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業界のあれこれと、彼女の活動

 男は、バーチャル配信者を束ねる会社に属していた。

 Vに限らず、世はまさに大配信者時代。その荒波の中で、個人勢が生き残るのは容易ではない。試しに動画配信を行ったところで、無数あるコンテンツや先んじて投稿された作品群に埋もれ、再生数は3ケタに届かず、そのうち誰にも見向きもされない現実に押し潰され、人知れず消えていく。


 それを避けるための、有効な手段の一つとして……大きな事務所や配信者グループに属するという方法がある。要は「ただの無名の新人配信者」としてデビューするより「グループの新人配信者」として、スタートに立たせる訳だ。たったこれだけの事と侮るなかれ。すでにファンを囲っているグループであれば、それだけで初動での人の集まりが違うし、さらに先輩後輩で関係性が生まれ、コラボ動画や企画でファンの流入が期待できる。まぁ、企業の下につく以上、それなりの審査や制約、金の流動などは存在するが……完全なゼロスタートと比べて、圧倒的なアドバンテージがある。男はその加護を与えられる立場の人間だった。


染井そめい はかなの周辺……本人含めて何とか取り込めないか?)


 現れては消えていく配信者の中で、その質は何とも言い難い。準備不足で話が下手な奴から、話にならない炎上系の……ちょっと人格に問題がありそうな奴もいれば、なんでこの配信者が伸びないのか……という輩まで、玉石混交の有様だ。しかしやはり『このまま消えるには惜しい』と思わせる人間も、たまにいる。男が新人発掘を行う理由は、そうした埋もれている人間のスカウト狙いだ。


 個人として失敗したとしても、企業やグループの看板を貸し出せば伸びるかもしれない。そういう人間を探し出して、自分のV事務所に引き入れるのが男の役目。昨日発見した『染井 儚』というバーチャル配信者に、男は可能性を見出していた。

 引退配信こそしてしまったが、やめても数日の間ならコンタクトが取れる可能性がある。となればここから先はスピード勝負だ。企業も企業で、ライバルと生存競争に追われている立場である。使えそうな人材は早い者勝ちだ。他所に取られてしまう前に、自分が唾をつけておかねば。


「と、思ったんだけど……なんでこんなに情報が集まらないんだ……?」


 チャンネル登録を行い、配信者としてデビューしたのだから……話題になるなり、話題を作りに行くなりするだろう。一番手っ取り早いのはSNSだ。つぶやきで生存報告だったり、事前告知を行ったりと、何かと便利な機能が多い。連携もやりやすい筈だが、不思議な事に『染井 儚』は配信サイト以外にアカウントを持っている様子がない。なんたる愚行……とぼやきつつも、配信サイトに掲載されたプロフィールを男は読み込んだ。


 染井そめい はかな 年齢は107歳。完全におばあさんの年齢だが、これは彼女が『ソメイヨシノの木の精霊』名乗っていることから、設定上の年齢だろう。木の根っこがたまたまネットの回線に接触したからか、そのままインターネットに接続できるようになったという。

 配信者としての活動期間は一年半と少し。配信頻度は毎日欠かさず。それでも人数が増えないのは、SNSの軽視と渋すぎる配信内容のせいだろうか? ゲーム配信は一切なし。主に雑談配信と称して、和歌や短歌、俳句の創作や視聴者との発表などを行っていたようだ。


「それは……生放送だと流行らないよなぁ……」


 あまりにも渋すぎるチョイス。個性的ではあるが、それは動画配信サイトでやるべきではない。ネットでやる以上、ネットで流行るであろうコンテンツでなければ、数字を伸ばすのは難しい。それに和歌や俳句、短歌に詩はSNSのつぶやきの方が勢いがあるだろう。桜の木の精霊としては、いかにも和なチョイスは、キャラクターとかみ合っているのだろうけど……活動場所を間違えたとしか思えなかった。


「逆に言えば……そのあたりを指導すれば、伸びる可能性はある。彼女なりにこだわりがあるのかもしれないけど……」


 申し訳ないが、和歌や短歌は配信外でやってもらおう。動画配信に生える内容へ誘導し、その手の呟きは自分のSNSで活動してもらう。意外とポエマーや和歌、短歌や詩は呟き系SNSでやっている奴は多い。腕前の方は良くわからないが、細々ととはいえ、一年半の活動を考えれば、全くの素人ではないだろう。

 ――数字が取れない状態で配信を続ける奴は、本気で好きでやっているか、自分のこだわりやら意地やらで、伸びない数字に心を焼かれながら活動する奴だ。技術やスキル云々ではなく、根性で見れば合格といえよう。

 それに……あの滑らかに動くアニメーション技術は特筆に値する。彼女個人がイラストを描いたのか、それとも提供元がいるのか……何にせよまずは『染井 儚』とコンタクトを取るところから始めよう。

 男は企業の権限などを駆使し、『染井 儚』の登録された電話番号を発見する。何とか繋がってくれ、と祈るような気持ちでダイヤルを回し、複数のコール音の後に声が聞こえた。


「はい、こちら吉野公園事務所ですが――」

「……は?」

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