現場に歩いてきた時にも、手に持っていた桜の木の枝だ。まさか――それが『染井 儚』の一部? じっと見つめる男へ、老婆が尋ねるのは放送についてだった。


「あの子が……儚ちゃんが最後、頭の枝を自分で折った所を、覚えているかい?」

「えぇ……最後のあの場面、随分と綺麗なアニメーションだと……」


 いや待て。男は思った。

 涙を流すイラストも、手で頭の枝を折るモーションも……『そもそもイラストではなかった』とすれば……最後に大量に差分を用意する必要がない。手間かコストをかけている……そう考えたあのシーンは、そもそも『染井 儚』にとって、大した手間ではなかったのだ。最後だから『普通のV配信者に偽装する意味を失ったから』だった……? あれは――本当に『自分の魂の分身か何かを、投影していた』と言うのか……?

 そして、あの動作と同時に、現実の桜の木にも影響が出ていたという。老婆は言った。


「あの後ね……私の手のひらに、桜の木の枝が落ちて来たの。画面の向こうの儚ちゃんが『持って行って』って……」

「…………あの発言は、あなたに向けたモノだったのですね。その後、桜の枝が消えてなくなりましたが……」

「私が受け取ったのと、同じ時だと思うよ。

でも、あぁ、本当にこれでお別れなんだって、悲しかったけど……でも間違いなく彼女はいたんだって。ここにいて、直接……直接なのかしらね? でも、ちゃんと話せたんだって思えて、うれしかった。その後は……工事が始まって……」


『染井 儚』はこの世を去った。言葉に出来ない思いを抱える老婆に、男は何も言葉をかけられなかった。

 妄言、と片付けることもできる。確かに老婆の目線からすれば、誤解するのも無理はない状況があった。けれど、遠目から誰かが老婆を見張っていて、腹話術のように操る事も、不可能ではないのでは? とも邪推する事も出来る。

 しかしたった一人の老婆に対して、こんな手の込んだ事をする理由は? もしすべて妄想や、誰かが陰で糸を引いているとするなら……一体『染井 儚』の本体はどこにいる?

それに――後から調べた男からしても、Vの界隈に対し知識があるからこそ、ありえなくもない可能性として、老婆の話を受け入れることは出来る。どんな理が働いたのかは知らないが、桜の木がネットワークに繋がり、匿名性を利用して人になる夢を見る事も――絶対にありえないことなのだろうか?


「あぁ、そうか」


 彼女の名前。『染井 儚』。染井はきっとソメイヨシノ。桜の木である自分の象徴。ならば儚の意味は? やっと彼女が、その名と文字を選んだ理由が分かった。

 儚いという漢字は、人の夢と書く。

 彼女は、人間の作ったネットワークを使って――『人になる夢』を見た『染井ヨシノ』だったのだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 発想がすごかったです。 インターネットの世界は若い人だけではないどころか、人だけとも限らない。 読んでいて視野が広がる感じがしました!
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