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1. 転生舞姫、堕ちた勇者と再会する(前編)

「リコット・フレーア! お前がいかに愛しいアンネを虐めていたか、このオレが知らないなどとは思うなよ。いくら公爵令嬢だろうと、こんな女が国母になるなど有り得ん。オレは今この時をもって、お前との婚約を破棄するっ!! 金輪際オレの前に顔を見せるな!!!」


 ここはマリヴィエラ王国の誇る学び舎、王立学園の卒業記念パーティー。

 三年間の教育課程を無事に修了したことを祝うきらびやかな宴の席は、一人の女生徒に向けてびしりと指を突きつけて叫んだ王太子の宣言で、一気に混乱のるつぼと化した。

 宣言――そう、突然の婚約破棄宣言である。

 私は口角泡を飛ばす勢いで断罪する王太子の姿を、冷静さと高揚が入り混じった複雑な思いで見つめる。

 ……いや、本当はもっと取り乱すなり毅然と反論したりするなりしたほうが良いのだろうけれど。

 なにせ、私はこの騒動の主役。婚約破棄を突きつけられたフレーア公爵令嬢にして王太子の婚約者である「リコット」とは、他でもない私のことなのだから。


「おい、リコット! 聞いているのか!!」

「ああ、はい。聞いておりますよ?」


 反応を返さない私にしびれを切らし、王太子が苛立たしげに私の名を呼ぶ。傍らに、彼が愛しいと公言してはばからない男爵令嬢・アンネをべったりと侍らせながら。

 それは曲がりなりにも婚約者の座にある人間と話をするような態度ではないのではないかしらと嘆息しつつ、私はしみじみと思った。

 ――婚約が結ばれてから、苦節十年。ついに私の「宿願」が成就される日が来たのだなあ、と。


 ここまで聞けば分かるだろう。

 そうなのだ。私は王太子なんか愛していないし、彼との結婚もまっぴらごめんなのだ。

 さっさと婚約破棄してほしいし、外国の地でやりたいこともあるので国外追放だってどんと来いである。

 王太子との婚約が成立した五歳のときから、それを願ってこれまで生きてきた。

 つまり、どんなに理不尽な理由であっても王太子の発言自体は大歓迎。だから私は真正面から王太子に向き合うと、しっかりとした声音で応じた。


「天に誓っていじめはしておりません。ですが、殿下のご意思は分かりました。臣リコット、婚約破棄のご命令を謹んでお受けいたします」


 心の中では全力で快哉の声をあげているが、さすがにそれを表に出すのは場違いすぎる。婚約破棄された令嬢らしい態度を取り繕わねばと、私は粛々と礼の姿勢を取った。

 そんな私に、王太子は訳知り顔でうんうんと頷く。


「ふん! 嫌だと泣いて縋っても、オレはお前を妃にはしな……えっ?」


 どうやら、この人は私が自分の妃の座に執着すると思っていたらしい。

 どこからそんな自信が来るのか皆目見当がつかないが、向こうがうろたえている間にもう一つちゃっちゃと確認を済ませてしまおうと私は王太子にぐいっと近づく。


「殿下、『金輪際オレの前に顔を見せるな』とは国外追放のご命令と受け止めてよろしいですか?」

「う、うん?」

「なるほど。ご肯定の意、しかと承りました。では婚約破棄と国外追放のご命令を賜りました私は、これにて御前を失礼いたします」

「あ、いや、違っ……!」


 彼の「うん」が肯定ではなく戸惑いの声だったであろうことは理解しているが、反論の余地を与えずに強引に話を押し切る。

 ここは「王太子殿下が私に婚約破棄及び国外追放の命令を下した」という事実を作り出すことが重要なのだ。

 臣下の側から王家と結んだ婚約を反故にしたり、勝手に国から出ていったりすれば、反逆的な行動だと受け止められかねない。

 だから、ここは意地でも王家からの命令に従ったという体裁が必要だった。


 私は優雅に一礼すると、ひらりと身を翻してパーティー会場から立ち去る。

 出入り口の扉が閉まる刹那、慌てて何事かを叫ぶ王太子の声が聞こえてきたような気もするが、もう関係のないことだと完全に無視した。


「ああ! これで、私は自由に動けるようになったのね。これで、私は宿願を――『復讐』を果たしに行けるんだわ……!!」


 歓喜とともにぽつりと呟いた声が、夜の静寂に溶けて消える。

 ――リコット・フレーア、十五歳。

 この婚約破棄劇をもって、私は生まれてからずっと暮らしてきたマリヴィエラ王国から忽然と姿を消した。


***


 がたんごとんと揺れる馬車の中に、十数名の少女たちがすし詰め状態で乗っている。そのうちの一人が、私だ。

 あの婚約破棄から半月ほど。今の私は、飛竜大国へと向かう踊り子たちの一座に紛れ込んで旅をしている。


「この一座に巡り会えたのは幸いだったわね。だって、私の目的地は他でもない飛竜大国だったのだから」


 飛竜大国――それは、私が生まれ育ったマリヴィエラ王国からはるか東に位置する大国である。

 当然、これまでの人生では行ったことも見たこともない場所だ。

 ……なぜそんな場所を目指しているかって?

 理由は簡単。そこに「復讐」を果たすべき私の仇敵がいるからだ。


「待っていなさい、朱雀(すざく)。今生では私が必ず私があなたを討ってやるんだから……!」


 ぐっと拳を握りしめ、決意を込めてその名を告げる。

 朱雀――それは、今の飛竜大国の皇帝の名前だ。

 一介の貴族令嬢リコット・フレーアとしては、彼には何の恨みもない。だって、恨みを抱く以前に彼に会ったことすらないのだから。

 私と朱雀に因縁があるのは、過去――正確に言えば、「前世」の話なのである。


「前世の記憶から復讐を志しているなんて知られたら、人は私を狂人と呼ぶのかしら?」


 しかし、これが紛れもない事実なのだから仕方ない。

 信じられないかもしれないが、前世、私は「魔王」と呼ばれる存在だった。

 魔界を統べる覇者として魔物や魔人たちを率い、人間の時間に換算すれば三百年ほどは王の座に君臨していたと思う。

 だが、長く続いた栄華の時代は今から十五年ほど前、一人の男の手によって突如終わりを告げることになった。

 それが朱雀だ。当時の彼はわずか十四才の少年。飛竜大国の第二皇子であり、そして「勇者」と呼ばれる人間だった。

 私はこれまでに魔王討伐を果たすのだと気炎を上げて魔王城へとやって来た何百人もの「勇者」を名乗る人間たちを返り討ちにしていたけれど、それらは蓋を開けてみれば全て紛い物の聖剣を手に勇者を騙っていただけの取るに足らない人間だと判明した。

 しかし、朱雀は違った。彼は真に聖剣の使い手であり、本物の勇者だったのだ。

 彼の強さは段違いで、圧倒的だった。

 必死に戦ったものの最終的には彼の持つ聖剣で胸を深く貫かれ、私はあえなく絶命したのである。

 それから間もなくして、何の因果か私はマリヴィエラ王国に君臨する三大公爵家の一角・フレーア公爵家の令嬢としてこの世に生まれ直した。

 私が魔王として生きた記憶を取り戻したのは五歳の頃だ。それからずっと、私は勇者への復讐心を胸に抱いて生きてきて、今に至るのである。


「何の因果か、私は魔王から人間の令嬢に転生してしまった。でも、私を殺してくれたあの男への恨みを忘れたことはないわ。必ず雪辱を果たしてみせるんだから……」


 そんなことを考えているうちに、馬車はいつの間にか飛竜大国の皇都に入っていたらしい。車窓から身を乗り出すようにして外を覗いた少女が、わあわあとはしゃいだ声をあげている。

 それに誘われるように私も外の景色を眺めてみて……思わず、ぽかんと口を開けてしまった。


「……すごい。飛竜大国のことは妃教育で知識としては学んでいたけれど、実際に見てみると想定以上だわ。なんて異国情緒に満ちた美しい景色なのかしら」


 マリヴィエラ王国の建物は白や灰色を基調にした石造りの家々がほとんどだが、飛竜大国は色とりどりの着色がなされた木造の家屋が中心である。そのため、まず街の色彩の鮮やかさが目に眩しい。

 そして、街中にはたくさんの人が溢れていて非常に活気に満ちているのだが、彼らが身にまとうのが漢服で、圧倒的大多数が黒髪黒目だというのも、ドレスと様々な色合いの髪と瞳の人間ばかりの世界で生きてきた私には新鮮だ。

 目に映る光景の全てに密かに胸を躍らせていると、一軒の大きな屋敷の前でおもむろに馬車が停められた。

 目的地に着いたのかなと首を傾げていると、一座を率いる老婆ががたりと馬車の扉を開けて乗り込んでくる。

 老婆は少女たちをぐるりと見回し、尊大な態度でふんと鼻を鳴らした。


「よくお聞き。これからあんたたち踊り子を二つの集団に分けるよ。一方はこのお屋敷で降り、もう一方はまた別の場所まで行って踊るんだ。どちらの集団になるかはこれからあたしが指示してやるからね」


 そう言うなり、老婆は手近にいる少女から見聞し始めた。


「あんたはうちで一番の稼ぎ頭だ。ここで降りな」

「はい」

「あんたはまだ技術が足りない。馬車に残りな」

「は、はい」

「あんたは……あんたは……」


 そんなふうに次々と少女たちを区別していく老婆の様子を見て、何となく理解した。

 ここの屋敷に送られる踊り子たちは花形で、馬車に残っているのはそれに及ばないと判断された者なのだろうなと。


「次は……あんたか」


 老婆の声が間近で響き、私ははっと振り向く。

 数瞬こちらに値踏みの視線を送っていた老婆は、一つ頷くとびしりと指を突きつけてきた。


「あんたの踊りの腕は一級品で、だからこそうちで抱えてやったが……赤い髪と青い瞳の異国人では、今回の依頼主のお気に召さないだろう。馬車に残りな」

「分かりました」


 別にどちらが良いということはなかったこともあり、私は老婆の言葉に従順に応じる。

 老婆はそのまま全ての少女を見て降車組と残留組へ振り分けていき、半分の少女を引き連れて馬車を降りていった。

 残された少女たちを乗せ、再び馬車はがたごとと軽快に走り出す。


「いきなり二組に分けるなんて、どういうことなの? 今まで一度もこんなことはなかったのに。それに、踊りの上手い姐様たちがたくさん引き抜かれてしまって、ここにいるのは経験の浅い踊り子ばかりよ。……私たち、一体どうすれば良いの?」

「状況は分からないけれど、私たちは踊り子一座の一員。一座を率いる婆の言葉は絶対だわ。それに、婆だって何か考えがあるんでしょう。私たちは与えられた場で踊るだけよ」


 動揺の中でざわめく少女たちの声を、私はぼうっと聞き流す。私にとっては老婆の意図などどうでも良かったからだ。

 だって、私がこの一座にいるのは飛竜大国に来るための手段としてにすぎなかったから。

 その目的はすでに達成されたので、今後は適当なところで離脱して何らかの手段で皇帝・朱雀のいる場所、つまり皇宮に入り込むつもりでいる。

 もちろん今日の仕事くらいは飛竜大国まで連れてきてくれた恩義もあるのでしっかりとやるつもりだが、舞の披露の場がどこになるかには別に何の執着もなかった。

 執着がなかったからこそ……私は馬車がどこに向かっているのかを把握するのが一歩遅れてしまった。

 気付いたときには、なぜか周りの風景が一段ときらびやかなものになっていて、ぎょっと目をむく。


「待って、ここどこなの? やたらと豪華すぎない?」


 ぽつりとこぼれた独り言に、それを聞きとがめた少女が「何言ってるのよ、当たり前でしょう?」と呆れたように反応してくる。


「だってここ、皇宮だもの。皇帝のおわす場所がみすぼらしいわけがないでしょう」

「えっ、皇宮!? 本当に?」

「本当よ。忘れたの? あなた以外、この一座の踊り子は飛竜大国出身なの。自国の皇宮について嘘をついたりしないわ」

「ここが、皇宮……!」


 それはつまり、ここに私の仇敵が――朱雀がいるということだ。

 飛竜大国に来てすぐにここまでたどり着けるとは想定していなかったが、来られるならそれに越したことはない。

 私の中には、一気に燃えるような復讐心が湧き上がってきた。

 ……皇宮に踊り子が呼ばれたということは、何らかの宴があるということ。そして皇宮で宴が開かれるのに、皇宮の主たる皇帝が来ないわけはない。

 つまり、私は――。


「私は、今日これから皇帝・朱雀に会えるんだわ……!」


 いつもの私なら、優秀な踊り子ではない方が皇宮に遣わされたきな臭さに頭を悩ませたかもしれない。

 しかし、朱雀と再会できる可能性に気を取られていた私は、違和感に気がつくことなく皇宮の一角で馬車を降りたのだった。


***


 宮廷の楽団が奏でる音楽に合わせ、薄布を持った踊り子たちが優美に舞い踊る。

 ここは皇宮内の一角に設えられた舞台の上。曇り空の下、屋外にて異国の使節を歓迎する宴の真っ最中だ。

 予想通り、場の中心には私の仇敵である皇帝・朱雀が座していた。

 十四歳だった彼ももう二十九歳で、かつての幼さは消えて美しくも精悍な青年へと成長している。

 しかし、多少成長していようとも死の瞬間まで怨恨を込めて睨めつけていたその面差しを私が見間違えることはない。

 ……この男を殺すために、私はここにいるのだわ。随分とまあ立派な皇帝陛下になったようで、これならば復讐相手として申し分ないわね。

 そんなふうに敵対心を新たにしながらくるりと回転し、さり気なく皇帝の周囲の様子も窺ってみる。

 近くにいるのは使節の人々とこの国の高官たちだ。女性たちが彼らのそばに付き、次々とお酒を注いでいる。

 おそらく、傍目には和やかな宴に見えていることだろう。しかし、私はこの状況の異常さに気付いて内心で冷や汗をかいていた。


「……えっ? この国の人間は、一体何を考えてこんな趣向の宴を催しているのかしら!? 私程度でも妃教育で詰め込まれた情報を、まさか知らないわけはないわよね?」


 一般的な使節に対する接遇であったなら、特に問題はなかっただろう。しかし、今回は相手が悪かった。

 この宴でもてなされている使節団の母国・グルト公国は、かなり特殊な文化を持った一族の国家なのだ。だからこそ、公国の人間を迎えるときにはかなり繊細な注意を払わねばならないのだと私は妃教育で口酸っぱく忠告されていた。

 例えば、公国の人々は総じて酒を好まないのでアルコール以外の飲料を提供することが暗黙の了解だし、見せる踊りだって優雅なものよりも勇壮な剣舞を好む彼らに合わせた演目を組むのが慣例なのだそうだ。

 だというのに、今回の趣向はまるでその真逆を突いている。友好を深めるための宴のはずが、これでは喧嘩を売っているだけのように見られても文句が言えない。


 賓客へのもてなしを担当する官僚ならば、この程度は誰の命令がなくとも注意を払っていて然るべきだ。

 それでなくても私が妃教育で習った程度の知識なのだから皇帝やその側近も知っていて当然で、誰かしらがどこかの時点で気付いて官僚の怠慢を諌めておけば良かったはずである。

 それなのに、誰もこの状況に違和感を覚えず野放しにしている意味が全くわからない。


 公国の使節団もいくら不快でも下手に騒ぎ立てたりしないだけの理性はあり、表面上は穏やかにもてなしを受けてくれている。

 とりあえずこのまま何事もなく宴が終わってくれればと祈っていたが、次の瞬間、女官たちの手によって運ばれてきた料理を見て私は愕然としてしまった。


「嘘でしょう!? さすがに鶏肉はだめよ!」


 公国で鶏は神聖な動物だとされている。公国民は「鶏様」と呼んで崇めているらしく、食材として彼らに提供するなんて絶対にあってはいけないのだ。

 他の何に耐えられても、きっとこれだけは使節団も冷静さを失って怒り出すに違いない。

 そう思った私の直感は正しかったようで、がしゃんと食器をひっくり返す音が聞こえた。その挙動に出たのは他でもない、使節団の代表である。


「皇帝陛下! 飛竜大国はどこまで私たちを馬鹿にすれば気が済むのですか!? ここまでは両国の友誼もありますから黙って耐えておりましたが、さすがに鶏様の料理を出されては抗議するほかありませんぞ!」


 代表の絶叫で、場は一気に静まり返る。他の使節団の面々も、不愉快さをあらわにして皇帝を見つめていた。

 ……ああやっぱりね。一体この事態をどう収めるつもりなのかしら?

 そう思って朱雀を見遣ると、彼は代表の言葉にどこか戸惑っているように見えた。

 ――まるで、代表がどうして怒っているのか理解出来ていないかのように。


「まさか、本気で何も知らなかったせいでこんなにも気遣いのない接遇をしていたの!?」


 唖然としていると、誰かががたんと席を立つ音がした。

 身分の高そうな中年の男性で、外国人の私には誰なのか分からなかったけれど他の踊り子たちはすぐにその人物を理解したようだ。

 あれは誰なのと問うと、すぐに答えが返ってきた。


「宰相様よ」

「宰相様?」

「そう。さっき姐様たちが馬車から降りて向かったお屋敷の持ち主よ」

「えっ、あのお屋敷の?」


 小声で私たちが会話をしている向こうで、宰相だという男は大仰な仕草で使節団へと謝罪を始める。


「申し訳ございません。皇帝陛下の責ではなく、これは全て私の手落ちでございます。嗚呼、私がしっかりと担当者を見ていればこのようなことにはならなかったものを……。どうか仕切り直しをさせていただけませんか? 我が屋敷にて、皆様をおもてなしさせていただきたく思います」


 ……何なのよ、この人?

 私は思わず眉をひそめてしまう。言葉は丁寧だが、その含意はかなり不敬なものだ。

 自分がいなければ皇帝は宴一つ満足に開けないのだと、自分が主催ならば完璧に接遇できるのだと、そう主張しているに等しいのだから。

 しかもこの口ぶりでは、事前に宴の準備をしていたというように聞こえる。

 現に優秀な踊り子を自分の屋敷へと集めていたところを見るに、その推論が事実である可能性は非常に高いだろう。

 だとしたら、宰相はこの事態を故意に引き起こして皇帝を追い詰めたということになる。

 不敬を通り越して、もはや反逆に一歩足を踏み入れていると言っても過言ではないと思う。


 こんなふうに皇帝よりも自分のほうが優れていると誇示する宰相など、こんなに臣下が打ち揃っている中で誰が黙って見過ごすものか。

 これは皇帝なり周囲の人間なりが即座に対応するに違いないと思ったのだが、なぜか誰も反論しようとしない。

 それどころかある官は無視を決め込み、ある官は密かに嗤いを漏らし、そして皇帝本人も宰相からすっと目を逸して俯くだけだという始末。

 場は完全に、宰相の独壇場となっていた。


「本当に、これは何なのよ?」


 その瞬間、私の中に湧き上がってきた感情は――燃えるような怒りだ。

 もちろん宰相の言動も神経を逆撫でしてきたけれど、それ以上に私が怒りを向けたのは皇帝の態度だった。

 ……なぜ反論をしないの? どうしてこんな人間を放置しているの?


「あなたはこの私が殺すに値する最強の皇帝として堂々と玉座に君臨していなさいよ! どうしてこんな小物に見下され、ぞんざいに扱われているのよ……!!」


 唸るように呟いた私は衝動的に踊り子の集団から抜け出し、ぱっと舞台から飛び降りた。

 他の踊り子の呼び止める声も耳に入らず、駆ける勢いのままに警護にあたっていた武官の腰元から剣を奪い取る。

 魔王時代に培った図抜けた身体能力の名残と今生で身につけた剣術の技量があるので、並の武官程度なら隙を突いて武器を取り上げるくらいは簡単にできるのだ。

 そして私は思い切り跳び上がって再び舞台上へと戻り、その中央に陣取った。

 ――片手で、銀色に輝く剣を天高く掲げながら。


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