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逆行悪女は弟を愛でて生きたいです  作者: 朝吹はづき
第一章 「目覚めたら七歳でした」
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第5話 未来の気高き騎士さまは厄介な幼馴染

 ──次はない。


 心が、粉々に打ち砕かれた。姉が深く釘を刺されたのを自分のように嘆き悲しみ塞ぎ込んでいたリュシアンも二日も経てば元のように天使のように笑って草原を走り回り、上手と母にも褒められたフェンシングにより一層打ち込むようになった。


 そんな姿を見てもイクシャの心は一時は温かくなるもまた冷たさを帯び沈み、考えに浸りベルナールの言葉に囚われていくだけであった。

 

「はぁー……変わると、思ったのに」


 何がいけないんだろうみたいな己の欠点について関連性を考えても無駄だ。

 そもそもベルナールは家族に対し深い感情を抱いていないとイクシャは前回の人生での経験と今の状況を照らし合わせて睨んでいた。と、言っても探偵でもない二度目の人生を送るだけの凡人の推理は簡単で薄っぺらいものだ。

 皇帝の家族を愛する気持ちを尊重する考えからの気遣いなどが原因で伝統行事である猟やパーティーに出れないこともあって仕事人間であるベルナールは足手纏いに感じていると思う点。

 リュシアンが生まれる時、ベルナールはその日が出産日であることを知っておきながら仕事をしていた点。二つを合わせれば、子供に愛情を抱いてなんかおらずネニュファールがいるからイクシャ達にも接してくれているのだとイクシャは考えられる。

 実にイクシャの感情だけの推理だが、説得力はある。ベルナールの行動は明らかにも愛情を抱いておらず他人のようで何処からどう見ても父親とは考えられない可笑しいものだ。

 

「だから嫌なのよ、どう考えても視点を変えて見ても、救いようのない最低な奴になるから……」


 リュシアンの幸せを、家を温かくする為には止められることは出来ず悪役と忌み嫌われるのを避けたいイクシャはそれでも思考を止める事なく策を講じ無ければ家が支離滅裂となる未来を知っている以上に如何にかしなければならない事が悩ましかった。

 大きな木の下にあるベンチで姿勢よく座っていたイクシャは背中や腰に入っていた力を抜き、我知らずぎり、と親指の爪を噛んでいた。怒気を孕んだ声は何とも悍ましいものだっただろう。この頃、リュシアンやネニュファール以外誰からも声を掛けられなくなって侍女達からも疎遠となっていた原因は滲み出す雰囲気だろう。


 ──「誰が?」

「そりゃ勿論、おと……ッ」


 “お父さま”と唇が動くのを間一髪で止める。違和感があった。ずっと見ていたフェンシングに打ち込むリュシアンから声が降って来た斜め上へと目線を移動させる。



「アーノルド……いたの」

「よお、イクシャ。『おと』って何だよ、途中で止めるとか相も変わらずに空気を読まない奴だな」


 眩しい程に人懐っこい笑顔を浮かべ好奇心旺盛な黄色の瞳を瞬かせる銀髪の小麦肌の快活とした雰囲気の少年を睨む。

 気遣う事を知らない無神経な言葉ばかり言ってくる人の反感をすぐに知らず知らずに買う良くも悪くも正直者のこの少年は我らがローベル家の専属家庭教師であるフロウラントの息子であった。


 アーノルド・ラオ・ベル、それは前回の人生で国を代表する騎士となる人物の尊き名前であった。幼馴染だった事もあの時と同じだが、状況は違った。フロウラントの授業を受けて居なかったイクシャとアーノルドは疎遠であった。知り合い以上幼馴染未満と言った何とも寂しい関係であった。


 そんな誇り高い未来が待って居る筈なのにもアーノルドは歳を重ねる度に同じことで人に叱られ泣きべそを掻いて痛い目に遭っているのに繰り返し感情のままに物を言い人の機嫌を損なう馬鹿で阿呆になっていっている気がして、前回の人生の精密度が疑わしくなってくるイクシャ。


「礼儀を(わきま)えない人にそんな事言われたくないわ、幼馴染だからと言って気安く呼ばないでくださいアーノルド・ラオ・ベルさま」

「ったくお前は成長していく度に親父みたいに小うるさくなるな、こっちの具合が悪くなりそうだ……私は友達のいない、そしてお身体が弱いイクシャ嬢の為に毎週最低でも三日はこの家に出入りしていますのに釣れないことを言わないで下さい悲しいです」


 悪口を言ったと思えば急に紳士のように言葉を正すアーノルドに片眉を上げて驚くが、言っていることは隠すことない嫌味だ。わざとらしい作った表情に口が引き攣る。


「本当に……私の為と言っているの? 私は貴方がこの家に毎週最低でも三日、出入りすることなんて望んでいないし言ったこともない……流石に出入りしすぎてるわ」


 わざわざパーティーにもネニュファールや侍女達が勧めて来ても付き添いを断り家に籠ってリュシアンと二人で過ごし貴族間のコミュニティーを広げず顔も記憶させず、持病があり外には出られない、弱々しいと言うイメージを作っているのにアーノルドがそう毎回、専属家庭教師であるフロウラントの息子と言う理由で出入りをするのは可笑しい。婚約者の関係でもないのに令嬢の家に子息がいるのは変で、ローベル家の威信にも関わることだ。


「大きな誤解があるでしょうがベルさま、私は友人が欲しいとは言っていませんの。我が弟であるシアンとお母さまが居るだけで満たされますし実りのある会話が出来ますから」


 それを言えばうげ、と顔を苦虫を噛み潰したように苦しくさせる。「マザコンはともかく、ブラコンは嫌われるぜ」と余計なことを言うアーノルドに気分を害される。続きを教えろよと言う言葉と鬱陶しい気を惹いて何とか聞き出そうとする行動にいちいち反応するのも面倒臭くなってきて無視を突き通そうとしていた。



「おーい聞いてるのか?」

「……」

「なあなんて言おうとしたんだ? 教えろよ、教えてくれよイクシャー」

「ッ貴方ね、私に空気を読まないとか言うけれど、私が貴方と話したくないって事ぐらい表情や貴方の言う空気で判るでしょうと言うか判ってよ! もう、しつこいんだからッ!」


 き、と眉を吊り上げてアーノルドを見て不機嫌を露わにした。のに、それなのにも、目を丸くして瞬くだけのアーノルドに神経が逆撫でされる。段々と大人のイクシャへと成長していく外貌は迫力がある、前回の人生での元婚約者であるアンブロワーズ皇太子殿下の言葉を借りるなら“悪魔のような声をした薔薇になりたがる身の程知らずの着飾り鬼女”だ。そう言われた人に好感を貰えない傲慢さが滲み出す女。

 それが怒ったら普通、怯える筈なのに。侍女達と同じように驚いて固まる筈なのに。


「やっとこっち見た! ついでに敬語も外れたな、これが世にも言う一石二鳥って訳か?」


 白い歯が見せて笑い勝手に頷く少年の姿。呆気を取られ、その太陽の光に匹敵する前向き思考の少年をこの世の者かと凝視する。沸々とした怒りはこの何をやっても靡かず面白いと笑い手を叩く人間には抱くだけ馬鹿馬鹿しく思え静かに音も立てず何処かへと消えていく。


「はー……貴方に感情を高ぶらせて物を言ってる私の方が幼稚ね、嫌になる」

「何だよそれ。俺が手に負えない問題児を抱えた教師みたいな事言うなよ」


(ほんと、そんな気持ち。この沸々とした怒りが静まったと思ったらもやもやっとした焦燥と言うか、何とも言いきれない感情を上手く言い変える言葉を言ってくれてどうもありがとう、こんなことであれだけど礼を言うよ)


 厭きれた気持ちのままに心の中で返事をする。イクシャの美しい迫力のある顔は仏頂面だった。


「全くベル先生が気の毒だわ」

「どういう意味だそれ」


 訝し気に猫のようにつり目がちな黄色の瞳が細められる。急に凛々しくなったアーノルドの顔にイクシャは瞬きを繰り返して「言葉のままよ」と言っていたら後ろから声を掛けられる。


 ──「ご理解していただいて光栄です……ご機嫌麗しゅうございます、イクシャお嬢さま」


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