第22話 黄金色への拒絶
(フェ、リ……シテ、アスラン……ッ)
血の気が引いていくイクシャは見張った瞳は柔らかくし、無理矢理に笑顔を取り繕う。心の中で「大丈夫」と繰り返し自分を安心させていけば心臓の警鐘は鳴り止むと思ったのにもどんどん早くなっていく。此方の不安を煽るように嫌に響くのだ。
イクシャはフェリシテに微笑み親しみやすく振る舞いながらも、その間、場を離れなくてはいけない口実を必死に探す。
「ええ、勿論ご迷惑だなんてとんでもありません。一緒に踊り仲良くなれる人が増えたらこの上なく嬉しいですよね?」
賛同を促す。そうすれば周りの令嬢達は笑顔を浮かべて何度も首を縦に振る。ここでは公爵令嬢の、しかもあのカシャロット公の娘のイクシャの言葉が自然と中心となっていた。だから、離れる事も自由だった。止められる人物はいない。
ごく自然に、気持ちを覚られないように平然を装い、残念そうに苦笑いを浮かべて口を開く。
「ですが、テンポがずれてしまったですし移動した方が良さそうですね。それに……すみません、腰のリボンが解けてしまいそうなので侍女に直して貰って来ます」
周りの令嬢達は不満気な表情をしていたが、イクシャは気付かない振りを決め込む。
「それでは皆様、素敵な時間をお過ごし下さいませ」
カテーシを流れるように自然に行ったイクシャは令嬢達に手を振って、人混みの中に紛れていく。尻目にちらりと後方を見やればフェリシテは独り立ち尽くしていた。
(まさか……口実も無く接触してくるなんて、あんな積極的な彼女は前回の人生でも見たことがない。私の行いが彼女の性格を変えているの?)
この幸せな会場に似合わず蒼い顔をして顎に手をやり無意識のうちに下唇を噛んでしまうイクシャ。ヒールを大きく鳴らし壁の隅っこにあるソファに向かう。
あの令嬢達から離脱する為の理由として、リュシアンとロゼの二人を見つけ傍で考え事をするのが得策だと考えるがこの沢山の人の中からあの二人を見つける事は難しい。
(壁の花にも成り切れないだろうし……独りで居るのは都合が悪い。けれどあの場に戻って他の令嬢達と踊るとするもパパのところに戻るとしても私に関わる名声やローベル家の体面に傷がつくかもしれない)
物事が余りにも沢山重なり過ぎている。苛立ちも隠せず親指の爪を噛んでしまいそうになるが、ぐっと溢れ出しそうな感情を押し込めて。
──「見つけた」
旋毛から降って来る低音の声は聞き覚えがあった。俯いていた顔を慌てて上げて見れば煌びやかな衣装を着た、彫刻のような美しい容貌をした人が立って居た。
「……殿、下」
震える口がそう発する。
追い打ちをかけてくるように次重なる対面したくない天敵の登場にイクシャの脳は爆発しそうになった。鼓動は今も尚、鳴り響いている。
(本当、どうなってるの……!? 皆して私を袋叩きにするように……)
──「今宵は麗しく、ローベル嬢。私と一曲踊って下さいませんか」
手を差し出してくるアンブロワーズは確固たる自信をもって来たのだと余裕の笑みによりすぐに判った。
「っまさか、殿下が私に誘いを申し込んだのですか? ……信じられない」
「その表情と言い声音と言い、あんまり嬉しそうじゃないな。一体何故だ? 国の皇子にダンスを申し込まれる事は令嬢の中での夢ではないのか?」
「気に入らない」という気持ちを真正面から伝えて来る不満気な言葉に、繕った笑みを浮かべていたイクシャは眉を顰める。
喜んで当たり前、尊敬して当たり前、それがこの人の当たり前。
「……まだ二曲目です。曲も終わっていないのに申し込みになられるなんて」
「常識がなっていないと?」
見据えるイクシャの眼は物凄く剣の様に鋭く全てを凍てつかせるような冷酷なものだった。よくお解りで、と返事しそうになった口と共に乾いた薄笑いが込み上げてくる。
「そういう君は礼儀がなっていない」
言う事をきかない者に権力を押し込もうとする癖。良かった変わっていないとイクシャは心の中で呟く。もし、この人が善人に変わってしまっていたら罪悪感に苛まれずにはいない。
拒絶する事が返ってそのままで居た方がスカッとするだろう。
「失礼ながら言わせて貰うと、殿下は皇子の座を鼻にかけるのですか? 皇子の座は幸運にも陛下の息子に産まれたからなったもの、礼儀が出来なくとも常識のなっている平民や貧しい物乞いは五万と居ます。国を率いていく位の貴方さまがそういう者達の為に尽力していくのが道理というもの、それなのにも貴方さまは与えられた権力で力無き者を黙らせるのですか?」
ご立派な人です事、とイクシャの口は動く。アンブロワーズはやけに冷静で前回の人生のようにすぐに怒って癇癪を起すような子供らしさは無かった。それよりも皇子だけあって威厳や気品が黙っていても滲み出している。まさか黙っていてもそういう付属品で人を黙らせようとするのは根っかららしい。
真っ直ぐで自分の正義を持って正しくあろうとはする姿勢は認めるが、まだその座に固執する幼さが残っている。それはイクシャが突くべき唯一の短所だ。その短所は貧困の差を目の当たりにして、自分が鼻にかけて振り回していた権力が失った虚無感によって、歳を重ねる事に徐々に完全していくものだろう。
(こんなやり方、私ってば卑怯者かしら)
繊細な人だと解っているのに。重臣達のごますりの言葉を素直に受け取ってしまう実直な人だと解っているのに。
「それともう一つ、希望を持ったって意味が無い事は元々は賢いのだから解っているんじゃなくて? アンブローズ・ヴュイーユ。どのように陛下におねだりしたってローベル家を、お父さまを捻じ伏せようとしたって私は貴方のものにはならないわ。諦めて、私は貴方の事が嫌いなの」
イクシャは睨み、離れて行こうとする。が、イクシャは振り返った。
「あ、これって不敬に当たりますか? まあ、私としては貴方さまの将来を考えご助言をしたつもりです、悪くは捉えないで下さいね。それでは御機嫌よう」
軽やかに足を進め、そして、毅然とした態度でまた離れていくイクシャから眼を離せなかった独り残されたアンブロワーズ。誘いを断られた第一皇子と深窓のローベル家令嬢。
「イクシャ・リセ・ローベル……か」
名前を思わず呟いたアンブロワーズは口元を歪めた。たかが公爵ローベル家の令嬢でこの場で社交界デビューを果たす娘にあんなにも物申されたのに不思議と怒りは湧いてこなかった。それよりも、何故か面白いと感じてしまう。
「公爵家の天使は儚げで守られているばかりと思っていれば意外と勇敢なのだな」
そして、どの女よりも聡明で思慮深く、家に養生を盾に引き籠っていると思いきや世間の事を一般の重臣よりも見ていて多方面からの考えを持ち合わせるとてもじゃないが十四歳の娘とは思えない大人らしさ。相対するのは幼げで愛らしい容姿。
「不思議な女だ。変な気持ちだ」
こんなにも興味をそそられた事は無い。




