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デジタルの着ぐるみの中に

 突然の告白に脳が追い付かない。頭が真っ白になり、顔から血の気が引いていくのを感じる。「それはつまり――」と口にするのが精いっぱい。想起するのは最後の放送。そこで語る『染井そめい はかな』は、確かにこう言っていた。


『本当はもっと話したかった。もっと色々な事をしたかった』


 やむを得ぬ事情を匂わせていたが、男は『体のいい断り文句』としか考えていなかった。人が集められず、収益化に失敗し、モチベーションが保てないからやめるのだ。正面切ってファンには言えないから、上手い言い訳だった……勝手にそう判断していた。

 けれど……本当に『やむを得ない事情』が存在していたとしたら? 凍り付いた唇が、辛うじて質問を声に出す。


「彼女は……『染井 儚』の中身は、何か重い病を患っていたのですか?」

「どうだろうねぇ……でも、死んじゃった事は、確かだよ」

「死んだ……?」


 それが配信者をやめる理由か? いや待て、何かおかしい。直観的に感じた思いを、理性で抽出し絞り込んでいく。

 病気かは不明。けれど死んだ事は確か? そんな馬鹿な。病死でもないというのに、自らの死期を悟れる人間なんていない。エスパーだとでも?

 いや違う。そんな予知能力があったとしたら、あんな地味なジャンルで放送なんてしない。けど最後の放送は……間違いなく自らの最後を、覚悟したような物ではなかったか?

 頭がこんがらがる中で、老婆は悲しくも、声を潜めて男に聞く。


「あの子、最後の放送の前に『もう配信ができなくなってしまう』『みんなとはお別れしなきゃいけない』って切り出して……コメント欄も少し荒れていたけど、嘘とは思えなかった。寂しいと思ったけど……でも、私は諦めきれなかった」


 押しの配信者の引退発表。すぐには受け入れられず、諦めがつかない人間は少なくない。たとえチャンネル登録者が少数であろうと、別れを惜しむ人はいるのだ。


「だから私、色々と調べてみたのよ。そしたら電話番号が出てきたから、試しに連絡してみたら……近所の公園の事務所だったじゃない。それできっと、儚ちゃんが近くにいるんだって……何となくそう思ったの」


 ――男は、思い出す。老婆と同じように『染井 儚』を探して回った際、電話番号を発見した。試しにかけてみると、何故か吉野公園の事務所に繋がった。そしてその時、事務員が『以前にも『染井 儚』を探しているらしい』誰から連絡があったと言う。てっきりV企業のライバルと思っていたが、電話の主は彼女だった。


「その時、色々と事務所の人と話したけれど、もうすぐ公園で工事が始まるらしいって……」

「私たちが会ったあの場所ですね? あなたが行った時は、まだ工事前だった……でもその場所にいたんですね? 『染井 儚』が」

「そうだねぇ……あの子はずっと、あの場所にいたんだ。ずっと昔から……今まで、全然気が付かなかったけれど……」


 その言葉は、えも言わぬ情感を含んでいた。探し求めていた相手と会えた喜びを表現している……最初はそう思った。

 間違いではない。けれど老婆が出会ったのは――人ではなかったのだ。


「彼女のプロフィール、覚えているかい?」

「え? えぇと……確か『桜の木の精霊』で、ネットを通じて話をしている……ですよね?」

「それがもし本当だったら……信じるかい?」

「えーー?」


 何を言われたのか分からなかった。ぽかんと口を開けて、先ほどから混乱しっぱなしの頭を動かす。瞳を一度泳がせ、そして最後に老婆に目線を戻す。彼女にボケた様子はなく、眼差しは真摯なまま。彼女は『染井儚』の正体を語りだす。


「あの子は……儚ちゃんは『吉野公園に根を張る、一本の桜の木だった』んだよ」

「そんな馬鹿な……馬鹿な、馬鹿馬鹿しい。ありえない。あなたは何を言って……」

「――あの子ね。『工事で抜かれちゃう、一本の桜の木』だったの。だから……もう配信が出来なくなるって……」


 何を言っている? Vの体は着ぐるみで、中の人は絶対に人間のはず……『設定どおり』の存在なんている訳が……とまで考えて、今まで腑に落ちなかった部分が、頭の中でカチリとかみ合う音がした。


 病死でもないのに寿命を……死を悟れたのは『引っこ抜かれる桜の木』だからで――

 公園の事務所を連絡先にしたのも、非常識に思えたが『そもそも彼女は人間ですらない』『自分の電話番号を保持していない』から? さらに――『人でないが故に、人間的な欲望、閲覧者やチャンネル登録者などの数字を伸ばしたい』という衝動とも無縁で――『だから短歌や俳句と言った、渋いジャンルに手を出していた』のか? 人間よりはるかに長寿命な樹木だから?

 一気に背筋にぞわりとしたモノが走った。Vの中に、人間以外が混じっているなんて考えたことはない。いやそういう発想自体が、Vを集めて経営する会社に勤める男には、はなっから存在していない。


 けれど――Vの特性を知るからこそ『あり得るのか?』とも考えてしまう。

 バーチャル配信者の肉体は、イラストやCGで表現された着ぐるみだ。『中の人』に関係性は、一切ない。

 ならば――『人外が、人間のフリをして配信する事』に、一体何の不思議がある? 仮にそうした現象が起きたとして――生まれては消えていく配信者の中にいる『本物』を、どうして見つける事ができようか?

『そんな馬鹿な』と『あり得ないとは言い切れない』の板挟みに、男は完全に固まる。目線を迷わせる男に対して、老婆はそうと知らずとどめを刺した。

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