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序 前世の記憶

「まさか魔界が誇る猛者どもが、たった一人の少年にこの短時間でここまでしてやられるとはな」


 漆黒の玉座に座った女が、忌々しげにぽつりと呟く。

 ここは魔王城の最奥、王の間。平時はどこよりも静謐な空間だが、今は遠くに響く喧騒がはっきりと玉座まで聞こえてきていた。

 時間とともに怒号や剣戟の音が大きくなっているということはつまり、腕に覚えのある魔人たちを蹴散らして敵が間近まで迫ってきたということである。

 ――そう、恐れ多くも魔界を統べる覇者、「魔王」たる女のもとへと。


「もうここまで来たのか。はんっ、足の早い奴め」


 女がそう言うと同時に、王の間の扉が勢い良く開かれる。

 駆け込んできたのは、金色に輝く大剣を引っさげた黒髪黒目の小柄な少年だ。その姿を見るや、女は嗤った。


「小さな少年よ、お前が『勇者』か?」

「その通り。血のような赤髪に青い瞳、そして顔に禍々しい仮面をつけているということは、お前が魔王だな? 俺は魔王討伐をせよと兄上から命じられて魔王城までやって来た。ゆえに、ここでお前を討つ」


 返事の代わりに、女は傍らに置いていた魔剣を手に取って立ち上がる。

 鋭い視線が絡み合うこと数瞬、ほとんど同時に斬りかかった二人の剣ががきんと重なった。

 そのままがんがんと幾度か打ち合い、そしてばっと飛び退って距離を取る。


「威勢の良い少年よ。さすがに『勇者』を名乗るだけあって、多少は腕に覚えがあるようだな。だが、我が魔剣の真の力を前にしては何も出来まい。これで私は数多の勇者を名乗る人間どもを倒してやったのだ。ははっ、この攻撃に対抗できるとしたら、それは真の『聖剣』を携えた本物の『勇者』くらいだろう、なっ!」


 飛び上がりながら女は手に持った魔剣に禍々しい気を纏わせ、少年へと再度斬りかかる。

 だが少年は怯まず、真正面からその剣をしっかりと受け止めた。それを見て、女ははっと息を呑む。


「まさか、お前の剣は本物の聖剣なのか? これまでの勇者を名乗る奴らは全員紛い物を使っていたというのに?」

「ああ、そうだ。だからこそ、俺は負けない。負けてはならない。俺こそが真の聖剣を持つ真の勇者。その名誉にかけて、俺は……俺は、必ずお前を討つんだっ!」


 絶叫とともに、少年の剣から金色の光が放たれる。あまりにも強烈な光に目を潰され、女は一瞬少年の姿を見失った。

 それが、命取りだった。まずいと思ったときにはもう遅く、聖剣が女の胸を深く貫いていたのだった。

 焼けるような痛みが走り、全身から力が抜けていく。なすすべもなく、女はその場に膝から崩れ落ちた。


「う、ぐっ……」


 呻く女に、少年が一歩、また一歩と近づいてくる。だが、女にはもう反撃をする力は残っていない。

 無遠慮にぐっと顎を掴まれても、少年の手を振りほどくことは出来なかった。女は少年にされるがまま、仮面越しに少年と間近に向き合う格好になる。

 次の瞬間、少年が女の顔を覆っていた仮面を一気に剥ぎ取った。

 魔王が仮面をかぶっているということは広く知られた話だったので、きっと魔王を討伐したという証拠に持ち帰るつもりなのだろう。

 そう悟った女は命が尽きるまでのせめてもの抵抗として、自分を殺した憎き敵の顔を死しても決して忘れないようにと、少年をぎっと睨めつけてやった。

 だが、憎き魔王を倒して歓喜しているかに思われた少年は、なぜか衝撃を受けたように女の素顔を呆然と見つめている。

 その顔に浮かぶのは、強いて言うならば苦悶だ。


 ――やめろ、どうしてお前がそんな表情(かお)をする! 私を殺したのなら殺した者らしく、最後まで徹底的に憎みきれよ。そうすればこっちも心置きなくお前を恨み、復讐を誓えるだろ……!!


 女は少年の襟首を掴み、そう言い放ってやりたかった。

 しかし、はくはくと息を吸うので精一杯の口ではもはや意味のある言葉を紡ぐことは出来ず、やがて女の意識は永久の闇の中に飲まれていった。


 ――それが、三百年もの間魔界の王として君臨した女の最期だった。


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